新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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ロモス武術大会の罠(前編)

 ルーラで到着したのはロモスの街の入り口前だった。

 槍を構えた番兵は三人の顔を覚えていたようで、敬礼と共に立ち入り許可を出してくれる。

 礼を言って門をくぐり、会場へ向かう。

 

「すげぇ人だな。ロモスって結構田舎だってのに……」

「賞品が覇者の剣だもの、当然だわ」

 

 会場となる闘技場の前には多くの人が詰め掛けていた。

 見物客と腕自慢でひしめく広場を見回し、受付を探していると、アティの視界に見覚えのある黒い影が映った。

 

「あんたらも来ていたのかい」

 

 黒いローブを着た小柄な老婆。

 ベンガーナで出会った占い師ナバラが、孫娘のメルルを伴ってアティ達に近づいてくる。

 アティは微笑み、二人に向けて会釈した。

 

「ナバラさん達はベンガーナからこっちへ?」

「パプニカに行くつもりだったんだけどね。噂を聞きつけて予定変更ってわけさ」

「そうだったんですか」

 

 マァムの応援に来たことなどを話していると、後ろでポップがマァムを突くのがわかった。

 

「……なぁ、誰だこの婆さん?」

「占い師のナバラさん。ほら、超竜軍団の襲撃を予知してくれた人よ」

「ああ、あの胡散臭い予言の」

 

 ひそひそ声だがばっちり聞こえている。

 苦笑いを浮かべて様子を窺えば、ナバラは心なしか不機嫌そうになっていた。

 ただ、慣れっこらしい祖母よりむしろ、孫娘の方が頬を膨らませている。

 

「おばあ様の占いは本物ですわ、偽物と一緒にしないでください……!」

「え、あ、ああ」

 

 大人しそうな少女の思わぬ剣幕に、ポップが面食らった顔になる。

 

「……すまねえ、言い過ぎた」

「……いえ。わかっていただければいいんです」

 

 少年に謝られると、メルルは気まずそうに小さく答えた。

 

 

 

 あらためて占いの礼を言った後、アティはナバラ達に同行をもちかけた。

 

「あたしらは別に構わないよ」

「ちょっ、先生」

「おばあ様」

「それじゃあ、決まりですね」

 

 居心地悪そうな少年少女を尻目に頷きあう。

 黒衣の老婆は薄く笑って囁いてきた。

 

「案外、あんたも意地が悪いね」

「みんなで仲良くできる方がいいじゃないですか」

 

 アティとしては微笑んでそう答えるだけだ。

 

 程なく受付は見つかった。

 ナバラ達と一緒にマァムを待っていると、そこへ警備兵の一人がそっと近づいてきた。

 

「アティ様とポップ様とお見受けしますが、間違いございませんか?」

「はい、そうです」

 

 答えると、彼は敬礼してアティ達に言ってくる。

 

「勇者様一行は特等席へご案内するよう命じられております。よろしければ一緒にお越しください」

「でも、ご迷惑ではありませんか?」

「とんでもございません。昨日、せっかくお越しになられたのにすぐ帰られてしまった、と、王は嘆いておられました」

 

 そういうことなら、と、申し出を有難く受けることにする。

 受付を終えたマァムを一言ずつ激励した後、ロモス王の待つ特等席へと案内された。

 

 

 

「再びお目にかかることができ光栄です、陛下。ご無沙汰しております」

「うむ。久しいの、アティ」

 

 大会を高所から眺めることのできる特等席。

 設えられた玉座に座るロモス王は、跪こうとするアティを軽く手で制した。

 

「昨日はダイ達が折角来てくれたのに、歓迎もできず残念であった。勇者の新しい剣、楽しみにしておるぞ」

「ありがとうございます」

 

 剣の製作でダイは来られないと伝えると残念そうではあったが。

 王は終始上機嫌で、アティ達も肩の力を抜くことができた。

 

 冠の件のお詫びや近況報告等を経て、ナバラ達の紹介に至った頃には大会開始が近づいていた。

 闘技場内はいっそう活気づき、特等席にも新たな靴音が近づいてきた。

 振り返ったアティは、高官の衣装を纏った青年と視線を合わせる。

 

 見たことのない顔だった。

 

 かなりの長身だ。

 文官や学者、研究者が似合う雰囲気を纏っており、口元には自信の笑みが浮かんでいたが――。

 

「……な」

「?」

 

 何故か、彼はアティの顔を見て硬直した。

 まるで、死んだはずの人間にでも出会ったように、口をぱくぱくと動かして。

 

「おお、ザムザ。見るがよい、そなたの提案してくれた大会は盛況であるぞ」

「っ」

 

 ロモス王に名を呼ばれてようやく我に返る。

 踵を返そうと動きかけていた靴が戻され、恭しい一礼が繰り出される。

 

「在野の人間から実力者を見出そうという、王の慧眼あってこそでございます」

「そうかそうか。いや、ダイ達ばかりに世話をかけるわけにはいかないからのお」

 

 楽しげな王の声を聞きながら。

 アティはじっと青年――ザムザの顔を見つめた。

 

「あの、どこかでお会いしましたか?」

「……。いえ、気のせいでしょう」

 

 先の動揺をなかったことにするように、淡々と答えるザムザ。

 どことなく誰かの面影がある顔立ちと相まって、アティは奇妙な違和感を覚えるも――答えに行き着く前に、観客達の歓声により、意識は別の方向へと導かれていった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大会は一対一の試合を繰り返すトーナメント形式だった。

 武器の使用は自由。

 呪文を用いることも禁止されておらず、自慢の技を存分に振るえるルールとなっているものの、必要以上の殺傷については禁止されている。刃物を用いる場合は寸止めが推奨されており、相手に重傷を負わせた場合や殺してしまった場合は失格となる。

 驚いたのは魔物が参加していたことだろうか。

 おおねずみのチウと名乗った彼は二足歩行で武道着を身に着けており、人語を介することもできていた。肝心の実力は一回戦で大柄な格闘家と死闘――という名の泥仕合を経てなんとか勝利していた程度だが。

 

「俺としてはあの布袋の方が気になるぜ。なんだあのふざけた格好」

「でも、彼はただ者じゃありませんよ」

 

 謎の実力者ゴーストくん。

 白い布袋を被った小柄な何者か、という、あらゆる意味で怪しすぎる存在だが邪気は感じられなかった。

 何より、ひらひらと捉えどころのない動きで攻撃をかわし、最小限の攻撃で勝ちを決めていく様は達人のそれに見えた。

 

「アティから見てどうかの、参加者の実力は」

「はい。とてもレベルが高いと思います」

 

 実際、かなりの逸材が揃っているのだろう。

 覇者の剣効果は伊達じゃない。各地から集まった冒険者や旅の戦士、魔法使いが各々の技を披露し、競い合う様は見ていて興味深いものだった。

 中には呪文一本で勝ち進んでいっている者もいる。

 クロコダインやヒュンケルが規格外だというのはあらためて感じるものの、こうした実力者がそれぞれ奮戦してくれれば、魔王軍にだって簡単には負けないだろう。

 

「……それにしても、あんた達の仲間の嬢ちゃんも凄いじゃないか」

「ええ、マァムは凄いんですよ」

 

 マァムも一回戦から順調に勝ちを重ねていっている。

 旅装に部分鎧を装着した姿。彼女の腕や脚に目を奪われる対戦相手もいたが、そういった者はもれなくハンマースピアで叩きのめされた。

 魔弾銃は使わないつもりのようだが危なげはない。

 

 剛力を誇る戦士には海鳴閃など、スピード重視の技を交えて翻弄し。

 逆に素早い軽装タイプには落ち着いて地の技でカウンターして気絶させる。

 

 持ち前の腕力とサポート役としての広い視野、男顔負けの気の強さは伊達ではない。

 殺し合いを嫌うマァムには大会ルールは枷にならないし、ヒュンケル達を相手に特訓を積み重ねたこと、アバン流の技を学んだことにより対応力も上がった。

 

「おいおい、こりゃ本当に優勝しちまうんじゃねえか?」

「……あんな女性もいるのね」

 

 ポップの呑気な声に隠れるように、メルルの呟きが耳に届いた。

 

「メルルさんには占いがあるじゃないですか」

「そんな、私なんて……」

 

 少女は驚いたような顔をした後、きゅっと唇を結んで首を振る。

 

「才能がないんです。おばあ様みたいには全然……」

「そうでしょうか……。あの時のメルルさんの予知はちゃんと当たっていました」

 

 そう言っても、メルルの表情が晴れることはなかった。

 と、ポップが目を逸らしながらぽつりと。

 

「いいんじゃねえの。才能なんかなくたって」

「え?」

「占い、好きなんだろ。だったら少しずつでも上手くなりゃいいんだ。才能がどうとか言ってやりたいこと諦めるなんて勿体ねえよ」

 

 それは、彼自身の想いだったのだろう。

 家出してアバンの弟子になり、メラゾーマを使えるまでになった。きっと自信があっただろう。けれど、そんな彼の前にダイが現れた。

 葛藤があったはずだ。

 クロコダイン、ヒュンケル、フレイザード、バラン……次々に現れる実力者達の前に、自信を失ってしまっても仕方なかったと思う。

 それでも、彼は未だにこうしている。

 

「そう、ですね……」

 

 メルルの唇から漏れた呟きは少しだけ、熱が籠もっているように思えた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大会は時を追うごとに白熱していく。

 試合が進むほどに実力者ばかりになっていくのだから、それも当然。

 昼を過ぎても熱気が収まることはなく、観客達は売り子から食事を買い求めて口に運びつつ、時間を惜しんで試合に没頭する。

 アティ達もロモス王と共に、手に持って食べられる軽食をいただいた。

 

 そして、遂にトーナメントは準々決勝まで進んだ。

 

「残り八人……」

 

 マァム、ゴーストくんを含む八名がステージ上に呼ばれる。

 アティとしてはマァムはもちろん、フォブスターという呪文使いをついつい心の中で応援してしまう。

 

「でも、どうして全員が?」

「それはの、ザムザが特別な趣向を用意しておるからじゃ」

「趣向……」

 

 彼は運営責任者として忙しく動き回っていた。

 あちこちに連絡を取ったり指示を出したり、特等席にいない時間の方が長かったが、今はいつの間にか観客席の一角に悠然と立っている。

 

「諸君、よく勝ち残った」

 

 説明役となったザムザはゆっくりと語り始めた。

 呪文か呪法でも使っているのか、不思議とよく通る大きな声だった。

 

 ――呪文か、呪法?

 

 さらなる違和感がこみ上げるも、おそらくここで気づいても手遅れだっただろう。

 どこか気障な口調で祝辞を述べた後、ザムザは勝ち残った八名に舞台の端を見るよう指示した。

 

「端には合計八つの宝玉が埋まっている。一人一人好きなものを選びたまえ」

「ああ、組み合わせをそいつで決めんのか」

 

 杞憂だっただろうか。

 思ったのも束の間、おかしな事態が起こった。

 

「おい、どう決めるんだこいつは!」

「おかしいわ。同じ文字の人がペアになっていないしアルファベット順にもなっていない……!」

 

 宝玉に書かれていた文字はG、A、M、E、O、V、E、R。

 この世界の文字に慣れていないアティは一瞬気づくのが遅れた。

 

「ゲームオーバー……!?」

「遊びは終わりだ!」

 

 ザムザが叫んだ直後。

 宝玉の台座になっていた部分から突起がせり上がったかと思うと、壁のようなものが広がって球状を形成する。

 文字を確認するため中央に集まっていた猛者達は咄嗟に離脱することもできなかった。

 

 ガン、と。

 

 響く音と共に壁が閉じる。

 

「あれは……!?」

 

 アティは特等席の淵まで駆け寄って観察する。

 完成してから眺めると、それは壁というより檻というべきものだった。

 硬い骨組み部分と生き物めいた壁面からなっており、妙な禍々しさを感じさせる。隙間は存在しないため、中の様子を窺うことはできない。

 

「キヒヒヒッ!」

「ザムザ殿、これはどういう事じゃ!?」

 

 観客席から跳躍、檻の上部に乗ったザムザにロモス王が問う。

 

「ご協力感謝しますロモス王。これで我が魔王軍も大いに助かる!!」

「魔王軍じゃと!?」

 

 煙でも立ち昇るかのようにザムザの姿が隠れ、衣装が変化。

 同時に顔立ちも幾分か変わり、尖った耳と傲慢そうな目つきが晒された。

 

 ――そうだ、あの顔。

 

 誰に似ているのかと思えば、彼は。

 

「我は魔王軍・()()()()ザボエラが一子、妖魔学士ザムザだっ!」

「ザボエラの野郎が魔軍司令ぃ!?」

 

 ポップの驚きは生憎、父親の肩書の方だったが。

 

「我が父ザボエラが研究中の超魔生物学の実験体として強靭な肉体を持つ人間が欲しくてな! お前を利用してこの大会を開かせたのだ!」

 

 ついでに実力者を一掃することもできる。

 父親に似た狡猾で迂遠なやり方に冷や汗が出た。

 

「ついでにロモス王――お前の命も消せれば言うこと無しっ!」

 

 ザムザの手に爆裂呪文(イオラ)が生まれるのと同時、アティとポップは飛び出していた。

 

「させるかよっ!」

 

 ポップのイオラが呪文を相殺。

 観客席から悲鳴が上がるのを聞いて、アティが叫ぶ。

 

「皆さん! ここから避難してください!」

 

 トベルーラで特等席とザムザの間へ浮かぶと、ナバラ達を振り返る。

 

「お二人は避難誘導を!」

「わ、わかりました!」

「ったく、人使いの荒い教師だねえ……」

 

 今のところ、手勢が姿を現す気配はない。

 後はザムザの攻撃からみんなを守れれば、ひとまずは大丈夫。

 

「あの、アティさん!」

 

 背後から声がかかり、見ればメルルが顔を強張らせていた。

 

「気をつけてください。あの人――それからあの檻、何か普通じゃない力を感じます」

「そう、ですか」

 

 メルルからの警告。

 気を引き締めたアティはこくん、と静かに頷いた。


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