新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

56 / 85
登場、超硬の戦士達!(後編)

「治癒の力を持つ闘気だと……!?」

「その通りです」

 

 急接近したアティの剣を、ハドラーは驚愕しつつも受け止めた。

 

「正確には魔力と闘気を混ぜ合わせたもの、ですが」

 

 常時、ホイミの効果が全身を覆っているようなものと考えればいい。

 特殊なのは、それが呪文自体ではなく闘気の性質だということ。

 魔力を纏う抜剣の性質と、この世界で体得した闘気術、回復呪文の合わせ技であり――おそらく、同じことができるのは世界でアティただ一人。

 

 結果として、アティの慣れ親しんだサプレスの天使に近い性質となったのは偶然か必然か。

 

「さっきの一瞬、私は力を防御に回していました」

「……余波を最小限に抑えたか」

 

 超魔生物の性能に疑似抜剣、魔炎気、覇者の剣。

 今のハドラーは完全無欠と言ってもいい超戦士だ。短期決戦を挑む困難、下手に全力を出せば疲弊したところを討ち取られる。

 だから、アティ達は逆に長期戦を狙っていた。

 

 攻撃の手を止めないのは前提、その上でギリギリまで力をセーブする。

 むしろ注力すべきは致命傷を負わないこと。

 

 完璧に思えるハドラーの隙は疑似抜剣による魔法力の消耗のみ。

 強化が切れるまで持ちこたえれば、後は二人の連携で十分に打倒可能となる。

 

「そういうことだ」

「ぬっ!?」

 

 二度、三度、切り結んでも大きな変化は訪れず。

 復帰してきたバランが背後から切りかかれば、ハドラーはいったん高度を上げることで刃から逃れた。

 アティとバランは一瞬、視線を交わして上空を見上げる。

 

「逃がさん」

「ハドラー!」

 

 火炎呪文(メラゾーマ)の炎が真空呪文(バギマ)に巻き込まれて炎の竜巻と化した。

 迫りくるそれに、ハドラーは慌てるどころか不服そうに吠える。

 

「魔炎気を纏うオレに炎が通じるかっ!!」

 

 彼の怒りそのもののようなオーラが竜巻を吹き飛ばす。

 噴出孔が開かれ、超魔生物の重い身体が下に向けて加速。

 

「凌ぎ切れるものなら凌いでみよ!」

 

 ハドラーの左手から数発の爆裂呪文(イオラ)が生まれた。

 爆球を追うように迫ってくる超硬騎団長の目には必勝の意思が表れている。

 

 ――回避は困難。

 

 バラバラの方向に逃げればイオラは防げるだろうが、どちらか一方が超魔爆炎覇の餌食となる。

 かといって立ち向かおうとすれば、呪文と闘気剣を両方凌がねばならない。

 一瞬で理解し分析した上で、アティとバランは同時に動いた。

 

 雷鳴が真魔剛竜剣に落ちる。

 魔法剣の構えを見せたバランにハドラーは目を見開くも、直後、彼は再び驚愕することになった。

 

「イオ!」

「この期に及んでたかがイオとは……」

 

 過剰に魔法力を注がれたことでイオラに近い威力はあるが、イオはイオ。

 複数発放たれたそれらは黙っていてもイオラに飲み込まれ、威力を殺される結果に――。

 

弾けよ(ブレイク)!」

「なっ……!?」

 

 ならなかった。

 アティのイオは、ハドラーのイオラと衝突する寸前、自ずから弾けた。

 結果、生まれた爆風は重なり合い、イオラをも押しとどめて誘爆を生む。

 

 大爆発が起こった。

 

 空気が荒れ狂い、熱を持った風がハドラーの全身を叩く。

 中心から離れているアティ達ですら目を開けていられないような突風の中、オリハルコンの輝きと共に、勢いよく抜けてくる姿。

 

「見事! だが、あと一歩足りん……!」

 

 あちこちがボロボロになりながら強引に突っ切ってきたのだ。

 

「竜騎将バラン、覚悟!」

「それはこっちの台詞だ、ハドラー!」

 

 男達の意地が、再び激しい衝撃をまき散らした。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 ピリピリした激突の余波が収まって。

 アティは、バランとハドラーが剣を打ち合わせた姿勢から、ぐらりと落下しようとするのを見た。

 

「バラン!」

 

 慌てて受け止めると、男の身体は酷く軽く感じられた。

 でも、息はある。

 

「……良かった」

 

 ほっと息を吐き、治癒の闘気でバランも一緒に包み込んでやる。

 闘気との相乗効果によって回復呪文(ホイミ)よりも効率はいい。

 

 ――ハドラーは……?

 

 見れば、そのまま落下していっている。

 意識が無いのかもしれない。

 勝ったと思っていいのか。だが、身体が灰になって崩れる様子は、ない。

 

「っ」

 

 躊躇しながら手のひらを向ければ、ほぼ同時にハドラーの身体が反転。

 鋭い視線がアティと、抱きかかえられているバランを見た。

 

「……危なかった」

「ハドラー……」

 

 超硬騎団長の全身を泡が包み、修復が始まっている。

 先の激突によるダメージにはさすがのハドラーも堪えたようだ。

 

「だが、堪えた」

 

 右手の剣に左手が添えられる。

 噴出する魔炎気。

 未だ衰えぬ闘気は、彼の不屈の意志を示している。

 

「……アティ、離せ」

「バラン、意識が」

「いいから、私を今すぐ離せっ!」

 

 バランが吠え、アティが手を離すと同時、ハドラーが来た。

 

「ドラゴンファング!」

「させんっ!」

 

 巨体による突進が、竜魔人化を狙っていたバランを阻んだ。

 落下していくバラン。

 しかし、ハドラーは無視してアティへと迫ってくる。

 

 ――速い!

 

 疑似抜剣はまだ解除されていない。

 ハドラーの魔法力量は知らないが、アティ自身の経験から言って既に底を尽きかけているはず。

 気力と根性でなんとかなるものでない以上、

 

「あなたは、もう限界のはずです!」

「それが、どうしたっ!」

 

 最上級の魔剣同士が幾度もぶつかり合い、甲高い音を響かせる。

 

「オレはお前達を倒すと誓った! ならば、たとえ二対一であろうと、たとえ満身創痍であろうとも戦い続けるのみ!」

「ぐっ……!?」

 

 ほんの一瞬、ハドラーの肩から風が吹き出す。

 強引な姿勢制御により縦方向の力を得たハドラーが、硬いつまさきでアティの腹を蹴りつけた。

 視界が揺らぐ。

 痛みを必死に無視し、アティはトベルーラを全開にした。

 後ろではなく前へ。

 捨て身の体当たりを敢行すると、ハドラーも予想外だったのか目を見開いて対応が遅れた。

 

 一瞬の隙。

 

 手のひらを押し当て、己の身と、魔剣に残る魔力を全て引き出して。

 

「……マホイミ!」

 

 眩い輝きが生まれ。

 

「魔炎気!」

 

 必殺の過剰回復呪文が効果を発揮しきる前に、アティの身体は吹き飛ばされた。

 必死に姿勢を制御する中、アティはハドラーが、己の肉を掴み、抉り取るのを見た。

 

 患部――指が触れていた部分が無残にも捨てられる。

 

「ハドラー!」

 

 バランの怒声と共に、雷が数度、超硬騎団長の身体に落ちた。

 轟音の中、ハドラーは悲鳴すら上げなかった。

 音が収まっても、彼は空中に浮かんだままじっとしていた。

 

「終わりか?」

 

 ダメージが大きすぎる。

 超魔生物の自己治癒ですら追いつかないほどボロボロだが、それでも、ハドラーは未だ健在だった。

 なんとか復帰してきたバランと並び、呆然と見上げながら、アティは感じた。

 

 ――あと一押しが、遠い。

 

 あの、不屈の志を折らねば勝てない。

 誤算は予想以上に疑似抜剣が継続していること。肉体へのダメージがある代わり、正式な『抜剣』よりも燃費が良いのだろうか。否、魔法使いであるザムザの時はそう長くもたなかった。

 元は魔王であるハドラーだ、魔法力も大きいのだろうが。

 

「……外部からの補助でも受けているのか?」

 

 バランも不思議に思っていたらしい。

 彼の漏らした思考の一端が、アティに小さな閃きを与える。

 

 ――外部から? いえ、むしろ、内側に。

 

 閃きが答えに至りかけた時、

 

『撤退じゃ、ハドラー』

「何……?」

 

 ザボエラの声が響き、地上で巨大な輝きが生まれた。

 下を見れば、カール城に幾つかある長い塔、その一つが()()していた。

 

「何故だ、ザボエラ。もう少しで勝利を」

『十分にデータは取れたじゃろう。次はもっと楽に勝てる。違うかの?』

「だが」

『それとも、せっかく作った超硬騎団を失うつもりか?』

「っ!?」

 

 ハドラーが唇を噛むのがわかった。

 どうやら、ダイ達の奮戦により、向こうは優勢に進んでいたらしい。

 

「……撤退する」

 

 重苦しい声と共に、ルーラの光が空に消えていった。

 地上からも幾つかの光が上がったところを見ると、超硬騎団も撤退したのだろう。

 

 はあ。

 

 息を吐いたアティは、隣にいるバランの心配そうな視線に気づいた。

 

「負け戦というのは、やっぱり、嫌なものですね……」

 

 カール防衛線による死者は数十名。

 全て騎士や兵士、魔法使いであり、非戦闘員の死者はいなかったが――城には隠しようのない破壊の爪痕が大きく残されることとなった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「みんな、よくやってくれました」

「……勿体ないお言葉です、フローラ様」

 

 幸い、玉座の間は無事だったため、アティ達には女王自ら感謝が贈られた。

 重臣たちや生き残った兵士達も拍手をくれる。

 彼らは皆、笑顔だ。

 戦った当人達が気分を切り替え切れていないのとは対照的といえる。

 

「これ、そんなことでどうするの」

「それは、そうなんですが……」

 

 ぐに、と、フローラから頬をつねられ、アティは苦笑を浮かべた。

 

「皆さんにも大きな被害が出てしまいました」

「戦いに犠牲はつきものでしょう。もちろん、前提に戦うのは良くないけれど」

 

 アティ達が来なければ国が滅んでいたかもしれない。

 

「敵を逃がしてしまったけれど、それは敵が危険を察したからよ。勇者達にも死者はない。ならば、悪の脅威に正義が屈しなかった証でしょう」

「フローラ様」

 

 凛々しい微笑みを見ると、ふっ、と心が軽くなるのを感じる。

 

「状況を整理しましょう。今後のためにも、ね」

「はい。お手伝いさせてください」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 ダイ達と超硬騎団との戦いは一進一退となった。

 前半戦は相手にやや押される形。

 これまでの戦いは敵の力に対し、いかに連携して立ち向かうかが鍵だった。

 しかし今回は敵のサブリーダー、アルビナスの策により、敵のコンビネーションがダイ達を苦しめる結果となったのだ。

 

「奴らはチェスの駒。己が役割を全うするストイックさがあった」

「ええ……。しかも、一体一体がとても強かったわ」

 

 ヒムはオーソドックスな格闘戦型で、メラ系の熱を拳に纏わせる「ヒートナックル」を駆使してきた。

 シグマは機動力に優れた戦士。槍のリーチと素早い動きが敵を翻弄する。

 フェンブレンは全身刃物の危険な敵で、迂闊に触れれば獲物の方が壊されてしまう。

 ブロックはクロコダイン以上の巨体と怪力、しかも、危機から仲間を庇う機転も持ち合わせている。

 

 アルビナスは、そんなメンバーを指揮する役割。

 戦闘力が高くないかと思えばそうではなく、近くの相手に魔法力の針を浴びせる「サウザンドニードル」は恐ろしい攻撃だった。

 

「……特に、シグマの野郎が持ってた鏡だな」

 

 シャハルの鏡。

 大魔王バーンから賜ったというアイテムはオリハルコン製の盾であり、かつ、その表面には「呪文を反射する」効力がある。

 ポップの新呪文は「当たりさえすればどんな物質も消滅させる」驚異の効果を持っていたが、呪文反射はまさに天敵だった。

 

「あのデカブツもだ。あいつが壁になっている限り、デカい攻撃は届かない」

「おれの剣が使えていればもうちょっと楽だったんだけど……」

 

 ダイの剣は意思を持っている。

 剣なしでも対処可能な敵に対しては抜かれることを拒む性質があり、超硬騎団はその範疇に含められていたらしい。

 実際、仕切り直した後半はダイ達が優勢だった。

 力に力、速さに速さで対抗するのを止め、各々の持ち味を最大限に生かした結果、敵のバランスを崩し、あと一歩で壊滅に追い込めるところまで行った。

 そこでザボエラによる「待った」がかかってしまったわけだが。

 

「次は勝ちましょう」

「うん。次は別の戦い方ができると思う」

 

 一行は再び、魔王軍と戦う意思を確かめあった。

 

 

 

 アティ達が戦いの結果を共有している間も伝令が飛び交っていた。

 

「……どうやら、他国への同時侵略はなかったようね」

 

 正真正銘、カールが敵の本命だったのだろう。

 向こうもここでアバンの使徒に大打撃を与えるつもりだった。蓋を開けてみれば痛み分け、どちらの狙いも十分機能しなかった形になっている。

 

「フローラ様。あらためて、破邪の洞窟に行かせて頂けませんか?」

「ええ。やはり、あなた達にはもっと強くなってもらわなくてはね」

 

 フローラと頷きあうアティ。

 と、ダイがそこで声を上げた。

 

「それなんだけど、おれ、留守番しててもいいかな?」

「ダイ君?」

「ほら。その洞窟って魔法の契約のためにあるんだよね? だったら、おれが行ってもあんまり意味ないかな、って。竜の騎士には竜の騎士なりの修行の仕方があるだろうし」

 

 言って彼が見るのは父だ。

 バランはダイの視線に無言のまま頷いてみせる。

 悪い気分ではないが、明確に示すのは気恥ずかしい、といったところか。

 

「なら、俺も遠慮しようかな」

「ポップ君まで?」

「俺は魔法使いだぜ? 先生みたいな賢者ならともかく、破邪の呪文は専門外なんだよ」

「私も賢者じゃないんですけど……」

 

 皆が「何言ってるの?」という顔をしたので、アティは言葉を切った。

 

「じゃあ、ヒュンケル達はどうしますか?」

「……防衛役を残すという意味でも、二手に分かれた方がいいかもしれん」

 

 暗に「ここに残る」という意思表示。

 マァムを見れば、彼女は笑って頷いた。

 

「私は行きます。呪文も覚えておくに越したことはないと思うから」

「ありがとう、マァム」

 

 とはいえ、少々人数が減りすぎてしまった気がする。

 フローラが案内も兼ねて同行してくれるそうだが、それでも三人。

 

「レオナ姫に相談してみましょうか」

 

 誰か、うってつけの人材がいるかもしれない。

 そうと決まれば、一行は一度、パプニカに戻ることにした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。