新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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激突! 超竜軍団!!(上)

 開戦直後、良いと思われた雲行きは一気に怪しくなった。

 

「憶するな! 一斉に焼き尽くしてしまえ!」

 

 バランが一喝、竜達を統率したからだ。

 ポップの重圧呪文(ベタン)で乱れかけた隊列が見る間に整い、竜達が大きく息を吸い込む。

 

「させるか――」

「それはこっちの台詞だぜぇっ!」

「っ」

 

 妨害しようとしたヒュンケルにはガルダンディーから牽制が加えられた。

 自らの羽を引き抜いての投擲攻撃。

 刺さっても少々痛い程度だろうが、だからこそ隠された効果を警戒すべき。ヒュンケルは舌打ちし、羽を剣で切り払った。

 

 ワンテンポ遅れたことで妨害は手遅れに。

 

 青年は深追いせず後ろに跳び、アティ達と並ぶ。

 空では無防備すぎるとポップも降下し、一行が集結する。

 

「……やれ!」

 

 バランの号令と、アティの呪文がほぼ同時だった。

 

瞬間移動呪文(ルーラ)!」

 

 一呼吸遅れて息を吐き出す竜達。

 数十という竜が放った高温の炎が集まり、一つの脅威となって草原を焼いた。

 地が焼け焦げ草花が消失。

 押し寄せる炎の波を避けるのは、通常の方法では困難だったが。

 

「む……」

 

 呪文により十歩分の距離を後退したことで、アティ達の位置は半円からズレた。

 当然、その程度でかわしきれるわけではないが。

 

「唸れ! 真空の斧よ!」

真空呪文(バギマ)

「……っ!」

 

 真空の斧、アティの手のひら、そしてマァムの魔弾銃から放たれた風が炎を包み込む。

 荒れ狂う力の本流を抑え、和らげ、僅かな間を重ねて作り出せば。

 破るための余地が生まれてくれる。

 

 アティ、ヒュンケル、マァムがそれぞれの獲物を振るって。

 

「アバン流斧殺法――割波断!」

「海波斬!」

 

 ハンマースピアが空気の塊を炎の中心に叩き込み。

 追うように放たれた二筋の剣閃が火炎をバラバラに切り裂く。

 熱気で揺らぐ視界の先に、竜達の姿が見えた。

 

「っしゃあ! もう一発喰らいやがれ――ベタン!」

 

 呪文と共にポップが杖を振るえば、ずん、と、正面にいた数匹が潰れた。

 

「これがアバンの使徒……我らが集められたことも頷ける……!」

「ハッ。人間が数匹で頑張ろうとたかが知れてるだろうよっ!」

 

 隊列の変更によって下がっていた精鋭達はそれぞれに感想を口にし、己の乗騎に鞭を打った。

 

「バラン様、我々も参ります」

「……うむ。足止めは任せる」

 

 頷いたバランだが、その眼光は息子のいる戦場の向こうではなく、アティに向けられていた。

 まるで、容易くは通れないことを感じているかのように。

 

 

   ☆   ☆   ☆

 

 

「私がバランを食い止めます」

「なら、俺はあの槍使いをやろう」

 

 作戦会議にかけられる時間は殆どない。

 アティが宣言すれば、ヒュンケルが油断なく前を見据えながら言った。

 

「ヒュンケル、多分、彼の槍は」

「わかっている。……呪文を封じる鎧同士なら、後は技の優劣だけだ」

 

 青年もまたあの槍の秘密に気づいていたらしい。

 視線を交わしあう二人を見て、クロコダインが頷く。

 

「なら、オレはあのデカブツだ」

 

 すると、ガルダンディーの相手はマァムということになる。

 

「ポップ君はできるだけドラゴンの数を減らしてください」

「おうよ! ……っても、なかなかヘビーだぜこりゃあ……!」

 

 言いながら、ポップは左手に嵌めた指輪を擦っていた。

 祈りの指輪。

 マトリフが秘蔵していた高価なアイテムを無理言ってもらってきたらしい。

 直伝の新呪文ベタンは足止めと攻撃を同時に行える強力な魔法だが消耗が激しい。数発撃てば魔法力が空になるらしく、それを補填する品が必要だった。

 

 ――でも、お願いします。辛抱してください。

 

 竜の吐息は溜めに少し時間がかかる。

 ここが好機と一気に駆けながら、アティは心の中で呟いた。

 

「オオオオオッ!!」

 

 とはいえ、竜達も黙ってはいない。

 吐息で殺せなかったのならと前に踏み出し、前足や尻尾を振るってくる。

 

 ――まともに受けるわけにはいきません。

 

 多少減速してでもよく見てかわし、飛び越え、可能なら大地斬で切り落とす。

 集団に飛び込んでしまえば死角が多くなる。

 巨体に押しつぶされないためには足を止めないことが必須だが、こなせれば突破することは可能だ。

 

 通り抜けざまに爆裂呪文(イオラ)を口に放り込んで一匹を吹き飛ばし。

 爆風に乗るようにして一気に、将の待つ奥へと到達した。

 

「来たか」

「バラン!」

 

 バランは部下達を戦場に向かわせ、一人アティを待ち構えていた。

 剣はまだ抜かれていない。

 差し出された手のひらから放たれるバギマを海波斬で斬り払う。

 風を裂き迫る剣閃に対し、バランは己の乗騎を盾に使った。

 

 

「ギャオオ!」

「……ふん」

 

 竜が悲鳴を上げるのに構わず、自分より大きな身体を持ち上げ――投擲。

 

「……っ」

 

 止む無く、アティは竜の身体を両断する。

 勢いが落ち、買ったばかりの剣に血糊がこびりついていく。

 

 唇を噛んだ矢先、竜騎将の大きなシルエットが目前に迫ってきた。

 

「手加減はせんぞ」

 

 言葉通り、額には既に紋章が輝いていて。

 咄嗟に突き出した剣が硬い拳に叩かれ、まるで棒きれか何かのように折れた。

 

 ――折角、デパートで買った一級品だったんですけど。

 

 アティは跳躍、距離を取りながら折れた剣を投げつける。

 バランは飛んできたそれを意にも介さず、身に纏った竜闘気で防ぎながら追撃してきた。

 

「剣を抜かなかったこと、後悔しても知らぬ」

「それは――こっちの台詞です」

「何?」

 

 マントの下、腰の後ろに手をやり、そこからもう一つの得物を引き抜く。

 

「はっ!」

 

 拳を避け、すれ違いざまに閃かせた刃はバランの腕を浅く薙いだ。

 陽光に輝くそれはパプニカの宝刀。

 

「ディーノの持っていたものか」

「いえ、別の一振りです」

 

 パプニカのナイフは全部で三本存在する。

 一本は国王の死と共に失われたらしいが、残る二本は現存している。

 アティが手にしているこれは、レオナがダイに与えたものとは別の――つまり最後の一振り。

 

「付け焼刃の技で、私が倒せると思っているのか」

「付け焼刃かどうか、試してみますか?」

「いいだろう……っ」

 

 打ちかかってくるバランを、アティは必死にかわし、いなした。

 防戦一方。

 こちらから打って出れば即座に仕留められていただろうが、守りに徹した結果、バランの身体には幾つもの小さな傷が生まれていく。

 アティの技が付け焼刃ではない証拠だ。

 

 もとより、アティの剣は速さと技術を重視したもの。

 力ではどうしても男に劣ってしまうため、正面ではなく側面から、胴ではなく脇や手足を狙う術を得意としてきた。

 殺傷よりも無力化を望む当人の性格も手伝い、その技は一流の域に達している。

 

 やりすぎてしまう危険性が少ない分、ある意味では長剣よりも短剣の方が向いているとさえいえた。

 

「この女……っ!?」

「女でも、戦わなくちゃいけない時はあるんです……っ!」

 

 ちっ、と、バランが舌打ちする。

 攻撃を止めて距離を取った彼を見て、アティは「何か来る」と直感する。

 

 直後、予感は天からの雷という形で的中した。

 回避は、不可能だった。

 

 

 

 ライデイン。

 金属の鎧を無力化し、全身にダメージを浸透させる恐ろしい呪文。

 竜の騎士にのみ許された雷は、アティを確かに直撃した。

 

 ――辺り一帯は妙に静かだった。

 

 竜達でさえ将の戦いに立ち入りはできず、遠巻きに他の者達と戦うのが精いっぱい。

 アティの立つ地面の周囲、そこにできたクレーターを見ればそれも納得できるというものだが。

 

「……はあっ、はあっ」

「……馬鹿な」

 

 新調したマントが焦げ、千切れ飛んだものの。

 アティはまだ、確かに立っていた。

 電撃を受けなかったわけではない。身体はふらつき、手にしたナイフはまだ帯電していたが。

 

「呪文を防ぐのは、あなただけの特技ではありません」

 

 告げて、アティは地面を蹴った。

 目を見開いたまま、拳を構えようとしたバランは、何かに気付いたように背中へと手を伸ばした。

 

 ――ナイフが帯電を続けているのは何故か。

 

 雷を纏った刀身を、更に闘気が覆っていることも考えれば。

 

「アバンストラッシュ!」

「お、おおおおおおっ!」

 

 パプニカのナイフが真魔剛竜剣とぶつかり、砕けた。

 吹き飛ばされたのは、やはりアティの方だった。

 

 

 

 地面にぶつかり、倒れて。

 アティはそれでも身体を動かした。

 

「……回復呪文《ホイミ》か」

 

 手のひらから生まれる柔らかな光を見て、バランが呟く。

 

「はい。数少ない私の特技です」

 

 そもそも、召喚師を志したのだって皆の傷を癒すためだ。

 こうして自分に使えば、倒れずに何度だって立ち上がれる。

 

「笑わせてくれる」

「……?」

「魔法剣まで用いた女が非才を自称するとは、片腹痛いと言ったのだ」

 

 押し殺したような声でバラン。

 どうやら褒められているらしい。

 

「自分の呪文だと上手くいかないんですけどね。……でも、ありがとう」

 

 ございます、と言おうとした時。

 バランの額が光り、反射的に横へ動いて、肩口に焼けるような痛みが生まれた。

 

「っ」

 

 続けて二度、三度。

 目にも止まらぬ速さで次々に、アティの四肢や脇腹が穿たれていく。

 閾値を超えた痛みにがくりと膝が折れた。

 

「……圧縮した闘気」

「紋章閃の原理も見抜くか」

 

 原理としては、アバンの編み出したクルスに近い。

 十字を用いることで収束を助け、指向性を持たせやすくしているあの技と違い、バランのそれには何の補助も存在しないが――収束率も威力も段違いだ。

 心臓を焼かれていれば即死だったかもしれない。

 

 ホイミを止めないまま、アティはバランを見据える。

 何度か喰らううちに少しは目が慣れてきた。

 技の『出』を捉えることさえできれば避けられるかもしれない。

 

 そんなアティを、バランは何故か悲しげに見つめていた。

 

「アティよ、そこまでにしておけ」

「……何を」

「貴様のために言っているのだ」

 

 単なる無慈悲、傲慢ではなく、本当に思いやりの色が声にはあって。

 アティはだからこそ戸惑ってしまう。

 

「立ち上がるな。抗うな。傷つき、倒れたまま哀れな姿を晒していろ。でなければ本当に死ぬぞ」

「……私が立ち上がらなければ、他の人が傷つきます」

「わからないか」

 

 何を、とはバランは言わない。

 言えないのか、言いたくないのか、言わずともわからせたいのか。

 真剣さは痛いほど伝わってくるのに、アティにはわからなかった。

 

「死ぬのは怖いです。でも、大切な人が傷つくのはもっと怖いんです」

「人に、貴様が守るほどの価値などない」

「それは私が決めることです。あなたじゃない。もし私が間違っているというのなら、あなたの理由を教えてください」

 

 話はそこに戻ってくる。

 わからないが、バランが戦いたくないというのなら、気持ちは同じだ。

 

「話し合えばいいじゃないですか。人も魔族も、昔は竜だって。同じように言葉を操れていたんです。どうして、話す前に争いあおうとするんですか」

「貴様は甘い。甘すぎる」

 

 吐き捨てるようにバランは言うと、剣を地面へと突き立てた。

 

 ――わかってくれた?

 

 一瞬、そう考えたアティは、すぐに考え違いを悟る。

 顔に装着した牙の装飾品をバランが手にしたからだ。

 

「止まらぬというなら排除するまで。余計な感傷を全て捨て去り、全霊を持って貴様を葬ってくれる!」

 

 何か、よくないことが起こるような気がした。

 しかし、彼を止めるには力も時間も、何もかもが足りていなかった。

 

 バランが牙を握りしめ、己の手のひらを傷つける。

 

 流れ出した血は人と同じ赤色。

 それが、魔族と同じ蒼に変わっていくのをアティは見た。

 

「グウオオオオッ!」

「あ、ああ……っ!」

 

 一筋の雷光が落ち。

 雷を身に纏ったバランは、その姿をみるみるうちに変貌させていく。

 鎧が内側からはじけ飛び、服が千切れ、髪が逆立つ。

 背中からは翼が生え、皮膚は刃を容易に通さない硬い物へと変わった。

 

 ――アティの『抜剣』を驚いた理由がわかった。

 

 バランもまた変わることができるからだ。

 人の身では扱いきれない力を振るうための姿、戦闘形態へと。

 

「……竜魔人、という」

 

 ギロリ、と、バランの瞳がアティを射抜く。

 冷たい。

 それまでの複雑な想いを纏う瞳とは違う、まるで獲物を見る獣のような目だった。

 

「竜と魔族と人の力を併せ持った、竜の騎士の真の姿だ」

「どうして、今まで」

「この姿になった私は戦闘のための修羅と化す。情けや手加減が一切できん。敵を殺しつくすまで止まれない、いわば奥の手だからだ」

 

 真魔剛竜剣が引き抜かれる。

 大きな雷が刀身に落ち、呪文を帯びた剣が持ち上がって。

 

 竜魔人バランが地を蹴る様を、アティは呆然と見つめるしかなかった。

 

「……ギガブレイク!」

 

 絶望的な威力がアティの胸で弾け、蒼い光が解き放たれる。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 そして。

 想像を絶するバランの力が解放された頃。

 他の戦場もまた終結、あるいは次の局面へと向かおうとしていた。




太陽をイメージする髪、ダイとバラン双方を慮ってくれ、バランと一騎打ちができる実力者であり、変身能力を持っているアティ先生。
バランも「できれば殺したくない」くらいには思っています(いました)。

殺す踏ん切りがつかないなら変身しちゃえ、と悪い方向に向かいましたが……。

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