新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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世界サミット襲撃(中編)

 白刃が閃くたび、骨や鎧が砕けて飛ぶ。

 

 ベンガーナを守る城壁の片翼は亡者と無機物の群れで埋め尽くされていた。

 痛みを感じず、身体が動く限り戦い続ける死の軍勢。

 一般的な魔物とは一線を画する彼らの姿は、人を恐怖させ、絶望させるのに余りある。

 

 しかし、城壁の前に立ちはだかる戦士には一片の迷いも無かった。

 

「まさか、この俺が骸の群れを屠ることになろうとはな」

 

 ヒュンケル。

 どこか禍々しい鎧に身を包んだ青年――かつて魔王軍・不騎団長であった彼は鋭くも澄んだ瞳で敵を見据え、愛剣を手に平原を駆ける。

 休みなく挑みかかってくる骸を一体、また一体と切り伏せながらも止まらない。

 骸骨剣士やさまよう鎧、アニマルゾンビ程度であれば大地斬を使うまでもない。闘気の扱いに習熟した彼の剣は一つ一つが強大な力を秘めており、鉄の鎧すら容易く両断する。

 時には海波斬を放って数体を一度に葬り。

 

「だが、だからこそ退いてやる気はない」

 

 地面を響かせながら突進してくる骸の竜へ向け、剣を構える。

 

「……ブラッディ―スクライド!」

 

 凝縮された剣気が渦を巻いてドラゴンゾンビを貫き、後方にいた敵をも塵へと返した。

 軽く息を吐いて剣を構え直す。

 未だ身体にも鎧にも傷らしい傷はないが、敵はまだ幾らでもいる。

 

 数百はくだらないであろう数をよくもまあかき集めたものだが、実際、これだけの敵というのは単純に脅威である。

 戦士であるヒュンケルは呪文を使えない。

 頼れるのは己の身と闘気のみであり、イオラで複数を吹き飛ばしたり、ニフラムで浄化したりといった真似ができない。せいぜいが数体を一撃に巻き込むのみ。

 呪文使い二人を片翼にまとめたポップの采配によるものだが、ヒュンケルは弟弟子を恨んではいなかった。

 身体さえ動けば戦える彼と違い、ポップ達は魔法力という限界がある。

 杖やハンマースピアでもある程度は凌げるだろうが、二人が連携して一気に片づけるという作戦は間違いではない。

 

 何より、この状況は彼への信頼の証とも受け取れる。

 

「ダイ、港へ向かえ!」

 

 彼は、戦場にいるもう一人の仲間を振り返った。

 同時に視界の端へ映るのは鬼の顔を持った城。

 

 ――鬼岩城。

 

 魔王軍の拠点として使われている城が、()()()ベンガーナの港を襲撃してきたのだ。

 あれを破壊することは並の攻撃では不可能。

 

「でも、ヒュンケル!」

 

 アティから貸与された覇者の剣(偽)を振るっていたダイが表情を強張らせる。

 一人では無茶だと顔に書いてあったが、ヒュンケルは皆まで言わせるつもりはなかった。

 

「問題ない。この程度の雑魚、たとえ何千いようが全て葬ってみせよう」

「……信じていいんだよね?」

 

 周囲にいた敵を斬り飛ばし、背中合わせになって言葉を交わした。

 

「ああ。俺を、ポップ達を、あの人を信じろ」

「……わかった!」

 

 こくん、と頷いたダイが紋章の力を解放する。

 ふわり、とトベルーラで浮かび上がった彼は一瞬だけ視線を下ろすと、すぐに港へと真っすぐに飛んでいった。

 

 すると、今まで二か所に分かれていた敵の群れが一か所に集中する。

 だが、ヒュンケルの口元には笑みが浮かんでいた。

 それは戦士としての獰猛な笑みであり、同時に少年のような無邪気な笑みだった。

 

 ――所詮、俺は一介の戦士に過ぎん。

 

 指揮も、援護も、作戦立案も向いていない。

 居るだけで皆を鼓舞するカリスマなど持ち合わせていない。

 無理して真似事をする必要も、ない。

 

 皆の心を和らげ、導いてくれる女性がいる。

 こっそり世界を巡り手助けをしてくれる、もう一人の師がいる。

 犯した罪は消えない。

 消えないからこそ、戦い続けられる。

 知らず、ヒュンケルの胸で「アバンのしるし」がほのかに輝く。

 

「来い。俺が相手をしてやる」

 

 大軍を前にしても、負ける気は全くしなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 鬼岩城は今にもベンガーナへと上陸しようとしていた。

 港に並ぶ最新鋭の軍艦が次々に砲を浴びせるも、岩の表面を僅かに削るのが精一杯だった。船は次々と巨体に押しつぶされていく。

 このままなら街の建物も同じ末路を辿るだろう。

 

 避難は未だ完了していない。

 道を押し合いへし合い、大きな建物に向かって逃げる人々は、城壁の中からも見える『明確な脅威』を前に驚愕し、慌てたように足を急がせる。

 

 ――そんな中、初めに気づいたのは幼い少女だった。

 

 小さな、しかし眩い輝きと共に飛び行く人影。

 真新しい、仕立ての良い服を纏い、美しい剣を背負って巨大な城に向かう姿は。

 

「あのお兄ちゃん、格好いい」

 

 まさに、人々に希望を与える『勇者』であった。

 

「勇者?」

「あんな子供が?」

「いや、しかし、あの光は美しい」

 

 人々は今、まさに助けを求めていた。

 危機が迫る中、救いの手を差し伸べてきた彼を美しいと感じた。

 

 ――そして、少年は彼らの期待に応える。

 

 城から輝く鎧の兵が現れ、地面に降り立つ。

 三体。

 大柄かつ、一目で尋常ではないとわかる相手を目にし、いったん地上に降りると手にした剣を振るう。

 両断。

 一つ呼吸をするたびに鎧が一つ切り裂かれ、何もない中身を晒して動かなくなる。

 

「……力を貸してくれ、おれの剣よ!!」

 

 今、まさに強敵を打倒した長剣を腰の鞘にしまい。

 背負った剣に手をかけると、彼は再び飛び上がった。

 

 がしゃん、と。

 

 音を立てて解放された剣を見て、誰かがあぁ、と声を上げた。

 あれは勇者の剣だ。

 

「やああああああ――っ!」

 

 剣に施された宝玉の一つが輝くと、刀身が真っ赤に燃え上がる。

 炎の剣が一閃。

 大きく力強い軌跡を描き、剣は、岩の城を真っ二つに両断した。

 

 崩れ落ちる城が響かせた音は、ベンガーナ中の人々に届いた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「キィーヒッヒッヒ! 見事な力よ!」

 

 声は、鬼岩城の残骸の上。

 貼りつくようにして存在する目玉の魔物から発せられていた。

 

「ザボエラ!」

「勇者ダイよ! ここがお前の墓場となる!」

「おれは負けない! 魔物はポップ達が倒してくれてる!」

 

 切り札を失った直後だというのに楽し気な声に、ダイは敢然と返す。

 しかし、

 

「ヒヒヒッ! ならば、お代わりといこうか!」

 

 二つに分かれて落ちた鬼岩城だったもの。

 表面が弾けるように割れ、内側から多種多様な鎧が姿を現した。

 ぞろぞろと、次々に這い出てくる彼ら。

 

「くっ……!」

 

 ダイは剣を握り直して向かおうとして。

 

「おおっとぉ! 貴様には別の『相手』を用意してある!」

「何!?」

 

 驚き、足を止めた矢先。

 空から弾丸のように殺気が向かってきて、ダイの脇をギリギリでかすめた。

 

 ――ぞくり、と、背筋が震えた。

 

 雑魚に構っている余裕はない、と本能が訴えてくる。

 身構え、地響きと共に着地した()を見据えて。

 

「……え!?」

 

 見たことのある顔、見慣れない姿の()に目を瞠った。

 

「しばらくぶりだな、ダイ」

「……ハドラー」

 

 前回の戦いにおいて打ち倒した強敵が、万全の状態でそこにいた。

 今までとは違う、真新しい兜と鎧姿。

 三つ角の兜は雄々しくも禍々しく、鎧に覆われた身体は一回り大きくなっているようにも見える。

 

 何より、眼が違う。

 

 絶対に勝利しようという意思は同じ。

 だが、覚悟の重さが違う。

 何か大事なものを投げ捨ててでも『勝ち』に拘っているような。

 

「ザボエラの手下になったのか、ハドラー」

「そうだ」

 

 挑発するつもりはなかった。

 どちらかといえば確かめる目的ではあったが、それでも、淡々と答えてくるのは予想外だった。

 

「今のオレは魔軍司令ザボエラの部下。肩書などない、ただのハドラーよ」

「ザボエラの部下……」

 

 魔王軍の再編についてはアティ達からも聞いていた。

 魔軍司令としてザボエラの名が上がった以上、ハドラーが格下げになったことは予想できていたが、こうして相対してみると感じるものがある。

 これまで幾度となく相まみえてきた相手。

 

「お前は、それでいいのか」

 

 じっと見据えれば、鋭い眼光が返ってくる。

 

「いいも悪いもない。お前達に三度敗れたのは事実。それでもオレは処分を免れ、チャンスを与えられた。ならば、今度こそ全身全霊をかけるのみ」

「おれ達を足止めして街を襲うのは、あんたのやり方じゃないだろ」

「部下が命令に逆らえようか。それに何より――」

 

 ハドラーは剣を佩いていない。

 素手のまま、拳からじゃきん、と爪を生やすとダイに向けてくる。

 

「ダイ、お前と一騎打ちをする機会をくれたのだ。これ以上、望むことがあろうかっ!」

「っ!」

 

 街へと散会していく鎧達を気にも留めず。

 地を蹴ったハドラーが猛然と迫ってくる。

 

「おおおおおっ!」

 

 全力で相手をしないと負ける。

 瞬時に理解したダイは紋章を輝かせ、左の拳でハドラーに応じた。

 衝撃。

 強く打ち合わされた互いの拳が弾かれる。

 

「ぐううっ!」

 

 悲鳴を上げたのはダイの方だった。

 ハドラーの拳に生えた爪は竜闘気に阻まれても砕けなかった。

 みしみしと悲鳴を上げながらも耐え、ダイの拳を浅く傷つけている。

 

 ――違う。

 

 これまでのハドラーとは何かが、決定的に。

 恐らく今の攻撃は向こうにとっても様子見、彼我の戦力がどう変わったのかを確かめる一手だったのだろう。

 

「ハドラー、まさか」

「試してみるか?」

 

 堂々とした問いかけ。

 ダイは一瞬怯んだ後、意を決して指を振り上げた。

 

「ライ、デイーン!」

 

 空から一筋の雷鳴が落ち、ハドラーを襲う。

 竜の騎士にのみ許された呪文・ライデイン。

 雷は全身を駆け巡り、内外から焼き尽くし、強い痺れと痛みを残す。

 

 だが。

 

 ハドラーの全身から吹き上がった『気』が、ライデインの雷を吹き散らした。

 

「あ、ああっ……」

 

 兜と鎧が弾け飛ぶ。

 晒された素顔には兜と同じ三本の角が生え、素肌は硬い表皮で覆われている。

 サイズこそ元とほぼ変わっていないが。

 この場にアティかポップ、マァムがいたのなら「同じだ」と言っていただろう。

 すなわち、ロモスで彼らを追い詰めた魔獣。

 

「超魔、生物」

「そうだ」

 

 ザムザ一人では終わらないだろう。

 予測は、最悪の形で現実となった。

 

「二度と戻れぬ覚悟で改造を受けた。オレはもう、死しても蘇生することはない」

「……そこまでして」

「無論。そうせねば勝てぬ相手だっ!」

 

 ライデインに焼かれた肌は既に治療が始まっている。

 拳を握って迫るハドラーを前に、ダイは右手の剣を腰だめに構えることで応じた。

 

 ――アバンストラッシュ。

 

 師の必殺技を、父の力と共に繰り出す。

 アティの情報によれば、超魔生物を相手に出し惜しみは悪手だ。

 

「いっけえええええっ!」

「……おおおおおっ!」

 

 竜闘気を纏ったストラッシュがハドラーに飛ぶ。

 一兵卒に戻った元・魔軍司令は、何度も己を苦しめてきた技に目を瞠り、すぐに細めてから大きく見開いた。

 構えが変わる。

 殴りかかる姿勢から、まるで剣を構えるように前傾となり、

 じゃきん、と、右腕からせり出してきた刃に、炎のごとき闘気が纏わりつく。

 

 ――魔炎気。

 

 生憎、これまで目にする機会はなかったが。

 ヒュンケルやバランから存在だけは聞いていた。

 炎の暗黒闘気。

 並の金属を溶かし、肌を焼き、通常の暗黒闘気と同様に傷の治癒を困難にする。

 

 新たなるハドラーの力が覆うのは、腰にある剣とそっくりの一振り。

 

「覇者の、剣……!?」

 

 振るわれた刃が、アバンストラッシュを打ち破った。

 

「これが……っ!」

「っ」

「オレの覚悟だ、勇者よっ!」

 

 必殺技を迎撃したことにより勢いは止まった。

 だが、ハドラーは迷わなかった。

 驚きから動きの鈍るダイをよそに、即座に剣を構えなおすと前進。

 

 全身から噴き出した魔炎気を纏うと剣に集中させる。

 どこか、その姿は必殺剣を振るう父、バランの姿と重なった。

 

 否。

 決して理由のない幻覚ではない。

 オリハルコン製の剣、圧縮された闘気、呪文に相当する炎。

 振るわれる一撃は魔法剣による必殺技に相当する。

 

「超魔爆炎覇!」

 

 高らかな声と共に。

 超戦士の剣が激しく炸裂した。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 生憎、場を見守っていたのは大目玉一匹だけだったが。

 

「……見事」

 

 胸を浅く切り裂かれたハドラーが口元を歪めて呟いた。

 対するダイは大きく後退し、荒い息を吐きながら懐を探り、小さな実を口に放り込む。

 アティが異世界から持ってきた回復の道具だ。

 薬草などより効果は大きいものの、即効性はイマイチ。

 それでも、飲み下した端からほんの少し、痛みと疲れが和らいだ気がした。

 

「まさか、あの一瞬で魔法剣を繰り出すとはな」

 

 先の交錯で傷を負ったのはハドラーの方だった。

 驚きからなんとか立ち直ったダイは、できる限りの闘気と共に魔法剣を繰り出した。

 冷気を纏ったアバンストラッシュ。

 魔炎気を打ち消す形で呪文が作用し、反撃に驚いたハドラーは一歩、踏み込みで負ける結果となった。

 ともあれ、ダイが受けた衝撃も大きく、身体のサイズと治癒力を思えば痛み分けだが。

 

「今のは、その剣の力か?」

「ああ。マァムからもらった魔弾銃の宝石六つに、それぞれ呪文が詰まってるんだ」

 

 純粋な剣の威力以上に戦力を高める機能。

 ロン・ベルクが思案の末、ダイの剣に組み込んだ、勇者のための力だった。


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