新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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激突! 超竜軍団!!(下-2)

 もはや、多くの言葉は必要なかった。

 

「……死にぞこないが」

 

 バランは低く呟き、右手の人差し指をアティに向ける。

 

 ――雷鳴(ギガデイン)が降る。

 

 傷を癒すため回復呪文(ベホイミ)を唱え始めたばかりのアティに取れる手段は多くない。

 避けるのは不可能。

 魔力を体表に張り巡らせ、少しでも抗おうと試みるのが精一杯。

 

 しかし、雷が身を焦がすことはなかった。

 

 天とアティの間へ差し込むように投げられた『槍』が避雷針となったからだ。

 

「使え、アティ!」

 

 横手から響いた声は聞きなれた仲間のもので。

 帯電したまま落ちてくる槍が、バランの部下――ラーハルトのものだと認めたアティは、右手に防御の魔力を集めつつ、それを手に取った。

 

「何……!?」

鎧化(アムド)!」

 

 硬度と柔軟性を併せ持つ金属が命令と共に形を変える。

 アティの裸身を隠すように広がった金属部の下から、しゅるりと、布のようで少し違う、弾力ある素材が伸びて、インナーとして肌を包む。

 心地よい適度な締め付けを感じた直後、肩や腕、胴といった人体の主要部位に装甲が纏わりついた。

 

 想像よりも軽い。

 

 鎧の魔剣に比べるとスピード重視なのだろう。

 流線型を主とするフォルム、特にスカートの如く広がった腰回りは女性的な印象を受けたが――装着者の体型に応じてある程度、形を変える特性があるのだと後に知ることになる。

 

 そして当然、手にはすっきりと細くなった槍が残る。

 

「合わせるぞ」

「はい!」

 

 振り返るまでもなく。

 阿吽の呼吸で放たれた必殺技が竜魔人を襲った。

 

「ブラッディースクライド!」

「アバンストラッシュ!」

 

 苛烈なまでの闘気が螺旋を描いて飛び。

 雷を帯びた鋭い突きが追随する。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)!」

 

 バランは、回避が間に合わないことを一瞬で判断してみせた。

 躊躇うことなく闘気を厚く纏い、全身を防御。

 

 圧力にピリピリと肌が震えた後。

 

「オオオオォォォッ!」

「っ!」

 

 瞬間移動呪文(ルーラ)により一瞬で地上に降りたバランが、愛剣を抜き高速で迫る。

 激戦を経てなお、これまでで最も重い一撃を、アティの槍とヒュンケルの剣が受け止めた。

 

 それぞれの得物が弾かれ、三人は同時に距離を取る。

 

 ――誰もが消耗しきっていた。

 

 竜魔人バランも度重なる技や呪文の行使、更にはサモナイト石の爆弾によるダメージで万全ではなく。

 ヒュンケルもまた鎧のあちこちが砕け、兜を失った姿で剣を構えている。

 

「……これがバランの奥の手か」

 

 呟いたヒュンケルを鋭い瞳が睨んだ。

 

「ラーハルトはどうした」

「倒した。互いの意見が食い違ったからな」

 

 大した話ではない、というように青年は答える。

 とはいえ、小さく肩を上下させる姿からは激戦であったことが窺える。

 

「勝者の権利として槍は貰い受けた。何か不服か?」

「……いや」

 

 激昂はなかった。

 そんな段階はとうに通り過ぎてしまっているのだろう。

 

 ――もう、何も考えたくないと。

 

 まるで、今のバランはそう思っているように見えた。

 

「貴様達を全員殺し、奪い返せばいいだけのこと」

「アティを殺せばダイが悲しむぞ」

「有象無象の人間如き、死んだところでディーノには関係ない」

「……やはり、わからず屋は変わらずか」

 

 息を吐いたヒュンケルは、むしろ気持ちを固めたように表情を引き締める。

 

「気が済むまで叩きのめさなければ話もできないな」

「……そう、ですね」

 

 青年の視線にアティは頷く。

 戦いは嫌いだ。だが、戦わなければ得られないものもある。

 バランをここまで意固地にさせてしまった責任はアティにもあるのだ。

 

「ヒュンケル、力を貸してください。彼に、少し頭を冷やして貰います」

「無論だ」

 

 心を通わせる二人を見たバランが、ギリ、と歯を噛みしめた。

 

「できるものならやってみるがいい。私は竜の騎士! 戦い続けるのが使命にして役割!」

 

 三人が地を蹴ったのは同時だった。

 

 

 

「ふっ!」

「……ふん」

 

 ヒュンケルの繰り出した大地斬が真魔剛竜剣に受け止められる。

 押し返されて二、三歩後退する青年を庇うように、アティは槍を構えて進み出た。

 

「海鳴閃!」

 

 鋭い穂先で高速で翻り、バランの肌をなぞるも。

 

「軽いわっ!」

「くっ!?」

 

 竜闘気に阻まれた結果、ダメージは殆ど生まれず。

 身に纏うように放たれたバギがアティとヒュンケルを纏めて吹き飛ばした。

 

 姿勢を制御、土を踏みしめて正面を向いた時。

 

 剣を大上段に構えたバランが迫っている。

 両手で柄を支え、穂先を突き出すも、槍自体を弾かれる代わりに刃を逸らすのが限界だった。

 

 手から離れて宙を舞う槍を目で追う余裕もない。

 

「ベギラマ……ッ!」

 

 普通に放っても防がれるなら、と。

 過剰強化した呪文をできる限り収束して放てば、竜闘気を纏った蹴りが呪文の熱ごとアティの身体を蹴り飛ばした。

 

「……っ!」

「おおおおおっ!」

「甘いわ!」

 

 剣から離れた左手が、横手から挑みかかったヒュンケルを殴りつける。

 深く食い込む拳。

 鎧の胴部分を破壊し、肌に突き刺さったそれの威力は決して小さくはない。

 

 だが、ヒュンケルは唇の端に笑みを作っていた。

 

「こいつを喰らえ、バラン!」

 

 片手が剣の柄に、もう片方の手が刃の腹に添えられて。

 

「クルス!」

 

 闘気の光が眩くバランを包み込んだ。

 吹き飛ばされたヒュンケルは地面を転がりながら成果を確認し、目を瞠る。

 

 光が収まった後、バランは未だ立っていた。

 竜魔人化が解除される気配もない。

 

「化け物か……だが、もう一撃」

「させぬわ」

「っ、があああああぁぁぁぁっ!?」

 

 ライデインが落ち、ヒュンケルが絶叫する。

 殆どの呪文を防ぐ鎧も電撃には効果がない。

 死んではいないだろうが、雷が収まった後、青年は瞳を開くことなく身を横たえた。

 

「……ふん」

 

 竜魔人は敵がいる限り止まらない。

 

「さあ、後はお前だけだ」

 

 互いの仲間全てが倒れた後。

 竜の騎士と抜剣者が再び、一対一で対峙する。

 

 

 

 これが最後の交錯になる、とアティは直感的に理解した。

 こちら側の余力はほぼない。

 闘気術や攻撃呪文を連打されれば防ぎきれずに倒れる可能性が高いが、バランはそうしてこない。

 

「………」

 

 振り上げた剣にギガデインを落とし、必殺技の構えを取るのみ。

 

「この一撃が限界ギリギリ、ということですね」

 

 こちらも、向こうも。

 ならば、アティも死力を尽くすのみ。

 

 ――ぎゅっと拳を握って構える。

 

 格闘術はさほど得意ではないが、使えないわけではない。

 無手の女を前にしたバランもまた、態度を変えることはなかった。

 

「―――」

「―――」

 

 双方、無言のままに地を蹴る。

 前へ。

 高速で肉薄し、バランが構えた剣を振り降ろして。

 

 蒼い光が閃く。

 

 予想はしていただろう。

 アティが切り札を敢えて伏せ直していたことには、バランは驚かなかった。

 だが。

 

「………!?」

 

 反転。

 ギリギリで踏みとどまったアティが、剣を振りながら後退したのは予想外だったはずだ。

 

「空裂斬!」

 

 凝縮した闘気をエネルギー攻撃とする技。

 バランはギガブレイクを止め、剣を僅かにずらすことでこれを防御。

 

 ワンテンポ遅れた隙に、アティは一、二歩分の後退を終え。

 

 赤く戻っていた髪を再び白く染めて、鋭く前に踏み込んだ。

 

「海波斬!」

 

 一閃。

 突進技であるギガブレイクの勢いが死んだ隙に、脇を切り裂きながら背後へ。

 刃が流れるまま、上に振り上げて。

 

「大地斬!」

 

 雷を纏ったまま防御に回された剛剣へと、重い一撃を叩きこむ。

 強度は互角。

 闘気ではバランに分があるものの、『果てしなき蒼』の加護はそれだけではない。

 

 どちらの武器も砕けることはなく。

 

「ぐ、お……っ!?」

 

 ぐらり、と、バランスを崩したバランの視線がアティを見る。

 

 ――大地斬が終わった直後。

 

 アティは再び無手へと戻っている。

 攻撃の瞬間だけの連続抜剣。

 残り少ない蓄積魔力は、後一回振るうのが限度。

 

 消したことで強引に慣性をキャンセルし、体幹が流れるのを必死に制御しながら腕を腰だめに構えて。

 理解した竜魔人が不完全を承知で必殺技の体勢を取り。

 

「アバンストラッシュ……!」

「ギガブレイク……!」

 

 高速での連続抜剣から繰り出すアバン流刀殺法の連撃。

 この世界での使用に制約のある『果てしなき蒼』を活用する方法であり、限界ギリギリだからこその秘奥義であり、速さを旨とするアティにとって最大ともいえる技。

 

 名づけるなら、閃転突破・改。

 

 激突した瞬間、光が弾け、アティとバラン双方を吹き飛ばした。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「どう、なったの……?」

 

 気絶から目覚めたマァムが呟く。

 彼女が身を起こした時、アティとバランは遠く離れたままに見つめ合っていた。

 

 ――既に、お互い人の姿に戻っている。

 

 正真正銘、力を使い果たした。

 呪文ならまだ多少は使えるが、バランも防御用の竜闘気くらいは残しているだろう。

 

 だが、雌雄を決するだけの余力はない。

 

「……相打ち」

「……いや、私の負けだ」

 

 服を失い、小さいが確かな傷を幾つも作った竜騎将が訂正する。

 直立してはいるものの、戦っていた時の威圧感はない。

 瞳にも理性の光が戻ってきていた。

 

 小さい。

 

 あれだけ強大だった戦士が、今は小さな野良犬のように見えた。

 かすかに項垂れたバランは続けて呟く。

 

「殺すがいい」

「っ」

 

 アティとマァムは顔を見合わせて息を呑む。

 

「敗軍の将とはいえ、見逃すというならその後の保証はせぬ。私は何度でもあの子を狙うだろう」

「まだ、そんなことを言っているの……?」

「当然だ。子を思わぬ親がどこにいる」

 

 会話を拒否するように、突っぱねるバラン。

 マァムは戸惑ったように立ち尽くすも。

 

「マァム。彼を治してあげてください」

「先生」

 

 少女が顔を上げ、男が非難するように見てくる。

 

「……お前は」

 

 アティは微笑みを浮かべて彼に告げた。

 

「戦いは終わりました。……勝った、なんてとても言えません。でも」

 

 もし、バラン自身が「負けた」と思っているのなら。

 

「勝者の権利を主張させてください。バラン、私の話を聞いてください。あなたの話を聞かせてください」

「………」

 

 黙り込んだバランの元にマァムが駆け寄り、ホイミを唱える。

 アティもまた手のひらに光を生み出して自らの傷を癒す。

 

「私達には言葉があります。差し伸べられる手もあります。話し合えば、何かが変わるかもしれません。変わらなくても、ほんの少し、胸を軽くすることくらいできるかもしれない」

 

 長い、長い沈黙の後。

 

「……後悔するぞ」

「構いません」

 

 念押すような言葉に、躊躇なく頷く。

 望んでしたことだ。後悔なんて絶対にしない。

 

 ため息混じりの声が後方から後押しした。

 

「彼女なら大丈夫だ。バラン、お前の過去を聞かせてやれ」

「……ヒュンケル」

 

 見れば、他の仲間達も目を覚ましていた。

 半身を起こすのがやっとのヒュンケルの元へクロコダインが歩み寄り、どっかりと腰を下ろす。

 ポップはアティの元へ歩み寄り、心配そうな視線を送りながら言ってくる。

 

「ヒュンケル。お前、何か知ってるのか?」

「……ああ。あの男、ラーハルトから聞いた」

 

 なるほど、と思った。

 

 槍使いの彼――魔槍の主はバランの次に強敵であると同時に、最も冷静に見えた。

 ヒュンケルとラーハルトの間に何があったのか、詳しくはわからないものの、意地のぶつかり合いの結果、勝った青年は託されたのだろう。

 槍と、そして、主の心を。

 

「そうか。……ならば、黙っていても無意味ということか」

 

 重く、深く。

 疲れたようなため息を吐いたバランがゆっくりと語り始める。

 

「アルキードという国を知っているか」

「たしか、ロモスとパプニカの間、ベンガーナの先にあった国だろ? 謎の大爆発で陸地ごと、たった一日で吹き飛んだっていう……」

 

 答えたのはポップだった。

 アバンと共に各地を回っていただけのことはあり、このメンバーの中では彼が最も博識だ。

 

 バランは頷き、躊躇うような素振りを見せる。

 

「謎の大爆発だと? まさか……」

「そうだ。アルキードは私が滅ぼした」

 

 滅ぼさなければならない理由があったのだ、と。

 

「ディーノ……お前達がダイと呼ぶあの子の母親はアルキードの王女だった。名前は、ソアラ」

「じゃあ、ダイ君は」

 

 アルキードの王族と、竜の騎士の間に生まれた子ということになる。

 

「本来、竜の騎士は子を儲けない」

 

 調停者であり、世界のために戦う存在。

 一代に一人、他に一族は存在せず――常人とは違う特殊な形で生まれてくる。

 

「あの子が生まれたのは本当に奇跡のようなものだ」

 

 バランとソアラが出会ったのは、当時、アルキードに存在した奇跡の泉だった。

 竜の騎士が力を回復するための地。

 伝承を知らぬソアラは、そこへたまたま遊びに訪れていた。

 

「当時、私は大きな戦いを終えて疲れ切っていた。そんな時、彼女に出会ったのだ」




先生に鎧の魔槍は今回限りになるかと思います。
女主人公が着用しているお話が既にあるようだったのと、ラーハルト生きてるので……。

閃転突破・改は召喚術の代わりに呪文と併用する閃転突破・真に進化する日が来るかも……?

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