新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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決戦に向けて

「こちらから打って出るしかないでしょう」

 

 凛としたフローラの声に一瞬、大会議室が静まりかえった。

 驚きと思考を最初に打ち切ったのはレオナだった。

 

「現状では難しいのではないでしょうか」

「具体的には?」

「まずは単純な戦力不足。魔王軍の度重なる攻撃により、どの国も兵力が足りていません。人は畑から取れるわけではありませんから」

 

 加えて、魔王軍本拠の所在がわからないこと。

 打って出ようにも、どこに向かえばいいか不明なのではどうしようもない。

 

「……元幹部にも知らされていないのですか?」

 

 フローラが、隅の席に座っているアティとバランを振り返る。

 二人はレオナ達から請われる形でこの場にいる。

 勇者一行の年長者としてアドバイザーになって欲しいという要望だったが、テラン王などは自国の奉じる竜の騎士と対面し感極まって涙すらしていた。

 

「我々軍団長が集まっていたのは鬼岩城だった」

 

 バランが渋面を作って答える。

 言うまでもなく、鬼岩城はダイによって壊されている。

 

「では、あの城でさえもダミー、あるいはスペアだったと」

「ヒュンケル達に尋ねたところ、死の大地が怪しいという話でした」

 

 北に位置する極寒の地だ。

 あまりの寒さに生き物が住んでおらず、時折、立ち入った者も殆どが帰ってこない。

 アティは眉を寄せて見解を口にする。

 

「でも、調査隊を派遣するには場所が悪すぎます」

「調査隊には決死の覚悟をしてもらわねばなりませんね……」

 

 生半可な調査隊など、アティが魔王軍の立場なら罠にかけて殲滅する。

 一人も生きて帰らなければ「何かがあった」以上の情報はゼロ、人類側はただ人材を消耗しただけで終わってしまう。

 誰も来ない場所とはいえ、恐らく本拠は隠されている。

 氷や岩壁に偽装しているのか、あるいは地底、海中にでも潜んでいるか。鬼岩城が自分で歩いてベンガーナまで来たことを考えれば何でもあり得る。到着して半日程度で発見できる、などと楽観はできない。

 

「ルーラ等、飛行可能な人材で少数精鋭が妥当ね」

「……それだと、アティ達に負担をかけることになります」

 

 言ったレオナの顔色は良くなかった。

 心配してくれるのは嬉しいが、彼女とて寝不足と心労で辛い状態なのだ。

 

「私達の覚悟はできています」

 

 頼れるうちは頼って欲しい、と視線を向ければ、きっと強い視線が返ってくる。

 

「でも! 今度こそ、誰かが倒れてしまうかも……!」

「………」

 

 大丈夫、と、アティには言えなかった。

 少し前、ザボエラの凶弾を受けて倒れたのは他ならぬ自分だったからだ。

 

 ベンガーナ防衛戦の結果を見てもそうだ。

 ダイ達の動きに大きな瑕疵はなかった。実際、外から来た魔物は全て街の外での撃退に成功している。ただ単に敵が一枚上手だっただけだ。

 

「だが、魔王軍との戦いに勇者は不可欠だ」

「……!」

 

 アティは驚きから声の主を振り返った。

 やり手の自信家と有名なベンガーナ王が腕組みをしながらアティを見ていた。

 目が合うと、彼は照れるように笑みを浮かべた。

 

「恥ずかしながら、先日の戦いで視野の狭さを痛感させられたよ。戦車隊が弱いとは思わんが、あれにはまだまだ弱点が多い。優れた戦士というのは想像以上に強いものだ」

「……勿体ないお言葉です」

「謙遜することはない。君や、あのダイ君の活躍を見てそう思ったのだから」

 

 ダイが鬼岩城を倒した瞬間は多くの人々の目に入った。

 城内で指揮を取っていたベンガーナ王も例外ではなかっただろうし、彼が離れた後、大会議室で繰り広げられたキルバーンとの一戦も彼にとっては注目すべきものだっただろう。

 

「だが……」

 

 と、王は表情を曇らせて呟く。

 

「だからこそ、君達を勝算なく敵地に送りたくはない」

「陛下」

「戦う時は勝算を持って、可能な限り勝率を上げてから。これは戦とギャンブルの鉄則だよ、フローラ殿」

「………」

 

 フローラは数秒だけ思案した後に頷いた。

 

「拙速が巧遅に勝ることもありますが、負けられないのも事実です」

「ありがとう」

 

 大会議室内の雰囲気は決して悪いものではなかった。

 先の戦いを受けて空気こそ重いものの、あれがかえって各人を結束させる結果に繋がっている。

 意見の違いこそあれ、誰もが打倒魔王軍で一致している。

 

 死の大地への調査隊派遣はいったん保留となった。

 

 各国はまず国内の安定と、散発的に出現する魔物の討伐を優先。

 同時にルーラ等を用いた連絡網を強化、連携体制を構築して意思の共有に努める。

 もちろん、在野の勇士を集めての戦力強化も必須。

 

 魔王軍が再編によって動きを変えているのは事実。

 啖呵を切ってきた以上、いつまでもぼうっとしていれば向こうから必勝の準備を整え攻めてくるかもしれない。ある意味、防衛線の方が気が楽になるかもしれないが、それにしても戦力は幾らあってもいい。

 方針がトントン拍子に決まっていく中、問題となったのはアティ達の立ち位置だ。

 

「私は、皆に万全――いえ、万全以上を作ってもらいたいと考えているわ」

「それは……」

 

 レオナが何かを言いかけ、首を振って表情を引き締める。

 

「いえ、私も同意見です」

「私としても異存はありません」

 

 アティも頷きを返した。

 

 フローラが言っているのは、猶予を渡すから今以上に強くなれということだ。

 強くなるのはアティ達だけではなく敵も同じ。

 激戦が予想される以上、もっと強くならなければ足元をすくわれてしまう。

 

「そこで、フローラ様……。一つ、お願いがあるのですが」

「何かしら?」

 

 修行。

 今までとは違う強さを身に着けられる何か。

 考えた結果、アティには一つの案があった。

 

「カール国内に、鍛錬のための特殊な場所がある。そう耳にしたことがあるのですが、ご存知でしょうか」

「……成程、ね」

 

 意外にも、フローラが驚いたのはほんの一瞬だった。

 彼女はすぐに笑みを浮かべると真っすぐに答えてくる。

 

「それなら丁度良かった。私も、同じ場所を提案しようと思っていました」

 

 カール王国にある特殊な修行場。

 アバンが単身潜っているはずのその場所は『破邪の洞窟』と言った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大会議室を後にしたアティとバランは、自分達用に割り当てられた部屋へ向かった。

 ノックしてから中に入ると、まず、空気の淀みを感じた。

 

「……先生」

 

 室内にはダイ達が揃っていた。

 俯きがちになっている彼らの中で、顔を上げて微笑んでくれたのはマァムだった。

 

「会議はどうでしたか?」

「はい、幸い、順調に進んでくれました」

 

 微笑んで答え、アティはかいつまんで説明する。

 マァムがほっと息を吐いた。

 

「良かった。喧嘩になったらどうしようかと……」

「あはは。そういうのはないよ」

「……あのさ」

 

 女同士の会話に水を入れたのはポップだ。

 項垂れたまま顔を持ち上げ、ポリポリと頬を掻きながら尋ねてくる。

 

「俺達のことは何か言ってたかな、なんて」

「……魔王軍を倒すのは勇者達だ、って言われてましたよ」

 

 アティは、笑みの種類を変えて答えた。

 嘘ではない。

 事実ベンガーナ王はあの通りだったし、フローラもレオナもダイ達の力を疑ってはいなかった。みんなの働きに感謝こそすれ文句は言われなかった。

 

 慈愛の眼差しを向けられたポップは意外そうに目を見開く。

 

「……マジかよ。街では俺達、まるで悪者扱いだったんだぜ」

 

 顔立ちの目立たないポップとマァムで街に出てきたらしい。

 日用品を買って帰ってくるまでの間に、彼らは自分達の悪い噂をいくつも聞いたそうだ。

 

 勇者が魔王軍の兵士に負けたらしいとか。

 街を守るための戦いで壊された家があるらしいとか。

 正門を軍が守ってくれている中、勇者達はこそこそと雑魚ばかりを倒していたとか。

 

「魔王軍が意図的に噂を流しているんでしょうね」

 

 と、ダイが首を振った。

 

「でも、嘘じゃないよ。おれがハドラーに負けたのは本当だ」

「……ダイ君」

 

 仲間達の中でも、ダイの落ち込みようは大きかった。

 ポップは認めてもらえない悔しさ、ヒュンケルはままならない状況への苛立ちが大きいようだったが、少年の抱いている感情はマァムやアティに近い。

 ふがいない自分への怒り。

 被害に遭ってしまった人への申し訳なさ、自分がもっと上手くやっていればという思い。

 

 否定していい感情ではない。

 ただ、そのままでは誰にとってもいい結果に――。

 

 思ったアティの視界に大きな背中が入った。

 

「だから、そうやって落ち込んでいるのか」

「……っ」

 

 淡々とした大人の男の声に、ダイがびくりとする。

 

「おれは負けたんだぞ。勇者なのに」

「だからどうした」

「勇者は勝たなきゃいけない。勝たなきゃ、皆を守れない」

 

 勇者とは本来、職業ではなく称号である。

 先頭に立って人々の希望になる者。

 希望とは強くなくてはならない。勝ち続けなければならない。

 もしも負けてしまえば人々は不安に陥り、明るい未来を信じられなくなってしまう。

 

 国家における軍隊と同じだ。

 

 民は力を持たない代わりに税金を払い、軍という防衛機構に貢献する。

 軍は平和を希望する民のために戦い、その生活を守る。

 

 故に、民の不安や怒りは筋違いのものとは言えない。

 平民出身のアティも、似たような境遇であるポップやマァムも、勇者というものに理想を描いているダイも、罪のない一般市民に「じゃあお前が剣を取って戦え」などとは言えない。

 だが。

 

「負けたのなら、次に勝てばいいだけだろう」

 

 バランは違った。

 

「でも」

「言い訳か? お前は死んだのか? 違う、お前は生きているだろう」

 

 竜の騎士は本来、孤独な存在。

 力尽き果てるまで戦い続ける使命を負った彼は常在戦場、勝つことも負けることも当たり前のこと。

 彼にとっての真の負けとは死であり、他にない。

 

 ダイの傍まで歩み寄ったバランは息子の着ている服、首あたりを掴んで持ち上げた。

 

「ぐ……っ」

「負けたのなら鍛えろ。勝つ方法を探せ。勝たねばならぬというのなら、あらゆる方法で勝ちを目指せ。死んでいない以上、次の機会は残されている」

「……バラン」

 

 息子の目を、バランは冷徹にも見える厳しさで見返した。

 

「バランさん」

「……ふん」

 

 アティの呼びかけでようやく手を離すと、彼は鼻を鳴らして出て行ってしまう。

 彼の背中が「後は任せる」と言っているようにアティには思えた。

 

「ダイ、大丈夫……!?」

「あ、ああ。大丈夫、ありがとう、マァム」

 

 慌ててマァムが駆け寄るも、少年に怪我らしい怪我はなかった。

 元よりバランも息子を傷つけるつもりはなかったのだ。

 

「ダイ君」

 

 アティは努めて優しい声で少年に語り掛けた。

 膝を床につけるようにして身を低くすると、へたり込んだ少年と同じ目線になる。

 

「もう一回、頑張ってみましょう?」

「先生」

「ダイ君の気持ちは間違っていません」

 

 間違っている、などとアティには言えない。

 軍人を志したのは皆を癒すため。

 志した頃、頭にあった「皆」とは生まれ故郷の知人や友人達だった。

 成長するにつれて浮かぶ対象は変わっていったが、ただ範囲が広がっただけで、大元のところは変わらなかった。

 

「だからこそ、頑張るんです」

「頑張る……?」

 

 アティの瞳を見つめ返す少年の瞳は迷子の子供そのものだった。

 

「そうです。誰だって失敗はあります。だから、一番大事なのは諦めないことなんです」

「諦めないこと……」

 

 少年の目に少しずつ光が戻り始める。

 

「諦めなければチャンスはあります。……もちろん、諦めたっていい。ダイ君はもう十分頑張りましたから、後は誰かに任せたっていいんです」

 

 でも、と、少年を抱きしめる。

 

「ダイ君はきっと、諦めたくないんですよね?」

「先生……」

「勇者になりたいから、ダイ君のことを勇者だって言ってくれる皆を裏切りたくないから、悔しくて悲しいんですよね?」

「………」

「じゃあ、もう一度だけ頑張ってみましょう?」

「っ」

 

 ダイが瞳を潤ませながら顔を押し付けてきた。

 少年を胸に抱いたアティはただ、優しく彼を抱きしめ続けた。

 

 ――室内に勇者の嗚咽が響く。

 

 けれど、彼の泣き声を笑う者など、仲間達には一人もいなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 ダイが落ち着いた後、アティは皆に今後の方針を伝えた。

 修行のための『破邪の洞窟』挑戦。

 異を唱える者は誰もいなかったが、一方で準備の時間が必要だという声も上がった。

 

 一日。

 ごくごく僅かな期間だが、準備のために間が置かれた。

 

 ダイは、父バランにあらためて稽古を申し入れ、夜遅くまで修行に励んでいた。

 ポップは師マトリフの元を訪ね、秘伝を伝授されたらしい。

 マァムはベンガーナの教会に赴き、傷の手当てや解毒の手伝いに精を出した。

 ヒュンケルとクロコダインもまた、それぞれに自らを高めるための修行に励んで。

 

 明け方。

 アティ達の元に、一つの報が舞い込んできた。

 

「大変です! 魔王軍の新たな兵がカール王国を襲撃! 敵は、オリハルコンの身体を持つ兵士の集団とのこと!」

 

 飛び起きたアティ達は慌てて身支度を整え、カール王国へと向かうことになった。


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