新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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やっぱりほぼ原作通りです。
五話分くらいを二話に収めたと思ったら、一話分が一話に収まらなかった不思議。


勇者の家庭教師
勇者の家庭教師(前編)


 レオナ姫を巡る騒動から数か月、デルムリン島は平和だった。

 アティの生活はこれまでと変わらない。ダイに剣の稽古をつけ、共に呪文の勉強に励み、合間にゴメちゃんや島の魔物達と触れ合ったり船を作ったり。

 テムジン達の所有物から多少の本や海図を貰い受けることができ、結果、航路を選べば小舟で陸地へ行けることがわかった。数日の船旅になることを考え、三人で乗っても多少余裕がある程度の船が完成。雨風を避けるため、島にある洞穴の一つに保管した。

 

 呪文の修行は進み、幾つかの中級呪文を覚えることに成功。また解毒呪文(キアリー)回復呪文(ホイミ)とは相性が良かったようで、効果が高いとブラスが教えてくれた。

 

「ダイ君や島の皆が怪我をしても、これで治してあげられますね」

「ちぇ。ずるいや、先生ばっかり」

 

 と、拗ねていたダイだが、なんとか初級の火炎呪文(メラ)は使えるようになった。

 たった一つ魔法を覚えただけだというのに、ダイとブラスの喜びようといったらそれはもう凄かったのを覚えている。お陰でその夜は御馳走で、あまり食卓に上らない焼き魚にありつくことができた。

 

 そして、もちろんダイの成長はそれだけではない。

 剣の腕はめきめきと上達し、木の棒同士の稽古なら十回に一回くらいはアティから一本取れるようになっている。そこで、ダイがレオナから渡されたパプニカのナイフとラグレスセイバー(どちらも鞘のまま)で稽古をつけてみたところ、勝てないと拗ねられてしまったが。

 出会った頃に比べると少し背が伸び、男性らしいというか少年らしい顔になった。

 前より修行に身が入るようになったのは、勇者という目標がより明確になったからか。

 

「レオナ姫との出会いがいい刺激になったのでしょうか」

「ほっほっほ。ダイも成長したのかもしれんのお」

 

 などと、のほほんとしていたのが良くなかったわけではないだろうが。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「グルルル……!」

「ウホー!」

「み、皆さん、落ち着いてください!」

 

 ある日、島の平和は突然に崩れた。

 

「ブルルッ!」

「シャー!」

「だから喧嘩は止めろって、こら!」

「ピィィ……」

 

 ギガンテス、ゴーレム、大王イカにあばれ猿……その他大勢いる島の魔物達が一斉に暴れ出したのだ。

 冷静なのはアティとダイ、それからゴメちゃんだけという有様。魔物達の中には、あのキラーマシーンと同じくらい大きい者もいる。そんな者達がいがみあい、喧嘩しあえばどうなるかといえば。

 

「森や地面が……」

 

 

 森の木は争いの巻き添えになって倒れ、地面の土はえぐれてめくれ上がる。

 島を愛しているはずの仲間達によって島が荒らされていく様は、見るに堪えない辛さがあった。

 

「ダイ君、今までこんな事は」

「ないよ、今まで一度も!」

 

 ならば、少なくともここ十年ほどは起こっていない現象。

 自然の作用によるものとは考えにくい。凶暴化が人間には及んでいない――ゴメちゃんが平気なのは謎だが――ところを見るに、魔物だけに作用するものなのだろう。

 色々と条件は違うものの、似たような経験がなくもない。

 要は、魔物に効果を及ぼす何かが「無くなった」か「生まれた」かだ。

 

「とにかく、ブラスさんのところに……!」

「うん!」

「ピィ!」

 

 これで、ブラスまで我を忘れていたら。

 アティの懸念は半分正解、半分不正解だった。

 

「ウ……ウウウ……」

「じいちゃん!?」

 

 ブラスはねぐらにいた。

 頭を抱え、鋭い目つきをした彼は何かに苦しんでいるようだった。

 否、耐えているのか。

 

回復呪文(ホイミ)

 

 アティは咄嗟に手をかざし、回復呪文を試みる。

 しかし、呻くブラスの様子は変わらなかった。

 

「……無駄、ですじゃ。これは怪我などでは……」

「ブラスさん! 話ができるんですね!?」

「なんとか……。じゃが、気を抜くと大暴れしてしまいそうで……!」

 

 この事態は、どうやら精神に作用するものらしい。

 人語を介するほど知能の高いブラスでさえぎりぎり耐えるのが精いっぱい。

 

「原因は、わかりませんか?」

 

 尋ねるアティに、ブラスは苦しげに答えた。

 

「考えられることはただ一つ。魔王が復活したのじゃ!」

 

 その答えは、最悪の事態が進行していることを示していた。

 

 

 デルムリン島に住んでいる魔物達は元々、魔王の配下だった者達。

 当時の魔王ハドラーを『勇者』が倒したことにより、魔王の影響から逃れて落ち着きを取り戻した。そして、人里を離れるうちに集まったのがここだった。

 

 ――つまり、再び魔王が現れれば魔物は凶暴化する。

 

 この世界で魔物が恐れられている理由が良く分かった。

 

「自分の意志を捻じ曲げられて、人を襲わせられるなんて……!」

 

 ただ凶暴なだけなら落ち着かせる方法はある。

 理由があって暴れているならそれを解消してやれば共存の余地はある。

 

 ――けれど、良好だった関係がある日、突然崩れてしまうのだとしたら。

 

 人は魔物を信じられるほど強くはない。

 

「……そんなことを引き起こすのが、魔王」

 

 アティはぎゅっと拳を握る。

 元来、平和を愛する性格である彼女には許せないものがある。大切な者達が傷つくこと、楽しみのために他者を傷つけることはその最たるものだ。

 

「アティ殿……ダイを連れて逃げてくだされ」

「ブラスさん!?」

「このままでは、わしらは正気を失ってしまう。わしらの手で二人を殺してしまう前に……!」

「ピィ! ピピィ!」

「ゴメよ、わかってくれ……! お前もダイ達と一緒に……!」

 

 悲痛なブラスの訴えを、アティは拒否することができなかった。

 

 ――無力な自分が憎い。

 

 これがリィンバウムであれば、まだもう少し何かできたかもしれないのに。

 蓄えた召喚術の知識も、鍛えた剣の腕も、この状況では何の役にも立たない。

 

「……ダイ君、行きましょう」

 

 感情を押し殺して少年の手を取る。

 

「やだ! おれはじいちゃんと一緒に……!」

 

 声を荒げてアティの手をふりほどこうとするダイ。

 しかし、彼は途中で言葉を止めると、アティの顔を見上げて息を呑んだ。

 

 ――その時、アティは初めて自分が泣いていることに気付いた。

 

 何か月も一緒にいたのだ。大切でないわけがない。

 ブラスと一緒にダイの教育方針について意見を交わし、島のみんなと木の実を取った。種族の違いを無視し、笑いあえる穏やかな楽園があった。

 楽園は失われなければならない、とでもいうのだろうか。

 

「お願いします、ダイ君……」

「……わかった」

 

 たっぷり数分もの沈黙の後、ダイはこくりと頷いた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 幸い、船はアティが作った頑丈なものがある。

 さほどの荷物もないため、出発の準備はすぐに整った。

 

 二人と一匹だけの海岸。

 船を押すため横に並ぶと、ダイはぽつりと言った。

 

「……これから、どうするの?」

 

 わかりません、と言おうかと思った。

 実際宛てなんてないのだ。強いて言えば、ダイが知り合いだというロモス国王か、先の一件で名を売ったパプニカ王家に助けを求めることくらい。

 しかし、魔王が復活したとすれば、危険なのはこの島だけではない。

 

 デルムリン島は怪物島などと呼ばれているが、他の地に魔物がいないわけではない。

 凶暴化した魔物の脅威はどこにいても変わらない。ならば、

 

「魔王を倒しましょう」

「え……?」

 

 目を丸くしたダイが見上げてくる。

 

「ブラスさんを助けましょう、二人で」

「……うん!」

 

 今度の返事は、先の返事よりもずっと、短い間で紡がれた。

 こうしている間にも島はどんどん騒がしくなっている。暴れる魔物達がここまで押し寄せてくるのも時間の問題かもしれない。何しろ、水棲系の魔物だっているのだから。

 

 と。

 

「おっとお……志は立派ですが、少々お待ちいただけますか?」

 

 声が、聞こえた。

 

「え?」

 

 ダイと二人、顔を上げてそちらを見る。

 島の方ではない。海の方だ。気づけばそこに一艘の小舟が浮かんでいる。

 

 ――乗っているのは眼鏡の男性と、魔法衣を着た少年。

 

 人、だった。

 少年の方はダイより年上、レオナと変わらない年頃だろうか。男性は何やら髪をカールさせた珍妙なヘアスタイルをしており、大きめの眼鏡と相まって少々気の抜ける見た目をしている。

 

 小舟が海岸に泊まる。

 少年に先んじて降り立った男性は、こほんと咳払いすると姿勢を正した。

 

「あの、あなたは……?」

 

 アティが尋ねれば、彼はすっと手を挙げた。

 

「それは後で。とにかく、この場は私に任せてください」

 

 彼はそう言うと、腰に下げていた剣を鞘ごと取り上げ、魔物ひしめく島の内部に走っていく。

 

「え、え……? あの、今は……!」

「心配すんなって」

 

 慌てるアティを、残された少年が呼び止める。

 振り返ると、彼は何故か戸惑ったように身を硬くした。

 

「あ、いえ。心配しないで大丈夫です。先生は凄い人ですから」

「先生?」

 

 アティとダイの声が唱和するも、謎の少年の言葉の半分が、程なく裏付けられた。

 

「ほーーーーーっ!」

 

 男性の発する謎の掛け声は途切れることなく聞こえ――そして、彼の走った後には鞘に収まった剣の先で引いたラインが残される。

 

 ――何をしようと……? いえ、まさか……?

 

 アティは呪文の知識、というより召喚術の知識から意図を察する。

 

「魔法陣……?」

「お、凄い。今のだけでわかるとは思いませんでした」

 

 呑気に『生徒』の少年が言うところを見ると、大丈夫なのだろう。

 

「先生……」

「大丈夫」

 

 なおも不安そうなダイの手を握り、しばらく待つと。

 

「うひょーーーー!」

 

 男性が、やはり謎の掛け声と共に戻ってきた。

 走っている間中、ずっと剣でラインを引いていたようで、それは確かに一つに繋がった。しかし、暴れる魔物達が消してしまったらどうするのか、それとも全部気絶させてきたとでもいうのか、と思うも。

 

「邪なる威力よ退け――マホカトール!」

 

 男性が拳を握り魔力を籠めると、ラインが輝いた。

 ラインの輝きはどんどん広がっていき、島全域を包むと大きな光を立ち上らせる。

 

 ――まるで、光のドーム。

 

 唱えていた呪文を聞くに、これは魔の影響を阻むための結界なのだろう。

 その証拠に、さっきまで聞こえてきていた争いの音や大きな鳴き声が一切、聞こえなくなる。

 

「す、すげえや……!」

 

 ダイが驚くのも無理はなかった。

 アティでさえ空いた口が塞がらない。先程、ダイと一緒に悲壮な覚悟で諦めようとした島の状況を、たった一人、呪文一つでなんとかしてしまった。

 

「あなたは……?」

 

 再度の問いに、男性は今度こそ答えてくれた。

 何やらごそごそと懐から巻物を取り出し、わざわざ開いて見せながら。

 

「これは申し遅れました。私……こーゆー者でございます」

 

 その巻物に書かれていた文言はといえば。

 

 ――『勇者の育成ならお任せ!! この道十五年のベテラン アバン・デ・ジュニアール三世』

 

 なんというか、死ぬほど胡散臭かったが。

 

「勇者育成業……ま、ひらたく言えば家庭教師ですな」

「家庭教師、って、アティ先生と同じ……?」

 

 にっ、と笑って彼が口にした言葉に、ダイがそんな反応を見せると。

 とてもではないが「胡散臭い」などとは言えなくなってしまったアティだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 アティは、そしてダイも、まだ知る由もなかった。

 

 彼――勇者の家庭教師アバンとの出会いが、魔王という強大な敵との激しい戦いの始まりになることを。

 この先に出会う仲間、起こる悲劇、そして奇跡のことを。

 

「どうです、ダイ君。受けてみませんか? 魔王を倒すために、私の修行を?」

 

 しかし、心のどこかで、何かが変わりつつある予感を覚えたのもまた事実だった。

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