新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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家庭教師のいない戦い(下)

「おそらく、やってくる敵はハドラー。超竜軍団のドラゴンを連れてきたと見える」

「ドラゴンって……軍団長はあんただろ?」

()軍団長、裏切り者と見做されたのだろう」

 

 竜は誰にでも統率できるわけではない。

 百獣魔団の長がリザードマンであるクロコダインだったように、竜の騎士であるバランは共通する属性を利用して竜達を服従させていた。

 元の長であるバランに易々と牙を剥くとは思えないが、そこは何か策を講じたと考えていい。

 理性を狂わされた状態なら、ただ竜をけしかけるだけでいい。

 魔軍司令ハドラーなら簡単にこなせるだろう。

 

「……俺の時と同じか。負けた途端に刺客がやってくる」

 

 地底魔城での一件を思い出したのか、ヒュンケルが呟いた。

 

「私の場合はハドラーの独断ではなく、大魔王の意志だろうがな」

 

 でなければ『死神』キルバーンが動くとは思えない。

 バランは息を吐いて己の愚かさを呪った。

 

 ――本当に周りが見えなくなっていたらしい。

 

 利用できる者は厚遇するが、負けたり裏切った者には即、死を与える。

 当然のこと、公平平等で明快な摂理と思っていたが、刈られる側となってみれば理不尽にも程がある。

 

「ディー……いや、ダイよ」

 

 あらためて振り返り、息子ではなく勇者として少年を見つめる。

 まだ幼い。

 戦士としての身体も出来上がりきっていないが、額の紋章はしっかりと輝いている。

 

「時間がない。紋章の使い方を手早く伝える。一度で覚えろ」

「ああ」

 

 お互い、過度に馴れ合うつもりはないらしい。

 それでいいと思いながら言葉を続ける。

 

「意識を乱すな。全身、奥底までを余すことなく感じ取れ。湧き上がる力を恐れず、かといって呑まれるな。今のお前ならできるはずだ」

 

 記憶が戻ったダイは、記憶喪失の間のことも覚えているらしい。

 忘れていた期間がかえって己を見つめ直す機会になったのか、澄んだいい目をしている。

 

「必要な時に必要だけ力を引き出すよう心掛けろ。竜の騎士の力とて無限ではない。全開にするのは相応の強敵と戦う時だけでいい。雑魚には雑魚なりの力を、できるなら攻撃の瞬間に籠めるようにしろ」

「わかってる。……先生の戦い方はいつも見てたから」

「ならばいい」

 

 頷く。

 あの女性の戦い方は確かに参考になるだろう。

 制約の多い力をセーブし、使うべき時に使いながら、ここぞという時に解放する。

 小道具も利用して戦力を底上げし余力を残す。そういう戦いをしていた。

 

 バランは顎だけで少し離れた地面を示した。

 

「真魔剛竜剣を持っていけ。今、万全の状態にあるお前が使うべきだ」

「……いいのか?」

「貸すだけだ。傷一つなく返せ」

 

 ダイは一瞬だけ迷う様子を見せた後、力強く答えた。

 

「約束する」

 

 たんっ、と、地を蹴った少年は一息に真魔剛竜剣の元へ辿り着くとそれを引き抜く。

 輝く刀身に刃こぼれはない。

 内側がどうなっているかまでは窺い知れないが、オリハルコンと打ち合うのでもない限りは問題ないだろう。

 

 ――聞けば、地響きはもうすぐそこまで来ていた。

 

 バランが率いたのとほぼ同数の竜と、硬い表情の魔軍司令が一行の前に姿を現す。

 

「行ってくる……!」

 

 言ってダイが駆ければ、ヒュンケルとクロコダインが武器を持ち上げた。

 

「俺も行こう」

「オレもだ。まだまだ元気は残っているぞ」

「待って。せめて体力だけでも回復していって!」

 

 マァムが慌てて魔弾銃を構え、二人に回復呪文を与えた。

 道具によって放たれた呪文は即効性こそ薄れるものの、終わるまでかけ続ける必要がない。

 柔らかな光を受けた二人はすぐに視線を鋭くし、マァムに目で感謝を送って走っていく。

 

 ――はあ、と。

 

 近くで魔法使いの少年が溜め息を吐くのが聞こえた。

 じっと視線を向けてくるのはバランの方だ。

 

「……あんたは行かねえのか?」

「……ここは勇者に花をもたせるべきだろう」

 

 表情を変えずに答えれば、少年はあろうことか怒ったように声を荒げた。

 

「あのなあ! 右腕に弱くヒャドを纏わせてんのはバレてんだよ! ……さっき、あの黒い奴を倒した時になんかされたんだろ? 見せてみろよ」

「――気づかれていたのか」

 

 おそらくダイは気づいていなかったはずだ。

 ヒュンケル達はわからないが、何も言わなかったところを見ると戦場を任されてくれたのかもしれない。

 

 全く、気苦労の多い連中だ。

 

 少年の隣でマァムが顔色を変えるのを見ながら腕を差し出す。

 キルバーンの胴を抜き手で貫いた直後、バランは焼けるような痛みを感じた。最低限の竜闘気で保護はしていたのだが、その程度では防ぎきれない熱が籠もっていたのだ。

 ダイの前では火傷をヒャドで抑えて平気な顔をしていたが。

 

「……ひでえ」

 

 取り繕わなくていいとわかった途端、腕は真っ赤に腫れ上がり始めた。

 顔を顰めた魔法使いの少年はすぐさまヒャドを唱える。

 

「魔法力が残っていたのか」

「話してる間にちょっとくらいは回復したさ」

 

 低級呪文が数回使えた程度では竜相手には歯が立たないが、火傷した腕を冷やすことなら。

 

「なら、私はベホイミを!」

「不要だ」

 

 駆け寄ってくるマァムに答えて左手を持ち上げる。

 自らベホイミを唱えながら、バランは不安そうな少女に告げた。

 

「お前には別に頼みたいことがある」

 

 向けた視線の先には、地面に転がった武器。

 着用者がいなくなったことで元の形態に戻った鎧の魔槍があった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ぐ……な、何をしている! 殺せ、獲物はたった三匹だぞ!」

 

 ハドラーは戦場の後方で歯噛みしていた。

 バーンに頭を下げて借り受けた竜の群れは確かに強い。通常なら街一つをあっという間に滅ぼせるだけの戦力であり、脆弱な人の身体など手足でも尻尾でも牙でも一撃で殺せる。

 凶暴性を増した今の状態なら恐怖も感じず、獲物に向かって突き進んでくれる。

 

 ――それでも、ダイ達の勢いが止まらない。

 

 大きな顎で食いちぎろうと口を開けた一匹が、真魔剛竜剣によって両断される。

 別の一匹が尻尾を振るうも腕の一本で止められ、閃熱呪文(ベギラマ)に焼かれてずしんと倒れる。

 炎の吐息に焼いてしまおうとした個体は真空呪文(バギ)を纏った剣閃で炎ごと切り裂かれた。

 

 身の丈に合わぬ大きな剣を手にダイが飛び回る度、衝撃音や悲鳴が響き渡る。

 

 悪夢だった。

 最強クラスの魔物である竜達が、たった一人の子供に屠られていくのだ。

 

「ザボエラに殺させる相手を間違えたか、いや……っ」

 

 バランが参戦してこないのを見るに、死神の乱入が何かしらの効果を発揮したのだろう。

 ならばあの女、アティを殺したのは正しい。

 

 もしも彼女が生きていれば厄介な相手が一人増えていた。ダイが記憶を取り戻したのはアクシデントに過ぎない。

 そう、予想もしていなかったアクシデントだ。

 

 それでも、以前のダイなら殺しきれたはずなのだが。

 

「竜の騎士として覚醒しただと!? 馬鹿な、成長が早すぎる……!」

 

 ヒュンケル、クロコダインが加入したことで戦局は更に悪くなった。

 二人ともバランや竜騎衆との戦いで消耗しているはずだが、回復呪文を受けたのか確かな足取りで戦場を駆けていく。

 戦士である彼らは極論、身体一つと武器さえあれば戦い続けられる。

 まして、鎧の魔剣も真空の斧もただの武器ではなく、伝説級といっていい逸品。

 

 竜の巨体ではヒュンケルの素早さに付いていけず。

 クロコダインの剛力は竜と力比べをしても譲らない。

 

 アバン流海の技やバギの効果を操る彼らには竜の炎も通用しない。

 

「まずい、まずいまずいまずい……っ!」

 

 ()()()()が有効になる前に竜が全滅してしまいかねない。

 ガタガタと身体が震えて冷や汗が噴き出す。

 

 せめて、元軍団長の二人だけでも始末しなければ。

 あるいは、奴らにもっとダメージを与えておかねば、殺されるのはハドラーだ。

 

 次に殺されたら蘇生してもらえるかどうかもわからない。

 生き返ったとして、待っているのは『罰』という名の責め苦かもしれない。

 

「ならば……っ!」

 

 ハドラーは両腕を持ち上げて魔法力を高めていく。

 どうせ極大呪文など、直接対峙すれば使っている暇はなくなるのだ。

 

 ――今のうちに痛恨の一撃を繰り出しておくべき。

 

 可能な限り強く。

 竜が一匹、二匹と減っていくのを眺めながら威力を高める。

 少しだけ冷えた頭が分析する。

 圧倒しているように見えて、ダイ達は徐々に消耗している。体力も魔力も闘気も無限ではなく、戦うごとに摩耗していくのは当然の話だ。

 

 だから、竜達の死は決して無駄ではない。

 魔軍司令ハドラーの、たった一度の、代えられない勝利のための礎となる。

 

 そして。

 残った最後の一匹に天からの雷が落ちる瞬間、ハドラーは呪文を解き放った。

 

極大爆裂呪文(イオナズン)!」

 

 あらゆる攻撃呪文の中で最大の範囲を誇る光球が、真っすぐにダイ達を襲った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 ハドラーのイオナズンは大爆発を起こした。

 耳の機能が一時停止するほどの爆音、身体が吹き飛ばされそうなほどの爆風と衝撃。

 

 直撃していたら死んでいたかもしれない。

 

「……危なかった」

 

 ずん、と。

 クロコダインが一匹、ダイが一匹、咄嗟に放り投げた竜の巨体が地面へ音を立てて落ちる。

 

 ダイ、ヒュンケル、クロコダインは竜の死体を盾にしてハドラーの呪文を防いでいた。

 それでも余波は喰らってしまったが、身体はまだ動いてくれる。

 

「ハドラー、後はお前だけだ!」

 

 ずっしりと重い、しかし竜闘気を受けた今なら軽々と振るえる剣を構えて叫ぶ。

 

「………っ」

 

 魔軍司令ハドラーは泡を食ったような表情でダイ達を見つめ、言葉を失い。

 直後。

 何かに気付いたように表情を変えると、すぐに笑みを浮かべた。

 

 ――ダイ達が気づいたのはその後のこと。

 

 それは翼の音だった。

 ばさばさと何者かが群れをなして飛んでくる音。

 

「これは……」

「そうか、ハドラー直属の悪魔共だ!」

 

 クロコダインが呻り、ヒュンケルが叫ぶ。

 

 推測は当たっていた。

 空の向こうからやってきたのは無数の悪魔達。

 

 あらかじめ用意して伏せておいたのだろう。

 おそらく、一緒に連れてこなかったのは万一にも気配を察知されないため。

 

 竜だけならバラン関連で油断を誘える可能性があるが、他の魔物が混じっていては刺客としか見られない。

 油断を誘うためにも二段構えの襲撃を取っていた。

 

「どうやら、それなりに時間は稼げたようだな」

「……ハドラーっ」

「さあ、第二ラウンドと行こうか、勇者達よ!」

 

 恐ろしい相手だ。

 ダイは、あらためて目の前の男にそれを感じる。

 

 ――アバン先生の死を導いた男。

 

 ザボエラに命じたという意味では、アティを殺したのも彼だと言っていい。

 邪魔になる者を確実に殺す慎重さ。

 あと一歩までダイ達を追い詰めた実力もさることながら、竜の群れを駆っておいてなお、他の軍勢を用意している周到さ。

 

 額に汗が浮かぶのを感じながら剣を握りなおす。

 

 バランのアドバイスとアティを見てきた経験から闘気はできるだけ節約した。

 それでも大分、ここまでで消耗してしまっている。

 殆ど体力だけでついてきたクロコダイン達はより辛い状況だろう。

 

「ごめん、二人とも。もう少しだけ頑張ってくれる?」

「無論」

「ここまで来て逃げ出すような輩がこの場にいるわけがなかろう」

「……ありがとう」

 

 ハドラーがゆっくり後退を始めるのを見て追い打ちをかけたくなるも、焦って倒せる敵ではないと思い直す。

 やはり悪魔の群れを倒さなければ魔軍司令には届かない。

 

「やろう……!」

 

 言って、ダイは我先にと飛び出そうとし。

 

「その必要はない」

 

 光を伴う槍の一閃が、凍れる息が、鋭い羽根が悪魔達の第一陣を襲い――蹴散らした。

 後方から聞こえた声に、ダイは思わず振り返ってしまう。

 

「え……っ?」

 

 援軍は、少年にとっては初めて見る顔だった。

 あちこちボロボロになった三人の戦士。

 

 一人はサーベルを携えた鳥人。

 一人はクロコダインに匹敵する巨体を持った獣の重戦士。

 一人は尖った耳を持ち、鎧の魔槍を纏った戦士。

 

 ヒュンケルとクロコダインが目を見開いて彼らを見た。

 

「お前達……」

「勘違いするなよ、ヒュンケル」

 

 言ったのは魔槍の戦士――ラーハルト。

 

「我らは馴れ合いに来たわけではない。お前達の仲間からバラン様の言葉を伝えられ、バラン様のお子――ディーノ様のために参じただけだ」

 

 続いて重戦士と鳥人。

 

「もとより我らは魔王軍にあらず。バラン様直属の親衛隊なり」

「ドブ臭え人間に協力するなんて嫌だけど仕方ねえ。バラン様の命令だ、きっちり働いてやるぜ」

 

 にやりと笑った彼らはそれぞれの得物を構え、悪魔の群れを見据える。

 

「ダイ! ヒュンケル!」

 

 彼らの後ろからはマァムが走ってくる。

 どうやら、彼女がバランの言葉を伝え、治療を施してくれたらしい。

 

 ふっ、と、ヒュンケルが笑い、低くハドラーに告げた。

 

「では、第二ラウンドを始めようか……ハドラー」




新旧竜騎衆揃い踏み、みたいな光景が展開されました。
新空戦騎枠はマァムじゃなくてポップの方が似合いそうですが……。

ハドラーの末路はわかりますよね? ということで、次回は時間軸を飛ばそうと考えております。

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