新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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決戦、超硬騎団(前編)

「……撤退だ」

 

 真っ先に告げたのはバランだった。

 垣間見える敵本拠を一瞥すると、ポップを抱えて降下する。

 

「そうは――」

「――させるかはこっちの台詞だ、重圧呪文(ベタン)!」

 

 アルビナスが声を上げ、超硬騎団が飛び出そうとした瞬間。

 ブラックロッドを手にしたポップが先手を打っていた。

 

「く……! これは、重さを操る呪文ですか……!?」

「おうよ! 全身金属のてめえらにはよく効くだろ!?」

 

 完全に動きを封じたわけではないが、超硬騎団の面々は増加した自重に戸惑い隙を作った。

 数秒の間だが、勇者一行が纏まるには十分な時。

 

瞬間移動(ルー)……」

 

 唱えかけたアティは、二つのものを見た。

 

「………」

 

 一つは、抜身の剣を下げたままでいるハドラーの姿。

 彼の眼光は静かで、決戦から逃げる宿敵への怒りは微塵もなかった。

 

 一つは、フェンブレンを中心に空気の渦が巻き起こる光景。

 こちらの動きを予期して事前に動いていたとしか思えないタイミング。

 

「逃がさぬ」

「っ」

 

 姿勢を崩され、息が詰まる。

 瞬間移動呪文(ルーラ)は途中で中断され、先程とは逆にアティ達に隙が生まれた。

 どん、と。

 魔炎気を爆発させたハドラーが大地を蹴って肉薄してくる。

 ベタンの重圧などさして受けていない様子にポップが目を剥き、ダイが剣の柄を手にして叫んだ。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)!」

 

 宝玉が輝き、ダイの剣がその姿を現す。

 意思を持つ剣もまた、ここが決戦の場だと理解しているようだった。

 

 ――仕方ありませんね。

 

 アティは抗戦へと意識を切り替える。

 無茶はするなと厳命されているが、未だ拠点への侵入方法は確立されていない。

 逃げられるものなら逃げるが、逃げられないのであれば仕方ない。

 

 ――ちょっと、気になることもありますし。

 

 バランの横顔を見上げ、彼と相談した「とあること」を思い、

 ダイとハドラーの剣がぶつかり合うと同時に、全員に指示を出した。

 

「戦いましょう! 超硬騎団を撃破、あるいは無力化した後、あらためて撤退します!」

「っ……仕方ねえかっ!」

 

 ポップが息を吐いて気合を入れ、他の面々も獲物を構えた。

 

「へへっ、そうこなくちゃ面白くねえよなっ!」

「ヒムと言ったな。覚悟しろ、俺は前回のように甘くはない」

「それはこっちの台詞なんだよっ!」

 

 ベタンの重圧、バギクロスの風圧ともに消失。

 ハドラーに続くように飛び込んできた兵士(ヒム)の拳を、ヒュンケルの剣が滑らせ、逸らす。

 好戦的な笑みを浮かべたヒムは拳を引くと、堪えた様子もなく飛び込んでいく。

 

 硬い金属同士がぶつかる音は少しずつアティ達から遠ざかっていく。

 好敵手との戦いを邪魔されたくないヒムと、強敵を引き受けようとするヒュンケルの意思が重なった結果だろう。

 ダイとハドラーはどちらも剣も呪文も派手に使うタイプで、離れるにこしたことはない。

 

「アルビナス」

「いいでしょう」

 

 敵のサブリーダーは視線を送っただけでアティの考えを理解した。

 笑みと共に答えて、更に続ける。

 

「ただし、組み合わせはこちらの都合に」

「――と、いうわけだ」

「そうは、いきません……っ!」

 

 急接近してきた騎士(シグマ)に『果てしなき蒼』を一閃。

 

「おっと」

 

 おどけた様子を見せつつ跳躍したシグマは、敵としてポップを見据えていた。

 

「ポップ君!」

「大丈夫だ先生! 行ってくれ!」

 

 ポップもまた予期していたのか、ブラックロッドを構えてシグマを見上げている。

 

「俺だって伊達に修行してたわけじゃねえ。相手の手の内もわかってる」

「……わかりました」

 

 迷っている時間はなかった。

 跳ねるシグマを追ってポップが離れていく中、アティは身を翻した。

 

女王(クイーン)、私が相手です」

「いいでしょう」

 

 一方的な宣言だったが、幸いアルビナスは快く応じてくれた。

 ふわりと浮き上がった彼女は他のメンバーから遠ざかりつつ、言う。

 

「可能なら元竜騎将さんも纏めてお相手したいのですが」

「……死にたいのなら止めはせん」

「でしょうね。では、アティさん。踊りましょうか」

 

 果たして盤面はどちらが優勢なのか。

 アルビナスを追う直前、マァムとクロコダインに視線をやれば、二人も力強く頷いてくれる。

 

「私達は大丈夫です」

「好きなだけ暴れてこい、アティ。ダイの事はそこの男に任せておけ」

「――はい」

 

 残ったバランは泰然としていた。

 

「バラン」

「わかっている」

 

 幾つも言いたいことがあったが、男は一言で全てを了承した。

 

「任せておけ」

「はいっ」

 

 今度こそ、しっかりと頷いて、アティは駆け出した。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ワシの相手はおまえか、デカイの」

「オレが相手では不服か?」

 

 会敵地点からしばらく移動した場所で、クロコダインはフェンブレンと対峙していた。

 

「そうは言わん。誰が相手でもやることは同じだ」

 

 言うと、フェンブレンは極大真空呪文(バギクロス)を起動する。

 生み出された真空の刃はすぐさまクロコダインへ殺到。放っておけばいかに頑強な戦士といえどズタズタに切り裂かれるのは免れないが――。

 生憎、風を操れるのはフェンブレンだけではなかった。

 クロコダインはグレイトアックスを構えると合言葉を唱える。

 

「唸れ、真空っ!」

 

 斧を中心にもう一つ、逆向きの風が生まれて衝突、相殺される。

 

「ム……」

「何度やっても同じことだ。似たような戦術には覚えがある」

 

 場所を移動する前、フェンブレンはマァムに対しても同じことをした。

 やはり、クロコダインのグレイトアックスによって止められており、となれば流石に理解しただろう。

 

「このワシに刃物で挑もうということか」

「無論っ!」

 

 じゃきん、と。

 全身の刃物を鳴らして接敵してくるフェンブレンを、クロコダインは余裕を持って迎え撃つ。

 ロン・ベルク製の新たな斧は、オリハルコンの刃とぶつかり合っても刃こぼれすることなく、力負けすることもなかった。

 金属生命体である超硬騎団は闘気を操らない。

 ダイやバラン、アティ、ハドラーの操る必殺剣に比べれば、単なるオリハルコンの刃は見劣りする。

 

「――大した馬鹿力よ」

「速さで劣るなら力でねじ伏せるのみ」

「良く言った。必ず泣かせてやるから覚悟しろ」

 

 弾かれたフェンブレンは疲れも痛みも見せず、再び挑みかかってきた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ブローム」

「っ!」

 

 城塞(ブロック)と交戦したマァムだったが、戦況は良いとは言えなかった。

 敵は鈍重で、隙が無いとは言い難い。

 しかし、ブロックには遅さを補って余りある巨体と怪力、防御力があった。

 

 ひとたび拳を振るえば地面を震わせ穴を開ける。

 重く硬い身体は多少殴りつけた程度ではびくともせず、体勢を崩すことも難しい。

 大振りの攻撃をかわすのは容易だが、避けてばかりいても消耗するのはこちらの方だ。

 

「なら、これを試して――」

 

 跳躍して距離を取ったマァムは右手の手甲をブロックに向けて突き出す。

 

「みましょうかっ!」

 

 手甲には小さな穴が開いており、ちょうど敵に向いている。

 初めて装着した際、不自然に感じられた部分には十個の宝石が取り付けられてきらきらと輝いている。

 『聖石』と呼ばれるそれは魔弾銃の弾頭に使われていたもの。名を知ったのはアティと共に攻略した『破邪の洞窟』でのことだったが。

 マァムが「一つ目(ワン)!」と命じれば、石の一つが輝きを失い、手甲の穴から呪文が飛び出す。

 

 電光。

 

 電撃呪文(ライデイン)がブロックのオリハルコンボディへ吸い寄せられるように命中し、バチバチと激しい音を響かせた。

 マァムの新しい武器である魔装棍は、鎧の魔剣等と同じく攻防一体の装備である。

 それだけでも凄いのだが、ロン・ベルクは鎧部分に魔弾銃と同じ機構を備え付けた。曰く、一から理論を組み立てるのは天才の所業だが、構造を調べて真似るくらいならできるとのこと。

 アティが得た知識によって聖石の数も補充することができ、呪文を撃ちだす際に銃を構える手間が減った。

 

 しかし。

 

「ブローム!」

「やっぱり、駄目ね……っ!」

 

 影響を確かめるように一瞬制止したブロックだったが、すぐに元通りに動き出した。

 オリハルコンに生半可な呪文は通用しない。

 ダイのライデインならあるいはと思ったが、表面で弾かれないだけでやはりダメージは通らない。

 となれば、倒すにはセオリー通り核を狙うしかない。

 

「アバン流槍殺法――虚空閃!」

 

 ハンマースピアから閃いた光はブロックの肩に当たり、小さな穴を開けた。

 

「……不発」

「ブローム」

 

 ブロックの両腕が空を切り、マァムは慌てて飛びのく。

 地面を叩き抉り取る拳を見ながら歯噛みした。

 

「動かれると当たらない……っ。いえ!」

 

 一発で当たらないなら、当たるまで続けるのみ。

 再びハンマースピアを握りしめ、マァムは相手の動きを読むために集中した。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ダイよ、何を遊んでいる――っ!?」

 

 ハドラーの怒声が、猛烈な熱気と共に襲ってくる。

 周囲の氷を解かすほどの熱、気を抜けば瞬時に両断されそうな剣を、ダイは闘気を纏った()で弾いた。

 

「遊んでなんかいない! これはおれの作戦だっ!」

「作戦? 早々に魔法剣を出し尽くし、剣を鞘に納めるのが作戦かっ!」

 

 言われた通り、ダイは既に五つの宝石を使っていた。

 魔法剣は今のハドラーにも有効で、一つの呪文につき一回の交錯が限度とはいえ、恐ろしいほどの猛攻を凌ぐのに役立ってくれた。

 しかし、たった五つではすぐになくなってしまう。

 

 ならば宝石による魔法剣は前座、本命はライデインを用いた魔法剣、と思ったハドラーにしてみれば肩透かしだった。

 ストックが尽きるや否や、ダイは剣を鞘に納めて拳を振るい始めたのだから。

 

 確かに、それで抗える戦闘センスは褒めるべきだ。

 先の戦いを確実に糧にしており、成長速度で言えばハドラーを遥かに上回っている。

 それだけでなく、力のオンオフ、闘気量の調節が非常に上手くなっている。

 脚部へ最低限を集中させて飛び込んできたかと思えば、右拳に集めた闘気で剣の腹を狙ってくる。

 

 だが、決定打を出さない限りは消耗戦。

 我慢比べでは勝てない、と、師と父が証明したのを忘れたのか。

 

「このままオレを愚弄し続けるつもりなら――っ!」

「しないさ! それに、もうすぐ一分だ!」

 

 一分?

 確かに、ダイが剣を収めてからそれくらいになるかもしれない。

 だが、一分経ったから何だ。一分我慢すれば超パワーアップできるとでもいうのか。笑わせる。見たところ少年の見た目に変化はない。

 腰に差した覇者の剣の紛い物を向けられようと超魔爆炎覇で吹き飛ばせる。

 強いて言えば、剣の鞘を新調したように思えるが、それでどうなると、否。

 

 剣の宝石が輝きを取り戻している!?

 

「超魔爆炎覇!」

 

 ハドラーは咄嗟に最大攻撃を選択していた。

 対するダイは背中の剣を抜き放つと、そのまま身を屈めて。

 

「真空海波斬!」

 

 接敵する前のハドラーに再び魔法剣を放ってきた。

 魔炎気の何割かが吹き散らされるも、傷は浅く突進にも影響はない。だが、高速で繰り出された魔法剣はバギではなくバギクロスの威力を備えていた。

 いつの間に?

 激突の直前に答えが出た。

 

「その鞘か!」

「そうだ!」

 

 大・火炎大地斬が不完全な超魔爆炎覇と激突。

 それでもダイがやや力負けするも、少年はダメージを負った様子もなく後方で着地した。

 

「おれの剣の新しい鞘は呪文を強化してくれる。十秒かかるけど、小さい呪文を一番大きい呪文まで強めてくれるんだ」

「ならば、剣の機能と組み合わせれば――」

 

 宝石を使い切った剣を鞘に納める。

 その際、メラ、ヒャド、ギラ、イオ、バギを剣に伝わせて宝石を回復、後は一分弱を待てば、籠めた呪文はそれぞれの最上位呪文へと変わっている。

 チャージ中の弱体化は免れないにせよ、ごく少ない魔法力で魔法剣を連発可能。

 それを可能とするダイの戦運びも含め、恐るべき強敵。

 

「面白い! それでこそ我が好敵手よ!」

 

 相手を馬鹿にしていた己の方が馬鹿だった。

 あのダイが何の策もなく妙な動きをするわけがなかった、何かあると踏んで一気に仕掛けなかったのは明らかに失策。

 だが、それならそれで敵の全力を己の全力で踏み破るのみ。

 己は、ここを死地とする覚悟で臨んでいるのだから。

 

「楽しんでいるところ悪いが、交ぜてもらおうか――ハドラー!」

「ふ、バランかっ!」

 

 ダイと戦っているうちにバランが追いついてきた。

 息子と並び剣を構える姿はとても様になっている。アティとのコンビにも興が乗ったが、この二人を同時に相手するのも楽しそうだ。

 バランが来たということは、アルビナスはアティを引き受けたのだろう。

 当初、彼女は二名ともを引き受けると言っていたが、それは指揮官の権限で却下した。幾ら何でもアティ達を舐めすぎていたし、ハドラーとしても肌がひりつく戦闘が望みだったからだ。

 

「決着をつけさせてもらおう。過去の因縁も含めてな」

「いいだろう。来い、竜の騎士の親子よ!」

 

 バランの声に、ハドラーは負けじと吠えて剣を構えた。


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