『兵士』ヒムは恐るべき戦士である。
スピード、パワーのいずれも高レベルに達しており、オリハルコンのボディ自体が武器であり防具。全身どこからでも最大威力を発揮できる武道の達人が最強の鎧を纏っているようなものだ。
「おらおらぁっ!」
「………!」
高速で打ち込まれた拳をヒュンケルは剣で弾いた。
間髪入れずに来る二撃目はステップでかわし、最小限の動作で脇を抜ける。
と、ヒムは強引に地面を蹴ると身体を反転。
「まだ終わりじゃねえぞ、この野郎っ!」
勢いよく迫るつま先は、やむなく甘んじて受ける。
鎧の装甲に当ててなお恐るべき衝撃が来て、威力を逃がすために後方へ跳ぶ。
――に、とヒムが笑う。
僅かに気を抜いた兵士は、飛び来る一条の光に気づくのが遅れた。
闘気術・クルスの十字光がヒムの胸、中央辺りに命中して小さなへこみを作る。ヒムは目を剥き、それからダメージの小ささに安堵した。
「ったく、油断も隙もねえな」
「……お前こそ、大した硬さだ」
答えるヒュンケルもダメージを最小限に抑えていた。
ロン・ベルクにより改修された鎧の魔剣は攻撃力・防御力ともに向上している。きちんと装甲で受ければ並大抵の攻撃ではびくともしない。
加えて、禍々しく威圧的な外観は仲間や庇護対象を安心させる美麗なフォルムに変わっている。元は魔王軍に献上された一振りが、造り手によってヒュンケルのための剣として新生したのだ。
「やはり渾身の一撃を当てねばならんか」
「へっ、できるもんならやってみなっ!」
鎧の魔剣は、兄弟武器に比べると重装甲。
ヒムが真正面から打ち込んできた左拳に、ヒュンケルは敢えて手甲に覆われた己の左拳を合わせた。
重い衝撃。
互いの腕が弾かれ、鎧の下の生身に強い痺れと痛みが残る。
――何度も使える手ではない、か。
付け焼刃の闘気拳では格闘専門のヒムに劣ってしまう。
だが、ヒュンケルの本命は右手で握った剣の方である。
「アバン流刀殺法・空裂斬!」
「ちっ!」
ヒムは慌てて飛びのき、核への被害を回避。
奇しくも先のクルスと同じ場所へ当たり、今度こそ奥まで穴が開いた。
「ったく、危ねえ、なっ!」
連撃に体勢が崩れたところへ再びヒムが肉薄。
かわしている暇はない。無理やり脚に力をこめて身体を上へ。孤を描くようにつま先を跳ね上げると、ヒムはタイミングを逸して立ち止まった。
無論、一回転して腹が見えたところで狙われるだろうが。
「ふっ……!」
その時には、右手の剣が蛇腹状の鞭へと変化していた。
アバン流鎖殺法・地の技に対しヒムは拳で応戦、手の甲を削り取られながら弾き返す。
「手品は終わりか!?」
ぐっと身を屈めて力を溜めた彼に、ヒュンケルは淡々と答えた。
「悪いが、まだまだ終わらん」
先の跳躍で彼我の距離は僅かに開いている。
生まれた間を利用し、剣の柄を短く握りなおす。空いたスペースに左手を添えて後方に引けば――柄が伸長し、剣はその形を変える。
新たな鎧の魔剣に組み込まれた機能。
別種の武器による奇襲――副武器の多い鎧の魔槍、また、ライバルであるラーハルトの器用さをヒュンケルなりに参考にしつつ、得意の一撃必殺に持ち込めるようにしてもらった。
「槍、だと……!?」
「アバン流槍殺法――海鳴閃」
突進してきたヒムは、アバン流最速の技と相撃つこととなる。
ヒムの拳はヒュンケルの左肩を打ち、ヒュンケルの槍剣はヒムの腹を薙いだ。
交錯の後、両者は距離を取って睨み合う。
「てめえ、まさか最初から狙って……?」
「……さあ、どうだろうな」
クルスでできた傷、空裂斬による穴、そして、脆くなった箇所を起点とするような裂傷がヒムの胸に刻まれている。
裂傷を斬撃でなぞれば、コアごと切り裂くことができるだろう。
無論、十分な威力をヒムのスピードに合わせる必要はあるが、ヒムは主であるハドラーからアバン流最大の技の特徴を聞いている。
――アバンストラッシュ。
ハドラーの知る限り、そして魔軍司令ザボエラの調べた限り、正式なそれをヒュンケルが使った例はないらしいが。
多様な技を器用に使いこなしてみせた彼が必殺技だけ使えない、などということがあるだろうか。
ならば、十分に警戒すべき。
「……なんてな」
と、理論的に考えた上で全て切り捨てる。
敵が必殺技で来るならこっちも必殺技をブチ当てる。それ以外、考える必要などありはしない。
右拳が赤熱。
そこでヒュンケルから問いかけられた。
「ヒム、お前は何のために戦う?」
「あ? なんだよ急に?」
「大したことではない。倒す相手の理由くらい聞いておきたいと思っただけだ」
「……本当にいけ好かない野郎だぜてめえは」
吐き捨ててから考える。
戦う理由なんてご大層なものを真面目に考えたことはなかった。
強いて言えば、
「ハドラー様のため、それから自分のためだ」
「自分の?」
「ああ。俺は強い奴と戦えりゃあそれでいい。それがハドラー様のためになるなら文句はねえ。大魔王だの魔王軍だのはついでみたいなもんだ」
言っていて、単純すぎやしないかと思ったが。
聞いたヒュンケルはふっと笑みを漏らした。
「何だよ。笑うってのか?」
「……いや、済まない。どうやら俺達は気が合うらしいと思ってな」
「……気持ち悪ぃ野郎だな」
目の前の男のことは嫌いではない。
生まれて間もなかったヒムが初めて出会った好敵手。
弱っちい人間のはずなのに、殴りつけても死なず、それどころか反撃して傷までつけてくる。
戦えば戦うだけ新しい技を繰り出して楽しませてくれる。
「まぁいいや。ぶっ倒してやるから覚悟しやがれっ!」
「それは、こっちの台詞だ」
勢いよく地を蹴ったヒムは、幾度目かの突進を敢行した。
剣が、鎧が、拳が、脚が。
何度も何度も打ち合わされた。
「………」
「ハッ、ハハハッ。楽しいなあ、おい、ヒュンケル!」
息の切れないヒムは笑いながら挑みかかってくる。
右拳を温存したまま、残りの腕や足を使い、巧みにヒュンケルへと追いすがってくる。
誘導した通りストラッシュを警戒してくれているのだろうが、勢いは想像以上であり、雌雄を決する隙はなかなか訪れない。
にもかかわらず、青年の唇は笑みの形に歪んでいた。
楽しい。そう、楽しい。
カール襲撃の件がある以上、敵であることは間違いない。ただ、ヒムに必要以上の悪意はない。魔王軍にあってそういう相手は初めてだった。
いつまでも戦っていたいとさえ思ってしまうが。
「仲間の元へ行かねばならん。そろそろ終わらせようか、ヒム」
「へっ、そう言うな――っとぉ!?」
おもむろに放った剣閃をヒムがすんでのところでかわす。
ストラッシュではない。闘気を籠めた海波斬。気づいた兵士は小癪な技と睨みつけてくるも、ヒュンケルは構わず距離を取った。
ざん、と。
地面に剣を刺し、全身の力を抜く。
「何……!?」
「どうした。来ないのか、ヒム」
静かに言えば、ヒムは動揺を抑えて呟いた。
「どうやら、頭がイカレちまったわけじゃなさそうだ。なら、何か考えがあるんだろうよ」
「………」
「いいだろう、勝負といこうじゃねえかっ!」
高熱を籠めた拳が、これまでで最高の速さで来る。
食らえば無事では済まないであろう一撃。
それを卓越した動体視力で見つめ続け――そして、右胸に、ヒムの拳が突き刺さった。
「な、に……!?」
瞬時に剣を取ったヒュンケルを見て、ヒムが目を剥く。
何故、カウンターを狙わなかったのか。
疑問を浮かべた彼は、瞬時に膨れ上がった闘気を感じて理解しただろう。必殺技を敢えて受け、力の抜けた相手めがけて放つ究極のカウンターの存在を。
アバンストラッシュと対をなす必殺技。
名を、無刀陣。
「――ブラッディースクライド!」
螺旋を描く光の闘気がヒムの胸に突き刺さり、一瞬にして貫き通す。
核を砕かれた兵士の身体は傷跡を中心としてひび割れ、砕けて、さながら骸の如く氷の大地に落ちた。
――ふっ、と、力を抜いたヒュンケルは激しい痛みを感じた。
骨の何本かは折れているだろう。
呪文の使えない彼ではすぐには治せない。代わりに懐から小袋を取り出し、アティから貰った木の実を纏めて口へ放り込む。
特に痛みの酷い左半身を庇うようにしながら、ゆっくりと、できるだけ急ぐ形で足を進める。
「さらばだ、ヒム。お前は得難い敵だった」
手向けの言葉に応える声はなかった。
☆ ☆ ☆
「……この辺りまで来ればいいでしょう」
だいぶ開けた一帯にさしかかったところで、アルビナスが呟いた。
地面すれすれを浮遊したまま振り返った彼女を見て、アティは『果てしなき蒼』を構える。
「お優しいことですね」
と、女王は嘲笑を浮かべる。
「私が移動しているうちに背中から襲い掛かればいいものを」
「誇りをもって戦っているあなた達に、そんなことはできません……っ!」
答えて、前進。
『抜剣』によって強化された脚力があっという間に距離を詰め、蒼く輝く刃が一閃され――。
「ニードルサウザンド!」
アルビナスの全身から無数の『針』が放たれた。
一本一本がギラの威力を持つ光、否、熱の針。アティの肌を、髪を焼き、ひりつく痛みと共にその攻撃を押し留めんとする。
が、刃は僅かに軌道を逸らしたのみで、アルビナスのボディ、豪奢な髪の毛のごとく広がるパーツを切り落とした。
「……流石、勇者ダイや竜騎将バランと並び立てられる猛者、といったところですか」
「っ!」
「ならば、出し惜しみせず全力を出すしかありません」
返す刀で二撃目を放てば、アルビナスは先の技を繰り返しつつ距離を取った。
髪の飾りのもう一方が落ちるも致命傷にはならず。
至近から熱線を受けたアティもまた、治癒の闘気によって深いダメージは免れている。まずはお互い痛み分けといえる状態で、彼女は女王の真の姿を見た。
バン、と弾けるような音。
ドレス、あるいは法衣のようだったアルビナスのボディが左右に展開され、内側から細い腕と足が現れる。
ヒール付きの靴のような脚部を地に下ろした女王は、鎧を身に着けた貴人のごとき華麗さを身に纏っていた。
ニードルサウザンドについてはダイ達の話にも登場していた。
だが、この姿は先の戦いでは披露されていない。
その理由は、
「あまりの戦力をセーブするため、普段は両手両足を封印しているのですが――」
声が、ぐるりと、移動しながら聞こえた。
咄嗟に振り返ったアティは、だん、と腹を蹴りつけられて体勢を崩す。
顔を向けてアルビナスの姿を確認しようとするも、今度は背中側から両拳を叩きつけれた。
「あぐっ……!?」
「あなた相手ならば仕方ありません」
地面をごろごろと転がり上を向く。
空へ飛びあがった女王が右の手のひらに光の玉のようなものを生んでいた。
閃熱呪文――それも、両手で制御する
冷たくアティを見下ろしたアルビナスは玉を投げおろし、
「わけもわからないまま死になさい――サウザンドボール!」
熱球が弾ける。
爆音と共に周囲へ高熱が巻き散らされ、
「――何?」
熱が広がったのは左右の空間に対してだけだった。
咄嗟にヒャダインを唱え、それをマヒャド級にまで強化したアティはサウザンドボールの影響から逃れていた。爆風に隠れて立ち上がった彼女はアルビナスと視線を合わせる。
女王の判断は素早かった。
「サウザンドボール!」
二撃目。
ハドラーでさえ極大呪文には溜めを必要とするが、アルビナスにはそれが無かった。
必殺の威力を持つ熱球が再び襲い――左右に切り裂かれて弾けた。
海波斬を放ったアティは、熱風に髪を煽られながら、さしたるダメージもなく立っている。
――危なかった。
静かにアルビナスを見つめながら戦況を分析。
サウザンドボールは恐るべき攻撃力だが、対処方法が多いという意味では使ってくれて助かった。
おそらく、あのまま殴られ続けていた方が危なかっただろう。
闘気による治癒は今も続いている。
このまま女王が呪文攻撃に固執してくれれば、
「ならば、直接攻撃するまでのこと」
「やっぱり……っ」
超硬騎団のサブリーダーは一筋縄ではいかない。
全力を見せたアルビナスのスピードは騎士シグマはおろか、陸戦騎ラーハルトすら凌ぐのではないか、というものだった。
振り返った時にはもう攻撃が行われており、姿勢を整えようとした時には別方向から殴られている。
腹を殴られ息が詰まったところで脚を崩される。肩関節を砕かんと蹴りが直撃したかと思えば、後頭部に重い一撃が来た。
おまけに背中を蹴りつけられて意識が飛んだ直後。
飛びのきざま、見上げる暇もないタイミングで、サウザンドボールが三度放たれた。
「アハハッ。一瞬ヒヤリとしましたが、幾らあなたといえど――」
「はい。今のは危なかったです」
「……な」
爆風が止んだ後。
アティは着弾地点から数歩の距離に立っていた。
なんということはない。前にも似たようなことに使ったが、超短距離のルーラによって強制的に移動、姿勢変更を行っただけだ。
直撃さえ避ければ熱風を堪えるのは難しくない。
なおも輝きの衰えない『果てしなき蒼』の切っ先がアルビナスに向けられる。
「アルビナス。私を倒したいなら、サウザンドボールではなく肉弾戦で勝負してください」
「――ハ」
驚愕の表情から、女王が笑みへと表情を変えた。
「その余裕、後悔させてあげましょう!」
超高速の打撃がまたも襲い来る。
アティは『果てしなき蒼』を構え、アルビナスの動きを捉えようと必死に目を凝らした。