カールの城が見るも無残に破壊されていた。
「酷い……」
破壊の爪痕のうち、最も深刻なものは城壁に投げ込まれた大岩だった。
力自慢のクロコダインでも持ち上げられるかわからないサイズの岩は堀を飛び越えて城壁に直撃、大穴を開けた後、床を破壊して地階へと落ちていた。
他に槍や拳、針のようなものによる破壊痕が無数に残り、修繕には恐ろしい労力がかかることが予想される。
――強敵だ。
姿はまだ見えていないが、既に全員が確信していた。
「行きましょう……!」
「うん……! このままじゃ城が完全に崩れてしまう!」
頷きあい、跳ね橋の落ちた堀を
道中には何人もの人が倒れていた。
皆、鎧姿だった。
噂に名高いカールの騎士団が敵に立ち向かい、使用人や役人を逃がす時間を作ったのだろう。
そして、抵抗は未だ続いている。
「……少数だな」
「え?」
焦燥と怒りが胸に生まれる中、呟いたのはバランだった。
「オリハルコンの兵士、という報告から予測はしていたが――敵はごく少数と見ていい」
「つまり、精鋭ってことかよ……?」
ポップの問いかけに、バランは「そうだ」と答えた。
「精鋭中の精鋭。凄腕の戦士がオリハルコンの鎧を身に着け、オリハルコンの武器を手に襲ってくると思えばいい。しかも、敵は痛みを感じない」
「最悪の敵、というわけか」
クロコダインが息を吐きだす。
「いや、最悪ではない。ただ強い敵ならば打ち破ればいいだけだ」
「……そう、ですね」
痛みを感じつつアティも同意する。
確かに城は破壊されている。カールの騎士も大勢倒れている。だが、火を放たれたわけではないし、非戦闘員を先に狙うような真似もされていない。
悪辣で周到なやり口とは少し違う、武人の精神を感じる。
ただ、それが、アティ達を引きずり出す罠でなければ。
「見えたわ……!」
中庭では。
カール王国の精鋭達が幾人も倒れ、残った数名が必死に剣を握っていた。
――彼らが対峙しているのは数体の兵。
オリハルコンの輝きを放つ金属生命体の集団は、チェスの駒のような容姿をしていた。
「……来たか!」
喜色を隠さず、拳を打ち合わせて振り返ったのは
どこか若さを感じさせる面持ちの彼はアティ達を見てにやりと笑った。
「待ちくたびれるところだったぜ。ようやく本命のお出ましか」
「貴様っ! 誇り高きカール騎士団を愚弄するか!」
声を上げたのは、残った騎士の中で最も余力の残っている者だった。
強者だ、と、彼を見たアティは感じた。
青年の印象を残しつつも精悍さを感じさせる顔立ち。握っている剣もかなりの業物であるようで、闘気を用いて戦えば魔王軍相手でも簡単に引けは取らないだろう。
「騎士団長――ホルキンスさんと仰いましたか。別にあなたを侮っているわけではないのですよ」
ふふ、と、笑って告げるのは
両手両足を外套に隠しているような姿の
「ただ、私達の目的が初めから勇者一行にあったというだけ」
「何……!?」
「カール騎士団については、こうして少なくない被害が出た時点で用はないのです」
やっぱり、と、アティは思った。
やはり彼らは陽動だった。
ただし、もしかすると、陽動と本命を兼ねているのかも――。
「あなた達は、魔王軍ですか」
「ええ、もちろん」
いよいよ、オリハルコン兵団は全員がアティ達に向き直った。
「我々は魔王軍、超硬騎団長ハドラー様が配下――最強の超硬騎団です。以後お見知りおきを」
馬の騎士と言った姿で槍を手にしているのは
鋭利な刃物を組み合わせたような異色の格好の持ち主が
巨大な肩当てが印象的な大鎧のような姿が
「それに私――『女王』アルビナスと彼、『兵士』ヒムを加えた五名が超硬騎団の全メンバーです」
「超硬騎団……!」
「知らないのも無理はありません。我らが主、ハドラー様が軍団長となられたのはつい先日の話ですから」
先日の一戦での功績を称えられ、ハドラーは大魔王からオリハルコンの駒を下賜された。
この駒を呪法によって兵士に変え、新たな軍団を作るようにと。
「つまり、我ら超硬騎団は魔王軍七つ目の軍団」
「精鋭中の精鋭だけで構成された、対・勇者用の駒ってわけよ」
アルビナスの説明をヒムが引き継いで完結させる。
ダイが唇を噛んで小さく呟いた。
「ハドラー……!」
悪い予想ばかりが当たるものだが、ハドラーはほんの数日で更なる力を手に入れていた。
「……だが、たった五人で俺達を相手にするつもりか?」
既に武装を終えているヒュンケルが剣を向けて尋ねる。
下手な答えなど許さない、必勝の策があろうと貫いてみせるという気迫が彼の剣に満ちていたが。
「いえ、六人です」
「!?」
きらり、と、空からルーラの光。
地響きと共に降り立ったのは、ダイから聞いていた通りの姿。
「我らが主、ハドラー様が直々に指揮を取ってくださいます」
「全員と顔を合わせるのはしばらくぶりか」
超魔生物となったハドラーが堂々とした姿で、配下を背に立っていた。
「数としては申し分なかろう。存分に互いの力を振るおうではないか」
「……っ。冗談じゃないぜ、オリハルコンの兵士が五体もいる上、バカみたいに強くなったハドラーまで来るのかよ」
こちらは七人。
アティ、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル、クロコダイン、そしてバラン。
バランという心強い助っ人がいるとはいえ、相手の力はまだまだ未知数。
――舐めてかかれば、即座に殺される。
数秒、長い長い間が置かれて。
「さあ、どうする――?」
超硬騎団長ハドラーが見据えたのは、やはりダイだった。
「先生」
ダイが振り向かずに声だけを伝えてくる。
彼の懇願に、しかし、アティは応えるわけにはいかなかった。
「駄目です、ダイ君」
「でもっ!」
ばっ、と、身体を向けてきたダイの瞳は揺らいでいた。
再戦しろと言っておいてお預けは酷い、と、彼は訴えていた。
確かにその通りだ。だが。
「ごめんなさい。それでも、今は我慢してください」
「っ」
腰のウェイドラッシュを抜くこともなく。
蒼い輝きを纏って『抜剣』したアティを見て、ダイが息を呑んだ。
気圧されたのだろう。
彼女の纏う気はきっと、凛とした怒りを湛えているだろうから。
「ダイ君を傷つけた彼にお返しする機会を、
「先生……」
動揺する少年は、アティの横に進み出た男を見てはっとする。
「バラン……っ」
「奴は私達がやる。だから、お前達は全員で残りを相手にしろ」
心苦しいが、これは戦術的な判断だ。
恐らく敵・超硬騎団はこれまでの敵と異なり集団戦で真価を発揮するタイプだ。
であればこちらも連携を取って戦わねばならないが、そうなった場合、真っ先にどうにかしなければならない問題は指揮官であるハドラーの対処。
軍団とは長が居る状態でこそ輝くもの。
ハドラーが疑似抜剣という切り札を備えている以上、『抜剣者』であるアティと、勇者パーティの中にあってはノイズとなるバランで抑えてしまうのが得策だ。
「……成程」
低く呟いたハドラーが右腕から覇者の剣を伸ばした。
「良かろう。勇者一行の指導者と竜の騎士――相手にとって不足はない!」
高速で突進してきたハドラーの剣を、『果てしなき蒼』が受け止める。
激戦が始まろうとしていた。
☆ ☆ ☆
「ザボエラ様、よろしかったので……?」
「んー? なんの話かのう?」
「その、ハドラー様が軍団長となられたことです。魔軍司令であるザボエラ様ならば反対することもできたのでは……?」
「……ああ、そのことか」
カールの城内に設置した大目玉から送られてくる映像。
超硬騎団と勇者一行の戦いに注視していたザボエラは、部下からの問いかけにくるりと振り返った。
「いいんじゃよ。ハドラーは儂と一蓮托生、反抗などできんよ」
「と、言いますと?」
「奴の身体をメンテできるのは儂だけ、ということよ」
くくく、と笑うと、部下は引きつった笑みを浮かべて下がっていった。
どうやら引かれてしまったようだが、口にした言葉に間違いはない。
ハドラーを改造したのは他ならぬザボエラだ。
超魔生物について全容を把握しているのは彼だけであり、もしもハドラーに何かがあった時、対処できるのもザボエラ以外にいない。
大魔王から貰った身体を捨てたハドラーは、死んだら生き返れない。
故に、ザボエラを無碍にすることなど絶対にできない。
「バーン様があんなものを渡すのは予想外じゃったが……」
オリハルコンの駒。
あんなものがあるなら自分にくれればと思わないでもなかったが、呪法生命体を作り出す術は生憎、ザボエラと相性が悪い。
生命を籠める関係上、貧弱な魔法使いでは十分な効果が現れないのと――心の奥底で「意思を持った手駒」という存在自体を信じていないからだ。
意思を持つから呪法生命体は強いのであって、ただ動くだけの駒なら大したことはない。
「お陰でワシが楽できるというものよ。キィーッヒッヒッヒ!」
まあ、超硬騎団が勇者一行に完敗するようでは困るが。
恐らく、そこまでの戦力差は出ないだろうと、ザボエラは推測していた。
「ハドラーにはアレがあるし、人間共というのは追い詰めれば追い詰めるほど食い下がってくるものらしい……。無理に兵を消耗するより、精鋭とやらに任せればいいじゃろ」
既に目的はほぼ達成している。
適当に敵へ負傷者なり死者を出したら撤退してきてくれればそれで良かった。
「ま、偉大なる魔軍司令としては高みの見物、といったところかの……!」
☆ ☆ ☆
剣がぶつかり、金属音が響く度に腕が痺れる。
「どうした、アティ。貴様の力はその程度か……っ!」
宙に浮かんだハドラーは、肩から噴出孔のような部位を現わして加速してきていた。
通常のトベルーラ以上の速度を得た一撃は重く、鋭い。
――これじゃあ、あの時と。
バランと切り結んだ時も似たようなことがあった。
トベルーラと背中の翼、二つを組み合わせられるバランに対し、アティは後れを取ることになったのだ。
もし、今の状況があの時と違うとすれば。
「私は、一人じゃありません……っ!」
「そういうことだっ……!」
「……む」
追撃をかけようとしていたハドラーは噴出を止め、振り返って真魔剛竜剣を受け止めた。
「貴様とこうして切り結ぶことになるとはな、ハドラー」
「オレも想像していなかったわ、バラン」
激突の衝撃を受け、二人は正反対の方向に身を離す。
だが、バランからの不意打ち気味の一撃を受け、無事に離れられたという時点で、既にハドラーが規格外であることは示されている。
「さすがに、お前達二人が相手では分が悪いか」
呟いた彼は更なる力を解放してきた。
「ならば、持てる力を全開にするまで……!」
全身から魔炎気が噴き出す。
同時に、ハドラーが保有する魔法力が体内の導管を通って全身へと行き渡り、爆発的な力へと変わって彼の能力を一時的に後押しする。
超硬騎団長は左手にイオラの輝きを灯すと、それをバランに投げつけ――即座に身を反転させた。
「止められるものなら止めてみろっ!」
弱い方を狙うのは戦いにおけるセオリー。
なんて、細かいことを考えておらず、単に借りの大きい方を狙ったのかもしれないが。
「超魔爆炎覇!」
「アバンストラッシュ!」
全開の超魔爆炎覇と激突したアティは、己の剣に過剰な負荷がかかるのを感じた。
『果てしなき蒼』は折れない。
アティの心が無事である限り刀身が砕けることはないが、受けきれなかった攻撃の余波がアティの全身を襲い、白く美しい体毛を黒く焦がした。
もはや、アバンストラッシュでは威力不足。
まるでそう言われているかのような結末。
トベルーラの制御を一時的に失したアティは、ふらり、と落下を始める。
「貴様……!」
轟いた雷鳴は、まるでバランの怒りを表しているようだった。
ギガブレイクと超魔爆炎覇の激突。
真魔剛竜剣が押し返され、自らが吹き飛ばされるのを、バランは目を剥いて認識していた。
そんな様を。
アティは、制御を取り戻したトベルーラでハドラーに向かいながら見ていた。
「……ハドラー!」
「アティ……!?」
振り返ったハドラーが驚愕に目を見開く。
「馬鹿な、あの一撃を食らってすぐに復帰するだと……!? それに、その『闘気』は……!?」
「名前はありません。私と、私の剣、この世界での経験が生み出した能力です……!」
淡く優しい光の闘気がアティの全身を包み、その傷を癒している。
「切り札を温存していたのはあなただけじゃないんです」
「ぐ……っ」
『果てしなき蒼』を受け止めたハドラーが、どこか嬉しそうに唇を歪めた。
× 超昂騎団
〇 超硬騎団
アティ先生の闘気は名前が思いつきません。
霊光気とか言いたいですが、凄く幽白っぽいです……!(ぇ