新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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竜の騎士、バラン(後編)

「次から次へと邪魔をっ!」

 

 風圧すら伴う闘気の放射が二つの渦を阻み、散らす。

 アティ達を順に見たバランはふわりと身を浮き上がらせた。

 

 ――トベルーラ、という呪文だ。

 

 ルーラと同系の術で、瞬間移動ではなく自在飛行を可能とする。

 空に行かれると手の出しようが殆どない。

 

「逃げる気か、バラン」

「竜騎将ともあろう者が負けを認めるかっ!」

 

 ヒュンケル、クロコダインが挑発するも、バランは構おうとはしなかった。

 

「……お前達の意志はわかった」

 

 低く重苦しい声が響いた。

 誰もが見上げる中、竜騎将は淡々と宣言する。

 

「どれだけ痛めつけようと諦める気がないのなら、私はお前達とダイを引き離そう」

「えっ……」

「どういう、ことだ」

 

 マァムが声を上げ、ヒュンケルが低く尋ねる。

 

「………」

 

 答えはない。

 それでも、アティは声を上げた。

 

「何があっても、私達はダイ君から離れません!」

 

 やはり、バランは何も答えなかった。

 見ていればわかる、とでもいうように。

 

 

 

 

「ぬうううう……っ!」

 

 全霊を籠めるような声と共に、バランの闘気が()()()()

 その代わり、竜騎将の額に紋章が輝く。

 眩いばかりの光は、倒れたまま呻くダイの額にも同じ輝きを引き出した。

 

 ――共鳴。

 

 音叉を幾つも叩いたような独特の音が一帯を包み込む。

 

「う、ああああああっ!」

「ダイ君!」

 

 突如、少年が悲鳴を上げた。

 手で頭を押さえ、苦しそうに身を丸める。

 

 否。

 影響はダイだけに留まらなかった。

 音は次第に高く大きく、耳障りなほどに変わり、アティ達の頭を揺らした。

 痛みに慣れた戦士達もこの『音』には耐性がない。

 

 クロコダイン、ヒュンケルでさえ立ち止まり、顔を顰めて目を閉じてしまう。

 

 動けない。

 誰もが手出しできなくなった中、すぐにバランを攻撃しなかったこと、できなかったことを全員が悔やんだ。

 そして。

 

「カアアア―――ッ!」

「うわああああーーーーーっ!」

 

 ひときわ大きく音と共に親子の声が重なり。

 後には、嘘のような静寂が戻ってきた。

 

 ――頭痛も止んで。

 

 再びバランを見上げたアティは呆然と声を上げた。

 

「……え?」

 

 竜騎将がトベルーラを解除し、地面へと落ちるところだった。

 罅の入った真魔剛竜剣を庇うように背中から落ち、よろよろと立ち上がる。

 

 ヒュンケルがぐっと身を乗り出しかけ、思い直したように止まる。

 彼の視線は倒れたダイに向けられた。

 

「何をした、バラン」

「息子から不要なものを奪った」

「何……っ?」

 

 返答を聞いたアティはふらつく身体で少年へ駆け寄った。

 心臓に手を当てて脈を取る。

 

 ――動いている。

 

 死んではいない。

 気絶しているだけだとわかりほっとするも、同時にバランの言葉の意味がわからなくなる。

 明らかに疲弊している彼。

 一体、何に力を使ったというのか。

 

「……この身と剣が回復してから、あらためてディーノを貰い受ける」

「待てっ!」

 

 再びブラッディースクライドが飛ぶも、一瞬遅く。

 バランの全身を魔力が包み瞬間移動呪文(ルーラ)が発動。

 何処かへと飛び立っていく竜騎将を追う術は、今のアティには存在しなかった。

 

 誰もが呆然と、明るくなり始めた空を見上げたままで。

 

「おーい!」

「ご無事ですか!?」

 

 アポロとエイミが駆けつけたきたのを期に、ようやく我に返ることができた。

 

「……なんとか生きてるんだよな、俺達」

「骸は喋らん。そんなこともわからんのか」

「その骸を操ってた奴が言うんじゃねえよ!」

 

 口喧嘩を始めたポップとヒュンケルもほっとしているのだろう。

 

 ハドラーはヒュンケルの剣に倒れ、魔影軍団長が彼を回収。

 ザボエラはどさくさに紛れて消えて。

 フレイザードをアティが倒し、バランもまた去った。

 

 長かったバルジ島での戦いは終わった。

 

「……ん、う?」

「ダイ君!」

 

 ただし、勇者一行は自分達が多大なる犠牲を払ったことを知らなかった。

 

「ぼく……」

「痛いところはありませんか? とにかく、無事でよかっ……」

「ここ、どこ? おねえさんは誰?」

 

 ぼんやりと、無垢に過ぎる表情でダイが尋ねる。

 そう。

 勇者ダイは竜騎将バランの不可思議な術により、その記憶を失っていた。

 

「みんな、どうして泣いてるの? どこか痛いの?」

 

 痛いのは心だと伝えても、今のダイにはわからないのだろう。

 アティの胸がきゅっ、と強く痛んだ。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 眠気と疲労がピークに達する中、一行はマリンの待つ中央島へと移動した。

 氷漬けのレオナ姫は塔の最上階にいた。

 

「……溶け始めてる」

 

 氷に手を当てたマァムが呟き、ポップが頷く。

 

「フレイザードの野郎がいなくなったからな」

 

 呪法が解ければただの氷だ。

 夜は気温が下がるからいいとしても、ここからの時間はどんどん溶けていくだろう。

 つまり、のんびり待っていても問題はないが。

 

「いっちょ、さっさと溶かしておきますか……」

 

 どこか浮かない顔のポップ、アポロ、マリン、エイミがギラを唱え。

 パプニカの王女は無事、臣下達の腕の中に戻ってきた。

 

 ゆっくりと瞳を開く少女を、アティはダイと手を繋いだまま見つめていた。

 

 そして、目覚めたレオナは皆と一言二言ずつ会話を交わし。

 状況を理解すると、信じられないという視線をアティ達に向ける。

 

 ――正確には、ダイを。

 

 自分を二度も救ってくれた勇者のあどけない姿を見て。

 

「……そんな。嘘でしょ、ダイ君! 私、ずっとキミに会いたかったのに!」

「ごめんなさい。ぼく、何もわからないんだ……」

 

 すまなそうに答えるダイを見て。

 ようやく事実を認めた王女は、その場にへたりこんで声を上げて泣いた。

 

 その姿は、ただの「友を失った少女」のものだったが。

 たった一人生き残った若い王族を前に、態度を咎められる者はいなかった。

 

 レオナが泣き止み、疲れ切って眠り、起きてくるまでに半日。

 アティ達も交代で眠り、残った者は塔の警備について。

 その間、三賢者が忙しく動き回り、片付けや今後の方策作りに動いてくれた。

 

「皆、迷惑をかけてごめんなさい」

 

 睡眠を取り、可能な限りの身支度を整えたレオナは指導者としての顔で現れた。

 

「もう一度、初めから順を追って説明をお願いします。今夜中に方針を纏め、明日の朝には動き出します」

 

 パプニカの都へと本拠を移し、生き残った兵達を少数ながら発見し、臨時拠点と設営して。

 ささやかな戦勝パーティが開かれたのは二日後の夜のことだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 あちこちに瓦礫の散らばる王宮跡地にて。

 大きな焚き火を囲み、人々の歓声と笑い声が響く。

 

 人も建物も多くが失われ、やることは幾らでもある。

 それでも、疲れた心と身体を癒すのに『宴』は必要なことだった。

 

 ささやかながら食事と酒が振舞われ、各々の武勇伝が披露される。

 中心となるのはやはり、不死騎団と氷炎軍団の長を倒した勇者一行の話。

 もっとも、ポップは人嫌いなマトリフの元へ残っており、アティも諸事情から輪を抜けていたため、専ら兵達の相手をしているのはバダック、付き合わされる形でぎこちない笑みを浮かべているのがマァムだった。

 

「ねえ、アティ」

「なんですか、ダイ君?」

 

 ダイの状態については皆にも当たり障りない形で伝わっている。

 アバンの使徒一行の中心となった勇者ダイは激戦で疲れ切っており、心身が回復するには時間がかかる。だからそっとしておいてくれ、と。

 それでも「魔王軍にこっぴどく痛めつけられたんだって? でもまあ、勝ったんだから凄いよなあ!」とか言いながら肩を叩き、ミルクを勧めてくる輩もいるため、なるべく離れている必要がある。

 となると、誰かがついていないといけないのは当然だった。

 

 役割を引き受けたのはアティ。

 

 人選は消去法だ。

 こういう時は、やはり男性より女性の方がいい。

 自身も疲れ、ショックの大きいマァムに任せるよりはアティが引き受けるべきなのも自明だ。

 

 二人の元にはカップに入ったミルクと、あらかじめ取り分けた食事がある。

 

「ぼく、どうして何も覚えてないの?」

 

 ダイの記憶喪失は解消していない。

 なんとか互いの名前だけは覚えてもらったものの、主要な記憶がほぼ無くなっている。

 タイミング的にバランが意図的に消したとしか思えないため、ただ待っているだけで治ることはおそらくない。

 

 今のダイは実年齢以上に子供だ。

 剣を置けば人当たりのいい教師でしかないアティはそれなりに懐かれているが、かといって、あなたは勇者だ、などと説明しても受け入れてもらえるとは思えなかった。

 

「ダイ君は、とても辛い目に遭ったんです」

 

 だから、アティは微笑んで簡潔に答える。

 

「辛いこと?」

「そうです。辛くて苦しいのに頑張って、頑張りすぎてしまったんです。だから、無理に思い出さなくてもいいんですよ」

「でも……」

 

 ダイが表情を曇らせる。

 アティ達が記憶の回復を望んでいると察しているのだ。

 

 ――優しい子。

 

 記憶喪失を知った時、アティは動揺が隠せず泣いてしまった。

 マァムですら「私達がわからないの!?」と少年に詰め寄ったし、最も仲の良かったポップなどかなりの剣幕だった。

 怖がられても仕方ないというのに。

 優しくて純粋な彼の心根は全く変わっていないのがよくわかる。

 

「大丈夫。ゆっくり、思い出せばいいんです」

 

 頭を撫でると、少年は気持ちよさそうに目を細めた。

 こてん、と、倒れこんできたダイをそっと受け止め、抱きしめる。

 

「おやすみなさい、ダイ君」

 

 小さく言って、雲間から覗く月を見上げる。

 ミルクと料理を少しずつ味わっていると、小さな足音が一つ。

 

「アティ」

「……レオナ姫」

 

 息を呑む。

 かろうじて残っていた礼装に身を包んだ少女はとても美しい。

 先のお披露目で既に見ていたものの、それでも、そんな格好のレオナがここまで来るというのには驚かされる。

 

 ダイを抱いた状態で、それでもと恭しく礼をすれば、レオナは「やめてよ」と言った。

 

「私とアティの仲じゃない……なんて」

 

 少女の顔に自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 

「言えないわよね。……ごめんなさい」

「いえ……」

 

 昨日のことだ。

 変わらずダイにつきっきりだったアティはレオナに呼び出されて二人きりになった。

 

 わざわざマァムに頼んでまでアティを引っ張り出したレオナは、移動する際、ちらりとダイを見つめた。

 複雑な感情のこもった瞳。

 直接、少年にぶつけなかっただけ大人といえるが、溜まった鬱憤はどこかにぶつけなければならない。

 

『どうして! ダイ君をちゃんと守ってあげなかったの! アティがついてて、こんな……っ!』

 

 慟哭と非難。

 ことを楽観視できないが故の怒りと悲しみが向かった先は、旧知であり、大人であるアティだった。

 アティは反論しなかった。

 

『ごめんなさい。……私のせいです』

 

 誰が責を負うべきかといえばほかにいない。

 静かに頭を垂れたアティに、レオナは平手を見舞い、縋り付くように泣いた。

 侍女や近衛すら知らない二人の秘密だ。

 

「レオナ姫は何も悪くありません。悪いのは……」

「そんなわけないでしょ」

 

 重みのある声がアティの声を遮る。

 

「……フレイザードを倒してくれたんでしょ? 兵士のみんなと三賢者でもどうしようもなかったのに」

「………」

「アティは頑張ってくれた。ダイ君達をまとめて、引っ張って来てくれた。そんなことわかってる。わかってたはずなの……」

 

 目を細め、少女は月を見上げた。

 

「悪いのは私。ううん、この世界の王族全員、魔王軍の強さを見誤っていた。お父様も含めてね」

 

 レオナの父を含め、パプニカの王族はレオナ以外、全員死亡している。

 王は最後まで兵を率いて戦い、王妃は民の避難を指揮し、不死の兵の刃に倒れたという。

 

 それでも、王族が悪いと。

 考えが足りていなかったと、歳に不相応の輝きとともに少女は言った。

 

「レオナ姫。私が言うことではありませんが、憎しみは」

「大丈夫よ」

 

 視線を下ろした王女は微笑んでみせる。

 疲れと哀しみは見えるものの、その表情には優しさがあった。

 

「戦うのは守るため、そして救う為。私達は侵略者を排除しなくちゃいけないのであって、復讐がしたいんじゃない」

「………」

「さっきみたいなこと、お姫様に言ってくれる『先生』がいるんだもの。いつまでもメソメソしてたら駄目でしょ」

 

 ああ。

 本当に強い女性だとアティは思った。

 

 その笑顔の裏にどれだけの葛藤と涙があったのか、思うだけで涙が湧いてくる。

 そんなレオナがアティを見て瞳を潤ませ、それから手を差し出してきた。

 

「ね、アティ。仲直り、してくれる……?」

「……喧嘩したつもりなんかありませんでしたけど」

 

 指で涙を拭い、アティはレオナの手を取った。

 ぎゅっと、互いの手を握りしめた二人はゆっくりと手を離し、寄り添ったまま月を見上げた。

 

「もう少しだけこうしててもいいわよね」

「いい月ですからね」

 

 少しだけお茶目に答えると、レオナも頷いてくれる。

 少女は眠るダイに視線を下ろし、少年の頰を軽く撫でた。

 

「……元に戻ってくれるわよね」

「きっと。でも、戻らなくてもダイ君はダイ君ですから」

 

 ほう、と、王女の唇から息が漏れた。

 

「……敵わないなあ」

 

 それはこっちの台詞だと、アティは困った顔で微笑んだ。




ショックな出来事ラッシュでレオナ姫の心労は凄いことになっています。
次話辺りで触れると思いますが、ヒュンケルの改心イベントも裏で起こっています。

あと一、二話くらい戦闘なしの回が続くかもしれません。

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