新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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激突! 超竜軍団!!(中)

重圧呪文(ベタン)!」

 

 複数の首を持つ巨大な竜が、見えざる大きな力を受けて倒れる。

 トベルーラで上空に位置したポップは息を吐き、戦場を見下ろした。

 

 ――よし、大分少なくなってきたぜ……!

 

 三次元機動が可能なポップは数多くいる竜達の相手が仕事だった。

 超竜魔団は雑兵ですらドラゴンだというあたり反則としか思えなかったが、マトリフの伝授してくれたベタンのお陰で数を順調に減らせている。

 全部が全部とはいかず、仲間達が散開する過程で倒してくれた分も含まれているが。

 

「そろそろ、さっきのを試してみるか……っ?」

 

 呟き、推力を下へと向ける。

 一網打尽を恐れてバラバラに散った竜達が首を持ち上げ、炎を吐いてくるも、速度を上げて軌道を変えれば避けることはむずかしくない。

 そうして、炎を吐き終えた竜の大きな口へ。

 

「喰らいやがれ……っ!」

 

 アティの見様見真似、爆裂呪文(イオラ)を放り込んだ。

 目を見開いた竜が直後、内側から破裂して肉を巻き散らすのを、ポップは慌てて回避。

 

「っぶねえ。でも、こいつは使える!」

 

 数が減ったせいでベタンの効率が悪くなってきていた。

 祈りの指輪も輝きがだいぶ薄れてきた今、消耗はなるべく抑えたかった。

 

 ――息には注意しないといけねえけど。

 

 慎重にトベルーラを制御し、ポップは次の標的へと軌道を変える。

 仲間達の方はどうなっているか。

 はやる気持ちを必死に押さえつけながら。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 暴力的に荒れ狂う闘気の渦が大亀竜、そして騎乗する重戦士を直撃した。

 竜は悲鳴を上げてもがき苦しむも渦から逃れられず。

 重戦士は舌打ちするどころか、ニッ、と笑みを浮かべて乗騎から飛び降りた。

 

「グフフ……。よもや、かの有名な獣王と戦えるとは」

「貴公は?」

 

 手には相棒たる真空の斧。

 真新しい鎧を身に纏ったクロコダインは、相対した敵将を見つめる。

 

 己同様の巨体。

 口の外に飛び出した牙が印象的なその魔物に見覚えはなかった。

 百獣魔団が率いていたのは主に陸の魔物であり、海の魔物にはあまり範囲が及んでいない。

 セイウチを思わせる姿からして、おそらくは活動範囲外に住んでいた者だろう。

 

「我は誇り高き竜騎衆が一人、海戦騎ボラホーン!!」

 

 周囲に轟くような声と共に、ボラホーンが得物を振るう。

 太く頑丈な鎖。

 手元には柄、逆の先端には錨のような重しがついており、かなりの重量があることが窺えるが。

 

「む……」

 

 鎖は狙いを違えることなく飛び、クロコダインの利き腕を封じてしまう。

 軽く腕を引いてみれば、同じだけの強さで引っ張り返された。

 

「グハハハハッ! いかな怪力といえど、得物を封じてしまえば……」

「フッ。貴公の聞いた獣王の噂は半端だったのではないか……?」

 

 呟きと共に、利き手に握られた斧の宝玉が輝く。

 

「唸れ! 真空の斧よ!」

 

 クロコダインを中心に大気が渦巻き、鎖と、それを持つボラホーンの巨体を翻弄せんと迫る。

 しかし、返ってきたのは笑い声だった。

 

「ハッ。貴様こそ、我の名を知らぬとは、噂ほどではないようだな!」

 

 ずん、と。

 ボラホーンが地面を強く震わせる。

 

 かつて勇者一行を翻弄した真空の斧の特殊効果も、重く力強い目の前の敵には効果がなかった。

 

「……ほう。ならばっ!」

「むぅっ!?」

 

 力強く腕を引くクロコダイン。

 対するボラホーンもまた、鎖を持つ手に力を籠めて足をしっかりと踏みしめる。

 

 力自慢同士の戦いが真っ向からの力比べから始まろうとしていた。

 

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 螺旋状の『死』を前に、ラーハルトの対応は迅速だった。

 騎乗する竜を後ろ足で立ち上がらせ――己は背中から飛び降りる。

 

「……外したか」

 

 先制攻撃で竜を仕留めたにもかかわらず、ヒュンケルは舌打ちをする。

 油断なく剣を構え、おそらくバランに次ぐ難敵である青年を見た。

 

「名は?」

「陸戦騎ラーハルト。バラン様にお仕えする精鋭の一人だ」

「……なるほど。魔王軍ではなくバラン個人に、か」

 

 合点がいったと頷く。

 そんなヒュンケルに対し、ラーハルトは自然体で相対した。

 

「その鎧は名工、ロン・ベルク作――鎧の魔剣だな」

「作った奴の名前までは知らん」

「そうか」

 

 互いに饒舌な方ではないらしい。

 視線を交わし合った感想は「油断ならない」というものだった。

 一方、これまでの魔王軍とは違うとも思う。

 

 ――バラン傘下と言うだけあって、奴に近い。

 

 ストイックな戦士なのだろう。

 ヒュンケル自身にも通じるところのある雰囲気が青年からは発せられていた。

 

「お前のそれも同じ奴の作品か。ならば、後は使い手の実力のみ」

「待て」

 

 鎧を纏う程度なら待ってもいい。

 悠長に長話をする気はないと剣を構えるヒュンケルを、意外なことにラーハルトが制した。

 

「……お前に聞いて貰いたい話がある」

「俺に?」

「ああ」

 

 本当はあの女性に聞いて欲しかったのだが。

 呟く彼の顔は戦士のそれではなく、父を慕う子供のように見えた。

 

 今もなお、バランとアティが戦っている離れた場所をちらりと見やり、視線を戻して。

 瞳に浮かんだ迷いを振り切るように言葉を紡ぐ。

 

「時間稼ぎのつもりはない。他の竜騎衆やバラン様には聞かせられない話だ」

「……いいだろう」

 

 迷った末、ヒュンケルは先を促した。

 戦いを目前にして対話を望むなど、誰かに影響されたかもしれない――そう思いながら。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……っく!」

「そらそらぁ! 最初の威勢はどこにいった!?」

 

 先の尖った鋭い羽根が風を斬って飛ぶ。

 マァムはハンマースピアを振るい、襲い来る羽根を落としていく。

 

 ――形勢は悪かった。

 

 アバン流槍殺法・海鳴閃のお陰で防御自体に問題はない。

 風に巻き込む形で羽根を落とせるため、一々叩き落さなくて済むのは大きかった。

 

 ガルダンディーというらしい鳥人をおびき出すこともできたし、戦場を離す過程で竜を二、三匹殴り倒せた。

 後はこの戦いを良い形で終わらせるだけだが、それが思った以上の難題だった。

 

 敵に一つ、大きなアドバンテージがあったからだ。

 

「人間ってのはどうしようもない生き物だよなぁ! 弱っちい上に飛べねえんだからよぉ!」

 

 鳥人の乗るスカイドラゴンは空を泳ぐように飛び、時折炎を吐き出してくる。

 ハンマースピアは比較的リーチの長い武器ではあるが、跳躍を駆使しても届く距離には限度がある。

 攻撃を当てなければ倒せない、という当たり前の条件がマァムの前に立ちふさがっていた。

 

 加えて、ガルダンディーの放ってくる羽根。

 

 赤い色をした羽根を開戦直後に受けたところ、がくっと力が抜ける感覚があった。

 慌てて引き抜くと感覚は止まったが体力は戻らなかった。

 刺した相手を消耗させる効果があると分かってから「敢えて受ける」という選択肢がなくなってしまった。

 体力を奪う赤い羽根と、色違いで効果不明の白い羽根。

 どちらが来た場合も全て避けるか、あるいは落とすことを強いられている。

 

 幸い、体力は回復呪文(ホイミ)で補えるが。

 

 魔法力とて無限ではないし、気力の消耗はどうしようもない。

 スカイドラゴンの炎とガルダンディーの羽根を避け続けるだけでは、倒れるのはマァムの方だ。

 

「この……っ!」

 

 ハンマースピアの十字に手を当て、闘気を圧縮して放つ。

 

「おっと!」

 

 わざとらしい声を上げたガルダンディーは竜を操りひらりとかわした。

 数少ない飛び道具も当たらない。

 闘気の消耗が身体を重くするのを感じながら、マァムはぐっと唇を噛んだ。

 

 走り、重いハンマースピアを振るい続けながら――少女は期を待っていた。

 

 ただ防戦を続けていたわけではない。

 狙うのは一瞬。

 

『ドラゴンは強敵です。攻撃力、防御力、しぶとさも私達を上回っています。そして、中には空を飛ぶものさえいる』

 

 戦いの前にアティから聞いていた。

 

『空飛ぶ敵はそれだけで脅威です。でも、弱点はあります。相手だって攻撃するには近づくか、動きを止めるか、そうでなくても動きを単調にせざるをえない』

 

 そこを狙えば一撃を入れられる、と。

 だから切り札は温存していた。

 何度も攻撃を受け、範囲とパターンを覚えながら、最良の位置関係を探して。

 

「そろそろ終わりにするか――ルード!」

 

 声をかけられたスカイドラゴンが息を吸い込み、炎を吐き出す。

 空から襲い来るそれを、マァムは強く地を蹴ることでかわし、ガルダンディーの死角を利用して魔弾銃を手に取る。

 

 きらり、と。

 

 輝いた発射口を見たガルダンディーが慌てて手綱を引いても、もう遅い。

 

「てめえええええぇぇぇっ!」

 

 とっておきのとっておき。

 アティが『抜剣』してまで籠めてくれた特大の真空呪文(バギマ)が、ルードと呼ばれたスカイドラゴンをずたずたに切り裂いた。

 

 すんでのところで飛び降りたガルダンディーは怒りの声を上げて剣を抜き。

 自らの翼を広げると、羽根を何本も用意して放ってくる。

 

 ――しかし、予想はできていた。

 

 弾丸を交換し終えていたマァムは通常のバギマで羽根を吹き散らし。

 これをもかわして迫るガルダンディーを前にハンマースピアを握りしめた。

 

 柄を長く持ち、腰だめに構える姿勢。

 

 もし。

 もしも、ガルダンディーが人を侮る性格ではなく、調子に乗りやすい性格でもなく、主であるバランの話をもっとよく聞いていたのなら。

 ダイやアティの用いたという必殺技のことを連想したかもしれないが。

 残念ながら、現実にはそうはならなかった。

 

 アバン流の武術は武器を選ばない。

 陸・海・空の技を使いこなすことができるのなら、剣でも槍でも、無手であっても『必殺技』を放つことに支障はない。

 すなわち。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 知らず、瞳から涙がこぼれるのを感じながら。

 マァムは亡き師の名を冠した必殺技を今、初めて敵にぶつけた。

 

 ガルダンディーは驚愕に目を見開きながら吹き飛んで。

 地面に叩きつけられた後、小さく呻きながらも、最後まで起き上がってくることはなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

「……畜生、祈りの指輪が粉々になっちまった」

 

 パプニカの都近郊の平原は竜の死体でいっぱいになっていた。

 トベルーラで縦横無尽に飛び回り、一体一体竜を相手にして――気の遠くなるような作業の末、動く者のいなくなった時には、魔法力が本当に尽きかけていた。

 

「ポップ! 大丈夫、怪我は……?」

「うるへー、お前の方がボロボロじゃねえか」

 

 地面にへたり込んだポップは、武器を手にしたマァムが駆けてくるのを見て毒づく。

 大変な戦いだったのだろう。

 あちこち傷ついた服、塗装に剥げの見られるハンマースピア、戻ってくるまでに用いたらしい魔弾銃。

 万全とは言い難いにもかかわらず人の心配をする少女がたまらなくもどかしかった。

 

「……ホイミなら自分にかけてろ」

「?」

 

 ぼそっと告げた真意は、残念ながら伝わった様子はなかったが。

 

「凄いじゃない、ポップ。あんなにいたドラゴンをやっつけちゃうなんて」

 

 欲しかった言葉がかけられて、泣きそうになるのを必死に堪える。

 不思議そうに顔を覗き込んでくるマァムを振り払っていると。

 

「どうやら無事だったようだな」

「クロコダイン!」

「おっさんこそ……本当に無事みてぇだな」

 

 獣王――元獣王というべきだろうか――の鎧には大した綻びもなかった。

 二人の声を受けたクロコダインは口の端を吊り上げてみせる。

 

「帰り際にドラゴンを何匹かのしてきた。海戦騎とかいうデカブツも向こうで伸びておるわ」

「……全く、頼もしい限りだぜ」

「ポップ達こそ、加勢する準備をしていたのが無駄になった」

 

 言って、彼は戦場の一方向を見つめた。

 先程、ライデインと思しき雷鳴が轟いた方向だ。

 

 刹那。

 

 再び雷鳴が、先程より大きく閃くのを三人は見た。

 

「オレはアティの加勢に向かう」

「ヒュンケルはいいのかよ?」

 

 戦友ともいえる男を放っておくのはどうかとも思ったが。

 

「あの男なら大丈夫だ。一対一の戦いで誰かに引けを取るところなど想像できん。……それより、バランはオレ達の想像以上に強かったのかもしれん」

「待てよ。なら俺達も……っ」

 

 よろよろと立ち上がる。

 疲れてはいるが、だからといって休んでもいられない。

 

「死ぬかもしれんぞ」

「死なねえよ。皆で勝ってあいつを泣かせるって決めたんだ。まだメラゾーマ一発くらいならなんとか撃てる……!」

「私も。先生だけを戦わせてはおけないわ」

 

 こうしている間にもアティは傷ついている。

 

 三人は視線を交わし合い、頷き合う。

 ヒュンケルには悪いが、待っている余裕はない。

 

 戦いが終われば合流してくれるだろうと駆けだして。

 

「やべ、やっぱ体力が……」

「もう、ポップったら。ちょっと腰に触るわよ!」

「ちょっ、おい、前で抱き上げられるとか男のプライドが、この怪力女!」

「そこに捨ててくわよ!」

 

 言い合いをしているうちに、戦う元気と勇気が不思議と湧いてきた。




タイトルの上、中が1、2、3に変更されるかもしれません。
されたら「あっ」と察してください。

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