破邪の洞窟に挑むことになったのは五人。
準備を整えたアティ達を出迎えた面々は、ある者は感嘆の声を上げ、またある者は言葉を失った。
――全員、常の服装から着替えて揃いの衣装を纏っている。
女王フローラが用意してくれたカールの法衣だ。
細い糸が丁寧に織り込まれた極薄の衣と、それを飾る腕輪やブレスレット、チョーカーのセット。糸と宝石、金属部に聖なる力が籠められており、邪気を払う効力があるという。
「……凄え」
ごくり、と、息を呑んだのはポップだ。
「別に、洞窟に行くのって女だけじゃなくてもいいんだよな? やっぱり俺も一緒に……」
「ポップぅ……呪文の修行をするんだろ? 自分で言い出したんじゃないか」
「いや、ダイ、お前な、このチャンスを逃したら男が廃るんだよ」
「そんなので廃るわけないだろ」
生憎、まるごと聞こえていた。アティは少年達のやり取りにくすりと微笑む。
ただ、同行者の一人であるマァムはそうもいかなかった。
「ダイの言う通りよ。破邪の洞窟に、あんたみたいな邪な奴を連れていけるわけないでしょ」
「いだっ!?」
「……あはは」
クロコダインや兵士達の笑い声を聞きながら、アティは改めて同行メンバーを振り返った。
アティ、マァム、フローラの他に加わったのは二人。
きっかけは、やはりレオナのところへ相談に行ったことだった。
☆ ☆ ☆
「破邪の洞窟行きのメンバーか……」
「はい。あと一人か二人、一緒に行ってもらえると助かるんですけど……」
事情を話せば、レオナは腕組みをして「うーん」と唸った。
「やっぱり女の子の方がいいわよね?」
「いえ、そこには別に拘りは……」
「わかったわ!」
ちらりとアティ、マァムを見て尋ねてきたレオナにやんわりと答えるも、連日の激務でストレスが溜まっているらしい彼女は無視して声を上げた。
「だったら私が――」
「あの!」
「でしたら、私を連れて行っていただけないでしょうか……!」
期せずして姫の言葉を遮ったのは、聞き覚えのある声が二つ。
「メルル」
「エイミさん」
ナバラ共々、対魔王軍の御意見番になりつつある少女と。
パプニカ三賢者の一人である女性だった。
「エイミ……?」
「も、申し訳ありません姫様! ……ですが!」
この場は譲れない、と、エイミは深く頭を下げながら告げた。
――彼女が吐露したのは切実な心境だった。
パプニカの壊滅と解放。
復興の中でそれなりの働きはできているものの、肝心の魔王軍との戦いでは貢献できているとは言い難い。
もっと強く、賢者の名に相応しくありたい。
であれば、この機会を逃がすわけにはいかない。
「お願いします、姫様。どうか、この場はお譲りください……!」
「……はあ、わかったわよ」
必死の姿に、レオナは溜息をついて玉座へ身を預けた。
もともと冗談半分のつもりだったようで、苦笑してアティに言ってくる。
「何度も何度も、私がパプニカを離れるわけにもいかないでしょ。エイミ一人くらいならまあ、なんとかなるし。アティ、頼めるかしら?」
「ええ。エイミさんがいてくだされば百人力です」
本人の考えはともかく、エイミは客観的に見ても優秀な人材だ。
魔法使いと僧侶、双方の呪文を修めており、若くして賢者の称号を授かっている。これから向かう破邪の洞窟は彼女にとってうってつけの修行場といえるだろう。
にっこりとレオナが笑って頷いた。
「じゃあ、エイミは決まりね」
「後は、メルル――」
言葉を継いだマァムがかすかに眉を顰める。
それは決して少女への不満からのものではなかったが、メルル自身はそう思わなかったようで、
「お願いします! お邪魔にはなりません! 自分の身は自分で守りますから!」
危険は承知の上らしい。
「でも、どうしてそこまで……?」
「それは、エイミさんと同じです」
占いの力を馬鹿にしているわけではない。
けれど、不安定な力であるのもまた事実で、今からコツコツ訓練しているだけでは間に合わない。
もっと、アティ達の力になれることがあれば。そう思ったらしい。
「わかりました」
「……っ、じゃあ」
「はい。一緒に行きましょう、メルル」
「ありがとうございます!」
涙を浮かべて頭を下げるメルル。
マァムがあくまでも心配そうに視線を送ってくるも、アティは「大丈夫です」と微笑んだ。
「私もマァムも、エイミさんもいますし……それに、メルルの占いの力も、きっと役にたってくれると思うんです」
こうして、破邪の洞窟行きのメンバーはこの五人に決まった。
☆ ☆ ☆
「攻略に使える期間は一週間よ」
「結構、長いですね」
破邪の洞窟への入り口はカール国内のとある森の奥にあった。
岩肌にぽっかりと開いた穴はどこか魔物の口を連想させ、見ただけでは聖なる試練のための場所だとは想像できない。
入口付近に頑丈な等身大の策が無ければ魔物の棲み処と見分けがつかなかっただろう。
「運び込める食料や水の量を考えてもギリギリでしょうね」
「一週間……男子を連れてこなくて正解だったかも」
閉鎖空間でずっと一緒では気になって仕方なかっただろう。
汚れとか匂いとか、色々と。
「カールの法衣を用意したのはそのためでもあるわ。その衣装は邪気だけでなく穢れを払う効果もあるから――」
「着替えがいらない、ということですね」
「そういうことよ」
衣装が限定される都合上、荷物の量は抑制される。
アティは入り口付近に立つと『抜剣』し、腰にさしていた空の鞘に『果てしなき蒼』を収めた。
ウェイドラッシュや覇者の剣(偽)は持ってきていない。洞窟攻略中は常時『抜剣』していても問題がないので、他の剣はいらないと判断した。
ほのかな光を纏うアティの姿を見て、フローラが淡々と呟く。
「その光、その姿――まるで女神ね」
「女……か、からかわないでください」
眉を下げて抗議の視線を送ると、美貌の女王はくすりと笑った。
「行きましょう」
「ええ」
答えたマァムがハンマースピアを握り、腰の魔弾銃を確かめる。
案内役として蝋燭立てを手にしたフローラが、こつん、と足音を立てて一歩目を踏み出した。
中に入ると程なく下り階段が待っていた。
しばらくの間、靴音だけが静寂の中に響く。
「ねえ、メルル」
「は、はい。なんでしょう」
マァムが名前を呼ぶと、少女はびくっとして答える。
タイプが真逆なせいか少々ぎくしゃくしている様子だが。
「あなたがこの洞窟に来たかったのって、本当に『私達』のため?」
「………」
メルルが目を見開いて胸に手を寄せた。
「ごめんなさい、怒ってるわけじゃないの」
見れば、マァムの方も何かを考えているようだった。
エイミが意図を敏感に察して息を呑む。
フローラはとっくに理解していたのか振り返らずに足を進めていた。
「ただ、あのね……もしかしたら、誰か、一人のためなんじゃないかって」
「……それは」
「ポップ君ですか?」
マァムとメルルが「信じられない」という顔で振り返った。
「メルル、本当にポップなの!?」
「アティさん、どうして言っちゃうんですか!」
「え、だって女の子だけですし、恋の話って楽しいじゃないですか」
学校に通っていた頃は同室の子達とよくこういう話で盛り上がった。
『名もなき島』でも、女性からの恋愛相談などには胸が弾んだものである。
「ねえ、メルル。ポップのどこがいいの?」
「そ、それは……アティさん、責任取ってください……!」
「ええと……」
恨みがましい目でメルルに見られ、アティは責任を感じた。
確かに、マァムの前でする話ではなかったかもしれない。
――多分、ポップ君はマァムのことが好きですから。
マァムの方は今のところは仲間、友人というスタンスだろうが、最も親しい異性がポップであるのは間違いない。聞いていて楽しい話にはならないかもしれない。
「エイミさんは、ヒュンケルのためですか?」
「なっ!?」
「え、そうなの、エイミさん?」
「初耳です」
ごめんなさい、と思いつつ水を向けると、エイミが変な声を上げた。
マァムとメルルの意識も一瞬で逸れ、わいわいと高い声が洞窟内に響き渡る。
「ふふ……。お喋りもいいけれど、じきに一階へ着くわ。ほどほどにね」
注意するフローラの声もどこか優しかった。
大人の余裕で先頭を歩く彼女にアバンとの思い出を尋ねてみたい衝動にかられたが、さすがにそれは我慢するしかなかった。
破邪の洞窟一階はオーソドックスな造りとなっていた。
四角い壁と通路が伸びるダンジョン。最初に現れた魔物は、青くぷよぷよとした身体を持つ小型の魔物――俗にスライムと呼ばれる者の群れだった。
特別な能力を持たず、力も弱い彼らにはフローラから鞭による一撃が飛んだ。
――さすがはカールの女王。
時には戦場に立って皆を率いることもあるのだろう。
ある程度の武術は習っているらしく、しなる鞭に叩かれたスライム達は悲鳴を上げて逃げていった。
「でも、どうして魔物が住んでいるんでしょう?」
アティはふと首を傾げる。
ここは『破邪の洞窟』のはずで、そう考えると普通の魔物が出てくるのは奇妙だが。
「別に、魔物自体は邪悪な存在ではないからよ」
フローラが答えた。
地上に生きる生物、という点では人も魔物も動物も変わらない。
邪悪な魔力の影響を受けやすい性質や戦闘力の高さが嫌われる原因になっているのであって、魔物というカテゴリ自体に善悪はないのだ。
「もちろん、例外はあるけれど」
邪悪な魔力や暗黒闘気によって生まれる「常ならぬ生」の魔物達などだ。
「あるいは、この洞窟にいる魔物は洞窟自体の魔力が作り出した複製――洞窟内で生態系を築いているわけではなく、試練のために存在しているだけ、とする説もあるわ」
「……ちょっと、無限界廊を思い出しますね」
「何ですか、それ?」
「細かいところは違うんですが、ここと似たような迷宮です。そこでの試練も過酷なものでした」
入り組んだ通路に、強い力を持った各界の住人達。
奥へ進むほど厳しさを増す迷宮の試練に、アティと仲間達は大いに苦しめられ、結果として挑戦する前よりも強い力を得た。
「フローラ様、目標は何階でしょう?」
「二十五階よ。そこに強力な破邪呪文が眠っているから」
「その呪文とは……?」
記憶を探るようにしながらエイミが尋ねる。
フローラが答えたのは、エイミもアティも知らない呪文の名だった。
「ミナカトール。大破邪呪文と呼ばれる力よ」
☆ ☆ ☆
「やっ!」
「っ! ……いいぞ、もっと打ち込んで来い!」
復旧作業が続くカール城内の中庭。
片隅の一角に、剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。
――勇者ダイと、カール王国騎士団長ホルキンスの立ち合いである。
互いに獲物は鋼の剣だが、二人の気迫は訓練とは思えないほど。
傍で見守るバランもまた真剣にその戦いを観察している。
カールの騎士団長だけあって、ホルキンスの実力は確かなものだった。
幾多の強敵と戦い、力を磨いてきたダイとアバン流刀殺法を相手に一歩も引いていない。
大地斬が来れば、大地を強く踏みしめしっかりとした姿勢で受け止める。
海波斬の予兆を敏感に読み取り、一瞬早く殺界から逃れる。
空裂斬の物理攻撃力は彼にほど影響を与えられず、闘気へのダメージもまた最小限に抑えられてしまう。
そして、アバンストラッシュもまた。
「はああっ――
残念ながらネーミングセンスはないらしく、捻った名称は付けられていなかったが、薄く闘気を纏った刃がストラッシュを迎撃、相殺して弾いた。
同時に飛びのいた二人は、ふう、と息を吐いて剣を下ろす。
「すごいや、ホルキンスさん」
「それはこっちの台詞だ。その若さでその強さ。かのアバンが教えたという剣技も素晴らしい。しかも、まだまだ全力ではないというんだから敵わない」
苦笑してみせるホルキンスも、まだ余力を残して見える。
と、バランが低い声で言った。
「謙遜することはない。貴公の剣は磨き抜かれた技巧の剣だ」
「……貴方に評価されるのなら、俺も捨てたものではないのだろうな」
既にバランは素性を明かしている。
何かが違えば敵として剣を交えていたかもしれない二人は静かに見つめ合い、そして、動かなかった。
「俺の剣の基礎が何だかわかるか?」
「凝縮と解放、徹底した闘気量の管理による地力の高さ」
「……ははっ。僅かの間にそこまで見抜かれるとはな」
ホルキンスの笑いが「正解」だと示していた。
ダイが首を傾げて問う。
「えーっと、つまり、ホルキンスさんの剣は先生に似てるってこと……?」
「……恐ろしく大雑把に言えば、そうだ」
力の管理が上手い、という点においてだけだが。
アティの戦い方はどちらかというと引き出しの多さと思い切りの良さ――相手の想定を上回る策で隙を作り、一気に勝負を決めるのが本領。
対するホルキンスは基礎の技を必殺技にまで高め、誰が相手だろうと同じことをするタイプ。
彼と相対した敵は攻めあぐねた結果、攻撃のパターンを出し尽くし、気づけば負けている。
大技を持たないが故に、遠間から呪文を連発されたり、想定外の攻撃――例えば紋章閃などを放たれれば案外、脆いかもしれないが。
「彼の戦い方は私ともアティとも異なる部分がある。短期間に会得するのは困難だろうが、参考にはなるだろう」
「わかった。……ホルキンスさん、悪いけどもう一勝負いいかな?」
「ああ。……はは、やっぱり、若いっていうのは勢いがあるな」
その後、二人は結局三戦した。