「いまさらどのツラ下げて帰ってきやがった、このクソガキがああああーーっ!」
「うぎゃあああーーっ!?」
それは、なんというか、あっという間の出来事だった。
たった一人で幾多の竜を殲滅した魔法使い、勇者一行にとって頼れる仲間であるポップが、実の父親に担ぎ上げられ――地面に叩き落とされる。
これが魔王軍相手なら、ポップも避けるなりなんなりしただろうが、萎縮したのか彼は身を硬くしたまま折檻を受けている。
そのまま、父と子の触れ合い(?)は殴る蹴るの激しい形で継続。
ぽかん、と、アティをはじめとする仲間達は思わず黙って見守ってしまい……。
はっ、と、同時に我に返り、慌てて止めに入った。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! ポップが怪我しちゃうだろ!」
「お気持ちはわかりますが、落ち着いてください……!」
息子にはあまり似ていない、大柄で職人気質の父――ジャンクが渋々、振り上げた拳を収めるにはしばらくの時間が必要だった。
☆ ☆ ☆
「恥ずかしいところをお見せして申し訳ねぇ。俺もついカッとなっちまって」
「いえ……」
ポップの故郷・ランカークスはベンガーナより東、大きな山の麓にある小さな村だった。
通常の移動手段なら日数がかかるところだが、ポップ自身の故郷ならルーラで飛んでいくことができる。と、言いつつ、ポップはあまりというか非常に気乗りしない様子だったが。
背に腹は代えられない、ということで渋々故郷へ帰ることを了承してくれた。
――家出同然、だったらしいですからね。
街を訪れたアバンに憧れ、親の了承も得ずに押しかけ弟子になった。
それから一年以上、一度も帰ることなく各地を旅していたのだから、気まずさはひとしおだろう。
ダイにマァム、ヒュンケル……初めての街に警戒されないようにと選ばれたメンバー達も、仏頂面のポップと腕組みするジャンク、二人を心配そうに見る母の姿に苦笑いするしかない。
彼らの表情にどこか羨ましげなものが混じっているのは、親の愛を十分に受けられなかった境遇のせいだろうか。
「……しかし、ウチの馬鹿息子が勇者の手助けをしていたとは、信じられんよ」
「本当だと私が保証します」
アティは微笑と共にはっきりした声で言った。
「勝手に家を飛び出してしまったのですから、ポップ君のことをお怒りになるのはもっともだと思います。ですが、彼の力は私やダイ君達を大いに助けてくれました。人様に胸を張れないようなことはしていない、と、誓って言い切れます」
「聞くのが遅くなったが、あんたは?」
「アティと申します。旅の家庭教師をしている者です。……ですから、ポップ君の行いに不満があるのであれば、それは私の責任でもあります。これ以上の拳が必要なら私にお願いします」
ジャンクはじろり、とアティを睨むと小さく呟いた。
「そんな胡散臭い肩書の奴が二人もいたとは」
それにはアティも苦笑するしかなかったが。
「あの方……アバン様はどこに?」
「……亡くなりました。私は彼の意志を受け継いでここにいます」
「……なるほどな」
このご時世、人死になど珍しくない。
頷き、納得を示したジャンクはしばしの沈黙の後、アティ達に尋ねてくる。
「で、こんなに大勢で来たんだ。用事はこいつの里帰りだけじゃないんだろう?」
「はい。実は……」
そこからは話が早かった。
「なるほどな。……なら、店の品揃えを見ていくかい? 平凡な村の武器屋だがね」
「ありがとうございます」
ダイ達と頷き合って席を立つ。
「ああ。アティさん、だったか」
「はい?」
ジャンクから呼び止められたのは、皆が移動を始めた後のことだった。
彼は言いにくそうに黙ったまま立ち、ポップの背中が戸口に消えるのを見てからゆっくりと口を開く。ぎこちない様子を見た妻――ポップの母はくすりと笑い、何も言わずダイ達の案内に向かっていく。
「あいつは、その、本当に……ちゃんとやれてるのか?」
「はい」
アティの答えは変わらない。
「ポップ君は私達の大事な仲間です。たくさん修行して、とっても強くなったんですよ」
「……まあ、確かに前よりは身体つきもしっかりしてやがったな」
戦士としては使い物にならないが、とでも言いたげに目を細めるジャンク。
それでも口元はかすかに綻んで見える。
「魔法使いだって基礎体力は必要です。アバンさんも体術の修行時間を取っていましたし、ポップ君は今も、なんだかんだ言いながら続けてくれています」
「あんたが教えているのか?」
「そうですよ。私、こう見えて軍隊にいたこともあるんです」
微笑と共に力こぶを作る真似をすると、ジャンクは「似合わねえな」と大笑いした。
大笑いした後、目じりに溜まった涙を軽く拭って言ってくる。
「あのアバン様も、あんた達も信用できる人のようだ」
「………」
「ポップを頼む。あいつの事だ、泣き言言う時もあるだろうが、そういう時は遠慮なくぶん殴ってやってくれ」
「ありがとうございます。ジャンクさん」
アティはあらためて居住まいを正し、深く頭を下げた。
☆ ☆ ☆
「みんな、どうですか?」
ランカークスの村で武器を扱っているのは、ジャンクの武器屋一件のみ。
店内は決して広くなかったが、店主の心遣いと拘りが感じられる作りになっていた。剣を中心に一通りの武器が並んでおり、埃を被っている品は一つもない。試しに一つを手に取り値札と見比べてみれば、質に比して安いとさえ思える。
しかし。
「……芳しくないな。並の戦士なら十二分といえる武器だが……」
ヒュンケルが代表して答えた通り、ダイの全力に耐えられる武器はなさそうだった。
「強いて言えば、ダイの持ってる」
「この剣だけは、他の剣にはない凄みを感じる」
ポップに促されたダイが抜いて見せたのは、黒い鞘に収められた長剣だった。
刀身を傾けると光を反射して強く煌めき、その精度を伝えてくれる。ダイやヒュンケルが振るえば、その辺の木くらいすぱすぱ両断できるだろう。
アティと共に顔を出したジャンクは少し驚いたようにした後「流石だな」と言った。
「そいつは特別製だ。最近知り合った魔族が作った剣だよ」
「……魔族!?」
魔族の鍛冶屋。
ちょうど最近、そんな話を聞きはしなかっただろうか。
「ね、ねえ、おじさん。その人の名前って!?」
「ん? ああ、ロン・ベルクって奴だが……?」
不意に、一行の視線がヒュンケルの剣へと集まった。
一目でわかるほど良い剣を作る魔族の鍛冶屋。
間違いない。
まさか、こんな形で当人に会えるなどとは思っていなかったが――ジャンクの知り合いだというその人物こそ、ヒュンケルの持つ鎧の魔剣やラーハルトの鎧の魔槍を作った名工、ロン・ベルクだ。
☆ ☆ ☆
「……困るな、ジャンク。お前以外の人間をここに連れてくるとは」
ランカークス村を出て、近くの森に入ってしばし。
入り組んだ道を選ぶようにして進むジャンクにひたすらついていくと、何度か道に迷った末、ようやくロン・ベルクの住処へと辿り着いた。
木々の間から陽光の射し込む、木造の小屋。
魔界の名工と呼ばれる人物としてはとてつもなく質素だが、木材を同サイズに揃え、表面を削って見た目を整え、簡単な装飾を施した上に硝子の小窓まで付いた、山小屋というには立派過ぎる建物だった。
石造り、あるいは簡単な木造の多いこの世界においては素晴らしい技術。
異界技術のお陰で文明の進んでいるリィンバウムの水準に近く、住んでいる者の技術の高さをそれだけで推測できる。
そんな家に住んでいたのは、凄みのある雰囲気を纏った魔族の男だった。
顔の中心には交差するように二本の傷。
片手には酒瓶を下げ、仕立てのいい服を身に着けている。
長身とはいえ筋肉質には見えないが、アティの目には彼がより実践的――平たく言えば剣士に近い引き締まった筋肉を持っているように見えた。
期待通りロン・ベルクと名乗った彼は、アティ達を小屋の中――作業場へと通し、用件を聞いた上で告げた。
「無理だな。帰れ」
「っ」
もう二度と、気合を入れて武器を作ることはない。
魔王軍に肩入れしたいわけではない。
武器屋にとっての興味はただ、自分の作った武器がどれだけの威力を発揮してくれるかということだけ。
だが、最近の使い手は武器に頼ってばかりでつまらない。
だから、手慰みに作った武器を友人のよしみで流す程度。生活には困っていないため、金を積まれたところで動くつもりはない。
そう、彼は酒を片手に淡々と語った。
「並の人間なら
顎をしゃくった先にあるのはアティ達の武器だった。
ヒュンケルの持つ鎧の魔剣。ダイの手にはジャンクの店にあったロンの剣――紋章全開で強敵と打ち合わなければ使えるだろうと購入したもの。最後にアティの持つウェイドラッシュを見た時だけは訝し気に目を細めたが、それで終わり。
「並の人間じゃないから困ってるんだ」
「………」
ダイが少し寂しそうに言えば、名工の眉がぴくりと動いた。
「お願いしますっ。おれには強い剣が必要なんだ!! でないと、先生の剣やバランの真魔剛竜剣のような武器とは互角に戦えない!」
「……真魔剛竜剣、だと!?」
ロン・ベルクの目の色が変わったのはそこからだった。
彼は酒瓶を取り落としたことにも気づかず椅子から立ち上がると、恐ろしい剣幕でダイに詰め寄ってくる。
「まさか、あの剣と戦ったのか!? どんな風に! 感想は!?」
「……竜闘気を纏ったバランは強かった。鋼の剣じゃ一発打ち込むのが限界で、先生が罅を入れてくれなかったらあそこで死んでたかもしれない」
答えるダイの表情は少しだけ悔しそうだった。
バルジ島での戦い、無力感を思い出したからだろう。
しかし、ダイの話を聞いたロン・ベルクの反応は違っていた。
「あの真魔剛竜剣に罅を入れただと!? もう一方の剣は!?」
「……無事だけど……」
「その『先生』って奴はどこにいる!?」
気迫が凄すぎて隠れたくなってきたアティだったが、その前にみんなの目が「この人です」と如実に語ってしまった。
鋭い瞳の奥を爛々と輝かせた長身の魔族が迫ってくる――ちょっとした恐怖体験だったが、幸い、目の前の男に害意などなかった。
「見せろ! お前の『剣』とやらを見せてくれ! そこの腰に下げているヤツじゃない、もう一振り、持っているんだろう!?」
「え、ええ……」
見せない、などと言えばどんなことになるか。
見るためなら土下座くらいしそうな彼に一言断り、一歩下がってから蒼い光を解放――『抜剣』し、己の内から『果てしなき蒼』を取り出してみせる。
鞘のない長剣。
光――魔力を淡いレベルにまで落としてから、そっと手渡す。
「お、おお……」
ロン・ベルクは震えていた。
目を見開き、瞳は潤み、歓喜で泣き出しそうな様子だった。
否、悔しさも混じっているだろうか。
これほどの武器を知らなかったこと、この剣を打ったのが自分ではないことに、彼は悔しさを覚えているように思えた。
震えたまま剣を受け取り、切っ先から握りの端までを丹念に検分してから顔を上げる。
「異世界の剣だな?」
「え、ええ……」
一体どれだけの洞察力なのか。
どうして分かったのかと問えば「様式が違う」と事も無げに答えてくる。
天界、魔界、地上のどこでも見たことのない手法、デザイン。腰のウェイドラッシュを見た時点でその可能性を考えていたというのだから、魔界の名工という称号は伊達ではない。
友人のはずのジャンクがただならぬ様子に三歩は後退していたが、気づく様子もなく。
「作った奴は誰だ。種族は?」
「名工ウィゼル。人間です」
剣を打ってもらったのはもう結構前の話になる。
あの後、彼は更に研鑽を続け――サモナイト鉱石純正の魔剣、最高の召喚師にのみ真価を発揮させられる名剣を作り出したとも聞いている。
その剣はとある少女の手に渡り、世界を救う鍵になったらしいが、それは余談か。
ともあれ、答えを聞いたロンは俯き黙り込んでしまう。
見れば肩がかすかに震えている。
「あの……」
「フッ、ハハハ……ハーハッハッハ!!」
声をかけようとすると、いきなり大きな声で笑いだした。
「ろ、ロン。まさか頭がおかしくなったんじゃ……?」
「馬鹿なことを言うなジャンク! こんな時におかしくなっていられるか!」
そっと剣を返却した彼はなおも楽しそうに笑いながら大声で言った。
「真魔剛竜剣を折った剣の使い手と、そいつに追いつこうとするガキか! いいだろう!」
「え、じゃあ……?」
恐る恐る、しかし期待を込めてダイが尋ねると、力強い頷きが返ってきた。
ロン・ベルクは笑顔のまま口を開き、告げる。
「ああ、作ってやる」
「!!」
歓喜に染まる一同の耳に「ただし」と続きが聞こえて。
「条件が三つほどある。それが飲めるなら、だ」
その条件を聞いたダイ達は再び頭を抱えることになった。