新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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決戦!大魔宮!
発動! ミナカトール!(前編)


「……夜分にすまぬ」

「気にしないでください。決戦の前に緊張するのは当たり前です」

 

 バランが訪ねてきたのは、皆が部屋に戻った後のことだった。

 床に入る気分になれなかったアティは、仏頂面をした男を笑顔で招き入れた。

 

「眠れないのか?」

「そういうわけじゃないですけど……」

 

 気持ちが昂っていたのは事実。

 頭に上ることが多く、気持ちを抑えるのに苦労していたところだった。

 

「ちょうど、話し相手が欲しかったところです」

 

 言うと、バランは何やら硬直した。

 

「迷惑でしたか?」

「いや」

 

 短い返答。

 彼のような武人肌の人間は知り合いに少なく、その心情を図るのは難しい。

 友人である鬼人の姫は、護衛の侍のことをどう評していたか、と思い返すうち、バランはアティの部屋へと足を踏み入れていた。

 窓を見やった彼はぽつりと呟く。

 

「良い月夜だな」

「……ええ、本当に」

 

 夜空の美しさは、リィンバウムもこの世界も変わらない。

 星々の配置にすら魔法陣を探してしまう職業病が恨めしく思えるくらいだ。

 

「お前と、こんな月を永遠(とわ)に眺めたいものだ」

 

 目を細めたバランの表情に、アティは思わず見惚れて。

 

「勝たないといけませんね、絶対に」

「……そう、だな」

 

 深くゆっくりとした返答は、歩んできた道筋の深さを表すようだった。

 バランは、どこか吹っ切れたような目で告げる。

 

「勝とう」

「はい。勝ちましょう」

 

 二人の夜は、ゆっくりと静かに、清らかに過ぎていった。

 

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 

 人類の命運を握る精鋭部隊がリンガイアの草原に集結したのは、まだ早い時間のことだった。

 

「まだ、大魔宮の姿は見えませんね」

「しばらくは待機しましょう、必要以上に気を張らないよう気をつけてください」

「貴女が言うのなら、それが正しいのでしょうね」

 

 リンガイアの『勇者』ノヴァがしみじみとした口調で言った。

 

「ノヴァ君も、肩の力を抜いてくださいね」

「……こ、子ども扱いしないでください!」

 

 慌てて言いかえしてきた彼の様子が、周囲の者達の笑いを誘った。

 昨夜の晩餐の際、実力を見せろと言っていた彼と、アティは卓上遊戯に興じた。チェスで勝利した後、別のゲームをと言われ『ショウギ』を提案、やはり勝利すると、ノヴァ青年は観念したようにアティの実力を認めてくれたのだった。

 尊敬するホルキンスがダイ達を評価していたことも大きかっただろうが。

 

「大丈夫です。待つのも戦いのうちですから」

「はい。その通りです」

 

 大魔宮が遠い空に現れたのは、昼を過ぎた頃のことだった。

 昼食を終えた精鋭達が俄かに身構えた矢先、巨鳥の頭辺りから光が生まれ、勇者一行ほか精鋭達が待機する地点を囲むようにして着弾する。

 噴煙の中、姿を現したのは。

 

「……キラーマシン!?」

 

 全五体の、鋼のボディを持つ機械兵士。

 かつて魔王ハドラーが地上侵攻のために作り上げた機械仕掛けの魔物に良く似たフォルムだった。

 

『キィーヒッヒッヒ! そうよ、そいつらは儂と妖魔師団が作り上げた新たなキラーマシン!!』

 

 ボディはより洗練された形へ。

 機動性を高めるために脚部パーツはオミットされ、代わりに浮遊機構が加えられた上で、尻尾上の弓矢を装備。空いた左手には巨大なメイスを装備。

 

『人呼んでキラーマシンⅡ!』

 

 顔部分の一つ目の奥には、囚われの身となったと思われる女達の姿。

 眠っているのか目を閉じているが、身体はかすかに上下していた。

 

 ――かつて、バロンと戦った時を思い出す。

 

 違うのは、あの時はバロン自身が操っていたということ。

 機械兵士の内部にいる女達に戦う意思はないだろう。

 

「魔王軍め。人攫いにまで堕ちたか」

 

 ラーハルトが呟けば、返ってくるのは楽しげな声。

 

『人聞きの悪いことを言わないでもらおうか! この女達は自ら志願して生贄となったのよ!』

「……何?」

『村や街の住民、あるいは親の苦境を助ける代わりに、快く身を捧げてくれたわ! こうしてキラーマシンⅡのコアとなるのにも文句ひとつ言わずにのう!」

 

 その苦境とやらは魔王軍が作ったのだろう。

 

「……腐ってやがる」

 

 ホルキンスの顔に苦いものが浮かんだ。

 

「俺達にそいつらを殺せってのかよ!」

『その通り! キラーマシンⅡを止めるにはコアの生命を断つしかない! お優しい正義の使徒らにそんな真似ができるならの話じゃがなあ!』

 

 最低の発想だった。

 だが、ザボエラの作戦は理にかなっている。機械を止めるのに最も早いのはコアを破壊すること。手足を全て壊しても無力化できるだろうが、卑劣な魔軍司令がそれを許してくれるかは疑問だ。

 

 ――こんな手で来るなんて。

 

 アティは内心で歯噛みする。

 彼女とて元軍人、他人を手にかけた経験はあるし、いざとなればその覚悟は持っている。

 だが、それはあくまで最後の手段。光の闘気は迷いなき心が生み出すものであり、自分達の都合で罪のない人を手にかければ、その力は確実に弱くなるだろう。

 特に、慈愛の心を源とするマァムは、きっとミナカトールの発動に加われなくなる。

 

「ザボエラ……!」

「やはり、貴様はさっさと殺しておくべきだったな」

『やれるものならやってみればいい! 儂がわざわざ戦場に出ていくわけがないがのぉ!』

 

 その通り。

 ザボエラは声だけを届けてきており、その姿はここにない。

 指揮官を倒して状況を収めるには大魔宮に乗り込むしかなく、乗り込むにはミナカトールが必要、そして今、そのミナカトールを阻止しようと手勢が迫っている。

 絶体絶命。

 

「知ったことか」

「ラーハルト!?」

「ダイ様、アティ様。そこで見ていて下されば結構。元より、我ら竜騎衆とはこういった汚れ仕事のために存在しているのです」

 

 鎧を纏い槍を構えたラーハルトの目に迷いはない。

 厳かに頷くボラホーンと、口の端を釣り上げたガルダンディーも同じだ。

 

「大事の前の小事。生贄に志願した時点で娘らも覚悟している筈」

「オレはそもそも人間の小娘なんぞに容赦する気はねぇ。あんたらみてぇに強ぇ奴なら話は別だがな」

「……みなさん」

 

 戦ってくれるというならこれ以上はない。

 だが、

 

「やめよ」

「バラン様?」

「駄目なのだ、ラーハルト。自らの手を汚さずとも、目的のために無為な犠牲を出せない。むしろ、自分が何もしなかったということを悔やむ。彼女らはそういう者達だ」

「………」

 

 竜騎衆を諫めてくれたバランに目だけで謝意を送る。

 自然体で佇む竜騎将は軽く目を伏せて答えると、続けて言った。

 

「汚れ役は私一人で十分だ」

「なっ……!?」

「何言ってるんだよ、それじゃ意味ないって自分で言ったばっかりだろ!?」

「あれも駄目、これも駄目では話が進まん」

 

 真魔剛竜剣が抜き放たれる。

 陽光を反射して煌めく刃に瑕疵はなく、幾らキラーマシンⅡが改良型といえども軽く一刀両断することができるだろう。

 

「ラーハルト達の厚意に甘えたのではお前達も黙るしかなかろう。だが、相手が私なら別。全てが終わった後、どのような叱責も罰も受ける覚悟はできている」

 

 淡々と言うバラン。

 ダイが瞳に涙を浮かべて彼を見上げる。

 

「バラン、あんたは……っ!?」

「本当に勝手です。勝手すぎます……っ!」

 

 男が既に覚悟を決めていると知り、ダイも、アティも止められない。

 誰も戦わないのでは世界が終わる、と、頭のどこかで理解してしまっているからだ。

 

「……すまぬ」

 

 一歩、バランが進み出る。

 精鋭達に余波が飛ばぬ位置に立った彼は剣を構え――。

 

『ま、待て! キラーマシンⅡには自爆装置が付いておる!』

「ほう?」

『う、嘘ではないぞ! 真っ二つになった瞬間、ドカンといって終わりじゃ!』

「成程」

 

 頷いたバランは短く答えた。

 

「……で? その爆弾とやらは、私の竜闘気を貫けるのか?」

『……ぐ。や、やってみればいいじゃろうっ!』

 

 気圧されつつも挑発的に告げたザボエラはさすがと言うべきか。

 バランは嘆息し、思案するように踏み込みを避けた。

 

 ――自爆。

 

 爆発という単語はやはり彼にとってトラウマなのだろう。

 さすがに『アレ』が取り付けられているとは考えづらいが、もし万が一があった場合、この場にいる全員が死ぬことになる。

 今度こそ。

 人類の精鋭達は動きを止め、入れ替わるようにしてキラーマシンⅡが動き出す。

 

 音もなく、地面を滑るようにして五体が殺到し、

 蒼い輝きが瞬いた。

 

識別呪文(インパス)

『……あ?』

 

 アティの動き、唱えられた呪文に、ザボエラが驚きの声を上げる。

 インパスは攻撃呪文ではない。

 宝箱の中身がアイテムであるか、ミミック等のモンスターを調べたり、手持ちのアイテムの効果を知るために用いられる呪文。

 敢えてこの状況で用いた理由は当然――この苦境を脱するため。

 

 『抜剣』状態でブーストをかけてまで用いられた呪文は効果を発揮。

 先頭のキラーマシンⅡ、その胴体の中央部分が青い光を放った。

 

「――成程、そこが弱点か」

 

 真魔剛竜剣の切っ先が狙い違わず動力部を貫く。

 先頭のキラーマシンⅡはそれで機能を停止。どうやら、女達がコアだというのはブラフだったらしい。ザボエラらしいといえばらしいが、もしも本当に人を動力としていた場合はインパスを使っても無駄だった。

 一か八か、ギリギリのタイミングだったからこその対処方法である。

 

「へっ、それさえわかっちまえばどうとでもならぁ!」

『待て、じゃから自爆装置が――っ!』

「発動させるなら、さっさとすればよかろう」

 

 ラーハルトの言葉通り。

 数秒の後には残りの四体も、ラーハルトの槍、ポップの収束ギラ、ヒュンケルの剣、ホルキンスの闘気剣を受けて機能を停止。

 できるならさっさと自爆させておけば良かっただろうに、脅しが仇となった。

 中の女性達に怪我はない。

 丁寧に胴体を切り裂いて救出し、一糸纏わぬ姿だった彼女達の身体には布をかけてやる。

 

 と、意識が戻ったのか、一人が「ん……」と声を漏らす。

 駆け寄り、抱き上げたアティは彼女に呼びかけた。

 

「大丈夫ですか? もう、心配いりませんから」

「あ……」

 

 ゆっくりと瞳が開く。

 虚ろな目がアティをじっと見つめた。

 

「……て」

「はい、なんでしょう? ゆっくりでいいですから、教えてください」

 

 彼女がはっきりと言葉を紡ぐのと。

 ザボエラが再び声を上げたのは同時だった。

 

『馬鹿め! 自爆装置はちゃんと付いておるわ!』

自己犠牲呪文(メガンテ)

 

 一帯が、嘘のような静寂に包まれた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 種を明かせば、最初からザボエラは二段構えの罠を仕掛けていた。

 コアと嘘をついて女達を晒し抵抗を奪う。

 もしも無視されたり、何らかの手段で突破されたのなら、あらかじめ混乱呪文(メダパニ)で自我を奪っておいた彼女達にメガンテを使わせる。

 助けた、と思っていた者達からの思わぬ攻撃に、アバンの使徒以下、精鋭達は大打撃を負う。

 

 生贄となった女達は全員、僧侶としての心得があった。

 貴族令嬢が花嫁修業の一環として受けていたり、あるいは街の教会に住んでいたシスターだったり、境遇はバラバラだが、そういった者達だからこそ進んで生贄となった。

 故に、彼女達は()()()()を使うことができた。

 

 アティも、ダイも、バランも、ポップも、ヒュンケルも、マァムも。

 咄嗟のことで反応できなかった。

 

『キィーヒッヒッヒ! 終わりじゃ、アバンの使徒……の?』

「――いや、アティ殿がインパスを使ってくれて助かりましたよ」

 

 結論から言おう。メガンテは発動しなかった。

 唱えた本人すらも呆然とする中、進み出たのは。

 

『ゲ……ま、まさかぁっ!?』

「不意打ちは一度が限度ですから。――こんなこともあろうかと、魔封じの杖を用意しておいて正解でしたね」

 

 トレードマークの眼鏡と、変な髪形は相変わらず。

 白を基調とした凛々しい衣装に身を包み、飄々とした態度を見せる男。

 

 ――間違いない。

 

 かつて魔王ハドラーを倒し、魔軍司令となったハドラーを撃退後に息を引き取ったはずの男。

 大魔王バーンでさえ危険視し、先に葬っておくべきと考えていた傑物。

 ポップが言葉を失った後、「やっぱりそうだったのか」と呟き。

 

「アバン先生!」

 

 ダイとマァムの歓声が、重なり合うようにして響いた。

 生存を知っていたヒュンケルは小さく笑うのみだったが。

 アバンは弟子達にウインクをしてみせると、小さく「ラリホー」を唱える。呪文を受けた女達は再び眠りにつき、メガンテを使うことはできなくなる。

 

「レオナ姫、彼女達をお願いします」

「あ……は、はいっ」

 

 慌てて駆け出してくるレオナがちらりと背後を振り返るも、視線を送られたフローラは大人の笑みを浮かべるのみで何も語らなかった。

 知っていたのだ。

 他の面々までもが騒然となる中、アバンが告げる。

 

「さあ――魔軍司令さんとやら。まだ策があるなら聞きましょうか!」

『ぐ、ええい、ならば見せてやるわいっ!』

 

 やや近づきつつある大魔宮から再び光が打ち出される。

 アティ達を囲むようにして着弾したのは、一人一人が身体を丸めて入れそうなサイズの球体が複数。

 

「あ、あれはまさか……!」

「知っているのか、ダイ」

「う、うん、あれと同じものじゃないけど、似たようなものを見たことがあって……!」

 

 それは、ダイがアティと出会う前の話。

 偽勇者によって連れ去られたゴメちゃんを救うため、魔物を封じるアイテムを用いた時のことだ。

 そのアイテムの名は魔法の筒。

 さしづめ、そうするとこの球体は魔法の球ということになるが。

 

『デルパ!』

 

 合言葉と共に光が弾け、球体から複数の影が飛び出してくる。

 一つで複数を封じられるよう改良された球は、手勢を手軽に運搬するためのもの。

 

『さあ、第二ラウンドと行こうか!』

 

 現れた魔物達はこれまでと違う、見たことのない者達だった。


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