新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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それぞれの決戦準備(後編)

「でええーーーいっ!」

「ふっ、そおらっ!」

 

 ぶんぶんと腕を振り回して飛び込んできたチウの頭を片手で掴む。

 あれ? という顔で制した彼を、ぽいっ、と適当に放り投げてやれば、どさっと音を立てて地面に転がった。

 と思ったら、武道着を身に着けた大ねずみはすぐさま跳ね起き、

 

「まだまだっ!」

 

 力強い瞳で再び突進を敢行してきた。

 威勢はいい。残念ながら経験と工夫が圧倒的に足りていないが。

 クロコダインは口元に笑みを浮かべつつ、チウの額に強烈なデコピンを放った。

 

「っ、痛ぁーーい!」

 

 額を抑え、ごろごろと転げまわるチウ。

 

「ふ、ふふふっ。はははっ!」

 

 なんだか無性におかしくなって声を上げれば、復活したチウがごろん、と身を起こして抗議してきた。

 

「ちょっと、酷いじゃないですかクロコダインさん! いくらぼくが見込みある二代目獣王だからって、ちょっとスパルタが過ぎると!」

「む、そ、そうか?」

 

 そもそも二代目獣王に任命した覚えもないが。

 同じ魔物のよしみか、自分に懐いてきたこの()()()を、なんだかクロコダインは放っておけないでいた。実力はともかく気骨のある若者であることには違いなく、そういう奴は嫌いじゃない。

 何より、今となっては汚名に近い『獣王』を継ごうなど、少し嬉しいものも感じてしまう。

 

「……だが、まあ。お前さんが獣王を名乗るのはまだまだ早いな」

「な、なんでですかっ?」

 

 何でもなにも、クリアしている条件の方が少ないが。

 

「子分がいない。一人で獣王を名乗っていても誰も信じてくれん」

「じゃあ、どうすればいいんですかぁ?」

 

 脊椎反射の如く聞いてくる彼にクロコダインは苦笑した。

 魔物は大抵、物事を深く考えない。

 ダイの育ての親だという老人は思慮深い人格者だそうだが、そういった者の方が稀である。

 ヒュンケルなら、きっと「少しは自分で考えろ」と突き放すところだろうが――少し考えて、懐から小さな笛を取り出した。

 

「これをやろう。『獣王の笛』というアイテムで、吹くと近くの魔物が寄ってくる。そして、勝てば子分になってくれる」

「そ、そんな凄いアイテムが!」

 

 目を輝かせ、ひったくるように笛を受け取るチウ。

 

「クロコダインさんもこれで部下を増やしたんですね!」

「まあ、最初の頃はな」

 

 部下が多くなるにつれて自然と集まるようになり、使わなくなっていった。

 

「いいか、チウ。いくら笛を使おうと、お前自身が弱ければ意味がない」

「……はあ」

 

 じゃあどうすればいいのか、と、今度は目で訴えられる。

 はあ、と、クロコダインはため息をつき、空に向けて渾身の必殺技を放ってみせる。

 

「獣王会心撃!」

 

 痛恨撃としていた名は少し前、バダックから提案されて改めた。

 闘気の渦を敵に叩きつけて大ダメージを与える技。彼はそれを維持したまま、逆の腕で()()()()()()を生み出した。

 

「獣王激烈掌!」

「お、おおおおおっ!」

 

 チウも男だ、こういうのは大好きらしく瞳が輝く。

 現金なものだと笑いながら技を収め、告げる。

 

「自分を鍛えろ。慢心は怪我の元だ。上には上がいるのを忘れるな」

「クロコダインさんでも、ですか?」

「オレより強い奴は幾らでもいる。アティやダイ、バランはもちろん、ヒュンケルやマァム、ポップとだって一騎打ちでは勝てるかわからん」

「えぇー、天下の獣王がポップに負けるってどうなんですか?」

「獣王の名は捨てた」

 

 だが、心は青空同様に晴れ渡っている。

 

「お前も筋は悪くない。形から入るのを止めて、自分に使いやすい技を探したらどうだ? そうだな――体当たりもいい。どうしてもパンチで勝負したいなら、小さい身体を生かして懐に入り込んでからにしろ」

「でも格好――」

「悪くても、死に物狂いで戦え。格好のいい男とはそういうものだ」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 剣が空を切り、槍の穂先が胸を強かに打った。

 

「勝負ありだな」

「……ああ」

 

 ヒュンケルは息を吐いて練習用の剣を下ろした。

 同時に稽古相手――ラーハルトもまた、先端を丸く潰した鉄の槍をだらりと下げる。

 二人は似通った、つまらなそうな顔をしていた。

 

「三勝三敗」

「二勝以上の差はなかなか付かないものだな」

 

 二人はいずれもストイックな戦士であるが、スタイルはかなり異なる。

 ヒュンケルが一撃の威力を重視するのに対し、ラーハルトは恐ろしいまでのスピードと針穴を通す技巧を駆使して戦うタイプ。

 ラーハルトがヒュンケルの攻撃をかわしきるか、それとも一撃食らって押し切られるか、わかりやすい勝負になりやすかった。

 実力は拮抗していると言っていいのだろうが。

 

「そんな体たらくでどうする、ヒュンケル」

 

 ラーハルトは鋭い目つきで槍を突き付けてくる。

 

「貴様はダイ様と肩を並べて戦うのだろう。オレくらい軽く倒せなくてどうする」

「謙遜するな、ラーハルト。お前は強い。お前なら、超硬騎団のシグマ相手でも速度で圧倒できる」

 

 ヒュンケルは淡々と答えた。

 事実、ラーハルトは強い。初めての対戦で勝ちを拾えたのも幸運あってのことだった。

 しかも、今の彼はあの時よりも更に強くなっている。

 バランの命で魔王軍の戦力を削ぎながら、己を鍛えることも忘れていなかったのだろう。

 

 だが、宿敵にして戦友はそんな言葉では誤魔化されなかった。

 

「ダイ様だけではない。バラン様や、アティ様もだ」

「………」

 

 黙ったまま睨めば、ラーハルトは気にした様子もなく続けた。

 

「アティ様は素晴らしい方だ。オレはソアラ様と直接会ったことはない――だが、きっと、こういう方だったのだろう、と、彼女を見ているとそう思える」

「……アティは、アルキード王女ソアラとは別人だ」

「わかっている。だが、バラン様は間違いなくアティ様に惹かれている」

 

 それは、ヒュンケルも気づいていた。

 当のアティはいつも通り――出会った頃のヒュンケルにしたのと同じような対応を続けているが、バランが一度、己の気持ちを口にすれば話は変わってくるだろう。

 

「ヒュンケル、貴様、迷っているのではないか?」

「―――」

 

 まさか、竜騎衆で最もストイックな男が色恋の話とは。

 内心で苦笑しながらもヒュンケルは首を振った。

 

「迷いなどない」

「本当か?」

「ああ。俺にアティと添い遂げる資格などない。バランが求めるというのなら好きにすればいい」

 

 だが、と。

 驚くラーハルトに剣を突き付け、静かに告げた。

 

「あの人を泣かせるようなことがあれば容赦はしない。そう、バランにも伝えておけ」

 

 息を呑んだラーハルトは真剣な表情となり、槍を構えて地面を蹴った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 マトリフの棲み処がある島で、ポップは呪文の修行を繰り返していた。

 瞑想に始まり、呪文を素早く繰り出す練習、最大威力を上げる特訓、魔法力そのものを放出する修行等々、その中身は多岐に及んだ。

 中には森を駆けまわり、小さな呪文を放ちながら身体を鍛えるようなメニューもあった。

 

 ――デルムリン島でアバンに教わっていた時より数段、濃い内容。

 

 ポップがダイと同じコースを受講していたら、ひょっとするとこれくらいのことはやらされたのかもしれないが。

 

「……メドローアは使わねぇのか?」

 

 一通りの修行を終えたポップの背に、師マトリフの声がかかった。

 気配に気づいていたポップは驚きを示すことなく振り返って答えた。

 

「いや、今日の分の修行は終わらせた。あれは一日に何度も使えるもんじゃねえからな」

 

 極大消滅呪文(メドローア)とは師マトリフが編み出した究極の呪文だ。

 メラ系とヒャド系の極大呪文、つまり到達点にあたる術であり、両系統のエネルギーを最高レベルの状態でかけ合わせてスパークさせ、何者をも消滅させる力を生み出す。

 相手が大魔王であろうとオリハルコン製の兵士であろうと一発で消し飛ばすことができるが、欠点として燃費がすこぶる悪い。

 メラゾーマ数発分を優に消費するものだから、修行でぽんぽん使えるものではなかった。

 勘を鈍らせないため、準備時間を少しでも短縮するために一日一発、朝イチでぶっ放す、とポップなりのルールを作っていた。

 

「オリハルコンの敵が出たってのに随分、悠長じゃねえか」

「別に、奴らに通用するのはメドローアだけじゃねえからな」

「……何?」

 

 弟子の言葉が意外だったのか、マトリフが眉を顰めた。

 対するポップは「師匠だってわかってるだろ?」と飄々とした表情で言う。

 

「別にあいつらは呪文が効かないわけじゃねえ。単に硬すぎるから並の呪文じゃ効果がないだけだ。これはダイの竜闘気やヒュンケル達の鎧だって同じだろ」

「分かってやがったか」

 

 渋々、といったようにマトリフは頷いた。

 

「だが、それを知ってどうなる? 『効かない』のと『結果的に効かない』のは大違いだが、相手の防御力を上回れなきゃ結果的に一緒だぜ」

「だから、上回りゃいいんだろ?」

 

 ぴっ、と、指をその辺りの岩に向けると閃熱呪文(ギラ)を唱える。

 ギリギリまで収束された熱は岩に細い穴を開けて向こう側まで通り抜けた。

 

「同じように防御力が高い超魔生物で実証済みだ。威力を集めりゃ多少は効く」

 

 初級呪文ならともかく、中級以降で同じことをするのは骨だが。

 

「後は重圧呪文(ベタン)だな。やっぱ師匠の呪文は凄えよ」

「……マホカンタを使う敵と当たったのか?」

 

 マトリフの問いに、ポップは己の見解が間違っていなかったことを悟る。

 

「ああ。ベタンは、呪文を反射する敵にこそ有効だろ?」

「……ああ」

 

 マホカンタによる呪文反射は己や仲間を包む形で展開される。

 つまり、使った端から反射されているわけではなく、反射防護壁に当たった呪文が返ってきているということ。

 

 ――なら、威力が『場』にかかるベタンは反射しきれない。

 

 超硬騎団シグマのシャハルの鏡なら猶更だ。

 鏡にかかる分の重圧は返ってくるかもしれないが、空間や地面にかかった負荷はそのまま残る。

 硬い上にすばしっこい奴らの弱点の一つは『体重』。

 ベタンによる重圧はまさにうってつけの攻撃だ。

 

「へへ。俺だって色々考えてるんだ。こりゃ師匠を超えちまう日も近いかな?」

「言いやがったな若造が。俺に魔法力勝負で勝ったこともない癖に」

 

 睨み合った師弟はしばしそのまま動かず、

 

「俺の秘蔵のエロ本でも見せてやろうかと思ったが、ガキにはまだ早いか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ師匠! そりゃねえだろ、そんなもんがあるなら見せてくれよ!」

「へっ、さっきまでの威勢はどこに行きやがった。なら、女教師ものとお姫様もののどっちが――」

「女教師!」

 

 あっという間に空気を弛緩させ、洞穴の中に消えていった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……どうやら、この階が最後になりそうね」

「……ええ」

 

 必死に息を整えながら、アティはフローラの声に答えた。

 地下三十二階。

 目的のミナカトールを得てなおも攻略を続けた一行は、下へ行くごとに厳しくなる試練に疲れ切っていた。

 

 持ってきた古文書をメルルが読み解き、占いとマッピングを併用しつつ道を示す。

 消耗を比較的考慮しなくて済むアティが魔物を蹴散らし道を切り開く。

 フローラは周囲を警戒し、罠の予兆や挟撃の可能性を探る。時にはアティの知恵を借りて潜在的な危機を減らした。

 マァムは状況に応じて殿と前衛を行き来し、敵の数が多い時はエイミが呪文で一掃する。

 

 時間に余裕があることも手伝い、各階に眠る破邪呪文は極力契約した。

 お陰で思ったよりも浅い階層で時間切れが迫っていたが。

 

「でも、先生の機転がなかったらここまで来れなかったわ」

「いいえ、皆のお陰ですよ」

 

 手に入れた各種呪文が下の階の攻略に役立ったのも事実だ。

 棘の罠や熱い溶岩をトラマナで乗り越え、近道を塞ぐ扉をアバカムで開き、ミミックの化けた宝箱をインパスで見分け、呪文契約の際にアティ不在で手薄になるのをマホカトールで結界を張ってカバーした。

 長柄のハンマースピアは広い場所の防衛に役立ったし、時にはエイミに魔弾銃を貸して援護してもらうこともあった。

 即席パーティの連携も徐々に良くなり、アティのお手軽料理で気分と胃袋を満たしたりもした。

 

 それでも、破邪の洞窟の試練は厳しかった。

 地下三十階にドラゴンがうじゃうじゃうろついているのを見たときは真剣に帰還を検討したが、行けるところまでは行こう、と挑戦を続行。

 気を抜いた瞬間に襲い掛かる罠、息をついた途端に現れる敵に疲労は溜まっていき、迷宮自体もどんどん複雑さを増していったために攻略時間さえ増えていった。

 

 一本二十四時間の蝋燭、七本目が今、尽きようとしている。

 前後から襲い掛かってくる悪魔型モンスターを見やり、アティは叫んだ。

 

「突破します!」

 

 一声で全員が反応、後方を無視して前に向き直る。

 蒼い輝きが一瞬強くなり、『果てしなき蒼』の一閃で魔物の群れが蹴散らされる。

 一斉に地面を蹴った。

 

「イオラ!」

 

 後方から追いすがる敵をエイミが牽制し、必死に走る。

 走って走って、時折メルルが直感で道を指示し、ようやく行き着いた先には、これまで三十一回見てきた豪華な扉があった。

 アティ以外の四人は無言で数歩離れ、アティが扉を開ける。

 罠はなかった。

 

 駆け込み扉を閉じると、同時に部屋の四隅から邪悪な気配。

 しかし、魔物が実体化を終えるまでには、既にチョークで描かれた五芒星が完成していた。

 

「マホカトール!」

 

 アティとエイミの声が重なる。

 できる限りの魔力が注ぎ込まれた破邪の結界は、襲い来る魔物達の行く手を阻んだ。

 すかさずマァムが前に出て、怯んだ敵を薙ぎ払う。

 

「先生!」

「はい!」

 

 契約地点に駆け寄ったアティは、傍らの石板に書かれた文字を素早く読み取り――息を呑んだ。

 地下三十二階に眠っていた呪文は、使いこなすことができれば非常に強力な――下手をすればミナカトールすら上回るかもしれないほどに特殊なものだった。

 軽く息を吸い込み、一歩踏み出す。

 お守りを求めるように、両手が胸の奥にしまったアバンのしるしと、ポーチの中のサモナイト石を探っていた。




※独自要素が増えました。
 破邪の洞窟にミナカトール以上の呪文はない、という原作の記述に反することにはなりますが、アバンが修得できなかったから省かれた、という設定でとある呪文を追加しようと思います。

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