新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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世界サミット襲撃(後編)

 ダイの剣には七つの石が嵌め込まれている。

 中央の大きな宝玉は剣の意思を司るものであり、残りの六つがマァムの持っていた魔弾銃の弾――その先端を利用したものだ。

 効果は当然、呪文を封じること。

 メラ系、ヒャド系、ギラ系、イオ系、バギ系、デイン系の呪文を一つずつ封じることができ、剣を通して放つ他、魔法剣に使うこともできる。

 

 メラゾーマとマヒャドを除く最上位呪文――ベギラゴン、イオナズン、バギクロス、ギガデインには宝石が耐えられない、一度解き放つと再チャージが必要という欠点はあるが、呪文攻撃や魔法剣の時間短縮、魔法力の節約ができる。

 

「……なるほど。師の剣を参考にしたか」

「ああ。先生の剣は特別製だから、そのまま真似はできなかったけど」

 

 『果てしなき蒼』の魔法力を外部供給する機能を元に組み込まれた。

 ダイの魔法力はアティやポップに比べると少なく、『抜剣』のように魔法力を戦闘力に換えるとかえって不利になりかねない。

 よって、逆の発想、爆発力の代わりに魔法力の補助を行った。

 

 ――鬼岩城を断ち切ったのも宝石を利用した大・火炎大地斬。

 

 先程マヒャドを使ったので、残る宝石は四つ。

 決して多くはないが、四発分のアドバンテージは大きい。

 

「だから、おれはこうやって戦えるっ」

 

 再び雷鳴が閃く。

 

「ぐ、うおおおおおっ!」

 

 ライデインの雷に焼かれたハドラーは苦悶に呻きながら闘気を解放。

 呪文の効果から逃れ、剣を構えた彼に。

 

「もう、一発っ!」

 

 三度の雷鳴。

 再生する暇を与えない連続での呪文攻撃は、温存を考えなくていいためだ。

 

 ――いける。

 

 アティやバランとの特訓で呪文の扱い、威力も向上している。

 このまま押し切れば、

 

「ふ、はははははははっ!」

「っ、ハドラー!?」

 

 思ったダイは、雷を纏うハドラーが笑うのを聞いた。

 楽しそうな。

 心から今の戦いを楽しんでいるような笑い方だった。

 

「それでこそアバンの使徒よ! そうでなくては面白くない!」

 

 彼はぐっ、と身を屈め、

 

「ならば、オレも全力を見せよう!」

 

 爆発的な勢いで雷を払い、突進してきた。

 

 ――速い!

 

 これまでの彼も速かったが、更にスピードが上がっている。

 リズムを狂わされたダイは、覇者の剣の一撃を己の剣で防ぐのが精一杯だった。

 激しい金属音と共に凄まじい重圧が来る。

 なんとか鍔迫り合いに持ち込んで飛びのくと。

 

「逃がすかっ!」

 

 ハドラーの左手に生まれた閃熱呪文(ベギラマ)が迫り、ダイの左肩を焼いた。

 

「ぐうっ!?」

「ザムザも使っていた能力、オレが使えないわけもあるまいっ!」

 

 魔法力の爆発による疑似的な『抜剣』。

 アティ達の情報から知っていたため、それ自体は驚くほどではない。

 だから、驚いたのはハドラーが呪文を用いたこと。

 

 超魔生物は呪文が使えないはずだったのに。

 

「ハドラー、お前は……っ!」

「呪文が使えなくなる欠点は克服した。二度と戻れなくなる代わりに、な」

 

 死んでも蘇生できない、と言っていた意味。

 超魔生物は死ぬと灰になって散る。

 彼は、魔族としての己を捨ててまで勝利を求めたのだ。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「アティ、私達のことはいいから街を守って」

「……ええ。このままではベンガーナの民の命が失われてしまう」

 

 ベンガーナ城の大会議室。

 ベンガーナ王と将軍が慌ただしく出ていった後、窓から外を眺めたレオナ、そしてフローラがアティを振り返った。

 既に指揮は将軍に委ねている。

 ウェイドラッシュに手をかけたまま待機していたアティは二人の言葉に顔を曇らせた。

 

「……でも、皆さんを守るのも重要な役目です」

「それは、そうだけど」

 

 レオナが心配そうに外を見る。

 港を襲った鬼岩城はダイの活躍で倒されたようだが、戦いは一向に収まる気配がない。

 むしろ、多くの魔物が街に広がろうとしている。

 

「この状況じゃサミットどころじゃないわ」

 

 レオナ達、各国の重鎮は会議室に留まったまま。

 ここが城内の上階であり広い部屋であることから、下手に移動するよりも安全だからだ。

 高齢であるテラン王がいることもあり、移動するのは難しい。

 

 ベンガーナ王がいなくなった時点で会議の継続は困難。

 この場は一般兵に任せてでも、アティを外に送るのが良いと考えられるが。

 

「敵の狙いはそこかもしれません」

「手薄になったところで、王達を纏めて始末する――というわけね」

「そうです」

 

 さすがの洞察力を見せるフローラにアティは頷いてみせた。

 

「魔王軍を甘く見てはいけません。姿を隠したり、密かに侵入するのが得意な者もいるはずです」

 

 と、告げた直後。

 アティは悪寒を覚えてその場から飛びのく。

 

 ――不可視化を解除された()が彼女のいた空間を擦過する。

 

 溶けるように現れたのは黒衣の道化。

 

「死神、キルバーン!」

「残念。そう簡単には殺されてくれないか」

 

 彼は口元に笑みを浮かべ、慄くレオナ達を見た。

 

「いい勘してるよ。だけど、王様達を殺されたくなければ、死ぬ気で戦うことだね」

「……あなたこそ、簡単にやれると思わないでください」

 

 剣を引き抜いたアティはキルバーンと対峙する。

 街に散る魔物へと向かいたい気持ち、ダイ達が危ないのではという焦りを必死に押さえつけながら。

 ひゅんひゅん、と音を立てながら迫りくる刃にすぐさま応じた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 正門前で大砲が火を吹き、兵士達が骸の群れに応戦する。

 ポップが、マァムが、ヒュンケルが、己の持ち味を生かして無数の敵を屠っている。

 それでも、敵の数が多すぎる。

 兵力の消耗など気にも留めず殺到する群れの勢いは止まらない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「魔炎気!」

「真空海波斬!」

 

 直接撃ちだされた炎の暗黒闘気を、風を伴う剣閃が切り裂く。

 

「ベギラマ!」

「剣よ!」

 

 ハドラーの左手から放たれた熱気を、同質の力が迎撃。

 

「爆空裂斬!」

「ぬるいわっ!」

 

 爆発を伴う闘気の輝きが声と共に消滅。

 追うようにして落ちる雷を無視し、ハドラーは魔炎気を剣に集め始める。

 

 ――短期決戦狙いは向こうも同じ。

 

 疑似『抜剣』しながらの呪文行使は消耗が激しすぎる。

 一気に決めることで反撃の余地を作らないつもりだ。

 

「させないっ!」

「ふっ!」

「なっ!?」

 

 突如、左手から伸びた鎖がダイの動きを阻み、頬を浅く裂く。

 接近。

 振り上げられた太い足が顎をかすめ、視界が揺れた。

 

 唇を噛んで意識を戻し。

 額に闘気を集中、紋章閃を放つ。

 

「………」

 

 ハドラーは咄嗟に首をひねってかわすと、無造作に手を突き出して。

 

「イオ」

「あああああっ!?」

 

 至近距離から、ダイの腹で爆発が起こった。

 竜闘気で防いだものの体勢が崩れる。

 

 ――いけないっ。

 

 敵は必殺技の準備を既に終えていた。

 覇者の剣、オリハルコン製の刃が恐ろしい力を伴って振るわれる。

 迷っている暇はなかった。

 即座に最後の宝石を解放、ライデインを剣に纏わせると、こちらも必殺技を繰り出す。

 

「超魔爆炎覇!」

「アバンストラッシュ!」

 

 二人の必殺技が激突。

 周囲に大きな余波を齎した一撃の結果は、ダイの敗北だった。

 一瞬。

 拮抗していた威力がダイの側に流れていく。

 ハドラーの身体に浅くない傷を残しつつも、少年はパワーを受け止めきれずに弾かれる。

 

 追撃。

 剣を構えて突貫しようとするハドラーを見て。

 

「やああああああ――っ!」

 

 後方へと向かう身体を制御できぬまま、剣を一閃。

 制するようにして防ぎながら、十歩分以上も吹き飛んだ後、後ろにあった建物の壁に叩きつけられた。

 衝撃で壁が崩れ、瓦礫が上から降ってくる。

 

「っ、あ……!」

 

 呻き、身体を動かそうとするも思うようにならない。

 剣を握る手にも力が入らない。

 ちらり、と、剣に目をやれば、激突に耐え切れなかったのか罅が入っていた。

 

 ハドラーは、立っている。

 

 見下ろすように視線を向けてくる姿には、どこか王者の風格が感じられた。

 魔王から魔軍司令、そして一人の兵に落ちたというのに。

 

「見事だった、ダイ」

 

 ゆっくりと、ハドラーの足が近づいてくる。

 

「お前達は強かった。強かったからこそ、俺はここまで強くなれた」

「ハド、ラー」

「もう休め。仲間達はすぐに後を追わせてやる」

 

 剣が振り上げられ。

 

 ――横から飛び込んできた影が、それを強かに払いのけた。

 

 ずっしりとした超魔生物の身体をついでのように後退させたのは。

 

「悪いが、この子をやらせるわけにはいかん」

「バランか」

 

 パプニカを襲った別動隊を退け。

 急ぎやってきた真の竜の騎士が、澄んだ目の奥に怒りを湛え、ハドラーの前に立ちはだかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 身体が動かない。

 目も鼻も働かず、四肢の感覚すらも消失している。

 聞こえるのはキルバーンの声だけ。

 

「どうだい、死神の笛の音色は?」

 

 立っているのか寝ているのかもわからないまま、アティは理解する。

 

 ――音で感覚を狂わせたんですね。

 

 笛の音色のような風切り音。

 あれが一種の催眠効果を齎し、アティの意識を奪ったのだ。

 

 死神は何度鎌を弾かれても余裕を消さなかった。

 笑みを浮かべたまま鎌を振るい、そして、真の狙いへと辿り着いた。

 

「終わりだ」

「……いいえ」

 

 鎌が心臓に突き刺さり、蒼い光が生まれる。

 超回復力によって押し戻された刃を『果てしなき蒼』が打ち払う。

 白く染まった髪を靡かせたアティは油断なくキルバーンを見据えた。

 感覚は戻ってきている。

 

「まだ、終わりじゃありません」

「フフ」

 

 ニヤリ、と、キルバーンが笑った。

 トン、と、後方に逃れた彼は再びひゅんひゅんと鎌で空を斬り始める。

 

 ――予想の範囲内だったのだ。

 

 アティに止めを刺しても『抜剣』が蘇生させる。

 奇跡のごとき回復力は全身の感覚をも元に戻してしまうが、その回復効果は永続ではない。

 もう一度繰り返せば、今度は蘇生も効かない。

 

 アティは剣をしっかりと握ると死神に向かって迫り、

 

「終わりだよ。ボクの役目はここまでだ」

「え……?」

 

 死神が、現れた時と同じように溶けるようにして消えていく。

 窓の外を見れば、街の一角から火の手が上がっていた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「キィーヒッヒッヒ! ベンガーナの民に告ぐ! 我らが魔王軍は勇者を打ち破った!」

 

 声は大目玉を通して街中に伝えられた。

 街にいた全ての者が魔軍司令ザボエラの言葉を聞くことになった。

 

「勇者は街を守りきれなかった!」

 

 バランは立ったまま、背後のダイと共に声を聞いた。

 

「敗北した勇者一行に告ぐ! 悔しければ魔王軍の本拠に攻めてくるがいい! ただし、もう一度負ける覚悟があるのならなぁ!」

 

 ハドラーは何もしてこなかった。

 ただ佇んだままザボエラの声を聞き終えるとバラン達に背を向ける。

 

「逃げるつもりか、ハドラー」

「ああ。目的は果たした。消耗した今の状態では貴様には勝てん」

「逃がすと思うか」

「追ってくるなら好きにしろ。息子を放置することになるがな」

「………」

 

 バランは、視線鋭くハドラーの背を睨んだ。

 

 ――悔しいが、奴の言う通りだ。

 

 幾らバランとて、一人で追撃すれば待っているのは死だろう。

 死ぬこと自体はさして怖くない。

 ただ、無為に死ぬことは誰のためにもならない。

 

 ルーラで退却していくハドラーを見逃して剣を収めた。

 

「バラン、街を」

 

 振り返ってしゃがみこめば、息子は街への心配を口にする。

 

「安心しろ。クロコダインが向かっている」

 

 被害をゼロに抑えることはできないだろうが。

 と、後半を飲み込んで、回復呪文を唱える。

 

「よく頑張った」

「でも、おれ……」

「お前達は十分に頑張った。負けてなどいない」

 

 それは嘘偽りない本心だったが。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 サミットの参加メンバーは守られたものの、街を守り切ることはできなかった。

 駆け付けたクロコダインや警備兵の奮闘により魔物の被害は最小限に食い止められたものの――自由になった勇者一行が見たのは、壊された街の一角。

 十数名の死者、負傷者と共に、魔王軍の破壊の爪痕はベンガーナの街に残された。

 

 翌日からサミットは再開されたが。

 

 民の目に希望の輝きは薄く、代わりに哀しみと不安が満ちていた。

 この戦いが転換点となり。

 人々の間で国家に対する批判、勇者に対する不信が少しずつ広まり始める。

 

 負ける勇者など必要ない。

 守ってくれない国に意味があるのか。

 

 恐怖から生まれた論調は程なく、首脳陣やダイ達の耳にも入ることになった。

 魔王軍の思うつぼだ、と、理解できる者はごく少数で。

 使命感と責任感の強い少年少女達は、世論の変化に少なからず胸を痛めることとなった。




負けてはいないけど苦い結果に終わりました……。
魔王軍としては、ここで一矢報いておかないと本格的にやばかった感じです。
下手するとこのままラストダンジョン一直線かもしれません。

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