家庭教師の帰還(前編)
「……え、えっと?」
真剣を手にしたダイとバランに挟まれている。
傍にはポップやマァム、ヒュンケルも居るが、全員がアティを険しい顔で見つめていた。
バランの右腕の包帯、左手で握った剣やダイの様子が戻っているのも気になったが――どうやらそれどころではない。
「言ってる傍から出やがったな、偽物!」
「に、偽物!?」
ポップの口から出た言葉により、なんとなく状況は察した。
「違います! 偽物じゃありません、私本人です!」
慌てて手を持ち上げ弁解するも、疑いの目は晴れない。
「なら証拠を見せやがれ! 本物の先生だっていう証拠を!」
「……証拠、ですか」
言われてしばし黙考。
かつて、自分そっくりの偽物とダンス勝負をした経験からすると、本物と偽物を分ける決定的な項目は『記憶』だ。
当人達しか知らない秘密や大事な思い出を語るのが有効だろうが。
果たして何を言えばいいのだろうか。
魔王軍はそれなりの諜報能力を持っているようだし、下手なことを言うと逆に疑われてしまいそうだ。
「そう言われても、難しいです」
眉を下げて答える。
すると、ポップはすかさず言った。
「じゃあ、先生の身体を触らせてくれ。感触を確かめればわかる」
「え、ええ?」
思わず、一歩下がってしまう。
無意識に胸を庇うと、バランの姿勢が更に低くなる。いつでも踏み込める状態だ。
「……どうしても、ですか?」
「他に方法があんのかよ?」
逆に踏み込んでくるポップの瞳は真剣。
「それとも、偽物だから確かめられると困んのか?」
「う、うう……」
もう一度、みんなと会える。
わくわくしながら戻ってきたと思ったら、この仕打ちである。
とはいえ、目の前で一度死んだ以上は疑われるのも仕方がない。
涙目になりつつ、ゆっくりと腕を下ろす。
「……わかりました。好きなだけ確かめてください」
既に至近距離まで来た魔法使いの少年が真剣な表情で頷いた。
「ああ。隅から隅まで確かめてやる」
持ち上げられた指が、まずはアティの胸元へと伸びて。
ごん、と。
気持ちのいい音と共に、ポップが地面に倒れた。
「あんた、先生に触ったことないでしょうが!」
☆ ☆ ☆
結局、ポップとのやりとりで疑いはほぼ晴れて。
駄目押しに『抜剣』することで本物だと信用してもらった。
「……この輝き。魔の者に真似できるものではあるまい」
バランの太鼓判も役に立った。
ダイ達は稽古の最中で、竜の騎士親子の立ち合いを見ながら今後の相談をしていたのだという。
「ザボエラの野郎あたりが化けてくるかもしれないって話を丁度しててよ……」
大きなたんこぶを作ったポップが頬を掻きながら教えてくれた。
「じゃあ、本当の先生なんだよね……?」
「はい。本物の私です。心配かけてごめんなさい」
見上げてくるダイに微笑んで答え、抱きついてきた彼をぎゅっと抱きしめた。
「いいなあ、アレ……」
「先生。ポップがやったらぶん殴っていいですから」
「……あはは」
しばらくの後、ダイが照れくさそうに離れるとヒュンケルが尋ねてくる。
それまで黙っていたものの、アティの一挙一動から彼は目を離していなかった。
「事情を説明してくれ。でなければ心底から安心はできん」
「……そうですね。ちゃんとお話します。私がどうして戻ってこれたのか」
話は室内に戻ってから、長い時間をかけて行われた。
☆ ☆ ☆
「……まさか、異世界の住人だったとはな」
「驚きましたか?」
「竜の騎士の記憶にも、異世界に関するものはない」
椅子に腰かけたバランが淡々と答えた。
包帯を解かれた右腕は丸一日が過ぎ、冷却と治療を繰り返してなお腫れが収まっていない。
治療を引き受けたアティはバランと二人、小さな一室にいた。
「あなたも怒ってますか? 私が黙っていたこと」
「詰問して欲しいか?」
「えっと……」
苦笑で答えると、バランはふっと笑みを浮かべた。
「今更私が言うことも無かろう」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ダイ達には包み隠さず全てを話した。
異世界リィンバウムの出身であること。
偶発的事故によってこの世界にやってきたこと。
凶弾からバランを庇った時は一度死んだか、あるいは死にかけて元の世界へ戻っていたこと。
転移の原因が『果てしなき蒼』にあるとわかり、こうして戻ってきたこと。
さすがにリィンバウムや召喚術、『果てしなき蒼』に関しては概要を説明するに留めたが、それでも質問に答えながらだと結構な時間がかかった。
異世界人だと告げた時はさすがに驚かれた。
何で教えてくれなかったのか、とも言われた。
秘密にしていたわけではなく言う機会が無かった、下手に明かせばややこしくなると思っただけだったのだが、それでも言って欲しかった、というのが正直なところだったようだ。
食事を挟み、説明を終えた後は生徒達の話を聞いた。
『先生、おれ、本当に悲しかったんだ。アバン先生だけじゃなくてアティ先生までいなくなっちゃったんだ、って……』
『……全くだ。俺達を置いて先に逝っちまうとか、二人して無責任すぎるぜ』
『本当に心配しました。私も、どれだけ悲しかったか……!』
『あなたはもう少し、自分という存在の大きさを認識した方がいい』
みんな、驚きと安堵が同時に来た結果、喜ぶより先に言いたいことが沢山できてしまったらしい。
囲まれた挙句、口々に素直な気持ちをぶつけられ、申し訳ないやら嬉しいやらでいっぱいいっぱいになってしまった。
堰を切った感情が涙を溢れさせると、ダイやポップ、マァムまで次々に泣き出してしまい、みんなして声が枯れるまで話が続いた。
『本当にごめんなさい。……でも、約束します。私は死んだりしません。無茶はするかもしれませんけど、絶対に生き残ります』
『本当だな? あなたは嘘をつかない人だという俺の考えは間違っていないか?』
『はい。アリーゼ……生徒と約束しましたから。必ず帰るって』
アティなりの決意。
今までよりも強く信念を押し通す覚悟を伝えると、ダイ達はようやく安心してくれた。
代わりに何名かが微妙な膨れ顔になってしまったが、こちらは尋ねても理由を教えて貰えなかった。
「それで、治療というのは? 回復呪文を使うのか?」
「いえ、試してみたいアイテムがあるんです」
答え、荷物の中から薬箱を取り出す。
初めて来た時は帰り道の船上で、荷物の殆どは船室か船の倉庫に置きっぱなしだった。
今回は準備をする時間があったので、便利そうなものを色々と持ってきたのだ。
「手持ちの少ないとっておき――持ってきておいて良かったです」
薬包に挟まれた黄金色の葉。
「それは?」
「ラムルカムルの葉――あらゆる不調に効くといわれる貴重な品です」
毒や麻痺、石化はもちろんのこと、精神の異常や視力低下にも効く。
火傷に試したことはないが、世界の違いが影響しなければ問題ないはずだ。
葉脈を含む葉の表面を浅く傷つけてから患部の中心あたりに貼り付ける。
ずれないよう上から軽く包帯を巻いた。
「これで大丈夫だと思います」
「さすがに半信半疑と言わざるを得ないが……」
半眼になるバランだったが、しばらく待つと効果が表れ始めた。
「……む。痛みが薄れてきた、か?」
「良かった」
安静にしていれば薬効が染みこみ、より効果が出るはずだ。
手を合わせて微笑むと、バランが険しい顔になった。
「どうしました?」
「……いや」
首を振った彼は何やらアティをじっと見つめてくる。
「お前が戻って来てくれて嬉しかった」
「っ」
バランに言われるとは思わなかった言葉。
驚き目を見開くと、竜騎将は誤魔化すように視線を逸らした。
「他意はない」
「は、はい」
「だが、無理はするな。……お前がソアラとは違うことはわかっているが、目の前で女に死なれるのはもうご免だ」
「心しておきます」
しっかりと頷いて答える。
あれから、バランは魔王軍を抜けたらしい。
殺されかけたのだから当然ではあるが、ダイの記憶が戻った今、パプニカに滞在する理由がないのも事実。
それでも残ってくれているのは嬉しい変化だと思う。
本人は「治療ついでに勇者一行を鍛えるだけだ」と嘯いてはいるが、それだけではないのではないか、と期待するくらいなら罰はあたらないだろう。
「バラン。いえ、バランさん。大魔王を倒しましょう」
「バランでいい」
「え、でも……」
「いいと言っている」
椅子から立ち上がって服を着始めるバランの表情は見えなかった。
離れたばかりの元主を悪く言うのは気が引けたのかもしれない、と、アティは己の不注意を心の中で反省した。
☆ ☆ ☆
アティ帰還の報はレオナの元にも届き、夕方頃には仮の王宮に呼び出された。
人払いした部屋で三賢者を交えて説明した後、生き残った家臣達の前でお披露目――という、大変な手順を踏んだ後、戦勝を祝ってのささやかな宴が開かれた。
「アティの事情は私やアポロ達だけの胸にしまっておくから安心して」
「ありがとうございます、レオナ姫」
「いいわよ。あなたが帰ってきてくれたことの方が何倍も嬉しいんだから」
王女らしい、凛とした笑顔を見せるレオナに見惚れていると、エイミがそっと寄ってきて囁いてくれる。
「姫様、アティさんの前では泣かないようにって、その前にわんわん泣いてたんですよ」
「エイミ! あなただけ今晩食事抜きにするわよ!」
「そんな! 姫様、それはあんまりです!」
アポロとマリンの笑い声が響き、つられてアティも笑ってしまった。
そんな風に、戻ってきた初日は慌ただしく過ぎた。
宴はなんだかんだで結構な騒ぎに。
バランの命でダイに協力してくれた竜騎衆は大っぴらに参加できなかった――見た目が魔物なボラホーンやガルダンディーはもちろん、ラーハルトも肌色や耳の形が魔族の特徴を有している――ものの、クロコダインが料理と酒を持って相手をしに行ってくれた。
酔って気の大きくなったガルダンディーが「なんで俺が人間と仲良くしなくちゃいけねえ!」と言い、暴れたところをクロコダインに気絶させられる事件もあったが、概ね平和に過ごせたようだ。
翌日。ラムルカムルの葉と回復呪文の相乗効果で、バランの腕は快方に向かい始めたものの、相当酷いダメージだったらしく完治には時間がかかりそうだった。
「問題ない。左手でも稽古程度なら軽くこなせる」
「無理しなくてもいいよ。稽古ならヒュンケル達や先生ともできるし」
「ディ……ダイよ。それは手負いの私に負けるのが怖いということか?」
「む。そういうこと言うなら大丈夫なんだな?」
「無論だ」
竜の騎士親子はなかなか素直になれない様子。
バランは未だに「ダイ」と呼ぶのに慣れないし、ダイの方も素直に「父さん」とは呼びにくいようで「先生を母さんって呼ぶ方が簡単だよ」と冗談めかして言っていた。
とはいえ、剣を交えてではなく話し合いで和解したせいか、険悪なムードというほどではなく。
憎まれ口を叩きつつも積極的に離れようとはしない、という、微妙な関係を保っていた。
――きっと、時間が解決してくれますね。
この件に関しては無理に仲直りさせようとせず、見守る姿勢を持とうと決めた。
ポップやマァム、ヒュンケルといった仲間達も共闘した後のせいか、バランに対して積極的な悪感情は抱けないようで、ぎこちなくも邪険にはしない対応に終始している。
まずは戦いの疲れを癒すことと、もう一度鍛え直すこと。
当座の方針として一行はこの二つを定めた。
「先生。おれ、思ったんだ。おれ達はこれまで先生に凄く頼っちゃってた。でも、それじゃ駄目なんだ」
「ダイ君……」
「先生にはいなくなって欲しくないけど、先生がいなくなってもいいように……ううん、先生が安心して見ていられるようにもっと強くなりたい」
ダイの言葉にポップ達も同意。
「……そうだよな。結局、バランと戦ったのは先生だったんだ」
「私達がもっと強くならなきゃ、これから先、魔王軍とは戦っていけない……」
アティとしては、独り立ちしようとする生徒達に少し寂しさも覚えたが。
同時に、立派になったアリーゼの姿をもう一度見たことで――彼らの成長を素直に喜びたい、見守りたいという気持ちも抱いていた。
――それに、これはダイ君達の戦いです。
首を突っ込んだ以上、放ってはおけない。
しかし、魔剣の主として一番の当事者であったかつての戦いとは違うのだ。
矢面に立つことに囚われて無茶をしてしまうのは悪い癖。
もっと視野を広く持ち、別の方法でダイ達を見守ることも考えなくてはいけない。
「……そうですね。私も、ダイ君達に教えたいこと、まだまだいっぱいあるんです」
異世界人であるアティだから教えられることもある。
一行は一つの気持ちの元で一緒に取り組み、そうして二、三日が過ぎた頃、アティはダイと共にバランに呼び出された。
都からやや離れた森の中。
待っていたのはラーハルト、ボラホーン、ガルダンディーの三人だった。
「あらためて紹介しておこうと思ってな。これが我が竜騎衆。私直属の部下達だ」
結構巻きましたが、それでも書くことが多いため少しずつ進めて参ります。
サモンナイトには火傷ステータスがないので治らない、というのもアリかなと思いましたが没に。
代わりに(?)SLGのアイテムということもあり、即効性は抑えめです。