新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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大魔宮の脅威

「べ、ベルナの森に柱が落とされました……!」

「人的被害は無し……ですが、生き物や植物には多大な被害が出たものと思われます!」

 

 大魔宮(バーンパレス)が浮上してから四日目。

 今回『柱』の被害を受けたのはパプニカ西部にある森だった。

 報告の通り、今回失ったのは資源だけで済んだ。とはいえ、人命より安いからと安心はできない。『柱』の投下を止められなければ攻撃は続くからだ。

 これまでに投下された柱は、死の大地の分を含めて五本に及んでいる。

 

「……これ以上、引き延ばすのは無理ですね」

 

 地図に印を付けたアティは顔を上げた。

 

「明日、大魔宮攻略を決行しましょう」

 

 突然の提案に会場――パプニカの仮王宮の会議室が騒然となる。

 しかし、進行役である王女レオナは落ち着いた表情で頷いてみせた。

 

「アティの考えが正しければ、それしかないわ」

「あの、どういうことでしょう? 次に狙われるのはリンガイアですから、我々としては願ってもない話ですが……」

 

 リンガイアのバウスン将軍が恐る恐る尋ねる。

 会議室には彼も含め、世界サミットに参加した各国首脳が集まっている。今回は船を使わず、ルーラで直接招く形での緊急会議だ。

 議題は当然、大魔宮攻略。

 レオナ同様、アティ達との協調体制を取っているフローラが問いに答える。

 

「魔法陣です」

 

 声に答えに合わせ、アティはテーブル上の地図に線を引いた。

 最初の死の大地を除いた四点、そして、次の投下地点であるリンガイアを結ぶと――角が一つ足りないものの、三角形を二つ重ねたような形が浮かび上がる。

 

「これは、六芒星……!?」

「おそらく、敵の狙いは六芒星を描くことにあります」

 

 一日一発柱を落としても、世界征服には月単位の時間がかかる。

 よって、柱による破壊はブラフ。

 真の狙いは世界規模の六芒星構築による大規模呪法の可能性が高い。

 マホカトール等の光の呪法が聖なる五芒星を用いるように、悪しき呪法には邪悪な六芒星が用いられる。もしも完成すれば、何が起こるか想像もつかない。

 

 ――次のリンガイアで、六芒星を構築する点の五つが成立する。

 

 完成されてからでは遅い以上、明後日ぶっつけ本番に臨むのは幾ら何でも無茶が過ぎる。

 という話を、レオナやフローラには既に通してあった。

 今日の投下地点によっては推測を修正するつもりだったが――どうやらその必要はなさそうだ。

 

「で、ですが、それだと『柱』が一本余りますよ?」

「最初の『柱』はブラフの可能性が高いです」

 

 最初の一本が無関係とは普通思わない。

 だが、考えてみると、あの柱は他と違って特定地点を狙ったわけではない。大魔宮の痕跡を消し、アティ達やハドラー達を始末するために放ったものだ。

 言わば、別の意味で必要に迫られた一本。

 おそらく、そのついでとしてミスリードに使ったのだろう。

 

 説明を聞いたバウスン将軍は息を吐いた。

 

「よく気づきましたな」

「職業柄、こういう儀式には慣れているので」

 

 アティは微笑を浮かべて答える。

 魔法陣の知識は召喚師にとっても欠かせないもの。この世界とリィンバウムでは様式が異なるが、模様を見たら疑う癖が役に立った。

 

「魔法陣による威力の増幅が可能。かつ、これまでのことを振り返れば、具体的な狙いも推測できますが――いったん置いておきましょう」

 

 敵地突入について先に話さなければならない。

 幸い、次の投下地点であるリンガイアはある程度開けた地形となっている。魔王軍に破壊されたせいだが、こちらにとっても好都合。

 

「投下予測地点に先回りし、ミナカトールで大魔宮を停止。後に突入し、大魔王を打倒します」

「ふうむ。ならば、我がベンガーナも総力を結集して援護しよう」

 

 大きな顎髭を蓄えたベンガーナ王が、どこか弾んだ口調で言った。

 彼はあの戦い以降、勇者一行に入れ込んでいる節がある。戦いに参加できることが嬉しいのだろう。

 だが、レオナとフローラは首を振る。

 

「いえ。現地に向かうのはアティ達と、各国から数名ずつを選出した精鋭だけとします」

「馬鹿な。ここが最大の勝負時だ! 結果的に破産しようと全賭け以外ありえん!」

「だからこそです」

「……何?」

「敵の目的は世界征服。成し遂げるには人間を根絶やしにするか、反撃する気が起きないくらい叩くしかありません。その上で聞きますが――ただが宮殿を一つ浮かべた程度で『勝てる』と思いますか?」

「いや、私が大魔王なら二重三重の策を用意する――なるほど、そういうことか」

「はい。最悪、()()()()()()()()()()という可能性も考えなければなりません」

 

 大魔宮に強者だけを残し、勇者達を足止めした上で世界各国を同時攻撃。

 大胆すぎる手だが、もし成立してしまえば逆転の一手となりうる。

 

「私達の勝利条件は大魔王を打倒することではありません。人類が無事な状態で、大魔王を打倒することです」

「脅威が去ろうと、その後で人が滅びては意味がない。道理だな」

「無茶を言っているのは承知の上ですが、必要な措置とご理解ください」

 

 各国首脳からの反論は無かった。

 派遣する精鋭の選定を終え、時刻をすり合わせ。

 その他の議題も片づけると解散となった。終わった端から各々が立ち上がり、それぞれの役割に向けて動き出す。ある者はパプニカに残って準備を、ある者は国へと帰って指示を出さねばならない。

 

 ――世界サミットの時に比べれば信じられないスピーディさ。

 

 首脳陣が一致団結している証拠であり、人類に残された時間が少ないことの証明でもあった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 夕刻には精鋭達が全て集まり、パプニカ仮王宮に終結した。

 

「パプニカからは私とエイミが行くわ」

「国の守りはアポロとマリン姉さんがいれば問題ありません」

 

 レオナとエイミが並んで微笑む。

 王族が戦場へ赴くのは危険だが、賢者であるレオナは精鋭といえる実力者でもある。呪文による攻撃の他、傷ついた兵の救護にもうってつけだ。

 勇者達が全滅すれば後がなく、パプニカに居ても危険と考えれば理屈はわかる。

 

「我がベンガーナには精鋭がおらん。よって、兵と物資を多めに提供させてもらおう」

 

 デパートからかき集めたアイテムと、数十名の兵が集結。

 先進的な画一訓練により、ベンガーナの兵は誰もが一定の練度を備えている。誰かが欠けても他の誰かが穴埋めできる体制、平和を保っていたことによる人的資源の豊富さは立派な武器だ。

 

「俺達カール騎士団の精鋭もいるぜ」

 

 騎士団長ホルキンス以下、数名の精鋭が静かに佇む。

 余計な自己主張をしない辺りが歴戦の勇士であることを如実に示している。

 

「ロモスからは武術大会の精鋭に来てもらっておるぞ!」

 

 王の声で、アティ達にとっては馴染みのある面子がにっと笑う。

 唯一、あの怪しげな布袋だけは姿が見えなかったが、それには理由があった。

 

「おっと、ボク達『獣王遊撃隊』を忘れてもらっちゃ困りますよ!」

 

 自信満々に胸を張ったのは、二代目獣王を自称する大ねずみのチウ。

 クロコダインから「獣王の笛」を貰った彼は、死の大地行きに参加できなかった代わりに部下を集めていたらしい。短い期間にしては目覚ましい進歩――十を超えるモンスターが彼の元に集っていた。

 その中に、あの布袋がある。

 

「ゴーストくん、どうしてそちらに?」

「いやいや。僕はゴーストくんじゃないよ。獣王遊撃隊の一員のビーストくんだよ」

 

 違う違う、と、どうみてもゴーストくんである彼は手を振った。

 まあ、よく見ると頭の部分に髪の毛? 鬣? らしきものが書き足されてはいるのだが、そこまでしてチウの部下になりたかったのだろうか。

 否、それとも、部下という建前で見守るのが目的?

 と考えて、アティは、そもそもチウが誰の弟子だったかを思い出す。

 

「……あ。そうです、拳聖ブロキー……むぐっ」

「そこまでにしておこう。人生には謎のままの方がいいこともあるよ」

 

 こくこくと頷くと、ゴーストくん、もといビーストくんは手を放してくれた。

 というか、触れられて確信したが、あれはただの布袋である。中にいるのは人だ。

 とまあ、妙なやりとりもあったが。

 

「でも、チウ君は凄いですね。十日も経っていないのにこんな数を……」

「ふふん、そうでしょう。見直したでしょう?」

 

 ポップが半目になるのにも気づかず、チウは鼻を擦った。

 

「特に注目して欲しいのは最後に隊員に加わったこいつですね!」

「ドーモ」

 

 ばばーん、と、一同の注目を集めたのは、全身に鱗を持った小さな生き物だった。

 眼光は鋭く、フォルムに比して大きめの咢には牙が生えている。四足歩行で尻尾があり、一対の翼は鳥というよりは蝙蝠に似ている。

 つまりは。

 

「ドラゴンの子供か!?」

「そうです! ドラゴンのジュニア君です!」

 

 もう一匹くらい部下が欲しいな、と彷徨っていたところ、向こうからふらふらと勝負を挑んできたらしい。

 結果、チウのパンチ一発で降参したというが。

 

「ジュニアです。コンゴトモヨロシク」

「……うーん」

 

 アティは思わず半目になってしまった。

 つかつかと「ジュニア君」に近寄り、囁くように尋ねる。

 なんというか、このノリには覚えがあった。

 

(何してるんですか、アバンさん)

(ナンノコト? ボクハジュニアッテイウドラゴンノコドモダヨ?)

(そういうのはいいです。何も魔物に化けなくても)

(いいじゃありませんか。下手に着ぐるみでも着てくるよりは怪しまれませんし)

 

 そういう問題だろうか。

 はあ、と、ため息をついて彼から離れる。

 というか、いつの間に『破邪の洞窟』から抜け出してきたのやら。大方、アティ達が脱出に用いたミナカトールが合図になったのだろうが。

 

「なあ、先生。そいつらってザボエラの変装だったりしねえか?」

「それは大丈夫ですよ」

 

 別の人物が変身呪文(モシャス)で化けてはいるが。

 

「この場はマホカトールで結界を張っていますから、悪しきものは入れません」

 

 五つのサモナイト石で構築された破邪の結界は、現在進行形でアティが維持している。

 幾らザボエラのような卓越した術者であろうと、アティに気づかれずに入り込むことは不可能だろう。

 

「では、その子に危険はないということですね」

「フローラ様」

「私、そのジュニアという子が気に入りました」

 

 おもむろに近づいてきたカールの女王はにこりと笑い、有無を言わさぬ口調で告げた。

 

「チウ。この子を一晩借りてもいいかしら?」

「え、でも」

「いいかしら?」

「ど、どーぞどーぞ」

 

 二代目獣王が圧力に屈した。

 ジュニア君ことアバン――アバン・デ・ジュニアール三世――が顔を強張らせ、マントをくいくい引っ張ってくるも、さすがのアティもこれはどうしようもない。

 

「ジュニア君、フローラ様のお相手をしてあげてくださいね」

「アティ、イジワル」

「賢い子ですから、フローラ様も退屈しないと思いますよ」

「そうですね」

 

 満面の笑顔で頷いたフローラ様は、じたばた暴れるジュニア君を抱き上げた。

 その様子をぽかん、と、見ていた勇者一行のうち、ポップが「もしかして」と呟いたが、その声は続く声によって消された。

 

「ダイ様、アティ様。我々竜騎衆も共に戦わせていただきたく」

「ラーハルト」

 

 ラーハルト、ボラホーン、ガルダンディーの三人が揃って立っている。

 マホカトールを受けてもこの場にいられるあたり、三人ともだいぶ毒気は抜かれた様子だ。

 

「ありがとうございます、皆さん」

「ラーハルト達がいてくれれば百人力だよ」

「勿体なきお言葉」

 

 恭しく目を伏せるラーハルト。

 ガルダンディーは「けっ」と毒づき、小さくこぼしていた。

 

「何でお前がオレ達の代表みたいになってやがんだよ」

「悔しければ実力で奪い取るがいい」

「上等だ! 今ここで勝負――」

「ちょっと待った! ガルダンディーちゃんとか言ったかな? 駄目だぞ、仲間同士で喧嘩なんかしたら。竜騎衆? とやらが何かは知らないが、不満なら我が獣王遊撃隊に加えてあげるから安心したまえ」

「うるせえネズミ、引っ込んでろ!」

 

 割って入ったチウにガルダンディーが反発したことで、場は急速に混沌と化していった。

 

「……これは、収拾がつきませんね」

 

 遠い目になったアティは色々なものを諦め、レオナに視線を送る。

 察した王女は頷き、顔合わせの終了を宣言した。

 

「みんな、明日の決戦に向けてゆっくり休んで頂戴! 食事やお酒も用意してあるから、欲しい人は食堂へ――」

 

 わいわいと賑わう空間に、入り込めず放置された者が一人。

 若き才能ある青年は、勇者一行に対して切ろうとしていた啖呵も忘れ、呆然と立ち尽くしていた。

 

「じ、自己紹介すらできなかった……」

「気にするなノヴァ。後で皆さんのところへ個別で伺えばいい」

 

 父親であるバウスン将軍が――息子である青年、北の勇者ノヴァの肩をぽんと叩いた。




インターバル兼、頼れる仲間達の紹介です。
ここにロン・ベルクやマトリフ等の飛び入り組が加わる形となります。

次回、ラストダンジョンへの突入予定です。

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