新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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死の大地の罠

「やっぱり、この格好の方が落ち着きますね……」

 

 レオナから貰った家庭教師ルックに身を包み、アティは微笑みを浮かべた。

 カールの法衣も美しいが、人前で着るには勇気が要る。

 

「私も、こっちの方が動きやすいです」

 

 同じく元の衣装に着替えたマァムがひらりと一回転した。

 相変わらずの二人にメルルがくすりと笑い、自身の占い師ルックをもう一度確認する。

 

「では、アティさん」

「はい、行きましょう」

 

 パプニカ城内。

 レオナの厚意で借りられた更衣室を出て、アティ達は広間へ向かった。

 そこでは、ダイやポップ、ヒュンケル、クロコダインといった仲間達の他、レオナ、先に着替えを終えたエイミ、他兵士達など多くの姿があった。

 フローラは一度カールに戻ったため、これで全員集合といえる。

 

「お、やっと来た。ったくよう、女ときたら支度が長いのなんの……」

「先生、おかえり! 修行は上手くいったんだろ? 話、聞かせてよ」

 

 まず真っ先に駆け寄ってきたのはダイとポップだ。

 お互いの話を済ませたくてうずうずした様子の二人に笑いかけ、頷く。

 

「はい。過酷な試練でしたが、大きな収穫を得られました。きっとみんなの役に立てると思います」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 地下三十二階の契約を済ませた後、アティ達は即座に帰還を選択した。

 帰還呪文(リレミト)で入り口へ戻り、フローラをカールの城まで送った後、ルーラでパプニカに移動。

 本当ならそこで出迎えを受けても良かったのだが、主にレオナから待ったが入った。

 

『駄目よ! アティ達は疲れてるんだから、まずはお風呂と着替え! いいわね!』

 

 姫の威厳を感じさせる(?)指示にダイもポップも驚いていたが、正直なところアティ達としても有り難かった。

 いくら法衣で抑えていても、やっぱり匂いや汚れが気になったからだ。

 一週間ぶりの入浴を堪能し、全身くまなく洗って着替えまで済ませた後、ようやく合流となったわけである。

 

「へえ。じゃあ、いっちゃん強い呪文はそのミナカトールなのか」

「ええ」

 

 最も強い破邪呪文という意味では二十五階のミナカトールとなる。

 以降は呪文の力を増幅する方法であったり、聖なる力を持った石を精製する方法であったり、別の形で聖なる力を取り入れる術が教えられていた。

 半ば予想していたことだったが、マァムの持つ魔弾銃の弾頭もこの応用で作れるそうだ。

 ということは、アバンはかつてもあの洞窟に入り、そこそこ下の階まで進んでいたことになる。一人の方が身軽とはいえ、よくもまあ頑張ったものである。

 

「正確にはもう一つ、三十二階で手に入れた呪文がありますが――使いどころがあるかはわかりません」

「使いづらい呪文なの?」

 

 ダイの問いにアティは「はい」と答えた。

 最後に手に入れた「とある呪文」は正確に言うと破邪をなす呪文ではない。それどころか、本来は人の用いる術ですらない。

 神々や妖精が用いるべき大呪文であり、ミナカトールとは別の意味で使用条件が厳しい。

 

「一応、覚えられましたが……人の身で契約を為したのは私が初めてだそうです」

「凄いじゃない!」

 

 どんな呪文なのかとレオナが目を輝かせるも、アティは苦笑して濁した。

 

「たまたま適性があっただけですよ。魔法力の消費も激しいので、本当に、使わないならその方がいい呪文なんです」

「……そうだな」

 

 厳かに頷いたのはヒュンケル。

 見れば、バランも腕組みしたまま難しい顔をしていた。

 

「大呪文は反動も大きい。生きるか死ぬかの状況でもない限りは温存しておけ」

「ええ、わかっています」

 

 破邪の洞窟における戦果の後は、他の面々の修行結果の話になった。

 一朝一夕で目覚ましいパワーアップとはいかないまでも、各々、努力を重ねて実力の底上げを図っていたようだ。

 特にダイとポップは先人に師事することで己の戦い方を大きく見直した。

 

「次の戦いは死の大地――敵地になります。悔いはありませんか?」

「もちろん」

 

 ダイが力強く頷く。

 ヒュンケルやクロコダイン、バランは言わずもがな。チウが後ろの方で「ぼくもぼくも!」と言っているのは頼もしいが、いったん置いておくとして。

 チウの傍にゴースト君らしき布袋がいるが、それもいいとして。

 

「……いつかは行かなきゃいけねえんだ。それが明日だろうと、全力を尽くす」

 

 ポップが大きく息を吐いて顔を上げた。

 アティは、彼の手が震えているのに気づいた上で指摘するのを思い留まる。

 少年自身が自嘲気味に笑みを浮かべたからだ。

 

「ただの武器屋の息子が魔王退治だぜ? 驚きだよな」

「そんなことありません」

 

 敢えて強めに告げて首を振った。

 目を丸くするポップに、ダイ達からも言葉が飛ぶ。

 

「ああ。ポップはおれの親友だ」

「あなたがいなかったら誰が作戦を立てるの? ……期待してるのよ、これでも」

「ポップ、自信を持て。お前は立派なアバンの使徒だ」

「ね?」

 

 もはやアティが言葉を尽くす必要はなかった。

 

「……ありがとよ、みんな」

 

 少年が俯き、こぼれる涙を隠そうとする。

 誰もがそれに気づいていたが、指摘する者は誰もいなかった。

 

 

 

 意外な声が聞こえたのは、話があらかた終わった頃だった。

 

「……さて、そろそろいいか?」

 

 コツコツと靴音を響かせ歩いてきたのは長身の魔族。

 兵士達には既に話が通っているのか、誰何の声が上がることはない。

 それもそのはず。

 

「ロン・ベルクさん」

「剣の仕組みを逆用されたらしいな。とんだ知恵者がいたようだが――心を折っていないようで安心した」

「……もちろんです」

 

 鋭い眼光の裏にある熱意と誇りを見逃しはしない。

 アティも真剣な表情で彼を見つめ返した。

 

「勝てなかったのは『果てしなき蒼』のせいじゃありません。私がまだまだ弱いからです。足りないのなら努力で、知恵で、補えばいい」

「いい心がけだ」

 

 ロンは満足そうに笑うとダイ達を振り返った。

 

「お前達も同じだな?」

「うん」

 

 代表してダイが答えた。

 

「いいだろう」

 

 合図が出され、それに従って数名の兵士達が何やら包みを運び込んでくる。

 細長いものが多く、それを見る限り。

 

「……武器が、こんなに」

 

 しかも、わざわざ彼が持ってきたということは。

 

「必要だろうと思ってな」

「それは、はい。製作をお願いしてはいましたが……」

 

 ベンガーナ防衛戦で倒した三体の大鎧。

 鎧の魔剣と同じ材質である奴らの残骸を回収し「溶かして武器に変えて欲しい」と依頼を出していた。

 決戦に向けてマァムのハンマースピアを新調できれば、というつもりだったのだが、驚くべきことにパーティ全員分の装備がありそうだ。

 

 ダイには新しい剣の鞘。

 ポップには変形や伸縮が可能な魔杖・ブラックロッド。

 ヒュンケルは修行の間に鎧の魔剣を預けていたようで、改造されたそれを確かめている。

 クロコダインには、バギ系の他にメラ系とイオ系を用いることのできる「グレイトアックス」が贈られている。

 

「では、残ったものが……」

「お前とマァム、それからバラン用だ」

「………」

 

 バランは複雑な表情を浮かべたものの、結局は「頂こう」と短く礼を述べた。

 

「ありがとうございます、ロン・ベルクさん」

「礼はいい。興が乗っただけだ。代わりに、光魔の杖を必ず折ってこい」

「はい。お約束します」

 

 マァムの分は長柄の多機能棍。

 ハンマースピアをベースに、植物の蔦に似た装飾が複雑に絡まり合っている。

 

「名を魔装棍という」

「……魔装棍」

 

 新たな相棒を手にしたマァムが息を呑む。

 名前から察するものがあったのか、彼女は棍を掲げて唱えた。

 

鎧化(アムド)

 

 絡まり合っていた装飾が解け、マァムの身体に巻き付いていく。

 腕、脚、胸、腰――要所をしっかりと装甲が覆い、それでいて鈍重にならないよう、厚みは必要最低限に抑えられている。

 右腕の甲だけが厚く特殊な形状をしているのは、何か他にも機能があるからだろうか。

 

「……素晴らしい武器だわ」

「俺は納得のいくものしか作らん」

 

 残るアティとバランの装備はどちらも小さな包みだった。

 武器ではなく装飾品。

 製作者が同じだからか、どことなく意匠の似通ったそれらは、既に装備の固まっている二人に向けて魔界の名工が考えた新たなる力だった。

 

「輝光環と竜牙甲だ。気に入らないなら使わなくても構わんが」

「……いいえ」

 

 アティは首を振ると、すぐさま己の分――輝光環を身に着けた。

 小さな宝玉のついた金属製のチョーカーは、アティの装備を邪魔することなく首元で輝いた。

 

「……なあ、あれって『お前は俺のもの』っていう意味あいたっ!?」

「話をややこしくするなっ!」

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 程なく、カールからフローラが到着。

 一段と頼もしくなった勇者一行と共に死の大地行きの調査計画が組まれた。

 

「……やっぱり、アティ達に行ってもらうしかないか」

「……そうね」

 

 両女傑の判断は一致。

 何があるかわからない以上、精鋭を送るのが前提。

 足元が悪く寒い場所ということを考慮すれば、軍として組織するのは愚策。

 となれば応用が利き、連携の取れる勇者一行が最良の駒だ。

 

「いい、アティ。ダイ君。今回は調査! もし敵の本拠を見つけても、絶対に深追いしちゃ駄目よ! 位置と出入口だけ確認したら一回帰ってきなさい!」

「わかりました」

「うん、約束するよ」

 

 メンバーはアティ、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル、クロコダインにバラン。

 

「あれ、誰か忘れてませんか?」

「チウ君はお留守番をお願いしますね」

「えぇー……」

 

 などという一幕もあったが、ともあれ、調査隊は翌々日の朝に出発した。

 できるだけ近い陸地までルーラで飛んでから、あらためてトベルーラやクロコダインのガルーダで移動する。

 全員、あらかじめ防寒具と食料は準備済みだ。

 アティは『抜剣』は状態を維持。

 

 空の旅は順調。

 迎撃が来ることもなく、氷の大地が見えてきた。

 

「いったん降ります」

「ああ」

 

 降り立った『死の大地』は噂通り、氷以外何もない場所だった。

 生物の気配はなく、不気味なほどの静けさに包まれている。

 そそり立つ氷山もあるため視界は良好とは言えないが、あからさまに巨大な城がでん、とある、なんていう馬鹿なことだけはないとわかった。

 

「やっぱり、下か――あるいは氷山の中が怪しいですね」

「一発メドローアをぶち込んでみるか?」

 

 半ば本気らしいポップの問いにはバランが難色を示した。

 

「やるなら最低限当たりをつけてからにしろ。消耗したところを狙われたら元も子もない」

「……確かに」

 

 渋々頷いたポップは気を取り直し、氷で埋め尽くされた大地を見やった。

 

「じゃあ、ひとまずは固まって歩いてみるっきゃねえな」

 

 散開するのも危険と判断し、一塊になって進む。

 探すといってもさしたる手掛かりもない。漠然と「それっぽいもの」を探すしかない状況ではあるが、とはいえ大魔王の本拠ともなれば城か宮殿、あるいは迷宮のようなものと考えられる。

 いずれにせよ一定以上の規模があるだろうから、見るべきは大きなもの、ということになる。

 

 大きめの氷を見たらメラ系呪文で溶かして確認。

 周囲を警戒しつつ進んだ結果――数時間が経ってもなお、手掛かりは何も得られなかった。

 

「……敵が現れる様子もないな」

 

 ヒュンケルが呟いた。

 クロコダインが唸るように答える。

 

「こちらが疲れるのを待っているのか、あるいは全くの見当違いか」

「いや、本拠を隠すのにこれ以上の場所はないはずだ」

 

 死の大地は意外に広い。

 何もなさすぎてマッピングのしようがないことも手伝い、調査は難航した。

 念のために上から見てみてもやはり、あるのは氷、氷、氷。

 

「やっぱり下じゃねえか?」

「……可能性は高いですね」

 

 これまでの結果からアティもポップに同意する。

 空間が捻じ曲げられてでもいない限り、一番スマートな回答がそれなのだ。

 仲間達を見渡し、誰にも異論がないのを確認すると、決行を決める。

 

「皆は少し離れていてください」

 

 怖いのは「敵の本拠は確かにあったけど、全体にマホカンタがかかっていました」という結果。

 よって、上空から大地に向けてメドローアを打ち込むことにする。

 ポップを運ぶために彼の腰を抱きかかえようとしたところで、バランが「私がやろう」と制止した。

 

「でも」

「ここは私に従え、アティ」

「……わかりました」

 

 有無を言わさぬ迫力に頷き、ポップを任せる。

 上空に浮かんだ少年が手に炎と氷を生み出し、掛け合わせて超エネルギーを生み出す。

 バチバチとスパークする光を矢の形に束ね――。

 

極大消滅呪文(メドローア)!」

 

 果たして、氷の大地が消滅した先に――見えた。

 

「……あった」

 

 大地の厚さのせいか、破壊するには至らなかったが。

 白い外壁を持つ『何か』の一部が確かに露出している。

 

「っし、後は直接――」

「待ってもらおうか」

「っ!?」

 

 声が聞こえた。

 いつの間にか、大地の一方から複数の影が近づいてきている。

 

「ハドラー!」

「全員揃ってよく来たな、アバンの使徒」

 

 五体の超硬騎団を従えた超魔生物ハドラーが眼光鋭く一行を睨んだ。

 

「さあ、再び雌雄を決しようではないか!」

 

 やはり、死の大地には罠が待ち受けていた。

 敵の本拠を見つけた途端に現れた、最強の軍団――。

 

 受けるか、逃げるか。

 勇者達は究極の選択を迫られようとしていた。


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