「……苦しみをわざわざ引き延ばすとはな」
蒼く気高い輝きを目にしても、バランの顔に動揺はなかった。
竜魔人。
竜の騎士の最終戦闘形態へと変じた彼は翼を一打ち、数歩分の距離を取るとアティを睨んだ。
鋭い瞳に怒りや憎しみは存在しない。
今の彼は効率よく敵を殺すことしか考えていない。
原始的な闘争本能以外の感情は抑制されている。不要と投げ捨てたのだ。
「力の差が理解できない愚か者が」
「わかっていないのはあなたの方です、バラン」
荒れた大地に立ち、アティは『
すらりと長く、美しい輝きを放つ刀身はバランの剛剣と対照的だ。
ギガブレイクが直撃する直前、アティは我に返り最低限の自衛を試みた。
重心を後ろへ――足から力を抜きながら
爆発によるバランへのダメージは当然ゼロ。
むしろ爆風にさらされながらも指先程度の距離を稼ぎ、食い込む刃の深さを減らした。
対処してもなお、即死だった。
身体がバラバラになるような一撃を受け、即座に『抜剣』。
傷の治癒にかなりの魔力を消費してしまったが、なんとか許容範囲に収まった。
「強い弱いじゃありません。守らなくてはいけないから、戦うんです」
白く染まった長髪が風に揺れる。
服もマントもボロボロで、柔肌を隠すものが殆どない無防備な姿。
――それでも、羞恥や恐れは見せない。
今、この時が正念場だと、歴戦の勘がそう告げている。
「あなたを止めます。止めてみせます……っ!」
「……やってみろ」
抜剣者と竜魔人。
柔と剛の超越者達が今、激突する。
バランの左手から放たれたイオラが開幕の狼煙だった。
「っ」
大きく力強い光球は剣閃に裂かれて中央で弾ける。
爆風と土煙が視界を覆う。
「
「無駄だ」
冷気の波動を吹き散らしながら、竜魔人が迫る。
弾かれるように剣を持ち上げて敵の獲物と打ち合わせた。
甲高い音と共にのしかかる重み。
前回戦った時を上回る力だ。力だけではなく速さも。
滑らせるようにして受け流そうとすれば、一瞬、押された後に剣が離れる。
咄嗟に飛びのいた瞬間、硬いつま先が顎をかすめた。
くらくらと脳が揺れるのを感じながら左手を前へ。
「メラミ!」
メラゾーマ級の炎で全身を襲うも。
「無駄だと言ったはずだ」
バランは回避動作すら取らないまま竜闘気で炎を防いだ。
アティの一手を無にした彼は前進、上段から真魔剛竜剣が襲い来る。
強化された身体能力を駆使して弾けば二撃目。
速い。
無造作に振るっているようで、その実、剣の引き戻し方が恐ろしく上手い。
重さ重視の技とて、大抵の相手を一刀で切り伏せるという自信の証である。
――正面からの打ち合いは無理です。
リィンバウムならともかく、魔力を細かく調節しながらでは威力が足りない。
一撃の重みで負けるならと速く動く。
羽のように軽い『果てしなき蒼』で風を斬り、バランが一撃振るう間に一撃半を繰り出す。
剣を弾き、次撃の出を潰し、生じた間隙に胴を狙って。
「バギマ」
「くっ……!?」
上に泳いだ剣から左手を離したバランが真空呪文を唱えていた。
至近からの攻撃に海波斬が入りきらない。
中途半端に切り裂かれた風が腕や肩に小さな傷を幾つも作った。
「呪文とはこう使うのだ」
「無茶を……!」
目くらまし。追撃。緊急防御。
アティとて不得手にはしていないが、バランには効かないというだけの話だ。
反則だと歯噛みしながら剣をぐっと握る。
直立したまま放たれた
吸い込まれた熱を闘気で保存。
「……魔法剣か」
「はあっ!」
横薙ぎに振るった刃が真魔剛竜剣と激突。
威力は互角。
大きく弾かれた剣を引き戻しながら、アティは
「………」
空に飛びあがったアティを追うようにバランも羽ばたく。
飛びあがった二人は推力を頼りに接近し、剣を交えた。
――手ごたえが、軽い。
アティの攻撃力は『果てしなき蒼』の加護によるところが大きい。
魔力に依存するという弱点があるが、一方、バランの剛力はバランスがいい反面、鍛え抜かれた肉体に依存している面がある。
踏みしめる地面が存在しない状況ではどうしても威力が落ちてしまう。
竜魔人の瞳が思案するように僅かに泳いだ。
呪文を使うのを躊躇ったのだろう。
相手の呪文を用いた魔法剣を見せたことで選択肢を絞ることができた。
後は、できる限り彼我の差を詰めるのみ。
「ここで……っ!」
「舐めるなっ!」
空中で幾度となく交錯。
上から、下から、左右から。
振るった刃は悉くバランに防がれるも、防御のタイミングを少しずつ遅らせることに成功。
重い剣を持て余した隙を見て、翼に向けて突進し。
「トベルーラ」
「あっ……」
「きゃあっ!」
剣を弾かれたアティは吹き飛び、空中で一回転しながら地面に着地した。
はぁ、と息が漏れる。
敵の健在を見たバランも空から降りて地面に立つ。
――今度は、私が縛られちゃいました。
トベルーラによる飛行は翼を用いるのに比べて軌道が自由になる。
急停止、急前進が可能なことを利用してバランを翻弄しようとしたのだが、翼とトベルーラを併用することで上を行かれた。
「さあ、そろそろ終わりか?」
「っ!」
アティは後退しながら呪文を連発する。
メラミ、ヒャダルコ、イオラ、バギマ、ベギラマ――全てが、バランが腕を一振りするだけで防がれる。
無駄なことを繰り返すアティを見て、バランが眉を顰めた。
「消耗が狙いか」
「!」
息を呑んだアティは失策を悟る。
「なるほど」
僅かな反応からバランは推測の正しさを理解してしまった。
竜闘気の消耗。
アティが狙っていたのはまさしくそれだった。
竜の騎士の持つ闘気は攻防一体の強力無比なもの。
特に呪文に対する防御力は絶望の具現と言っても過言ではないが、何の代償もなく防いでいるわけではない、という推測はできる。
闘気とは使えば消耗していくものだ。
バランのそれが非常に膨大だったとしても、無尽蔵でないなら尽きる可能性はある。
ギガブレイクを一度撃たせた今、呪文を何度も防ぎ続けてくれれば。
「小賢しい真似を」
「……!」
竜魔人の額が光った。
左脇腹を焼けるような痛みが襲う。心臓を避けられたのはほぼ奇跡。
勘を頼りに左右へ動き続けるも、バランの闘気技に四肢が焼かれて痛みを覚える。
「死ね」
怖気が走るような宣告。
腰が焼かれ、身に着けていたポーチが地面へと落ちる。
五色に分かれた宝石のような石――散らばったサモナイト石がまるで、アティの身体が辿る末路のように思えた。
誓約を済ませた石はダイの待つ家に置いてきた。
持っていたのは未誓約、召喚獣と結び付けられていないものの一部だったが。
思わずしゃがみ、石を拾ってしまったアティを、バランは哀れに思っただろうか。
ギガデインが重厚な刃に落ちる。
ギガブレイクの構えを取ったバランに、アティはサモナイト石を投げつけた。
「な、に……っ!?」
意味がわからなかっただろう。
宝石か何かにしか見えない石――幾多の戦いを潜り抜けた竜の騎士の知識にもない、ただ綺麗なだけに見えるそれを投げられても、苦し紛れとしか思えなかっただろう。
しかし。
投げる寸前、アティが込めた魔力を受けて。
達人のイオラを上回る火力が同時に複数。
「お、おおおおお……っ!?」
爆音と共に、大きな衝撃が空気を震わせた。
☆ ☆ ☆
サモナイト石を即席の爆弾にする。
アイデアの元はマァムの魔弾銃、呪文をアイテムに封じて放つという特殊な道具だった。
剣を主武器とするアティが銃を使うのは難しいが、代用品でもあれば戦術は広がる。
魔力を籠められる道具、と考えて。
思いあたったのは召喚術を行使する際、魔力を媒介に異界との門を繋げる石。
残念ながら呪文を封じることはできなかったが、代わりに一つの発見があった。
籠めた魔力を解放せずに一定以上溜め込むと爆発する、という事実だ。
暴走召喚――召喚獣に過剰な魔力を与える際に壊れるのとは少々原理が異なっているが、使えるかもしれない、と思った。
あらかじめギリギリまで魔力を籠めておけば、即席の爆弾に変わるということなのだから。
「……もしかして、やったか?」
「今の爆発なら、さすがのバランだって……」
斜め後方から聞こえてきたのは仲間達の声だった。
「ポップ、マァム、クロコダインさん!」
それぞれの戦いを終えた三人が揃って戦場に駆け付けてくれていた。
服の汚れや疲れた顔から見て、彼らの戦いも決して楽なものではなかったようだ。
――ヒュンケルは、まだ戦っているんですね。
それでも、仲間達が無事でいてくれたことに安堵し、ほっと息を吐いて。
「すげえ戦いだったんだな……先生がそんな格好になるなんて」
「ええ、『抜剣』しないで勝つのは無理でした」
まじまじと見つめてくるポップに微笑んで。
「そうじゃなくて! 先生、ポップのマントでも羽織ってください!」
「そうだな、種族の違うオレから見ても目の毒な光景だ」
マァムが声を上げ、クロコダインがにやりと笑って。
直後、寒気が走った。
「貴様あああああぁぁぁ――っ!」
怒声。
一瞬遅れて、圧倒的な闘気が吹き付け、土煙が晴れる。
飽和攻撃に防御が追い付かなかったのか、あちこちに火傷を作った竜魔人が憎々しげな眼でアティを睨みつけていた。
「使ったな、使ってはならないものを!」
「……!?」
アティにはバランの怒りが理解できなかった。
常に冷静で、獲物を殺すことだけを考えるはずの竜魔人が怒っていた。
ルーラが発動し、十数歩の距離を後退。
大きな竜の翼をばさりと広げると、バランは剣を地に突きたててから飛びあがった。
瞳の怒りを収めようともしないまま、両の手のひらを重ね合わせる。
細く指が開かれれば、それはまるで竜の顔のように見えた。
手のひらから迸るのは溢れんばかりの闘気。
否、それだけではなく、恐ろしい量の魔法力までが凝縮されていくのがわかる。
「何、あのバランの姿……!?」
「やべえぜありゃあ……先生が全力でやっても倒せないなんて」
呆然とマァム、ポップが呟けば。
「まずい。何か途方もないものが来る……!」
クロコダインが何かを察したように冷や汗を流した。
アティは素早く周囲を見渡す。
――逃げるのは無理ですね。
バランが距離を取って飛びあがったのは、あの技が広範囲に影響するからだ。
ルーラで離れれば可能性はあるが、準備に間が要るのかどうかがわからない。
下手をすれば逃げる途中に撃ち落とされると感じ、声を上げる。
「最大の技をぶつけます」
「えっ……?」
「あれを防ぐには、全員で全力攻撃するしかありません」
『果てしなき蒼』に注ぐ魔力をカットし、闘気を放出する。
次の一撃に少しでも多くの力を籠めるために。
「やるしかあるまい」
クロコダインも頷き、左腕に闘気を凝縮させ始める。
「……ああ」
「わかりました!」
マァムがしっかりと答え、魔弾銃から
アティを回復した後、ハンマースピアを腰だめに構える。
「ポップ、呪文をください」
神妙な顔で頷いたポップには、後ろから抱きしめるようにして腕を支えてやる。
「せ、先生」
「私も協力しますから」
にこりと微笑み、ポップの呪文に己の魔力を流し込む。
強大なメラゾーマが『果てしなき蒼』に吸い込まれ、力強く燃え上がった。
役目を果たしたポップを後ろに下げると剣を構えて。
「……準備は終わりか」
待っていたのではなく。
十分に闘気を溜めるために間を置いていたバランと目が合った。
「……バラン!」
「終わりだ――
ポップのメラゾーマを乗せたアティのアバンストラッシュ。
マァムのハンマースピアから放たれたもう一つのアバンストラッシュ。
そして、クロコダインの獣王会心撃が、闘気と魔力を極限まで含んだ極大呪文とぶつかり――ほんの僅かに押しとどめて。
それでも、ドルオーラと呼ばれた呪文は止まらず。
光が、アティ達のいた地点を包み込み、弾けた。
激震は、パプニカの都にまで高らかに響き渡ったという。
ダイ、エイミの元にも音は届き。
噴煙が収まった後、ポップとマァム、クロコダインは直撃こそ免れたものの大きく吹き飛ばされ、意識を無くして倒れていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
アティは、『抜剣』を解除した姿で辛うじてそこに立っていた。