「……ハッ。見れば見るほど良い剣だな、こいつは」
屋内で、男盛りの男性と二人っきり。
分身といえる『果てしなき蒼』を隅から隅まで見られ、撫でまわされ、質感を確かめられるのは妙にムズムズするものを感じたが、それでも不思議と、アティは身の危険を感じなかった。
目の前の男がそれどころではないとわかるからだろう。
ロン・ベルクの住処。
ダイ達との相談を終えた後、アティはロンと共に一泊することになった。
お礼の一部にと手料理を振る舞うと「……美味い」と静かに、淡々と平らげてくれた。食には拘らないタイプかと思っていたが、作ってもらえる分には嬉しいものらしい。
そして、森の夜がすっかり更けて尚。
出された条件の一つは淡々と続いていた。
「こんな代物に出会えたことを喜ぶべきか、作ったのが俺じゃないのを悔しがるべきか」
ロンが出した条件は三つ。
一つはロモスの闘技大会の賞品――覇者の剣を諦めること。
これは鍛冶屋としてのプライドの問題。
最強の剣を作ると言っているのに保険をかけられるのは嫌なのだそうだ。確かに、見方によっては「大した剣ができないかもしれない」という態度とも取れるので、ロンの言い分は理解できた。
『ま、その剣を溶かして材料にするってんなら別だがね』
『それもちょっと気が引けちゃいますね……』
というわけで、覇者の剣を手に入れるプランは無しになった。
アティやダイが出るのはどうなのか、という話もあったのでさほど問題はない。
『あの、ロン・ベルクさん。賞品を受け取られなければ――剣を使うダイや先生じゃなくて、私が出るのはいいですか?』
『ん? ああ、別に好きにすればいいが、物好きな奴だ』
そこで申し出たのはマァムだった。
ダイ達が出ないなら自分が出たいと彼女は言った。ダイもアティも出ない、元軍団長であるクロコダインやヒュンケル、バランも出られない、魔法使いであるポップは試合形式的に力を発揮しきれないので、残るのはマァムだけである。
なら、せっかくだから力試しがしたいらしい。
『ダイもポップもどんどん強くなってるから、私も、もっと強くなりたい』
『わかりました。じゃあ、当日は皆で応援ですね』
二つ目の条件は材料を提供すること。
凄腕の鍛冶屋も材料が無ければ武器は作れない。オリハルコンの剣が欲しいなら当然、オリハルコンの塊なりアイテムが必要になる。
覇者の剣を溶かさないのなら、別に調達しなくてはならない。
『ってもよ、オリハルコンだぜ? 簡単に見つかるもんじゃねえだろ』
『えっと、私の剣は溶かしませんからね?』
『大丈夫だよ。そんなこと誰も思ってないから』
オリハルコン製のアイテムだが、実は身近なところに存在した。
アティがこの世界に来る前――ダイがニセ勇者一行と起こした騒動の際、ロモス王が贈った『覇者の冠』がオリハルコン製だったのだ。
ダイの宝物としてポップ共々見せてもらっていたので、思い出すのに時間はかからなかった。
しかし、オリハルコン製のアイテムを二つも所持し、ほいほい他者に渡してしまうロモス王は一体何者なのか……。
『じゃあ、一回デルムリン島に帰らなきゃいけないね』
『ルーラで行きゃすぐだな』
マァムは闘技大会に向けて修行、ヒュンケルも付き合うということで島へは不参加。
代わりにバランを連れていく、とダイは言っていた。
血縁上の父親と育ての親――対面は当然あるべきことなのだが、自分から紹介しに動けるのは少年の美徳である。
正直、アティも付いていって話を見守りたいところだったが、最後の条件によりそうもいかなかった。
三つ目、最後の条件は『果てしなき蒼』をじっくり見せること。
見せるだけならタダだが、ロンに剣を渡したまま遠出するわけにもいかない。
どうしてもアティだけは残る必要があったのだ。
「オリハルコンと未知の金属による合金――もう一方の金属は強度面で劣っているが、魔法力の伝導性においてはオリハルコンを凌駕している」
オリハルコン自体も魔力伝導性が良い材質だ。
竜の騎士が魔法剣を得意としているのも、真魔剛竜剣がそれに向いた武器ということがある。
「オリハルコンを含んでいることもあり、合金の強度はミスリルやブルーメタルを上回る。加えて驚異的なのは、これは剣でありながら、本質的には剣でないということだ」
『果てしなき蒼』を大事そうに抱えたままロンは淡々と語る。
食事中は美味い美味いとさんざん飲んでいた酒には全く手をつけようとしない。
「使い手であるお前なら意味がわかるな?」
「はい。『果てしなき蒼』は共界線――私の世界に存在する『魔力の通り道』から力を引き出し、別の力に変えるための装置の役割を持っています」
アティの返答にロンは満足そうに頷いた。
「そうだ。この世界にはその、なんとかっていう道が無いから全力は出せないんだろうが――それでも、所持者の魔力を効率よく活用することができる」
増幅し、変換し、切れ味や防御力としても用いる。
「理力の杖という武器を知っているか?」
「魔法力を打撃力に変換できる杖、ですね」
「ああ。俺はかつて、あれの上位版を作ったことがある。吸い上げる魔力に上限がなく、魔法力による刃を作り出す杖だ」
聞いただけで強力な武器だとわかる。
だが、ロンはまるで後悔しているかのように目を細め、天井を見上げる。
「あらためてわかった。あれ――光魔の杖はゴミだった」
「………」
「なぜなら、完成形が今、ここにあるからだ」
言って、ロンはアティに剣を差し出した。
『果てしなき蒼』を受け取ったアティは『抜剣』を解除する。戦いの中なら気にならないのだが、長い間、耳を出しっぱなしにした後で素に戻るとなんだか変な感じだった。
「そいつは剣であり、杖でもある。使いこなせるか?」
「私は召喚師です。本当は、こっちでも呪文の方が好きなんですよ?」
「真魔剛竜剣に罅を入れておいて言うことかよ」
皮肉を口にしつつもロンは楽しそうだった。
「俺がそいつを最も気に入った点は、
『果てしなき蒼』はアティの剣だ。
『碧の賢帝』を打ち直した際にそうなった。
「私以外には使えない剣です。正確には、志を同じくする『抜剣者』がいれば可能かもしれませんが……」
同系の魔剣は二本しか存在しない。
ウイゼルでさえ一から作ったわけではなく、元を作った者が生きているかどうかさえわからない。
まして、別世界の住人が同質の剣を作ることはほぼ不可能だろう。
と、ロンは唇の端を吊り上げる。
「使えなくてもいい。いや、使えない方がいいんだよ」
「え?」
「優れた使い手と優れた武器、両方が揃って初めてまともな状態といえる。どっちが欠けても駄目だ」
なら、下手な使い手に渡る必要はない。
「そんな無茶な……」
「実現している奴が言うな。お前の剣は、お前が斬りたいものを斬り、守りたいものを守るためにあるんだろう?」
「……はい」
「なら、他に何が要る。ダイにもダイだけの剣を渡してやる」
魔界の名工は燃えていた。
今すぐにでも武器を作りたいというように目を輝かせながら、頭の中では無数の構想を描いているようだった。
子供のような表情。
可愛い、と、思ってしまうのは、遥かに年上の相手に失礼だろうが。
「ありがとうございます。ロン・ベルクさん」
アティは立ち上がって深く頭を下げる。
「お代は、一度には難しいかもしれませんが、必ずお支払いします」
「要らん」
と、驚いたことに謝礼を突っぱねられた。
「お前とダイが存分に剣を振るう姿――それが見られれば十分だ」
「………」
「だが、まあ。どうしてもと言うなら」
ちらりと酒瓶に目をやり、冗談めかして言ってくる。
「また、暇な時につまみでも作ってくれ」
「あ……はい、喜んで!」
時を忘れたように思索にふけるロン。
彼に付き合い、時折意見を交わし合っていると、あっという間に時が過ぎていった。
☆ ☆ ☆
「……ったく、先生の次はダイと籠もりきりかよ」
小屋の外。
木陰で腕組みしたポップが愚痴をこぼすのを、アティは苦笑いして宥めた。
「仕方ないですよ。私も似たような経験があります」
昨日、デルムリン島へ赴いたダイ達は無事、覇者の冠を手に入れた。
ロモス王に冠を溶かす許可も貰い、ブラス老とバランの語らいを待って一夜を明かしてから、文字通り飛んでやってきた。
すると、ロンはアティも含めた全員を小屋から追い出し、ダイと二人で中に籠ってしまった。
――まずは使い手の『手』を見る。
剣を作るのはそれからの話。
出来上がるのは翌朝になるだろうという話で、ダイを傍に置いたまま、ジャンクを助手にひたすら打ち続けるという。
「でも、そうすると、マァムの応援は私達だけですね」
「ああ、パプニカを手薄にするのも怖えからな……」
ロモスの闘技大会は今日開かれる。
マァムも昨日、パプニカに帰ってから知ったらしいが、デルムリン島に同行しなくて正解。
なかなかタイトな日程であった。
ヒュンケルやクロコダインは観戦をパスするという。
興味がないわけではないが、変な騒ぎになっても困るという配慮だ。
「じゃ、一回パプニカに帰ってマァムと一緒にロモスだな。……先生、どっちかルーラ代わってくれたりとか」
「いいですよ」
くすりと笑って頷き、アティはポップの肩に手を置いた。
すぐに呪文を唱えたので、少年の口元が微妙に綻んだのには気づかなかった。
パプニカの家に着くとすぐ、ポップはアティから離れた。
「じゃ、じゃあ俺、マァムを呼んでくるから」
「? はい、お願いしますね」
ポップを見送ると、入れ替わるようにバランが出てくる。
彼の表情は平静。
大丈夫だとは思っていたが、罵り合いなどには発展しなかったらしい。
良かった、と、心中で呟いて笑みを浮かべた。
「お帰りなさい。どうでしたか、デルムリン島は」
「ああ。……不思議な場所だな、あそこは」
目を細めて呟くバラン。
多数の魔物が平和に暮らしている島。
竜の騎士にとっても珍しいといえる光景だったようだ。
アティから二、三歩の距離を置いて立ち止まった彼は空を見上げる。
「特に、長老のブラス殿には感心させられた」
「ブラスさんは、何と?」
「『あの子をダイと呼んでくださり感謝します』と。むしろ、親元に返せなかったことを詫びられてしまった」
「……そうですか」
ブラスらしい、とアティは頷いた。
「ああいう方だからこそ、息子は真っすぐに育ったのだろう。人の親とはこういうものなのか、と、あらためて思い知らされた」
「バラン……」
「私は戦士だ。親としては失格だろう。できるならやり直したいとも思うが……」
視線を下ろしたバランと目が合う。
言葉を探すと同時、言葉を待っているような表情を見て、一歩踏み出す。
驚いたように瞬きする男の手を取り、ぎゅっと手のひらで包み込んだ。
「まだ間に合います。だって、ダイ君は生きているんですから」
「アティ」
「もし、あなたとダイ君を邪魔する者がいるなら、みんなでやっつけちゃいましょう。親子には仲良くなる権利があるんですから」
微笑んで見上げれれば、やがてバランの口元にも笑みが浮かんだ。
「そうだな」
頷いた後、何か迷うように視線を泳がせ、再び口を開いて。
「すまねえ先生、マァムの奴が呑気に着替えなんかしてたか痛ってぇ!」
「余計なこと言わなくていいの! ……あ。もしかしてお邪魔でしたか?」
慌てて家を飛び出してきたポップとマァムの掛け合いが空気を緩ませ。
はっとしたマァムが尋ねてくるも、バランは「いや」と首を振った。
竜騎将はアティに背を向けると、数歩の距離を取ってから言った。
「パプニカの守りは任せておけ。世界サミットとやらの発案者を狙ってこないとも限らん」
「あの、バラン。何か言いたかったんじゃ……」
「気にするな。大したことではない」
そのまま去っていってしまう。
広い背中を見送ったアティは首を傾げるしかなかったが、そこへマァムが寄ってきて囁く。
「彼、なんだか顔が赤かったみたいですけど」
「どうしたんでしょうね……?」
何故か、二人の後ろでポップが「大丈夫かこいつら」という顔をしていた。