新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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勇者のいない休日(中編)

 月が煌々と照らす夜。

 主人のいなくなった宿屋の遠目に、アティは二人の若者と向かい合っていた。

 

 ポップとマァムである。

 

 二人と会うのは二、三日ぶりだ。

 魔法使いの少年はマトリフの元で修行に励んでおり、マァムの方は怪我人の治療に奔走していた。アティ自身、復興支援で忙しかったため会う暇が無かった。

 と、言ってしまうと嘘になるだろうか。

 

 お互い、少しだけ会うのが気まずかったのだ。

 

「……すまねえ、先生。あの時は頭に血が昇っちまってた」

「いいえ。私こそ、ポップ君の気持ちを考えていませんでした」

 

 伏し目がちにこぼしたポップに首を振って答える。

 マァムもまた、申し訳なさそうに表情を曇らせた。

 

「私もごめんなさい。気持ちの整理がなかなかつかなくて……」

 

 少女の視線がダイの眠る宿屋の方へと向く。

 

「今はダイのことが一番だってわかってたのに」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 記憶を失ったダイに対し、ポップ達もそれぞれの気持ちを抱いていた。

 

 親友に忘れられた寂しさと悔しさを露わにしたのがポップ。

 志半ばで使命を忘れてしまったダイに胸を痛めたのがマァム。

 レオナを除くと二人が一番苦しかっただろう。

 

 ヒュンケルとクロコダインは、バランの強さを事前に知っていた。

 無力感が占める割合が大きかった二人は修行へと意識を切り替えることができたが。

 

「……今でも悔しいのは変わらねえ。ダイが俺達のことを忘れちまうなんて、一緒に戦ってきた思い出は、そんな簡単に忘れられるものだったのかって」

 

 ポップが拳を握り、深く息を吐いて告げる。

 

「でも、ようやく整理がついてきた。マトリフの師匠にも随分どやされたけど、お陰で目が覚めた。悪いのはダイじゃねぇ。バランの野郎だ」

「ポップ君……」

「あいつは間違ってる。今度襲ってきたら意地でもぶちのめして、ダイの記憶を戻させてやる」

 

 言葉だけを聞くと自棄になっているようにも思えたが。

 顔を上げた少年の表情は、決して憎悪や諦めに囚われてはいなかった。

 

「俺は先生みたいに割り切れないけど、それじゃ駄目かな?」

「……いいえ」

 

 アティはポップに歩み寄り、彼の手をぎゅっと握った。

 少年が僅かに動揺するのには構わず額を当てる。

 

「ありがとうございます、ポップ」

「べ、別に。当然のことを言っただけだろ」

 

 頬を掻いたポップが照れくさそうに離れると、代わりにマァムが口を開いた。

 

「私は、先生に賛成です」

「……マァム」

 

 少女は微笑み、ゆっくりと語る。

 

「バランのことは許せない。でも、それは私達からダイを奪ったからじゃない」

 

 ダイの記憶を奪ったことが大元ではあるが。

 

「お父さんのはずのバランが、ダイを言いなりみたいにしようとしてるのが許せない。だから、あの人を止めたい」

「……そう、ですね」

 

 頷く。

 アティの気持ちもマァムとほぼ同じだ。

 この世界に来てからの敵は、根本から人と相いれない者が殆どだった。

 

 ――でも、あの人(バラン)は違う。

 

 ダイの縁者であり、話す言葉を持っている。

 きっと、彼はまだ全てを語ってくれていないし、語られていない部分には深い事情があるように思う。

 

 だから、殺すのではなく倒す。

 もっと言えば、こらしめるとか、止めるといったニュアンスが近い。

 

「それで、先生に相談があるんです」

「相談?」

「はい」

 

 頷いたマァムは、迷いと決意を瞳に浮かべていた。

 

「私は、もっと強くなりたい。皆を守るために。それで、どうするのが一番いいか、一緒に考えてくれませんか?」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 幸い、マァムの相談に答える術は幾つかあった。

 三人はしばし言葉を交わした後、アイデアを実際に試してみることにした。

 

 不要な瓦礫を前に。

 マァム愛用の武器であるハンマースピアを手にしたのはアティだった。

 

 ――やっぱり、ちょっと重いですね。

 

 長剣とて軽いわけではないものの、そもそものサイズ感が異なる。

 長い金属の棒の先が十字に分かれて重りとなっているのだから、振り回し続けるには相当な力が要る。

 かといってクロコダインのレベルになると斧やハンマーの方が良いだろうから、これをマァムに与えたアバンの見立ては間違っていないだろう。

 

「それじゃあ、ちょっとやってみますね」

 

 ポップとマァムは少し離れたところから見守る形。

 固唾をのんで、というのがピッタリな様子に緊張しつつ、アティは何度か素振りを繰り返し。

 

「……うん」

 

 ハンマースピアを両手で構えた。

 息を吸い込み、斜め上段に振り上げながら一歩を踏み出し――。

 

「アバン流()()()、地雷閃!」

 

 ハンマースピアの穂先が力強く瓦礫に食い込み、粉砕。

 大きく四つほどのブロックに分かれたそれを見つつ、アティは一度後ろに跳んで。

 

「海鳴閃!」

 

 短めに持ったハンマースピアと共に素早く前進、ブロックの一つに向けて振りかぶれば。

 ごがん、と。

 鈍い音と共にブロックが二つに砕かれた。

 

 さらに。

 再び少し離れてから、先端側を身体の前に翳し。

 手を触れさせるようにして、十字部分に闘気を籠める。

 

 カッ、と。

 

 光が放たれたかと思うと、別のブロックに十字の穴が穿たれた。

 

「……こんな感じでしょうか」

 

 少しの時間だったが、肩が大分だるくなっているのを感じながら。

 アティはハンマースピアを下ろすと微笑んでみせる。

 

 ポップと共に見守っていたマァムは、武器を返されてようやく我に返ったようで。

 

「今のが、アバン先生の……」

「はい。アバン流刀殺法の仲間、槍殺法と――闘気技・クルスです」

 

 ほう、と、マァムが息を吐いた。

 

「……凄い」

「先生って、剣だけじゃなくて槍も使えたのかよ……」

 

 呆然とポップが言うので、軽く首を傾げて答えた。

 

「ちょっとだけだけどね」

 

 軍人だった頃に習い覚えたものだ。

 軍学校の必修項目は剣だったが、戦いの中で他の武器が必要になることもある。

 授業の中で槍や斧、弓を扱うこともあったし、選択科目でより詳しく学ぶこともできたのだ。

 

「後は、ヒュンケル達としばらく練習してたんですよ」

「わざわざ剣以外をかよ?」

「自分で使ってみれば、敵に使われた時に慌てなくて済むでしょう?」

 

 アバン流は刀殺法の他に五系統の武器を扱っている。

 他の槍・斧・弓・鎖(鞭系)・牙(拳に付ける武器)の技を直接教わることはできなかったが、アバンの書には使い方から練習方法までが記されていた。

 最終形であるアバンストラッシュも全武器で利用可能だという。

 

 ならば、学ばないのは勿体ない。

 

 クロコダインは独自の技を持っているが、斧殺法を学ぶことでより完成度を高められるだろう。

 ヒュンケルのブラッディ―スクライドは剣だけでなく槍にも向いた技だし、武器を失った時のため、と彼は他の武術を一通り試したがった。

 

 彼らとの修行の中で、アティも槍殺法等を試し、クルスのコツを教わっていた。

 

「見様見真似なのであくまでお試しですけど」

 

 剣を主武器としない者にとっては朗報といえる。

 

「きっと、マァムの役に立つと思うんです」

「先生、もしかして私のために……?」

 

 それには答えず、アティは優しく微笑んだ。

 

「ハンマースピアはとても優秀な武器です。名前の通り、ハンマーと槍の特性を併せ持っているんですから」

 

 単純に考えて、アバン流の槍殺法と斧殺法に利用できる。

 にもかかわらず、アバンがマァムに『先』を教えなかったのは――マァムが当時幼かったことと、当時のマァムには必要なかったからだろう。

 刀殺法も槍殺法も名の通り殺しのための技。

 幾ら刃を持たない鈍器とはいえ、重いハンマースピアで技を振るえば十分に殺傷可能だ。

 自衛のため、村の皆を守るため、という範囲であれば単に殴りつけるだけで十分。足りない分は魔弾銃が補ってくれたはず。

 

 しかし、今のマァムなら。

 

 一朝一夕には使いこなせないハンマースピアを手足のように振るえる。

 両手武器にもかかわらず魔弾銃と併用できるくらいだ。

 この才能を生かさない手はない。

 

 本格的に学んでいないまでも、彼女とて闘気の初歩はこなせる。

 併せてクルスを鍛えておけば更に幅が広がるだろう。

 

「マァムには人殺しのためではなく、守るために技を学んで欲しい。使うべき時をきちんと見極めれば、きっと強い力になります」

「先生……」

 

 息を呑んだマァムは「わかりました」と頷いた。

 

「私を特訓してください。お願いします」

「わかりました。厳しい特訓になりますけど、ついてきてくださいね」

「はいっ」

 

 その日から、アティとヒュンケル、クロコダインが入れ替わりで教師となり。

 実践形式でのマァムの特訓が開始された。

 

 一人交ざれないポップは若干拗ねた様子だったが、その分、マトリフから猛特訓を受けたようで――凄い呪文を覚えたと自慢していた。

 日を追うごとにバランの動向が気になりだす中。

 パプニカの復興も少しずつ、着実に進んでいた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……本当、アティのお陰で助かってるわ」

 

 仮の執務室で机に突っ伏し、レオナが息を吐く。

 若くして国の責任者となった彼女は、引継ぎ資料も碌にない中、始まって以来の国の危機に日々立ち向かっている。

 ダイを一時的にヒュンケルへ預けたアティは、傍らの椅子に腰かけたまま苦笑する。

 

「私にできるのはアドバイスくらいですけど」

「それでもよ。アポロ達は物知りだけど政治に生かすのは苦手だし、家臣の多くは逃げる途中で殺されちゃってるから……」

 

 内政に長けた人員が目下不足中。

 事務的な作業を三賢者に振れるだけマシだが、帝王学を学んでいたレオナでも「非常時にまず何をすればいいか」は全く分からない。

 古老といえるバダックは案外、相談役に向いていたが。

 異なる視点からアドバイスができるアティはレオナから重宝されていた。

 

 出身は平民、職業は軍人から貴族令嬢の家庭教師。

 異世界から来たのは秘密だが、王家にはなかなかいないタイプだ。

 

「各国の情報を集めなくていいのか、なんて、考えてられなかったわ……」

 

 何せ自国のことで手一杯だ。

 平時は競争相手ということもあり、詳細なデータのやり取りなどしておらず。

 いざ魔王軍が現れてみたら、碌に使者をおくる暇もなく開戦。

 ブレインが散り散りになって殺された結果、情報など噂として入ってきたものを取りまとめるのが精いっぱいの状況だった。

 

 ――ルーラの使い手が多ければ別なんですけど。

 

 パプニカの家臣の中にはいない状況。

 むしろ、この呪文の使い手は在野の魔法使いに多かったりする。

 軍事利用しやすい呪文のため、王家に取り入る気のない者は習得しても隠しているのだ。

 

「でも、レオナの『やりたいこと』を考えたら絶対必要です」

「そうね。急がば回れ、か」

 

 力自慢に知恵者、呪文使いを広く募集中。

 復興や物資の整理、伝令補助や夜の明かり取りに振り分け、それなりの給金を約束する。

 他国に使者を送り協力と情報共有を呼び掛ける。

 

「今回の魔王軍は桁違いに強い。各国ごとに対処している場合じゃないわ。できる協力はしていかなくちゃ」

「どこも『そんな余裕はない』状態でしょうけど……」

 

 だからこそ、誰かが呼びかけなければならない。

 

 レオナの耳にはアバン経由の情報も可能な限り入れている。

 もちろんアバン生存は秘密だが、カール王国がドラゴン軍団に攻められている等は伝えた。

 

 使者として送ったマリンとエイミによれば、まだなんとか持ちこたえているようで、女王フローラとも謁見ができたらしい。

 レオナの提案を前向きに検討する、と言ってくれたのが心強かった。

 

「アティ達の方はどう? 上手くいってる?」

「はい。あの時より強くなった自信はあります。でも……」

 

 懸念はまだある。

 

「バランはもう一度やってきます。今度はきっとドラゴンを率いてくるでしょう。その時、できるだけ都から離れておきたい。それから、剣や杖を調達しておきたいんですが……」

 

 むう、と、レオナが突っ伏したまま顔だけを上げた。

 

「都から離れてる家を確保しましょう。あんまり離れられても連絡が取りづらいけど。……武器の方は、今のパプニカだと厳しいかな」

「はい。修行用には十分ですけど、できればもう少し質のいいものがあれば……」

「どこかに武器屋か鍛冶屋の知り合いでもいればいいんだけどねえ」

 

 その時、マトリフの庵で誰かがくしゃみをしたが、二人は知る由もなく。

 

「そうだ。ベンガーナに行ってきたらどう?」

「ベンガーナ……軍事大国でしたか?」

「そ。あそこには大きなデパートがあるのよ。気球を使えば短時間で行けるし」

 

 本当は遊びに行きたいところだけど、とレオナは続けて。

 

「どうせ、あそこの王様にも話をしないといけないわ。情報収集も謁見も直接行った方が早いでしょ。護衛も兼ねるってことなら、私のポケットマネーから少しくらい融通するわよ」

「デパート、ですか」

 

 武器屋や防具屋、雑貨屋、食料品店などを纏めた施設のことらしい。

 帝国の都にあった大きな商店を思い出し、それなら、と頷く。

 

「ダイ君にもいい気分転換になるかもしれませんね……」

「決まりね!」

 

 早速アポロ達に話を通しましょう、と、指を鳴らすレオナは笑顔を浮かべていた。




すみません、1~2話の予定でしたがもう一話、日常?シーンが挟まりそうです。
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