新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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パプニカの王女(後編)

 突然響いた爆発音。

 アティ達の位置からは立ち上る煙しか見えなかったが、放ってはおけない。

 

「私は爆発の方を見てきます。ブラスさんはダイ君を!」

「わ、わかった……!」

 

 一瞬の葛藤の後、二手に分かれることに。

 島の地形に詳しいブラスに何匹かの魔物をつけてダイの元へ向かわせる。遠ざかっていく背中を数秒だけ見送り、アティは踵を返して走り出した。

 

「ハッ……ハハハッ、でかしたぞバロン!」

 

 魔物に囲まれたまま放置状態のテムジンが笑うのが背後から聞こえる。

 

 ――どういう意味でしょう……?

 

 という、疑問の答えはすぐに出た。

 海岸に出たアティの前に、金属でできた大きな『モノ』が歩いてきたからだ。

 

 鎧兜を着た兵士のような上半身。左右の手にはそれぞれ巨大な剣とクロスボウが装備されており、下半身は昆虫のような四つ足になっている。

 成人男性の二倍近い巨体の背には、燃えて崩れ落ちる船が見えた。

 

「ロレイラルの機械兵士……!?」

 

 隠されていた『これ』が出てきた影響だろう、と、アティは爆発音の正体を理解する。

 

『違うな。これはキラーマシーンという』

「え……。バロン、さん?」

 

 鎧――キラーマシーンの顔、透明になった部分に上半身裸のバロンが居た。

 

『前の戦いにおいて、魔王が勇者を殺すために造った機械だ。テムジンが改良し、今は俺の魔法力で動かしている』

「そんな……っ」

 

 アティは魔王の脅威がどんなものだったかを知らない。

 それでも、鋼の巨体が持つ意味はわかる。

 リーチも攻撃力も防御力も圧倒的に向こうが上。剣も、魔物達の爪や牙も、今のバロンには傷をつけられない。

 

『諦めろ。これは人の敵う相手ではない。大人しく道を開け、あの小娘の元へ行かせてくれれば――』

 

 命は助かる。

 バロンの申し出の意味は、最後まで聞かずとも知れた。

 しかし。

 

「……できません」

 

 アティはゆっくりと首を振った。ラグレスセイバーを握り直し、しっかりと構える。

 目は真っすぐに前を向いてキラーマシーン……打倒すべき脅威を見つめた。

 

「今、レオナ姫の元にはブラスさんが向かっています。治療が終わるまで、あなたの相手は私がします……!」

『愚かな……ならば死ねっ!』

 

 ガシャンガシャンと音を立てながらキラーマシーンが動く。

 右手の剣が勢い良く振り下ろされる。

 金属の刃が風を斬る音を聞きながら、アティは砂を蹴った。

 

 後ろでも左右でもなく、前へ。

 

 背後にあった岩が両断されるのに構わず、ラグレスセイバーで胴体を薙ぐ。

 

「く……っ」

 

 しかし、返ってきたのは硬い手ごたえ。

 

『無駄だ!』

 

 腕にクロスボウの取りつけられた左手が拳を作って迫り来る。

 バックステップして回避。キラーマシーンの拳は空振りするも、バロンは上手く姿勢を制御して事なきを得る。アティが再び剣を構える頃には相手の剣も引き戻され、振り上げられていた。

 咄嗟に左手を突き出して唱える。

 

閃熱呪文(ギラ)!」

 

 手のひらから生まれた熱は金属の身体を熱し――そして、何事もなく消えた。

 

『無駄だと言ったはずだぁっ!』

「……っ!」

 

 振り下ろされる剣を横跳びでやり過ごしながら、アティは考える。

 

 ――呪文が効かない、ということでしょうか。

 

 全く効かないわけではないのかもしれない。

 ただ、あの金属は多少の炎や冷気ではびくともしない。爆裂呪文(イオ)なら衝撃を伝えられる可能性はあるが、いずれにせよ初級呪文では威力が足りないだろう。

 効果的なのは雷なのだろうが。

 

「本当に勇者が倒すべき相手、なんですね……」

 

 この世界において、雷を操る呪文は勇者のものとされている。博識なブラスでさえ契約方法すら知らず、当然、アティも使うことができない。

 召喚術が使えればいいのだが、この世界では召喚術が機能しないことは確認済み。

 偶然ここに勇者が通りかかるなんて期待もできない。

 

 と、その時、背後でとてつもなく大きな音がした。

 爆発に似ているが、もっと鋭い音。空気を震わせて響いたそれは。

 

「雷鳴……?」

 

 紛れもない、雷の音。

 方向はブラス達が向かったのと同じ――あるいは、ダイとレオナがいる洞穴に落ちたのかもしれない。空は見上げるまでもなく晴れ渡っているというのに、何故。

 

 ――もしかしたら、今のが。

 

 かの勇者の呪文の名が脳裏をよぎるも、そこにキラーマシーンの剣が襲ってきた。

 アティは右に左に、前に、繰り出される攻撃をかわしながら考える。

 

 さっきの雷は不思議と嫌な感じがしなかった。

 ただの勘でしかないが、ダイもレオナも、ブラス達も無事だろう。

 なら、後は自分がここをなんとかするだけ。

 

『くくく……っ! 今ので小娘達もあの世行きだろう。お前もすぐ後を追わせてやる!』

 

 幾度目かの剣が襲い来る。

 重く、力の乗った一撃。まともに喰らえば良くて大怪我だろう。

 だが。

 

「このくらいなら、クノンさんの方が……っ」

 

 旧知の友――機械人形の看護兵は、キラーマシーンのような巨体ではない。

 人間の女性と同じサイズにもかかわらず、否、だからこそ機敏で、かつ硬い装甲を持ち、それを使いこなす身のこなし、戦士としての槍捌きをも備えていた。

 

 その点、バロンは賢者であって戦士ではない。

 剣の腕は並程度だし、巨体は思ったより素早いとはいえ機敏とは言い難い。剣とクロスボウを併用されると苦しくなるが、近すぎてできないのか必要ないと思っているのか、弓を使ってくる気配はない。

 ならば、対処することは十分に可能だった。

 

 砂浜に突き刺さった剣が引き戻される間を利用し、アティはキラーマシーンに肉薄する。

 

『何度やっても無駄だ!』

「いいえ!」

 

 今度は胴体を狙ったわけではない。

 剣を振るったことで動きが制限された右腕、その関節の継ぎ目へと剣を突き入れる。

 金属のぶつかり合う嫌な音が響き、衝撃が腕に伝わる。

 しかし、剣の先端は確かに、僅かながら関節の隙間にめり込んでいた。

 

『おのれっ!』

 

 怒りを露わにしたバロンはがむしゃらに剣を振るってくる。

 縦に、横に、斜めに。

 スピードは先程までより増したが、その分、剣は鋭さを失っている。落ち着いて構えるアティに当たるわけがなく、一瞬の隙を縫って剣の先端が何度も関節を貫いていく。

 一度や二度では小さな傷に過ぎない。

 だが、積み重なるにつれて大きな損傷となり、やがて。

 

『いい加減に死ね!』

 

 一際大きく振るわれた剣が砂浜に突き刺さった時、軋むような音がキラーマシーンから生まれた。

 

「………」

『……あ?』

 

 右腕が根元から外れ、肩から先がなくなっている。

 

「バロンさん、降りて堂々と勝負しませんか?」

『ほ、ほざけ!』

 

 賢者バロンの敗因はプライドが高すぎることと、称号とは裏腹の短気さだった。

 落ち着いてさえいれば、もっと上手い戦いができただろう。あるいは、キラーマシーンから降りて呪文を用いた方が本当に勝算があるという事実に気づけただろう。

 キラーマシーンは右腕と一緒に落ちた剣を左手で掴み戦闘を続行したが、片腕を失いバランスが取れなくなり、死角の増えた状態では勝ち目はなかった。

 右側に回り込んだアティが足の一本を折れば、巨体は動くことさえままならなくなる。

 

「降参してください、バロンさん」

 

 剣を構えたまま静かに告げたアティに、バロンは、唖然と口を開けて両手を上げた。

 ダイとブラスが慌てて駆けつけてきたのは、戦いが終わった後のことだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 幸い、レオナ姫は後遺症もなく毒から回復した。

 テムジンとバロン、親衛隊七名は縛り上げた上に口を塞ぎ、パプニカ王家に引き渡した。船が無くなったため、連絡を取って迎えを寄越すのに苦労したようだが、なんとかなったらしい。船に残っていた侍女達も怪我こそしていたものの、命は無事だった。

 

 迎えが来るまでの間に、レオナの儀式は無事終了。儀式の話自体は出まかせではなかったらしい。

 島に数日滞在することになったレオナは不満たらたらだったが。

 

「アティ」

「……レオナ姫」

 

 騒動から一日が経った夜、一人月を見上げていたアティは背中からの声に振り向いた。

 

「眠れないの?」

「ええと……そう、ですね。少し故郷を思い出してしまって」

 

 『名もなき島』での生活中も、大切なあの子と幾度となく月を見上げた。

 なければいいと思っていた戦いが起こって、それをなんとか食い止めて、郷愁にかられてしまったのかもしれない。

 

「レオナ姫も、眠れないんですか?」

「ん……そうね。だって、ベッドもないし虫が多いし、おまけに暑いんだもの」

 

 ふん、と、鼻を鳴らすレオナを見て、アティはくすりと笑った。

 

「そうですね。でも、いいところですよ」

「……そうかもね」

 

 静かな月夜の魔力だろうか。

 ダイと顔を突き合わせては口喧嘩、あるいはじゃれ合いを繰り返している少女が、いつもより大人しい。

 目を細めて月を見上げる姿には女性らしい品と、僅かな寂しさが感じられた。アティが感じたのと似たようなものを、この気丈な姫も感じていたのかもしれない。

 

「あなたが、ダイ君を教えてるんでしょ?」

「……はい」

 

 ダイから聞いたのだろう。

 アティははぐらかすことなく頷いた。

 

「といっても、ここ一月くらいの話ですけど」

「そう。でも正直助かったわ。あの子がいなかったら死んでたと思う」

 

 一国の姫が小さな島で命を落とす。

 兄弟がいるのかはわからないが、いずれにせよぞっとしない話だ。

 

「それは、ダイ君自身の力です」

「そうかしら。だってあの子、子供だしデリカシーはないし、魔法は碌に使えないし、剣以外は駄目駄目だったわよ。魔のサソリに襲われた時だって、あたしのナイフを上げなかったら危なかったし」

「……あはは」

 

 指折り数え始めたレオナに苦笑してしまう。

 

「でも、ちょっとだけ優しかった、かな」

 

 少女はアティの方を見ていない。

 月を見上げたまま、うっすらと微笑みを浮かべていた。

 

「呪文が苦手だっていうあの子を励ましたらね、『アティ先生と同じだ』って言ったの。思い返してみれば、馴れ馴れしいけど、さりげなく気を遣ってくれてたような気もする。あなたがいたから、なんじゃない?」

「そんなこと……」

「ね、アティ」

 

 視線を下げたレオナは身体の向きを変え、真っすぐにアティを見た。

 

「パプニカに来ない?」

「え?」

「あのキラーマシーンを一人で倒し、勇者ダイを見事に教育してみせた家庭教師。剣も呪文も使いこなす才媛――国に迎えるには十分な人材でしょ。お父様が反対したらお姫様権限で押し通すから、どうかしら?」

 

 願ってもない話だった。

 

 ――私の目的は、リィンバウムに帰ること。

 

 胸の内で思い、呟く。

 

「私は、もっと魔法の研究がしたいんです」

「なら、パプニカに来るのが一番いいわ。マリンかエイミか……ううん、アポロでもいいかも。賢者の下に付いて勉強しなさいよ。実力さえあればあなた自身が賢者になることだって」

「でも」

 

 アティは微笑んで首を振った。

 

「すみません。もう少し、この島にいたくなっちゃいました」

 

 虫の声と葉ずれの音だけがしばし、辺りに響いた。

 

「ダイ君のため?」

「そうですね。まだ、あの子に教えてあげたいことがいっぱいあるんですよ」

 

 剣の技を教え、一緒に魔法を覚えていきたい。

 それに、レオナ達から伝え聞いたダイの活躍が少し気になる。あの時に聞いた雷の音と聞いた話を合わせると、もしかしたらダイは本当に。

 

 はあ、と、レオナがため息を吐いて離れる。

 

「そっか、残念」

「ええと、私、不敬で殺されちゃったりとか……」

「ないない。安心して」

 

 寝床の方へと歩いて行きながら、レオナはくるりと振り返って言った。

 

「気が変わったら言ってくれていいわよ。……ありがとね、アティ『先生』」

 

 小さな足音が聞こえなくなるまで、アティはその場に立ち尽くしていた。

 

 ――なんというか、結局、けっこう騒がしかったような気がしないでもないが。

 

 素直で、勝ち気で、けれど優しい。

 あのお姫様に仕える未来も悪くなかったかもしれない、と、アティは知らず笑みを浮かべながら、思った。




原作よりダイの活躍が減ってますが、役割分担ということで……(目逸らし
でもこの回のハイライトはベギラマじゃなくてライデインだと思うのです(言い訳

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