新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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一話に纏められるかな、と考えていましたがさすがに無理でした。
細かな点以外は基本的に原作通りです。


パプニカの王女(前編)

「軍艦だぁーーーーっ!」

 

 そんな報せをダイが持ってきたのは、朝食の最中だった。

 いち早く食事を終えて見回りに出ていた少年は、急いで来たらしく頬を上気させていた。海に光るものを見つけ、望遠鏡を覗いたところ『それ』を見つけたという。

 

「な、なんじゃとぉっ!?」

「軍艦……?」

 

 眉を顰めたアティは、ブラスが慌てて立ち上がるのを見て事情を察する。

 

 ――少し前、島には賊が入ったと聞いた。

 

 ここからわかるのは、デルムリン島は『名もなき島』ほど絶海の孤島ではないということ。

 来る必要がないから来ないだけで、来ようと思えば来られる場所。

 一度襲撃があったのだから二度目がないとは限らない。

 やってきたのが軍艦であるなら、それ以上の事態も考えられる。

 

 また『島』に『軍艦』がやってくるという状況は、アティ個人のトラウマを刺激するにも十分だった。

 

「ブラスさん」

「うむ……っ」

 

 食べかけの食事を置き、見晴らしのいい海岸に駆け付ける三人。

 ダイから手持ちの望遠鏡を受け取ったブラスがそれを覗き込み――。

 

「バカタレ! 何が軍艦じゃ早とちりしおって!!」

 

 一転、ダイを盛大に叱りつけた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大きく張られた帆。頑丈な甲板。黒光りする大砲。

 船首には口を開けた竜の顔と、何かの紋章。

 沖合いに停泊した一隻の船は、アティの知識で言えば『軍艦』で間違いなかったのだが。

 

「……あれぞ、まさしく聖なる船じゃ……」

 

 ブラスにはより詳しい知識があったらしい。

 攻撃を主体とする『魔法使い』の呪文と、補助の多い『僧侶』の呪文。常人なら一方すら極めきれないそれらを全て使いこなす『賢者』にのみ使用を許される船なのだと語ってくれる。

 

 ――なるほど。権力者や実力者が専用の船を持つのはリィンバウムでも例があった。

 

 問題は、島の長老が説いた『賢者』が人柄の面でどうなのかということ。

 優秀な人間が必ずしも会話を尊ぶとは限らない。

 そして、あの船が戦闘能力を有することに変わりはないということだが。

 

 

 

 小舟に乗って島に降り立ったのは、全身を隠すローブを着た男達だった。

 全部で十二名。

 青と、黒に近い紺の二色があるのは意味があるのか。所作からして兵士、あるいは部下なのだろうが、魔法使いと僧侶で分かれているのだろうか。

 と、アティが考えているうちに、ローブ姿の間から進み出る男が二人。

 彼らは顔を晒している。

 フードやマスクのないローブを着た人間の老人と、どこか顔立ちの似ている薄衣姿の青年。

 

 二人は共の者達とあわせて跪くと、恭しく頭を下げた。

 

「未来の勇者ダイ君、それにブラス老ですな?」

 

 老人はテムジン、青年の方は賢者バロンと名乗った。

 

 ――彼が、賢者。

 

 アティはバロン青年をじっと見つめた。

 真面目とも不愛想とも取れる表情で佇む彼は、視線に気づくと僅かに顔を上げた。絡み合う視線の先に、アティは強い自尊心を感じた。

 

 どこか危うく、脆い強さを。

 

「………」

「パプニカの姫、レオナ様とともにゆえあってこの島を訪れました。何卒姫にお力添えをお願いしたいと思いまして」

「姫ですと?」

 

 部下達が今一度、その列を二分する。

 

 ――男達の間から現れた『少女』を見て、アティは今度こそ息を呑んだ。

 

 バロンのものに似た衣を纏い、頭にティアラ、あるいはサークレットを付けている。

 ダイよりは大分年上ながら、その顔には幼さが残っていた。アティが初めて受け持った生徒より幾らか年若いだろう。

 しかし、引っ込み思案だった「あの子」とは姿勢が違った。

 

 背筋を伸ばし、顔を上げ、しっかりと前を見据えている。

 自信と覚悟。

 姫、と呼ばれたのが愛称などでないのなら、それは彼女が培ってきた確かな「強さ」だ。

 

「あなたが、勇者ダイ?」

 

 紡がれた声にも凛とした響きがある。

 

 少女――パプニカの姫、レオナは、己よりも背の低いダイをじっと見下ろして。

 

「やっだぁ~~っ! こぉ~んなチビなのおっ!? カッコ悪~いっ!」

 

 先の印象を吹き飛ばすような笑い声を一帯に響かせた。

 

 

 

 テムジン達の話を要約すれば、彼らの目的はレオナ姫の洗礼のためであるらしい。

 十四歳となったレオナは王家のしきたりにより、とある「儀式」を受けなくてはならず、その儀式はデルムリン島の地下洞穴で行うものだという。

 

 ――洞穴の入り口は、火山帯に繋がる大穴だとブラスは語った。

 

 当然、危険はある。

 島の魔物達はゴメちゃんをはじめ気のいい者達ばかりで、アティも顔を合わせれば挨拶をする仲になっている。しかし、火山に近い洞穴となれば問題はそれだけではない。

 熱や落石。

 疲労は集中力を奪い、集中力の欠如は怪我に繋がる。

 

「心配ご無用です。レオナ姫もいずれは賢者になられるお方。この私が伝授した氷の呪文を使えばなんら危険はありません」

 

 氷の呪文、ヒャドの力はアティも既に目にしている。

 大気中の水分を凍らせて鋭い氷の短剣を作り出したり、冷気そのものを放出できる。

 より高位の呪文であれば威力と範囲は増すはずであり、行く道、あるいは己の身体を冷やすには十分だろう。

 

「ですが、王家の者の洗礼は実に五十年ぶりなのです」

「なるほど。ダイに地の穴までの道案内をさせたいわけですな」

 

 ブラスの言葉に、テムジンとバロンはこくりと頷いた。

 

 

 

 そして。

 

「大丈夫でしょうか、ダイ君」

 

 からかわれたのを根に持ったダイが道案内を拒否しようとする一幕もあったものの、結局、レオナはダイを伴って出発した。

 供についたのは青い服を着た五人の部下達。

 侍女はいないのか、と尋ねてみると、船にある姫の寝床を整えるために待機しているとのこと。

 

 儀式を終えるまで、アティとブラス、テムジンは待機することになった。

 

「大丈夫じゃろう。ダイにとってこの島は庭のようなものですからな」

「なら、いいんですけど……」

 

 拭いきれない不安を抱きながらもアティは頷く。

 実際、道案内としてダイ以上の適任はいない。あまり大人数では儀式に差し支えるという話であり、そうするとブラスかダイが行くしかない。アティは島の地理が完璧ではなく、テムジンとダイを残すのは礼儀的な意味で憚られる。

 そして、ダイに敵対的な魔物はこの島にいない。

 ならば、ブラスの言う通り問題はないのだろうが。

 

 ――違和感。

 

 責任者であるテムジンはブラスと談笑を続けている。

 主に魔法の話や王家の話であり、それはアティにとっても興味深いものだったが、問題は護衛の如く残った計七名の暗いローブ達。

 周囲を警戒していると言われればそれまでなのだが、妙にピリピリしている。

 また、彼らの意識は周囲より内側、アティとブラスに向けられているように思えた。

 

 それでいて、アティの存在は殆ど無視されている。

 

 挨拶だけは交わしたものの、それからテムジンはブラスに付きっきりだ。

 島にダイ以外の人がいることに意外そうな顔をしていたので、アティのことは想定外、オマケ扱いなのだろうか。バロンなどは殆ど目も合わせてくれなかったが。

 

「……そういえば、バロンさんは?」

「ああ、孫でしたら散歩をすると言ってこの場を離れました。なに、迷うようなこともないでしょうし、あれも賢者ですから」

「そう、ですか」

 

 違和感が積み重なる。

 人を疑うのはアティにとって本意ではない。

 ただ、これまでの経験が「何かおかしい」と訴えている。

 

 テムジン達が「国」の人間であり「政治」や「軍」が関わっているのなら、思惑が複数絡み合っていてもおかしくない。

 親友と無数に交わした軍略モチーフの盤上遊戯では騙し合いも当たり前だった。

 遊戯だと鋭いのに実戦だと甘い、とよく親友にはからかわれたものだが。

 

 もし、彼らに裏の目的があるとしたら、それはなんだろう。

 

 洗礼の儀式ついでに、デルムリン島を殲滅すること?

 ねぐらの奥にガラクタと一緒に眠っている「ダイの宝物」――ある国の王が贈ったとされる「覇者の冠」を奪取すること?

 それとも、レオナ姫を暗殺することで継承順位を移すこと?

 

「………」

 

 アティの警戒心が伝わったのだろうか。

 少しずつ、ゆっくりと、さりげない動きで濃紺のローブ達が近づいてくる。

 

 じゃきん、と。

 

 ローブの袖から金属棒が生えたかと思うと音を立てて伸びる。

 一方の先端が鋭く尖った携帯用の槍が、身動きを阻むように差し出されて。アティは咄嗟に腰の剣――ラグレスセイバーの名を持つ逸品――を引き抜くと、槍を払った。

 

 金属がぶつかりあう高い音。

 

 槍が宙を舞い、地面に落ちてごろごろと転がる。

 

「アティ殿!? ……テムジン殿、これは一体!?」

「フ……ファハハハ! 予定より早かったが仕方ないっ!」

 

 テムジンが手を一振りすると、残る男達が一斉に槍を振りかざす。

 

「レオナ姫さえ死んでしまえば、パプニカ王国の実権はわしのものよ」

「やっぱり、最初から……っ!」

「いや、他の者は知らん。儂とこの七人、そしてバロン以外はこの島で死んでもらう!」

「そんなこと、させません……!」

 

 アティは力強く告げると剣を振るった。

 

 ――数の上では劣勢。

 

 リーダーであるテムジンは棒立ちのままだが、アティの傍には親衛隊(仮称)が四人。残る二人がブラスの行動を阻み、先程槍を払った一人は武器を拾っている。

 余程、実力に差がない限り、一人で三名以上を相手にするのは困難だが。

 

 テムジンも、親衛隊も、ブラスでさえも知らなかった。

 アティがかつて蒼い剣と共に幾多の敵と戦い、一つの島を救った英雄であることを。

 彼女の『本気』が、並の使い手を遥かに凌駕しているというその事実を。

 

「……っ!」

 

 踏み出した右足を軸に身体を回転させ、横薙ぎの一撃。

 

 

「なっ!?」

「こ、こいつっ!」

 

 対処しづらい角度からの攻撃は二人が後退。

 

閃熱呪文(ギラ)!」

「ぐっ……!」

 

 残る二人が近寄ってくるも、空いている手から放たれた熱気に呻き、足を止めた。

 

 閃熱呪文(ギラ)は初級攻撃呪文の一つ。指向性を持った熱で攻撃するもので、炎を出す火炎呪文(メラ)と比べ火事の心配が少ない。

 また、肌に火傷を受けた者はどうしても動きが鈍る。

 今現在、アティが習得している中では使い勝手のいい呪文だった。

 

「ええいっ、お前達、何をしているっ!?」

 

 親衛隊の無様な姿にテムジンが吠える。

 

 しかし、アティは止まらない。

 後退した親衛隊の一人に肉薄するとラグレスセイバーを振るい、槍を柄の部分で二つに切り落とす。横合いから突きかかってくる別の親衛隊には閃熱呪文(ギラ)を見舞う。

 

 ――どうやら、呪文は使えないようですね。

 

 ローブに隠れているものの、よく見ると彼らの体躯は鍛えられた戦士のもの。

 戦士だから使えないとも限らないが、動揺の仕方などからそう判断する。

 

 そして、ブラスもまた、ただ黙って抑えられてはいなかった。

 

「……神に仕える身でありながら、己が欲望のために主君が生命を奪おうとは……許せんわいっ!」

 

 手にしていた杖を振り上げると、二本の槍を勢いよく払って。

 

爆裂呪文(イオ)!」

 

 爆発を起こす呪文が、親衛隊ではなく上空に向けて放たれた。

 

 

 

「ぐ、ぐううっ……こんなことがっ」

 

 悔しげに歯を食いしばるテムジン。

 彼は今、親衛隊ともども、お化けキノコやマンドリル、その他大勢の魔物達に取り囲まれている。

 

 ――ブラスが起こした爆発が島の皆への合図になったのだ。

 

 長老の危機に集合した魔物達はアティに加勢し、あっという間に形勢を決めてしまった。

 

「ピー! ピピー!」

 

 そこにゴメちゃんがやってくる。

 ダイと一緒にいたはずの彼は、慌てた様子でぱたぱたと飛び回り、アティとブラスに何かを伝えようとする。

 

 生憎、アティには意味がわからなかったが、ブラスはゴメちゃんの報告に声を上げた。

 

「なんじゃとぉ! 魔のサソリの毒に姫が……!?」

 

 どうやら、少し遅かったらしい。

 

 現状、島のメンバーで解毒呪文(キアリー)を使えるのはブラスだけ。

 敵は、解毒のできるブラス――と、ついでにアティ――をレオナ姫と分断させ、島の外から連れてきたモンスターに襲わせた。

 一度、毒に侵されてしまえば、休もうと体力を奪われていく一方だ。

 

「急ぎましょう、ブラスさん!」

「うむ……!」

 

 テムジン達のことは魔物達に任せ、アティはブラスと共に駆けだそうとする。

 

 そこへ、大きな爆発音が逆方向――海の方から島全体に響き渡った。


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