新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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世界サミット襲撃(前編)

「昔、一度お会いして以来になりますね。お久しぶりです、レオナ姫」

「お会いできて光栄です、フローラ様」

 

 カール王国の女王、フローラは数名の伴と共にやってきた。

 疲れを吹き飛ばしたような笑顔と共にレオナが手を差し出した女性を、アティはあらためて見つめた。

 

 ――凛々しくも美しい女性だった。

 

 細やかな金髪は短く切り、頭の後ろで一つに束ねている。

 纏う衣装はドレスではなく、大型の肩当てをあしらった軍事指揮官を思わせるもの。女盛りを過ぎてなお美しさを保ちながら、着飾って後ろに下がることなく一線に立ち続けている大人物。

 レオナが憧れるのもわかる、と思っていると、不意にフローラと目が合った。

 

「ごめんなさい。少しだけ待って頂いてもいいかしら」

「え、ええ……」

 

 レオナに一言断った彼女はアティ、それからダイ達の元へと歩み寄ってくる。

 

「あなた達がアバンの使徒ですね」

「はい」

 

 こくん、とダイが頷くと、フローラは「そう」と呟くように言った。

 

「ありがとう。あなた達の活躍のお陰で、世界は大きく救われているわ」

「いえ、そんな……」

 

 素直に照れてみせる少年に微笑みを浮かべて、

 

「アバンの最後、貴女はご存知?」

「……あ」

 

 真っすぐな視線がアティの瞳に飛び込んでくる。

 

 ――ああ、そうか。

 

 そういえば、マトリフがアバンの書を回収したのはカールの図書館だったはず。

 アバンの実家であるジュニアール家はカールで代々続いていた学者の家系。フローラとアバンはきっと旧知の間柄なのだろう。

 いや、それだけではなく、もしかしたら。

 

「……アバンさんは、奇病にかかって亡くなりました。埋葬は私が」

「そう、貴女が……」

 

 数秒の間、二人は見つめあう形となった。

 その後、視線を外したフローラは笑みを浮かべて言う。

 

「彼がもうこの世にいないことは察していました。生きているのなら、故郷の危機を放っておかなかったでしょうから」

「フローラ様……」

「幸い、カールはあなた達の奮闘と()()()()()の活躍で持ちこたえました。決して余裕がある状況ではありませんが、今は皆で力を合わせなくてはね」

 

 含みのある言葉を聞き、アティは思わず息を呑んだ。

 もしかしたら彼女は全てを察して。

 

 ――これほど、頭を垂れて礼を尽くしたい方は初めてかもしれません。

 

 言えない何もかもを飲み込んで微笑む。

 

「私にとってアバンさんは同志です。彼の教え子であるこの子達と、全力をもって魔王軍を討ちたいと思います」

「ありがとう。貴女とは、またゆっくりとお話ができたらいいのだけれど」

 

 サミットの開始時刻が近づいてきていた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 各国首脳と少数の護衛がベンガーナ城、大会議室に籠って少しの時間が過ぎた。

 

「……なんつーか、手持無沙汰だよな」

「仕方ないでしょ。私達は中に入れないんだから」

 

 ポップのぼやきにマァムが答える。

 

 アティ達、アバンの使徒は会議中、別室で待機となっている。

 魔王軍に対する最大戦力が彼らなのは間違いないのだが、室内の護衛につけることをベンガーナ王が渋ったのが理由の一つ。

 レオナやアティとしても、狭い室内での戦いに備えるより大規模な襲撃を警戒すべき、と考えたため、特に異を唱えることはしなかった。

 

「だからってよお、いつ来るかわからねえ襲撃を延々待つとか……」

「あはは。確かに、ちょっと大変ですね……」

 

 アティは苦笑を浮かべて答える。

 

「せめて、ナバラさん達がいたら占って貰えるんですけど」

「呼んだかい?」

 

 噂をすれば何とやら。

 件の占い師二人が部屋に入ってきた。ナバラがテラン王と旧知であり、アドバイザー的な形で呼ばれていたのだという。

 ともあれ、ナバラもメルルも緊迫した表情を浮かべていて、

 

「あたしらのことはどうでもいいんだよ。あんた達、戦いの準備をしておきな」

「どういうことですか?」

「占いで出たのさ。今度はこのベンガーナが戦場になる。メルルも大きなものが海からやってくる、と予知してるからね」

 

 まず間違いなく魔王軍の襲撃だろう。

 

「あたしらの占いを信じるのはあんた達くらいだろう。ついでに言えば、いざとなって頼りになるのもあんた達だろうさ」

「……ありがとうございます、ナバラさん。お二人は安全なところに」

 

 ふん、と、ナバラは鼻を鳴らして答えた。

 

「言われなくてもそうさせてもらうさ。この城に引きこもっているのが、現状一番安全だろうからね」

「ポッ……皆さん、どうかお気を付けて」

 

 アティ達は急いで準備を整える。

 警備兵の一人が部屋に駆け込んできたのは、それから程なくのことだった。

 

「大変です! ベンガーナを囲むようにモンスターが押し寄せてきます! 骸骨と死体、多数! 数え切れません!」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……さてと。悪いが皆、こっからは別行動だぜ」

 

 城から駆け出した一行は中央広場で立ち止まった。

 ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル。

 アティはこの場にはいない。城に残ったためだ。

 

「先生、一人で大丈夫かしら」

「大丈夫さ。むしろ、一人だけ残すなら先生以外いないだろ」

 

 参謀役を任されたポップは城を振り返って答えた。

 兵が部屋に駆け込んできた後、アティの対応は迅速だった。

 

『指揮官の方はどちらにいますか?』

『せ、戦車隊長は城壁の外に……! 将軍は陛下と共に会議中です!』

『では、急いで将軍に連絡を。指揮を取っていただいてください』

『ですが、今はサミットの最中で……!』

『ベンガーナ自体が戦場になろうという時に、指揮官が不在でどうするんですか。……それなら、私が行きます。あなたの責任にはしないので安心してください』

 

 一般の兵とは風格が違った。

 どちらが軍人だかわからなかったが、そういえば元は軍人なのだと聞いたような気もする。

 

 ――ぶっちゃけ、全然信じてなかったんだけどな。

 

 アティは自己の責任とはっきり告げた上で、城に詰める兵士達に指示を出した。

 

『人々の避難を優先してください! おそらく海路も危険と思われます。城やデパートなどの大きな建物にできる限り誘導を。どなたか、救護兵の手配もお願いします!』

『は、はい!』

 

 思わず、といった様子で皆が従っていたのはいいのか悪いのか。

 

『ごめんなさい、みんな。外はお願いしてもいいですか?』

『……構わん。アティ、お前はお前のできることをしろ』

『ああ、任せとけよ。先生に頼り切りにはならないって約束しただろ?』

 

 短く会話を交わし、会議室に駆けていくアティと別れて城を出てきたのだ。

 指揮や救護の方はなんとかしてくれると信じるしかない。

 

 ――俺達にできるのは、敵を食い止めることだ。

 

 ポップは飛翔呪文(トベルーラ)で飛び上がると戦況を確認。

 すぐに降りると仲間達に向き直った。

 

「……やべえな。こりゃ敵さん本気だぜ」

 

 敵の構成は魔影軍団と不死騎団に属する者達。

 さまよう鎧と骸骨剣士を主力としつつ、くさった死体やアニマルゾンビ、果ては動く竜の死体――ドラゴンゾンビとでも呼ぶべきものの姿まで見えた。

 ガスト等、物理攻撃の効かないモンスターが殆ど見えないのが幸いだが。

 数は多数。本当に多数と言うしかないほどの数がベンガーナへ行進してきていた。

 

「正門の外は戦車隊が戦ってる。兵士も結構な数がいるからなんとかなるだろ」

「なら、俺達が向かうべきは側面か」

「だな」

 

 ヒュンケルと頷きあう。

 気の合わない相手ではあるが、こういう時の勘と経験は本当に役立つ。

 

「ダイ、紋章の力を使えばトベルーラができるよな? ヒュンケルを連れて東へ行ってくれ。俺はマァムを西に運ぶ。で、お前はできるだけ力を温存して、適当なところで街の中に戻ってこい」

「わかった。でも、どうして?」

「先生とメルルが言ってたろ。海からでかいのが来るんだよ」

 

 そうなったらお前の出番だ、と、少年の背にある剣に笑いかける。

 

「異論はあるか」

「……いや。強いて言えば、さっさと雑魚は片づけて全員で戻るべき、といったところか」

「へっ、言われるまでもねえ」

 

 全員で頷いた直後、ダイの額に紋章が輝いた。

 少年がヒュンケルを抱えてトベルーラで浮かび上がると、ポップもマァムを見た。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 自然に、あくまで自然に――ロモスでアティがしたように抱きかかえようとしたところ、ぱんっ、と、あっさり手を払われてしまった。

 

「ええ、行きましょう」

「……はあ」

 

 何事もなかったように差し出された手を、ポップは仕方なく握った。

 意外と柔らかかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「いくぜえ……重圧呪文(ベタン)!」

 

 ベンガーナの西側に到達するや否や、ポップが魔物の集団に向けて呪文を解き放つ。

 十を優に超える敵が一瞬にして壊滅するのを見て、彼の成長に感嘆する。

 

 ――普段はおちゃらけてるのに、ポップは本当に凄いわ。

 

 自分も負けてはいられない、と。

 魔法使いの少年から離れた一団へと駆け出し、マァムは呪文を唱える。

 

「ニフラム!」

 

 手のひらから放たれた聖なる光が不死の軍団を崩し、塵へと返していく。

 範囲を逃れた敵や効かなかった敵には、手にしたハンマースピアをお見舞いする。

 

 魔弾銃は温存するつもりだった。

 諸事情により四つに減った弾丸には全て回復呪文が詰まっており、これは本当に必要な時だけ使う。

 あの銃で呪文を撃ちだすと、効果範囲が狭くなるのがわかっている。

 大勢との戦いが予想される今回、使いどころが難しいと判断し、むしろ回復に回したのだ。

 

 代わりに、不死の敵が相手ならマァムの呪文が活躍できる。

 

「来なさい! 幾らでも相手になってあげる!」

 

 不死の魔物は基本的に知能が低い。

 指揮官が近くにいる場合や、使役者――この場合はミストバーン――が近くにいて直接操っている場合は別だが、それ以外は近くにいる生ある者を狙うだけだ。

 よって、マァムが黙っていても彼らは近寄ってくる。

 ニフラムで屍に戻すのに苦労することはなかった。

 

 ポップもまた、少し離れたところで魔物の相手をしている。

 貫通力が高めのギラや攻撃範囲の広いイオを用い、二体以上を巻き込むようにして効率的に戦っている。彼のような魔法使いは一発の威力に優れる反面、魔法力が尽きてしまうと何もできないのが弱点だが、彼は慌てず騒がず、もてる力で少しでも多くの敵を倒そうとしている。

 攻撃の合間には、アティから渡されたキャンディを放り込むことも忘れていない。

 

 更に、単独で近づいてきた魔物には彼の杖が直接的な打撃を与え、骨を砕く。

 思い出すのは、数日前のアティとポップの会話だ。

 

『なあ先生、俺は格闘の訓練より魔法力を高めた方がいいんじゃねえか?』

『そんなことないですよ。魔法使いだって戦えるに越したことはありません。だって、私がそうですから』

『いや、先生は勇者みたいなもんだろ……?』

 

 苦手な運動に音を上げるポップに、アティは笑顔で重要性を説いていた。

 正直、マァムですら、アティが魔法使いだとは思えなかったのだが。

 

『私は本当は呪文の方が得意なんですよ。元の世界――リィンバウムでも召喚術師、魔法使いみたいな職業だったんですから』

『いや、先生みたいな魔法使いはそうそういないだろ……』

『もちろん向き不向きはあります。私も、学校で習わなかったら剣なんて使わなかったかもしれません。でも、少人数で戦わないといけない時や呪文が使えなくなった時、身体を動かす力は絶対に役に立ちます』

 

 彼らのもう一人の師、アバンも同じように教えていた。

 比較対象が特殊すぎるとは思いつつも、実際に体現している人達から言われてしまえば無碍にはできない。

 ポップは渋々ながら以後も修行に励み、そして今がある。

 

 アバンが健在の頃から鍛え続けた身体能力は、格闘を学んだ大ねずみのチウをのしてみせるまでになっている。

 

「なら、私だって……!」

 

 マァムが攻撃呪文を使えないのは心根だけでなく適性の問題でもある。

 どれだけ考え方を変えてもバギ系が使えるようになることはない、というのがアバンとアティ共通の見解だが、だからといって少女は強くなることを諦める気はなかった。

 

 ――力なき正義は無力。

 

 かつてのアバンの教えは胸に残っているし、それを体現する女性にも出会えた。

 だから、マァムは諦めない。

 

 ハンマースピアが悪しき力に囚われた躯を砕き、聖なる光が邪を払う。

 

「私だって、みんなを守れるんだからっ!」

 

 少女は気づいていない。

 自らの能力が、世界的に見ても稀有なレベルに到達しつつあることを。

 心優しく真っすぐな性格が彼女を高みへと導いていることを。

 

 幾多の魔物が、たった二人の若者の前に倒れていく。

 

 一体、何人の民が、彼女達の頑張りに救われただろう。

 一生懸命な少女はただ懸命に戦い、そして、やがて響いてきた『音』に気づく。

 

「あれは……!?」

 

 振り返れば、その場からでも見えるほど大きなシルエット。

 鬼の姿をした『城』がベンガーナの港を今にも襲おうとしていた。


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