「ポップ君!」
「ああ、言われるまでもねえ……っ!」
アティはポップと同時に
光を伴う熱の塊が二条飛び行くも、ザムザは生体の檻の上で僅かに飛びずさってそれをかわした。
「キィーヒッヒッヒ! 何処を狙って……」
「へっ、最初っから狙いはお前じゃねえんだよ!」
そう。
アティ達はザムザを狙うと見せかけ、彼が立っている檻の方を狙った。
メラ系やイオ系では周囲を巻き込みかねないし、ヒャド系で凍らせても生きている檻を壊すことには繋がらない。しかしギラ系であれば表皮を溶かすことが――。
「なっ!?」
だが、二発のベギラマを受けてなお、檻は内部を晒してはくれなかった。
「言っただろう、何処を狙っていると!」
全く傷がつかなかったわけではない。
表面が焼け焦げ厚みは半減したように見えるものの、あの攻撃でそれだけの被害というのは並の耐久性能ではない。
そして驚愕は、傷ついた箇所からボコボコと噴き出した泡のようなものだった。
――治っていく。
ホイミをかけられたように、いや、身体そのものが損傷を修復しようというように傷が塞がれていく。
再生。
一部の魔物が持つ能力だが、それにしても異様な速度だ。
「なら剣だ、先生!」
「はいっ!」
と、返ってきたのは硬い手ごたえではなく、弾力をもって刃を受け止め押し返してくる奇妙な感触だった。
――足りない。
もっと威力と貫通力が要る。
アバンストラッシュ並の技なら檻を一時的に切り裂くことができるかもしれない。
「おっと、そうはさせないぞ!」
「っ!」
ザムザが再び
同時に、ポップの唱えたイオラがぶつかり、相殺。
周囲にはちょっとした爆風が行っただけで被害はなかった。
「ちっ、先にてめえの相手をしろってか?」
「キィーヒッヒッヒ! お仲間を救い出したいならその方がいいかもなあ! ただ、残り時間は少ないだろうが……っ」
「この野郎……っ!」
輝きの杖を突き出したポップがベギラマを見舞う。
が、観客席に当たらないよう調整した軌道は読まれており、ザムザはやはり少し動いただけでかわしてしまう。マァム達を閉じ込めた檻は多少攻撃が当たってもびくともしない。
――アティが狙うべきはその瞬間だった。
トベルーラを解除し、地面を蹴って跳躍。
ザムザに肉薄すると剣を一閃、妖魔学士は身体を守るように両腕を突き出して剣を受けた。
「……っ」
ザムザがニヤリと笑い、背筋に悪寒。
刃は両の手首を浅く切り裂き――それだけだった。
「お返しだっ!」
至近距離からのイオラが爆発。
「先生!」
爆煙を吹き散らすように生まれたのは蒼い光だった。
普通にやっても間に合わないと察したアティは咄嗟に『抜剣』、左手に生み出した『果てしなき蒼』でイオラを切り裂き難を逃れた。
後ろに跳んで地面に着地すると、ウェイドラッシュを鞘に納める。
左手の剣を右手に持ち替えてザムザを睨めば。
「それが父の言っていた力か……!」
妖魔学士は研究対象を見つけた学者の目でアティを見つめていた。
手首の傷を気にしている様子はない。
プロテクターを着けている様子もなく、服の袖に隠れて傷口は見えないものの、出血は既に止まっているようだった。
違和感。
ザムザの名乗りが正しければ、彼の所属は妖魔師団。
呪文使いや研究者の集まりであることはバラン達からも聞いており、であれば、肉体的な強度に長けているとはとても思えない。
にもかかわらず、彼はアティの剣を耐えた。
『抜剣』していなかったとはいえアバン流の流れを汲む剣閃は並の魔物なら容易く切り裂くはずだ。
「……超魔生物学。そういうことですか」
「ほう、気づいたか」
アティが呟くのを聞いたザムザは嬉しそうに笑う。
すとん、と地に降りたポップが訝しげに尋ねてくる。
「どういうことだよ、先生?」
「彼がさっき言っていたじゃないですか。超魔生物学の研究をしているって。おそらく、それは『魔族を超越した生き物』の研究なんです」
あの檻も研究の産物。
魔族以上の耐久性を持ち、再生能力すら有する。
「そして、彼は自分自身に……!」
「その通り!」
ザムザはばさっと上着を脱ぎ捨てると笑った。
服の下に見えた身体は研究者のそれとは思えないほど強靭で、力強いものだった。
「超魔生物とは魔族、竜、ありとあらゆる
妖魔学士の額を飾るアクセサリーが輝く。
直後、彼の口元には牙を思わせる犬歯が生え、身体はめきめきと音を立てて大きさを増していく。
じり、と、ポップが思わず後ずさる。
それを感じたアティは逆に跳躍、変身中のザムザへと『果てしなき蒼』を振るった。
「ガアアアッ!」
数倍に膨れ上がった太い腕が刀身を受け止め――肉の八割を断ち切らせて止める。
もう一方の腕が空気を切り裂くのを見て、アティは剣を引き抜きその場を離れた。
「駄目、ですか……っ!?」
抵抗空しく、ザムザの変身は完了してしまう。
ずん、と、異形の巨体となった妖魔学士が檻の手前にある地面へと着地する。
魔族の特徴は殆ど残っていない。
身体の大きさはクロコダインやボラホーンの数倍。手足には幾つもの突起が生え、装甲のごとき皮膚に覆われている。角と翼を持ち、腹には口の如き器官があり、左手は金属製の蟹鋏のようなものを携えている。
先にアティがつけた傷は既に治り始めている。
「こ、これが超魔生物……!?」
「そうだ」
呻くポップ。
くぐもった声でザムザが堪える。
「竜魔人を超える最強の肉体。現段階では変身すると呪文が使えなくなる欠点があるが、この巨体とパワーだけでも貴様達を蹂躙するには十二分よ!」
無事な左腕が振り上げられる。
「観客の避難も完了しつつある! さあ、心残りなく死ぬがいい!」
ザムザが言ったことは誇張でもなんでもないだろう。
あのバランの竜魔人でさえ治療は呪文に頼っていたし、サイズ自体は人型であるため、竜闘気で強化することによって無双の攻撃力と防御力を生み出していた。
だが、今のザムザは素の状態で全てを備えている。
あの太い腕に秘められた力は、魔法使いであるポップなど一撃で叩き潰してしまうだろう。
前に出て剣を構える。
「先生!」
「ポップ君、距離を取ってください!」
魔剣と蟹鋏が激突、相手の方が音を立てて砕ける。
「さすがはバランと渡り合った戦士! 捕らえて研究サンプルに……」
「お断りします!」
アティはすかさず追撃を選んだ。
周囲の客席はがらんとしている。ロモス王をはじめとする観客は殆ど避難していて、隅であのチウが腰を抜かしているくらいだ。
派手にやっても問題ないと判断、左手から
メラゾーマ級の威力となったそれを顔面に投げつけると、海波斬の要領で接近。
――閃転突破・改。
刀殺法三つの技が超魔生物の肉体を切り裂き、アバンストラッシュが繰り出されようとした時。
爆発するように飛び出してきた巨体がアティの身体を弾き飛ばした。
「きゃああああっ!
「せ、先生ーーーっ!?」
飛ばされたアティは背中から壁に叩きつけられる。
呼吸を整えながら、何が起こったのかと思う。
答えはザムザが教えてくれた。
「グフフフ……。お前用の対策を用意していないとでも思ったか」
「対策……?」
「お前はその剣に魔力を溜めて戦闘力に転化しているのだろう? 似たようなことをオレもやっているのさ……!」
現行の超魔生物には呪文が使えなくなる欠点がある。
だが、呪文が使えないだけで魔法力がなくなったわけではなく、ならば呪文以外の方法で魔法力を利用すればいい、と考えたらしい。
改造にも行使にも肉体的負荷がかかるだろうが、超魔生物の生命力なら問題はない。
短時間ながら爆発的な性能強化はさながら『抜剣』のようで――。
「く、くそっ!」
「無駄だ!」
ポップのメラゾーマを棒立ちで防いだザムザが勢いよく迫り、
「いけない……!」
アティは魔力消費量を増やし、無理矢理立ち向かった。
治療された右腕と『果てしなき蒼』がぶつかる。
刃が肉に食い込み切り裂いていくも、そのスピードはゆっくりで、むしろ受け止められているといっていい格好。
仕方なく剣を引くと、繰り出された蹴りをギリギリでかわす。
「ギラ!」
「おっと……だが、焼け石に水だ!」
収束された閃熱呪文が巨体の端を焼く。
狭い範囲に集めれば効果はあるようだが、言われた通り、狭すぎて致命打を作れない。
援護を放ったポップが遠間で歯噛みするのが見えた。
超竜軍団との戦いや修行経験を活かし、咄嗟に呪文のアレンジを試みたようだが、連発するには負担が大きい。そこに至るほど練習時間が確保できていない。
「くうっ!」
修復された蟹鋏と『果てしなき蒼』が打ち合う。
互角。
さっきは勝てたのに今勝てないのは、相手の力が増している証拠。
「時間制限があるんだろう?」
残酷な宣告。
痛みすらキャンセルされているのか、ザムザは多少の傷などものともしない戦法でラッシュをかけてくる。
鋏以外の箇所なら剣で斬れるが、猛攻のせいで連撃ができない。
一刀両断するには出力も準備時間も足りず、もたもたしているうちに相手の傷が治ってしまう。
――このままじゃ。
負けるのはアティの方だ。
ならばと、再び呪文を暴走させてバギマを放つ。
真空の刃はザムザの身体に無数の傷を作っていくも、
「無駄だ!」
「っ!」
巨体の動きを止めるには至らない。
大きな拳、硬い鋏をアティは必死に受け止める。
「バギマ! ……バギマ!」
「無駄だと言っている!」
ザムザが殊更大きく腕を振りかぶる。
アティの限界を見て取ったのだろう。
――勝機は一瞬。
「はあああああ……っ!」
「何……!?」
爆発させた魔力が身体を動かし、隙を強引に埋める。
肉体の負担を強引に抑え込み、闘気を剣に纏わせて。
「アバンストラッシュ!」
全てを籠めた一刀がザムザの身体を切り裂いた。
☆ ☆ ☆
直後、場は嘘のように静かになった。
「な、なんだ……? 終わったのか?」
逃げるのか参戦するのか決めかねていた様子のチウが呟き、ゆっくりと近づいてくる。
ザムザは立ち尽くしたまま。
その巨体には大きく、深い斜めの傷が入っており、傍目にも致命傷とわかる。
しかし。
「駄目です! 来ないで!」
白髪を揺らしてアティは叫び、
「耐えきった、耐えきったぞ……!」
歓喜の声と共に、妖魔学士が腕を振り上げた。
両断できなかった時点でアティの負け。
――命が繋がりさえすれば直に治せる。
こちらは死力を尽くしているというのに、向こうは怪力を振るうだけでいい。
さすがに魔力によるブーストは尽きているだろうが、アティの方もまた、この世界でストックできる魔力量ギリギリまで出しつくしてしまった。
超魔生物、ザムザは、抜剣者の力を凌駕している。
「だから、どうしたっていうんですか……!」
「な、に?」
アティは地面を蹴って跳躍した。
前ではなく、後ろに向かって飛び、トベルーラも併用してポップの隣まで到達する。
――どうして、魔法使いの少年が沈黙していたのか。
収束したギラを打って以降、援護をしなくなったのか。
それは魔法力が尽きたからでも策が尽きたからでもなく、必殺の攻撃に備えていたからだ。
勝利を確信したザムザは気にしていなかっただろう。
ギリギリまで出しつくして、それでもアティが『抜剣』を維持していた意図を。
「……いくぜぇ!」
ポップの五指に炎が宿る。
少年の肩に置いたアティの手を通し、魔法力がごっそりと流れ込んでいく。
並々ならぬ呪文のアシストに、脳の神経が悲鳴を上げる。
「
それは、氷炎将軍フレイザードの技。
単発でも威力の高いメラゾーマを五つ纏めて放つ、魔物だからこその大技だ。
少年一人であれば二つか三つが精一杯だっただろうが、前もって魔法力を集めていたこと、アティによるアシストを受けたことにより、ここに完全な形で再現される。
「グ……オオオオオーーーッ!?」
刹那、ザムザは死を意識しただろう。
先のストラッシュの傷が癒えきっているはずもなく、今、メラゾーマを五発も受ければ消し炭になる可能性が高い。
だから、彼は吠えた。
吠えて、全身が悲鳴を上げるのも構わず、無理矢理に身をかわした。
倒れこむようにして地面に転がったザムザの横を炎が駆け抜けて。
マァム達を捕らえた檻の表面を一気に焼き尽くした。