新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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勇者の家庭教師(中編)

「おれを勇者に……?」

 

 謎の男――アバンの申し出に、声を上げるダイ。

 戸惑い、悩んでいる様子ではあったが、彼の目は言っていた。

 

 勇者になりたい、と。

 

「先生」

 

 窺うように見上げてくる少年に、アティは微笑んで答えた。

 

「うん。ダイ君のしたいようにしていいんだよ?」

「……うん!」

 

 彼なりに、アティに気を遣ってくれたのだろう。

 ぱっと顔を輝かせたダイはアバンを見上げた。

 

「おれを鍛えて下さい! 魔王を倒すためにっ!!」

「……よろしい」

 

 アバンは眼鏡の奥からダイの瞳を見据え、頷いた。

 

 勇者の家庭教師アバン。

 島の異変を独力で解決してしまったことといい、彼の実力は確かだ。

 そんな男がダイを生徒にしたいという。

 

 そのことに、アティは複雑ながら誇らしいものを覚え。

 

「では、この契約書にサインを」

 

 懐から別の巻物を取り出す男の姿に、一抹の不安を覚えた。

 

  ☆   ☆   ☆

 

「アティ殿、と仰いましたか」

 

 ダイがたどたどしい手つきで契約書にサインをした後。

 満足そうに契約書をしまったアバンは、アティへと視線を向けてきた。

 

「まさかダイ君に先任の家庭教師がいたとは驚きました」

「私も、旅の家庭教師さんに会ったのは初めてです」

 

 アティの抱くアバンへの感情は純粋な尊敬だ。

 

 ――自分にできないことをした。

 

 しかもそれが人助けだというのなら、彼を認めない理由などない。

 

「よろしいのですか? 私が彼を取ってしまって」

「もちろんです」

 

 頷く。

 

「私にできるのは簡単な授業くらいですから。ちゃんとした先生に教えてもらえるなら、その方がいいじゃないですか」

 

 むしろ自分も教えて欲しいくらいだと微笑むと。

 

「ふむ。……では、どうでしょう? 貴女も一緒に勉強しませんか?」

「いいんですか?」

「もちろん」

 

 アバンはにっと笑って指を立てた。

 

「要は役割分担です。私が来たからといって、何も貴女が離れる必要はない。せっかく教師が二人いるのですから、我々も教え合いましょう」

「それは、いいですね」

 

 自然と、アティは温かい気持ちを抱いていた。

 どうやらこのアバンという男には人を惹きつける魅力があるらしい。飄々とした態度は人の毒気を抜き、安心させるための方便でもあるのだろう。

 

 二人はどちらからともなく手を差し出すと握手を交わした。

 

「アティと申します」

「アバンです。よろしく、アティ殿」

 

 微笑みあう二人をダイは眩しそうに見つめていたが、やがて傍らの少年に目を向ける。

 どこか悪ガキといった雰囲気のある少年はダイの視線に肩を竦めてみせた。

 

「俺達も握手するか?」

「えっと……」

「おっと」

 

 アティとの握手を終えたアバンがくるりと振り向いて少年の肩を抱いた。

 

「これは弟子のポップ。現在、魔法の修行中であります」

「ポップは魔法使いになりたいのか」

 

 ははあ、と頷くダイ。

 それをどういう風に受け取ったか、ポップ少年は顔をしかめた。

 

「なんだよ。悪いか?」

「いや。凄いな、って思って」

「………」

 

 ポップが「なんだこいつ」という目になった。

 

 と、その時。

 アティは空の上に翼の羽ばたく音を聞いた。

 

 顔を上げた時には、アバンもまた空を見上げている。

 

「何?」

「ガーゴイル、ですね」

 

 鳥と人の合いの子のような魔物だ。

 全部で二匹。

 それぞれ右手に剣を握っており、凶悪な目つきで地上のアティ達を睨んでいる。

 

「人間だ! 人間がいたぞ!!」

「殺せ殺せ!!」

 

 直後、彼らはマホカトール――光の結界に阻まれて悲鳴を上げた。

 どうやら内側の魔物は沈静化させ、外の魔物は入れさせない効果があるらしい。アバンとポップはそれを当然のように受け入れていた。

 

「どうやら魔王の偵察隊のようですね」

 

 アバンは何気なく言い、ポップの背を押した。

 

「あいつらをやっつけちゃってください」

「ええ。俺一人でですかぁ?」

「その通り。私はマホカトールを使ってベリーベリー疲れているのです」

「ちぇー。ずりぃな先生」

 

 などという気の抜けるやり取りの後、ポップが一人、結界の淵に立つ。

 ちらりと視線を向ければ、アバンは涼しい顔をして弟子の様子を見守っていた。

 

 ――大丈夫、ってことですね。

 

 彼の保証に頷き、アティは様子を見守る。

 

「おいカラス野郎! おれが相手してやるから降りてこいっ!」

「このガキがあっ! 笑わせるなーー!」

 

 一歩、ポップが結界から出た途端、ガーゴイルの片方が襲い掛かる。

 対する少年は慌てず騒がず、腰に着けていた小型の杖を手に取ると、ガーゴイルに向けて。

 

火炎呪文(メラゾーマ)!」

 

 杖の先に嵌まった魔法石から、特大の炎が噴き出した。

 火炎系の最高位呪文はあっという間にガーゴイルを包み、黒焦げにして地面へ落とした。当人も見ていた者達もアクションを起こせないうちに、ガーゴイルは死んだ。

 

 ――やっぱり、消えないんですね……。

 

 この世界で魔物が、否、生き物が死ぬのを見るのは初めてだった。

 人でも獣でもない者の死は久しぶりだ。リィンバウムの召喚獣は、力尽きると元いた世界に送還される。戻れなくなった『はぐれ』という例外はあるものの、召喚獣が「死ぬ」ことはそう多くない。

 しかし、この世界の魔物は召喚獣とは違う。そのことをあらためて実感する。

 

 魔王が起こしたのは、人と魔物の戦争なのだ。

 

「貴様、よくも――クワァアアッ、マホトーン!!」

「!?」

 

 アティが葛藤する間に、もう一匹のガーゴイルが動いていた。

 放たれた呪文はポップを直撃。身体には何の傷もなかったものの、少年は泡を食ったような表情を浮かべる。ぱくぱくと口を開けては閉じているところを見るに、呪文が唱えられなくなったようだ。

 マホトーンは呪文を封じる呪文である。

 

「未熟ですねぇ。ガーゴイルの特徴は教えたでしょう?」

 

 そんなことを言っている場合ではない。

 と、アティが飛び出そうとした時。

 

「なら、おれが相手だ!」

 

 先んじて、ダイが結界から飛び出していた。

 

「なんだこのチビはっ!」

 

 ガーゴイルが振り向き、ダイに向けて剣を振るう。

 呪文を封じられたポップなど後回しでいい、という判断だろう。それ自体は正しいかもしれないが、彼は絶望的に運が無かった。

 

 ――金属音が響き、長剣が小さなナイフに止められる。

 

 目をみはるガーゴイル。

 レオナからの貰い物、パプニカのナイフを手にしたダイは息を吐いて剣を払うと、もう一方の手でガーゴイルの腹に拳を見舞う。

 膝を折り、腹を押さえる魔物。

 その隙を少年は見逃さない。

 

「よしっ」

 

 追撃をかけるかと思えば勢い良く横っ飛び。

 ナイフを鞘にしまうと同時、手にしたのは、ポップのメラゾーマで死んだガーゴイルの剣だった。

 

「こいつっ!」

 

 再びガーゴイルが肉薄するも、その時にはダイも長剣を構えている。

 両手で柄を握り、胸の前で構える姿勢は剣の基本。

 

 ――異世界リィンバウムの帝国式実戦剣術に、『剣道』という別の異世界の剣を取り入れたアティの剣、その一端。

 

 上段から振り下ろされた長剣を、ダイは臆することなくギリギリでかわした。

 

「……何!?」

「たああああっ!!」

 

 一閃。

 繰り出された一撃は同じく上段。

 しかし、その鋭さと勢いは少年の剣の方が数段上で。

 

「……これは」

 

 アバンの呟きとほぼ同時、ガーゴイルが背にしていた海が割れる。

 

「な……なあっ!?」

 

 遅れるようにして、ガーゴイルの身体が二つに両断された。

 優れた料理人は、捌かれたことを魚に感づかせない、という逸話を思い起こさせるような、会心の一撃。

 

 こうして島の危機は本当に去り、アティ達はアバンとポップという、珍妙な師弟を受け入れることになった。

 

  ☆   ☆   ☆

 

 島から出たかと思ったら客人を連れてきたアティ達に、ブラスは目を白黒させていた。

 

「なんというか……不思議なこともあるものじゃ」

 

 色々と小言を言いたかっただろうが、アバンのマホカトールにより島の邪気は払われている。島の魔物達もすっかり大人しくなり、皆で倒れた木やえぐれた土を直しているくらいだったので、受け入れざるを得なかった様子。

 

「はっはっは。私など単なる家庭教師に過ぎませんよ」

「正直、アティ殿以外に『家庭教師』などという御仁がいることが驚きですじゃ」

 

 ジト目のブラスを相手に、アバンは「ははは」となおも笑っていた。

 

 ――アバンとポップが島にやってきた翌日の夜のことである。

 

 この日から、ダイを中心としたアバンの修行は始まっていた。

 

『ダイ君にはズバリ! 一週間で勇者になれる特別(スペシャル)ハードコースを受けてもらいます』

 

 端的に言って、アバンの宣言した授業予定は無茶だった。

 教師の端くれであり、その前は軍人であったアティがそう思うのだから相当である。ぶっちゃけた話、常識的に考えて一週間で勇者になれるわけがない。

 なれるとしたら、素質がある者が尋常じゃない訓練を課され、それをこなした場合だけだ。

 

 ――つまり、まあ、そういうことなのだろう。

 

 笑顔のアバンが眼鏡の奥で真剣な目つきをしていたことから、アティはそう感じた。

 

『じゃあ、私もダイ君と同じメニューをお願いします』

 

 教え子が受けるなら自分も、と志願すると、兄弟子ということになるポップは自殺志願者でも見るような顔をしていたが。

 結局、ダイとアティは通常コースを受けるポップをよそに、特別(スペシャル)ハードコースを始めた。

 

 早朝から大きな石をくくりつけての全力ダッシュに、それが終わったかと思えば「ただの剣で大岩を割れ」という指示。

 ここまでが特別メニューであり、さしたる休みもなく通常の授業に突入。

 剣術と格闘技の訓練をみっちり行い、昼食を挟んで魔法や魔物に関する座学、瞑想を経て魔法の特訓と続く。

 そして、ようやく終わったかと思えば夕方に特別メニューが再び入った。

 

「アティ殿。お身体は大丈夫ですか?」

「……あはは。はい、さすがにあちこち痛いですけど」

 

 ダイとポップがねぐらでいびきをかく中、大人達は焚火を囲んで歓談中。

 アティはアバンの問いに苦笑し、腕を軽く回してみせた。回復呪文(ホイミ)で治せるだけ治したので、今の痛みは錯覚、あるいは成長による痛みだ。

 

「……大したものです。成熟してなお、それだけの向上心を表せる姿勢。ダイ君の強さも納得がいくというもの」

 

 アバンの声は常通り穏やかだが、その顔つきはやや真剣なものになっている。

 子供達のいない場所だからか、会話のモードを切り替えているのだろう。

 

「私こそ、アバンさんに教わることばかりです。まだまだこんなに、できることがあったなんて……」

 

 アティは微笑んで首を振った。

 アバンの教えは軍学校時代の教師とも、アティが恩師と仰ぐ老人のものとも全く違った。人当たりのいい言動と当人の強さをもって無茶を押し通す強引さと、それでいて無理な課題は出さない見極めの良さ。個人の強さと、教える技術の両立が生み出す独自のスタイルがそこにあった。

 この世界の知識が足りていないことも含め、まだまだだと痛感させられる。

 

「貴女がそう仰るのは謙遜が過ぎるというものですよ」

「……そうでしょうか?」

「ええ。貴女の剣は、純粋な技量で言えば既に私を超えています。我が小手先の技――アバン流刀殺法を覚えれば、十分に『勇者』を名乗ってもいいかと」

「おお……」

 

 アバンの大袈裟な言に、ブラスが感激したような声を漏らす。

 

「そんな、大袈裟ですよ……」

「なに、尻の痒い思いをさせられたお返しですよ。嘘は何一つ言っていませんがね」

 

 まさか、大地斬に一日で到達するとは思いませんでした、とアバン。

 

 ――夕方、修行終わり間際のことだ。

 

 ダイは、午前中はどんなに頑張っても割れなかった大岩をとうとう、パプニカのナイフで割ってみせた。

 身体の余計な力を全て抜き、的確に対象へ伝えることで破壊する。三つあるというアバン流刀殺法の一つ、大地斬を体現してみせたのだ。

 それっきり少年は力尽き気絶してしまったが。

 

 遡れば、剣術の修行中。

 片手で相手をしていたアバンからダイが一本取りかける一幕もあった。

 

「ダイ君が眠った後、アティ殿も成功させたでしょう?」

「ええ、まあ」

「……ダイ君が成功するまで待っていましたね?」

「………」

 

 アティは押し黙り、目を逸らした。

 

「初めての成功、というのは子供にとって大事です。ダイ君には、伸び伸びと自分の成長をして欲しいんです」

「なるほど」

 

 アバンは何やら深く頷き、微笑んだ。

 

「師であり、同時に競争相手でもある――これは、私としても教わるところが多そうです」




魔法も必殺技も召喚術も使わない剣技勝負だと、アティ先生>アバンのイメージです。
物理法則がもうちょい穏便なリィンバウムにいたため、刀殺法やストラッシュみたいな技はないけど堅実に強い、的な。

なお、なんでもありの一対一だと、必殺技のバリエーションや呪文の応用力に優れたアバンに分がある感じ(召喚術はサシの戦闘中だと使ってる暇がほぼなさそう)。
バトルセンスのあるアティが必殺技や呪文を本格的に活用しだすと逆転するかもで、果てしなき蒼を使ったら圧倒的になってしまうでしょう……。

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