新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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家庭教師の帰還(後編)

「陸戦騎ラーハルト」

 

 青白い肌に、尖った耳を持つ長身の青年。

 右手に持った鎧の魔槍は攻防一体の装備であり、超絶技巧によって繰り出される神速の槍はヒュンケルさえも苦しめたという。

 

「海戦騎ボラホーン」

 

 クロコダインに劣らぬ巨体を持つ、セイウチ型の獣人。

 鎖付きの錨という独特の獲物は多くの用途を兼ねており、見かけとは裏腹に多彩な技を持つ。

 

「空戦騎ガルダンディー」

 

 鳥と人の特徴を併せ持った魔物の男。

 翼による飛行能力と並以上の剣の腕、体力や魔法力を奪う特殊な羽根とバランスの良い優れた戦士。

 

「――以上三名。名を含めて紹介するのは初めてになるな」

「よろしく。ラーハルト、ボラホーン、ガルダンディー」

「よろしくお願いします、みなさん」

 

 ダイが進み出て手を差し出し、アティが一礼すると、竜騎衆の三人はそれぞれの反応を示した。

 

「勿体ないお言葉です。ディー……ダイ様。それから、アティ様」

 

 恭しく頭を下げて応えたのはラーハルト。

 忠臣、という言葉がぴったりの姿勢で、彼はやんわりと握手を辞した。

 

 ダイは少し残念そうな表情を浮かべるも、すぐに微笑んでみせる。

 

「言いづらかったらディーノでもいいよ。……ただ、おれはじいちゃんに付けてもらった『ダイ』って名前が好きだから。ラーハルトにもそう呼んでもらえると嬉しい」

「……誠心誠意、努力いたします」

 

 青年は軽く目を瞠ってからそっと目を伏せた。

 バランに仕える者として、息子のダイにも忠義を尽くそうというのだろう。

 

「あの、私のことはアティで構いませんから」

「いいえ、そうはいきません」

 

 無関係――というと語弊があるが――な者として同列扱いを遠慮すれば、ラーハルトは首を振った。

 

「バラン様、ダイ様を思っての振る舞い。お心だけでなく力をも伴った在り方。感服すると共に……第二の奥方様となっていただくに相応しいと」

「え」

「ラーハルト」

「はっ。……失礼、先の言葉はお聞き流し下さい」

 

 再び深く一礼されると、アティには「はい」としか言えなかった。

 妙な単語が聞こえた気がしたが、バランの渋い顔とラーハルトの申し訳なさそうな表情、撤回の宣言からすると勘違いか何かなのだろう。

 

「……海戦騎ボラホーン、バラン様とその御子のため、力を尽くす所存」

 

 青年の挨拶が一段落したところで、ボラホーンが低く告げた。

 

「うん。ボラホーンとも仲良くできるといいな」

「我は戦士。戦うのが仕事故、馴れ合いは程々にして頂きたく」

 

 言うことは言ったと立ち尽くしてしまったあたり、クロコダインと同様に武人肌なのだろう。

 眉を顰めたラーハルトが代わりに言ってくる。

 

「獣王に敗北したことが堪えているのです。驕りがあった、と、今は腕を磨くことに夢中な様子」

「ハッ! 驕ろうが何しようが勝ちゃあいんだよ、勝ちゃあ!」

「……ガルダンディー」

 

 最後の一人、ガルダンディーはラーハルトとボラホーンの振る舞いを嘲るように笑った。

 キッ、と、ダイとアティを睨みつけてくる姿からは抜き身の刃のような危うさを感じる。

 

 彼はあの戦いでマァムに敗れ、宴の席でクロコダインに叩きのめされていたはずだ。

 

「オレはまだてめぇらを認めちゃいねえ! バラン様が人間共の味方をするっていうのも納得しちゃいねえ!」

「見苦しいぞ、ガルダンディー」

「バラン様こそどうしちまったんだよ! あれだけ人間を憎んでたってのに!」

 

 バランは眉を寄せると腕を組――もうとして、左腕で右腕を掴むに留めた。

 

「私が人間を憎んでいた理由は、人間を愛していたからだ。そう気づいただけのこと」

「けど、こいつらはルードを殺した! オレの親友を殺したんだ!」

「……ならば、ある者の言葉を借りよう。傷つけたくないなら戦場に出すべきではなかった。違うか、ガルダンディー」

 

 ガルダンディーは主の言葉にぐっと詰まった。

 後はもう口添えしない。バランはそう言いたげに口を閉じる。

 アティは頷き、鳥人を振り返った。

 

「どうすれば認めて貰えますか?」

「……オレより強いってことを証明しやがれ! てめえらのどっちかがオレに勝てるなら、バラン様が肩入れする理由も認めてやる!」

 

 大声と共にサーベルが引き抜かれる。

 問答無用、嫌だと言って聞くことはないと簡単に察せられた。

 

「ダイ君、どうしますか?」

 

 少年はこくん、と頷く。

 気負いのない、いい表情をしていた。

 

「おれがやるよ。先生にもおれの新しい力、ちゃんと見てもらいたいんだ」

「わかりました」

 

 微笑んで頷き、数歩分だけ後退する。

 ラーハルト達が同じように下がるのが戦闘開始の合図になった。

 

「じゃあ……行くぜえっ!!」

 

 威勢よく叫んだガルダンディーが空へ舞い上がり。

 

「はあああっ!」

 

 力強い声と共に、ダイの額へと輝きが生まれる。

 竜の紋章。

 記憶の回復を機に、少年は紋章の力をコントロールできるようになっていた。

 

 竜闘気の力は身体能力の向上、防御力の強化、それから地底魔城でバギクロスを用いたように。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!」

「ゲエッ!?」

 

 平常時では使えない呪文も使えるようになる。

 推力を得て飛びあがったダイは一直線にガルダンディーへと向かい、ガルダンディーはダイへ自らの羽根を複数放つも、それらは全て竜闘気によって防がれる。

 羽ばたいて軌道を変えても、トベルーラの柔軟性には敵わない。

 舌打ちした鳥人はサーベルを振るうも、ダイは刃の軌道を巧みにかわし――相手の腹へ重い拳を一発叩き込んだ。

 

「がっ……!?」

 

 白目を剥いたガルダンディーは一瞬だけ堪えようとするも、すぐにぐらり、と体勢を崩した。

 地に落ちていく彼をバラン達が助ける様子はない。

 慌ててアティが駆けだし、思ったよりも軽い身体を受け止めた。

 

「……あ」

 

 見れば完全に気を失っており。

 目が覚めた彼が凄く嫌そうに「参った」と言うのにはしばしの時間が必要だった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「では、本題に入ろう」

 

 竜騎衆の三人が協力に同意したところで、バランが厳かに言った。

 

「本題?」

「ここ数日、竜騎衆には魔王軍の動向を探ってもらっていた」

 

 魔物の動きは同じ魔物の方が察知しやすい。

 個としての強さを持つ竜騎衆は人づてでは中々入らない情報を集めるのにうってつけだ。

 

 特に、ボラホーンはともかく、ラーハルトとガルダンディーは機動性にも優れている。

 

「結果、思った以上の成果が得られた」

「というと……」

「各国を襲う軍団が再編――組織的な動きが目立つようになっている」

 

 これまでの魔王軍は各軍団長が独自に動く形式を取っていた。

 ロモスには百獣魔団が、パプニカには不死騎団がといった形で、最終的に滅ぼせれば方法も任されていた。

 故にクロコダイン、ヒュンケルは軍団長でありながらダイ達に挑んできた。

 戦術的に不利な行動が許されていたのだ。

 正直、クロコダインが初手で物量戦を仕掛けて来ていたら、ヒュンケルが手勢による持久戦を選んでいたら、アティ達は全滅していた可能性が高い。

 

 それが変わった、と、バランは言う。

 

「……カールを襲っていた超竜軍団は引き上げられ、代わりに不死の軍勢が跋扈していました」

 

 ラーハルトの報告を聞いたアティは驚く。

 

「不死騎団が?」

「おそらくは魔影軍団長ミストバーンだろう。奴がヒュンケルに暗黒闘気の扱いを教えたと聞いている」

 

 つまり、ヒュンケルに操れる魔物はミストバーンにも操れる。

 魔影軍団と不死騎団に便宜上分けられていただけで、その気になれば骸骨剣士等々も魔影軍団に組み込めるということだ。

 加えて、魔影軍団にはさまよう鎧等の厄介な魔物がいる。

 

「派手さはありませんが、疲れと死を知らない魔物の相手は厄介です」

 

 不死の魔物は身体を砕くか、大元を絶たない限り倒すことができない。

 それでも、訓練された兵なら骸骨剣士二体を倒せるかもしれない。だが、もし三体目に倒されれば、倒れた兵の死体が新たな骸骨剣士として味方を襲うことになる。

 明確な対抗策はニフラムだが、優れた僧侶はそう数がいない。

 剣や槍、矢だけで倒すのが難しい敵というのはそれだけで厄介だ。

 

「……傀儡戦争」

「む?」

「私の世界で起きた戦いを思い出します。あの時は、敵が開けた場所でのぶつかり合いを選択したので、なんとか対処することができましたが……」

「……散発的に湧く敵の対処は難しいだろうな」

 

 リィンバウムの場合は召喚術による範囲殲滅が可能で、かつ移動手段が限られている。

 こちらの世界の呪文は範囲が狭いか消耗が大きく、代わりに実力者ならいつでも世界を飛び回れる。

 

「ハドラーのやり方とは少し違う気がしますね」

 

 彼も狡猾で残忍な性格だが、小戦力でじわじわと人の力を削ぐやり方は微妙にそぐわない。

 どちらかといえば、過剰戦力で一気に叩き潰して損害を抑えるのが彼のやり方だろう。

 

「指揮官が変わったのかもしれぬ」

 

 前面に出てこない不気味な魔影軍団長か、あるいは奸智に長けたザボエラか。

 

「他国も似たような状況だ」

「俺らみてぇに一気に壊滅とはいかねえだろうが、長く続きゃあ負けるのは人間どもだぜ」

「おれ達が行ったらどうかな」

 

 それまで黙っていたダイが提案する。

 

「空裂斬――空の技なら不死の奴らも倒せるだろ。先生やマァムならニフラムもできるし」

「無駄とは言わん。だが焼け石に水だ」

「どうしてっ」

 

 淡々と告げるバランをダイが見上げる。

 少年としては居ても立っても居られないのだろうが、さすがに竜騎将は冷静だった。

 

「敵が何故、大軍で殲滅をかけないと思う」

「……それは、全滅しないように?」

「そうだ。補充しやすい戦力を分散して配置し、個による活躍を抑えようとしている」

 

 ルーラで飛び回ればいいとはいえ、それだって移動時間と魔法力はロスしてしまう。

 手分けして各地に散ったところを各個撃破、あるいは別の策を発動するのが狙いと考えることもできる。

 

「我らが加勢するのなら、罠をはねのけるだけの準備を整えてからだ」

「罠なんか、今までだって何度も……っ」

「聞け、ダイよ」

「っ」

 

 バランの低い声にダイがびくっと震えた。

 

「大魔王を倒すのだろう。ならば、お前達は絶対に死んではならない」

「絶対に、死ねない?」

「そうだ。勇気を持つのはいいが、無謀はよせ。それに、お前にはやるべきことがあるだろう」

 

 言われて、ダイは己の手を見つめた。

 紋章の力を手に入れたばかりで、コントロールはまだまだ万全と言えない。

 それに、問題は他にもあった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……ダイが使うための剣、かぁ」

 

 他の仲間達にも魔王軍の動向、そして今後の方針を伝えた。

 全員、世界のことが気になりつつも修行優先に同意してくれる。

 

 ――散開戦術には散開戦術。竜騎衆に抑えさせよう。

 

 と、バランが約束してくれたことも決定の大きな要因だった。

 もちろん、竜騎衆達には生存優先を伝えてある。散発的に表れては被害を出していくという戦法をやり返すことで動きを鈍らせるのが目的なのだから。

 その上で、目下の問題を考えたわけだが。

 

 ポップの呟いたのが大きな問題の一つだ。

 

「はい。いつまでも真魔剛竜剣を借りるわけにはいきませんし」

「それに、あの剣はちょっと大きすぎるよ。竜闘気を全開にしてれば気にならないけど……」

 

 ダイの身の丈、素の筋力には少々合わない。

 

「だが、並の剣では竜闘気を用いた戦いに耐えられるかわからん」

 

 と、ヒュンケルが懸念を更に纏めた。

 バランが本調子に戻れば真魔剛竜剣は返さないといけないし、とはいえ、代わりの武器には心当たりがない。

 

「『果てしなき蒼』を渡すわけにはいきませんし……」

 

 並以上の剣、というとヒュンケルの鎧の魔剣だが、これを貸しても根本的解決にならない。

 

「先生の今持ってる剣は?」

「残念ですが、ラグレスセイバーよりは格が落ちちゃいますね」

 

 ウェイドラッシュという逸品で、島にあった中では良い剣だが、アティは基本的に『果てしなき蒼』でなんとかなるため、そもそも武器のストックが多くなかった。

 

「もう一回ベンガーナに行きますか?」

「うーん……それでも、売られている武器には限度があると思うんです」

 

 ドラゴンキラーは良い武器だったが、素材や製法自体は「割といい」レベルに収まる。

 竜の皮膚を貫くための形をしているからこその武器であり、あれがそのまま長剣になっても少々物足りなさを覚えるだろう。

 上を見ればきりがないというのは確かだが。

 

「そういえば、ロモスで近々武術大会が開かれるそうだぞ。優勝賞品は……確か、覇者の剣だとか」

「オリハルコンの武器じゃねえか!」

 

 ロモス王も太っ腹なことをするものである。

 オリハルコンは神の金属。失われればそれまでで、新たに発見されることもない希少なものだ。まして、それを元にした剣となれば猶更。

 出ないわけにはいかない。

 全員で出ていいのか、誰が出るかは後で揉めるとして、アティは再び口を開いた。

 

「それはそれとして、他の手段も探っておきたいです。誰か、鍛冶屋さんとか武器屋さんに知り合いがいたりはしませんか?」

 

 すると、全員が顔を見合わせる。

 島育ちのダイはアティと同じ交友関係しかない。ヒュンケルも魔王軍に身を置いていた期間が長く、人の世には詳しくない。魔剣の製作者だという魔界の名工がどこかその辺にいるなら別だが。

 小さな村出身のマァムや、魔物であるクロコダインも似たようなもの、となると……。

 

「な、なんでみんなして俺を見るんだよ……?」

「ポップはアバン先生とあちこち回ってたんでしょう? どこかあてはないの?」

 

 問われたポップは迷う素振りを見せてから言った。

 

「ないわけじゃねえけど……」

「本当ですか?」

「ああ。ただし、先生と行ったところじゃなくて――俺の実家で良ければ」

 

 その言葉に、もう一度全員が顔を見合わせた。


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