新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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勇者のいない休日(後編)

「首尾は上々……とは、いきませんでしたね」

 

 言って、パプニカ三賢者の一人――エイミが溜め息を吐いた。

 賢者の衣ではなく文官の正装を纏った彼女は、先程まで行われていた会談の疲れから顔を曇らせている。

 城を振り返れば、門の前に立つ兵士の顔が見えるか見えないかといった頃合いだった。

 

 臣下の愚痴を聞いたレオナが苦笑を浮かべて口を開く。

 

「……まあね。でも、収穫はあったわ」

 

 肩を竦めてみせる彼女からは安堵の色が見えた。

 

 ――ベンガーナ王との謁見は、申し入れから数日後にようやく実施された。

 

 大国ベンガーナは今も魔王軍の脅威を退けている数少ない国だ。

 軍事、経済ともに順調で、港に泊まっていた軍艦や気球から見えたデパートの大きさは思わず感嘆してしまう程だった。

 当然、王の忙しさも相当なもの。

 数日で謁見が許されただけ幸運、壊滅したとはいえパプニカ王家の名に効果はあったといえる。

 

 ただ、肝心の話し合いの方はなかなか難しい結果に終わった。

 

「……あの王様、なかなか面倒臭い感じだったわね」

「あはは……。その、強気な方でしたね」

 

 思わず、といったエイミの呟きに、アティは誤魔化し笑いと共に答えた。

 

 ――ベンガーナの勢いそのまま、王は自信満々だった。

 

 魔王軍など恐れるに足らず。

 最新鋭の軍艦や戦車に搭載した大砲の前では魔物の群れといえど無事で済まない、と、ロモス王とレオナの中間といった歳の王は高らかに笑っていた。

 アティは直接会話に参加せず護衛役、エイミが文官と侍女を兼ね、主にレオナが会話を担っていたが。

 パプニカの例を引き合いに出して脅威を説いてものらりくらりとかわされ、彼の態度が変わることはなかった。

 

 機界ロレイラルを知るアティからすれば大砲では不足。

 安心したいなら機銃かレーザーくらいは欲しいというのが感想だったが。

 

『サミットとやらには賛成しよう。だが、パプニカで開催する必要があるのか? やるならこのベンガーナが相応しいと思うのだが?』

 

 提案者から主催を奪い取ろう、と、そんな提案までしてきた。

 

「いいじゃない。今うちに余裕がないのが確かだもの。おもてなしする費用が浮いたと思えば」

「ですが姫様、それでは向こうのいいように……」

「もちろん、好き勝手にさせるつもりはないわ」

 

 幾分か、冷えた声がアティ達の耳に届いた。

 

「魔王軍の脅威を一番知っているのは私達パプニカよ。自分達の軍さえあればどうにかなるとか、舐めたことを言ってくるなら絶対に抗議するわ」

「……姫様」

 

 エイミが気おされたように口ごもる。

 

「レオナ」

「大丈夫よ、アティ」

 

 心配になって声をかければ、少女は表情を戻して微笑んだ。

 

「平和が一番。そのためには協力しましょう、っていうだけの話よ。人間同士で憎しみ合うなんて沢山だもの」

「……そうですね、本当に」

 

 深く、噛みしめるように、アティはレオナへ頷きを返した。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「アティ!」

「先生、レオナ姫。エイミさんも、お疲れ様です」

「ダイ君、マァム。お待たせしました」

「マァム? 私のことはレオナって呼んでって言わなかったかしら。あなたのことも『マァムさん』って呼ぶわよ?」

 

 公の用事を終わらせた三人は、待たせていた二人と合流する。

 ベンガーナへ来たのは全部で五人。

 一つしかない気球に乗れるギリギリの人数だ。剣も呪文も使えるアティを護衛とし、後はダイとレオナ、お付きをエイミ一人に任せるとして、残った枠は一つだけ。

 ポップも誘ったのだが、彼は首を振って答えた。

 

『俺はいいよ。師匠から杖とマントをもらったしな』

 

 おまけについてきた変なベルトはどうかと思ったが、マトリフからのプレゼントは質の確かな品だった。

 

 クロコダインは目立ちすぎるし、ヒュンケルは当然の如く同行を拒否。

 二人は装備の買い替えを必要としていないこともあり、ならいっそ女子だけでという話になった。

 

 ――ダイ君は男の子ですけど。

 

 ここで言うところの男性には当てはまらないのでノーカウントである。

 

「じゃ、待ちに待ったデパートに行きましょうか!」

「姫様、謁見より気合い入っていたりしませんよね……?」

 

 エイミが恐る恐る尋ねたが、レオナからの返事はなかった。

 このところ仕事ばかりだったのだから、まあ、このくらいの息抜きはあってもいいだろう。

 

 

 

「でも、本当に大きいですね」

「これだけの建物が全部お店となると、品物を運ぶだけでも一苦労でしょうね……」

 

 デパートはちょっとした城くらいの大きさがあった。

 地上五階に地下一階。

 日中の店内は多くの人――冒険者から貴族、商人、一般市民まで多くの人で賑わっており、エレベーターという特殊な昇降装置まで備わっていた。

 人が十人ほど入れそうな箱がスイッチ一つで上下する機構は、リィンバウムでも見たことがない。

 ロレイラルには存在しているのか、帰ったら機界出身の友人に聞いてみたくなった。

 

 

 

「とりあえず五階から見ましょうか」

「ダイ君も、気になるものがあったら遠慮せずに言ってください」

「う、うん!」

 

 少年はアティかマァムの傍を離れようとしないまま、素直な頷きを返してきた。

 

「姫様はもちろんですが、アティさん達にも予算をご用意しています。今日の護衛、それから姫様を救っていただいた謝礼ということで、どうぞお使いください」

「ありがとうございます、エイミさん」

 

 要らない、と言っても逆に失礼になりかねない。

 ここは甘えることにして、アティは笑顔でお礼を言った。

 

 エレベーターで五階に上がると、広い空間に鎧や服が所狭しと陳列されていた。

 

「籠手やブーツなんかもあるのね」

 

 防具をじっくりと眺めたマァムが思案の末、腕用の防具と丈夫な靴を購入。

 動きの邪魔にならない範囲で防御力を上げると同時、いざとなれば格闘ができるように、という配慮だ。

 

「先生はいいんですか?」

「私は身軽な方が動きやすいので……」

 

 服の下に防刃効果のあるインナーを仕込んでいるため、それで事足りてしまう。

 

「二人とも、防具もいいけど服を見なさいよ。女の子なんだから」

「あ、それならエイミさんもどうですか? ヒュンケルに見せてあげ……」

「な、なんの話ですか!」

 

 気がつくと、エイミのヒュンケルを見る目が熱かった。

 何か特別なことがあったのかはわからないが、きっと好きなのだろう、と声をかけたら顔を真っ赤にして誤魔化された。

 これは確実に脈ありだ、と、レオナやマァムと共に微笑む。

 ダイがよくわからない、というように首を傾げていた。

 

 

 

 なんだかんだ言いつつ、お洒落な服も物色し。

 わいわいやっていると少年が退屈し始めたのがわかり。

 

「ダイ君も欲しい服、ありますか?」

 

 尋ねると、ダイは驚いた顔で首を振った。

 

「ぼく、男の子だから……っ!」

 

 どうやら女装を薦められていると勘違いしたらしい。

 少し離れたところに子供服もあるのだが。

 

「でも、ダイ君ならスカートも似合うんじゃない? ね、エイミ?」

「え? ええ、顔立ちは整っていますから……髪を整えて、肌の出ない服を着れば」

 

 変な方向に進み始めた話は、ダイが涙目で逃げ出すまで続いた。

 

 

 

「四階は武器関係ね」

「私としてはここが本命ですね……」

 

 復興中のパプニカには大した武器が残っていない。

 対して、デパートの品揃えは流石だった。

 剣だけでも長さやデザイン、材質の違うものが数多く揃っており、質としても悪くない。

 

 ――並の武器としては、だが。

 

 ラグレスセイバーと比較してしまうと見劣りするが、ひとまず二本を買うつもりで物色していると。

 人だかりのできた一角からわいわいとした声が聞こえてくる。

 

「なんでしょう……?」

「オークションみたいね」

 

 人々の視線の先に置かれていたのは腕に嵌めるタイプの刃物。

 手を守る甲の先端に鋭利な刃が付いており、体術の延長的な動きで刺突、切断が可能。

 いざとなれば投擲することもでき、便利な武器といる。

 

「……ドラゴンキラー」

 

 竜の鱗すら容易く貫く最高級武器だという。

 オークション、つまりは「最も高い値をつけた者の勝ち」という形式なのも頷ける。

 

「どう、アティ?」

「いいかもしれません」

 

 使い勝手は異なるだろうが、剣の一種ではある。

 刀殺法の理念を汲みつつ格闘を組み込めば――と。

 

「止めておきな。……武器を持って強くなった気になる男どもと同類に扱われたいのかい?」

 

 しわがれた声がアティ達に降りかかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……物好きだね。占いを信じるのは道楽好きの金持ちか、頭の悪い貧乏人と相場が決まってるってのに」

「誰にでもできることじゃありませんから。敬うのは当然のことです」

 

 デパートにほど近いところにある高級酒場。

 テーブル上には飲み物とチーズの盛り合わせが置かれている。

 

 憎まれ口を叩きながら酒を口にしたのは、黒いローブにとんがった帽子の老婆だった。

 隣に座った大人しそうな娘が「すみません」と頭を下げる。

 

「すみません、祖母が失礼なことばかり」

「フン。失礼なもんかい。あたしの忠告を聞かなかったのが悪いのさ」

 

 アティ達を制止した声の主がこの老婆である。

 

 占い師ナバラ。もう一人は孫娘のメルル。

 占いで生計を立てながら各国を旅しているのだと当人達は語っていた。

 

 ――ナバラの言う通り、アティ達はオークションに参加した。

 

 結果的にドラゴンキラーを手に入れることには失敗。

 というか、一定額に達した段階で入札を諦めた結果、あの武器は不思議な喋り方をする商人が持っていった。

 

 代わりに、アティは長剣を二本買い求め、ナバラ達に「良ければ占いをしてくれないか」と依頼を持ち掛けたのだった。

 老婆が傾けている酒が報酬代わり。

 なお、アティ達やメルルは酒ではなく、果実をつぶしたものとミルクを混ぜた飲み物を注文している。

 アティはバナナの果実を選んだが、ミルクとの相性は抜群で、叶うならまた飲みたいと心から思った。

 

「……で? 何を占って欲しいんだい?」

 

 とん、と、酒瓶をテーブルに置いてナバラが尋ねてくる。

 

「この子の進むべき道を。それが駄目なら、優秀な鍛冶屋さんのいるところを」

 

 隣でちびちびとミルクを飲むダイを示す。

 碌な手がかりの無い事柄について、何か手掛かりでも掴めればという思いだった。

 

 鍛冶屋の方も同じ。

 ダイのことに比べれば優先度は低いものの、できれば知りたい。

 デパートで武器の仕入れ元、刀匠の名を聞いてみたりはしたのだが、良い返事を得ることはできなかった。

 

「……ふむ」

 

 ナバラが鋭い目つきで少年を見る。

 じっと見られたダイがびくっとするも、老婆は気にすることなく視線を向け続け、やがて息を吐いた。

 

「いいだろう」

 

 メルルが水晶玉を取り出して差し出すと、ナバラはそれをテーブルの上に置いた。

 両手をかざして目を閉じ、何やら念じて。

 

「……ねえ、本当に大丈夫なのかしら」

 

 囁いてくるレオナにアティは答える。

 

「大丈夫ですよ、きっと」

 

 当たるか当たらないかは運と心掛け次第。

 普通は胡散臭いと思うかもしれないが、アティにとっては割と馴染み深い職業だったりする。

 知り合いの酒好き占い師とは顔立ちも喋り方も違うが、それでも、老婆はどこか似通った雰囲気を持っている。

 

「出た」

 

 短く告げると、ナバラは深く息を吐いた。

 額に汗を浮かべているのを見るに疲労したのかもしれない。

 マァムが恐る恐る尋ねる。

 

「それで、どうなったの……?」

「何もしなくていい」

 

 返ってきたのはわけのわからない答え。

 レオナが眉を顰めて呟いた。

 

「何よそれ、そんなのでお金を取るわけ?」

「……ふん」

 

 老婆はジロリと少女を睨むと、「二日だね」と付け加えた。

 

「家に帰って二日待てばいい。そうすれば、転機は向こうからやってくるさね」

「……そうですか、二日後に」

 

 言われた言葉を噛みしめながら、アティは礼を告げる。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「仕事だからね。……あんたたち、パプニカ出身だろう? 今の状況はどうなんだい?」

 

 カップの中身を飲み干したレオナが答えた。

 

「復興中よ。幸い、建物は結構無事だったから」

「そうかい。……気が向いたら渡ってみるとしようかね」

 

 三日後以降にね、という声を聞きながら。

 立ち上がったアティ達は、孫娘の声に呼び止められた。

 

「四つです」

「……え?」

「四つの力が、無数の小さな力を連れてやってきます」

 

 四人とも足を止めたまま、メルルの表情を見つめた。

 どこか夢うつつのようだった少女は、祖母に「メルル」と呼び掛けられると我に返った。

 

「おばあさま、私、今……」

「お前にもだんだんと力が備わってきたのかもしれないね」

 

 立ち上がり、頭を下げるメルルに見送られ、アティ達は酒場を後に。

 再びデパートを見て回り、幾つかの品を買い求めてパプニカに帰国した。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 二日後だと、アティの話を聞いた男性陣の反応は静かだった。

 

「……そうか」

 

 ヒュンケルが頷き、クロコダインは黙って目を細める。

 

「いよいよか……」

 

 ポップも、喜びと恐れを同時に表しながらぶるっと身を震わせる。

 そう、いよいよだ。

 

 ――竜騎将バランが再びやってくる。

 

 総力を挙げてダイを、否、ディーノという少年を連れ帰るために。

 アバンの使徒達は修行の仕上げを始め、そして、終われば英気を養うようにゆっくりと休んだ。

 

「ねえ、ダイ君?」

「なあに、アティ?」

 

 寝床にて。

 少年の頭をゆっくりと撫でながら、アティは尋ねた。

 

「もし、私達があなたを騙していて、大きく育ててから食べちゃおうとしているとしたら――ダイ君はどうしますか?」

「え、っと……」

 

 寝ぼけ眼のダイは少し考えるようにしてから答えた。

 

「ぼくは――」

 

 予言は真実となり。

 戦いは二日後に行われることとなった。


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