新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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勇者の剣、完成

「……できたぞ」

 

 ロン・ベルクがぬっと顔を出したのは夜が明ける頃のことだった。

 待ちかねていたアティ、ポップ、マァムは、続けて顔を出したダイへと一斉に注目する。

 

 ――少年の手には、一振りの剣が載せられていた。

 

 翼を広げた鳥、あるいは竜の顔のような装飾が施された剣だ。

 大きな宝玉が一つ、他に小さな宝石が六つあしらわれており、刃渡りはダイが振るうのに最適な長さへと調整されている。

 生憎、既に鞘へ納められていたため刀身を覗くことはできなかったが。

 

「綺麗……」

 

 マァムが呟いたように、その剣はとても美しかった。

 

「えへへ、ちょっと照れくさいけど……」

 

 頬を掻いたダイは剣を背中側に回し、鞘ごとベルトで留める。

 斜めに剣を背負った姿はまさに「勇者」と呼ぶにふさわしい。

 

「でも、凄い剣ができたと思う。ロン・ベルクさんのお陰だよ」

「礼はいい。そいつはお前が居てこそできた剣だ」

 

 言って、ロンは一瞬だけアティを見た。

 何だろう、と首を傾げれば視線を逸らし、何事もなかったように言ってくる。

 

「その剣には魂が宿っている。自ら戦う時と場所を選ぶ――真にその力が必要な時のみ、力を貸す」

「へえ、まさに勇者の剣、って感じじゃねえか」

「言ったはずだ。ダイのための剣だと」

 

 ダイ以外の人間には抜くこともできない。

 

「じゃあ、剣の名前は」

「ああ。()()()()――それ以外には考えられないだろう」

 

 こうして、ロン・ベルクの手によるダイのための剣。

 ダイの剣が見事に完成したのだった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「無事に剣が出来て良かったわ」

「うん。でも、先生たちの方も何かあったんだろ?」

 

 ロンは剣の説明を口頭で行った後、「俺は寝る」と言って家に閉じこもってしまった。

 極度に集中しての作業だったので疲労が濃いのだろう。

 無理に引き留めることはせず、ダイ達はロンの家からパプニカの拠点まで戻った後、それぞれの出来事を共有しあった。

 

「やっぱりわかるか。……まあ、わかるよな」

「うん。だって、なんか増えてるし」

 

 ヒュンケルにクロコダイン、バランといった面々も集まって。

 結構大所帯となったことをあらためて感じつつ、一同の視線が向かったのは、当然のように一緒にいる「二足歩行のネズミ」だった。

 ネズミ、もとい空手ねずみのチウは「誰だお前?」という無言の問いかけに胸を張って答える。

 

「失礼な奴らだな。ボクは君達のピンチに駆け付けた最強の助っ人だぞ」

「アティ、この者は?」

「善良なモンスターのチウ君です。どうしても私達に同行したいと言われまして……」

「そこ! ボクを放置して話を進めないでくれたまえ!」

 

 バランを含めた面々に端的に伝えれば、当の本人からクレームが入った。

 

「それに! 今の言い方ではボクが無理矢理ついてきたみたいではないか!」

「実際そうじゃねえか……」

 

 げんなりした顔で呟いたのはポップ。

 そう。

 ロモスの大会の後、チウはどういうわけかアティ達と共に行きたい、と希望してきたのだった。

 理由を聞いてもはっきりとした答えは返ってこず、さっきのように強力な助っ人だの運命を感じただの、良くわからない言い分ばかりなのだが。

 総合すると、荷物の中にいつの間にか「師匠からの手紙」が入っており、そこに「世界を見てこい」と書かれていたのが発端らしい。

 

「チウ君は拳聖ブロキーナさんの弟子なんだそうです」

「一番弟子だ」

「ほう」

 

 ヒュンケル達の目が一気にぎらつき、

 

「俺に取っ組み合いで勝てないけどな……」

「……ほう」

 

 一気に冷えた。

 拳聖ブロキーナとは、この世界で有名な拳法の達人であるらしい。

 通常は山奥などに隠棲していて弟子も取らないそうで、チウが弟子になることができたのも特別なことだったのだろうが、経緯と実力が比例するとは限らない。

 

「まあ、邪魔さえしなければ構わん。見たところ邪気も感じん」

「ようし、わかってもらえたところでこのチウ様の実力を披露……」

「ふむ。ではオレが一丁揉んでやるとするか」

 

 チウ対クロコダイン。

 十回戦にわたる戦いは、言うまでもなくクロコダインの全勝だった。

 

 

 

 場所を室内に戻し、ロモスでの件を伝達。

 

「……超魔生物か」

「はい。実際に戦いましたが、凄い力でした。肉弾戦の能力だけなら竜魔人を上回るかもしれません」

 

 特に恐ろしいのは継戦能力。

 痛みと疲れを知らず自己再生する巨体は計り知れない脅威だ。

 

「ザボエラめ。いつの間にそんなものを開発していたというのだ」

「私も研究材料にされかけましたし、昔からの研究なのは確かでしょうけど……」

 

 地底魔城での一件を思い出して答える。

 

「……次に見つけたら始末する」

「気が合うな」

「あの野郎、絶対許さねえ……!」

 

 ヒュンケル、バラン、ポップらが口々にザボエラへの怒りを露わにした。

 量産でもされたら人類の危機なのだ、彼らの士気も上がろうというものである。

 

 ――おそらく、超魔生物化には多大な手間がかかるはずですが。

 

 無数の魔物の長所を集めたとザムザが言っていた。

 言葉通り生きた魔物を数百犠牲にしたというのなら、()()の都合で量産は難しいだろう。

 ただしこれは希望的観測だし、死んだ者を主力とした理由が「生きた魔物を超魔生物の材料にするため」であるならば油断はできない。

 何より、一の強者を作るために数百を犠牲にするなど許してはおけない。

 

「覇者の剣も奪われてしまいました。あまりのんびりしてばかりもいられませんね」

「ということは、お前の持っている()()は偽物か」

「はい、偽物です」

 

 答えて、アティは腰に下げていた()()()()を見せる。

 すり替えられた偽物をロモス王から貰ってきたのだ。

 

 中断された大会は結局、再開されることはなかった。

 観客が逃げてしまった上、ステージも滅茶苦茶になってしまったからだ。

 せめてものお詫びに、と、アティ達は参加者と共に片づけを手伝い、ロモス王から感謝の言葉を貰った。

 

 ――そうじゃ、せめてこれを持って行ってくれ。

 

 偽物の覇者の剣は、見かけを良く似せてはいるがオリハルコン製ではなかった。

 とはいえ、材質的には鎧の魔剣と同じものでできている模様。

 変型機能はないしロン・ベルク作でもなく、強度的にも多少劣るだろうが、それでも人間世界で手に入る武器としては最上級の品である。並の剣士なら気づかずに使っていたかもしれない。

 せっかくなので、『抜剣』していない時の武器として有難く使わせてもらうことにした。

 

「では、武器の問題はこれで解決だな」

「ええ。後は私達がもう一度、自らを鍛え直すだけです」

 

 勇者一行は再び修行を開始する。

 同時に、パプニカ、それを指揮するレオナ姫もかねてよりの計画を発動させようとしていた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ごめんねみんな。修行を中断させちゃって」

「いいえ。サミットがようやく実現するんですから、もちろん手伝わせてください」

 

 世界サミット。

 各国の首脳陣が一堂に会し、直接言葉を交えるという前代未聞の場。

 

 ――ハドラー率いる旧魔王軍の時代ですら実現しなかった夢の会議だ。

 

 ルーラがあるとはいえ、国家間での意思伝達は書簡や使者を通して行うのが通例。

 どうしても形式的になりがちな上、平時は利害関係が邪魔して協調しづらいが、世界的な危機が迫っている今、これはどうしても必要なことだった。

 

「そうだよレオナ。気にすることなんてないって」

「ありがとうアティ、ダイ君」

 

 というわけで、アティとダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルはレオナやエイミと共にはるばるベンガーナへとやってきていた。

 レオナをはじめとする各国首脳の護衛が主な目的である。

 

 ――結局、サミットの場にはベンガーナが選ばれた。

 

 ベンガーナ王が「うちでやる」と譲らなかったのが大きいが、港に並ぶ軍艦や街はずれに用意された戦車部隊を見ると「妥当だったかもしれない」と思える。

 

「今の魔王軍主力には戦車が有効らしいものね」

「基本的に、骸は飛ばんし硬いのが取り柄だからな」

 

 さまよう鎧にしろ腐った死体にしろ骸骨剣士にしろ、鉛玉をぶつけてバラバラにすれば動かなくなる。

 

「せいぜい頑張って守って欲しいもんだぜ、本当によ……」

 

 ポップの声には切実な色合いがあった。

 魔王軍の活動が世界的、偶発的になりつつある今、故郷であるランカークスもいつターゲットになるかわからない。

 早く魔王軍を打倒したいのは皆同じなのだ。

 

「……そのためにも、このサミットを成功させなくちゃ」

 

 精一杯のドレスに身を包んだレオナが決意をこめて呟く。

 このところ、パプニカの復興に加えてサミットの準備が重なって碌に寝ていないらしく、目の隈を化粧で誤魔化してベンガーナに臨んでいる。

 護衛兼文官役として付いているエイミも心配顔だが、どうにもできない様子。

 ホイミで疲れは取れるが眠気はどうしようもない。

 ラリホーを用いた短期集中睡眠は常用しているそうだが、それでも睡眠時間自体の不足は免れない。

 

 バランとクロコダインを守護に、アポロとマリンを指揮のために残してきた分、エイミの負担はどうしても大きくなっている。

 

「せめて、これでも食べてください」

 

 アティは懐から小さな実を取り出してレオナに渡す。

 

「これは?」

「キッカの実です。疲れを取るためのものですが、食べ物なら気休めにもなるかと」

「ありがとう、有難く頂くわ」

 

 実を口に放り込んだレオナはにっこりと微笑む。

 ……召喚獣用の食べ物で良ければ眠気を無くす効能のものもあるのだが、さすがにそれを薦めることはできなかった。

 

「それより、アティ達も似合ってるわよ、その格好」

「ありがとうございます」

 

 あっという間に迎えたサミット当日だが、約束の時間にはまだ間がある。

 

 パプニカ用の待合室にいる面々は新たな衣装に身を包んでいた。

 パプニカの特産、魔法力をこめて編んだ糸で作った特製の服である。

 

 勇者一行の服ということで、戦闘にも儀礼用にも使えるようなデザイン。

 燃焼等、各種のダメージに強く、ダイやバランが竜闘気を全開にして燃え尽きてしまわない(竜魔人は除く)という、防具としても破格の品だ。

 

 アティの分はセーターにマントというお気に入りの組み合わせを踏襲したもので、刺繍や編み方を工夫することで豪華さを増したもの。

 ダイとポップは胴衣にズボンという組み合わせこそ同じだが、色合いは青と緑と異なり、デザインも二人を意識して差がつけられている。

 ヒュンケルは濃柴を基調とした凛々しいデザインだが、本人は気に入らないのかマントで隠している。

 

 マァムの衣装は赤系統を主体に、今までよりも丈を長く取った。

 僧侶らしい前掛けは残しつつもデザインを先鋭化させ、アティが伝えたシルターンの意匠を加えた結果、裾が長い代わりに深いスリットが入った。

 脚を揃えて慎ましくしていればロングスカートのように見え、有事の際には動きの邪魔になりにくい。

 レオナやエイミまで参加した結果、一番力の入った衣装となっている。

 

 ついでに、ポップ等へ蹴りを入れることがあるのを考慮し、ロングタイツを履いてもらった。

 

「全員分揃えてもらって、大変だったでしょう?」

「いいのよ。ダイ君の剣を探す時、全然手伝えなかったんだから。このくらいはさせて」

 

 バランの服やクロコダインの鎧も含め、費用は全てパプニカ持ち、という太っ腹である。

 

「持つべきものは金持ちの知り合いだぜ」

「あら、結果で返してくれなかったら費用請求するわよ、ポップ君」

「マジかよ、ひでえな姫さん……」

 

 顔をひきつらせるポップに、その場にいた多くの者がぷっと吹きだした。

 

「ところで、レオナ姫。今日のメンバーを確認してもいいですか?」

「ええ」

 

 表情を引き締めたレオナがつらつらと答える。

 

 パプニカからは当然、唯一の王族であるレオナ姫。

 ベンガーナからは国王自らが参加。

 ロモス王もはるばるやってきてくれており、小国テランの老王も身体に鞭打って参加してくれている。

 

「強国リンガイアからは……残念ながら猛将・バウスン将軍だけよ」

 

 アティ達と戦う以前、超竜軍団が滅ぼした国だ。

 王は行方不明となっており、他の幾つかの国も同様に国家元首と連絡が取れていない。

 

「でも、朗報もあるわ!」

 

 ぱっと表情を明るくしたレオナが最後の一人の名を告げる。

 

「カール王国からは女王フローラ様が参加してくださるの!」

 

 うきうきした声から、彼女が女王を慕っていることが窺えた。

 

 ――超竜軍団の猛攻に耐え、なんとか存続した強国。

 

 アバンの暗躍があったとはいえ、偉業といっていい成果を挙げた女傑に会えるのは、アティとしても心惹かれる出来事だ。

 

「これだけの人が集まれば、きっといい知恵が出てくるわ」

「……だが、逆に言えばそれだけ、今が魔王軍にとって狙い目でもある」

 

 ヒュンケルの低い呟きに全員が頷く。

 果たして、それは予言であったかのように真実となる。


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