新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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雷竜ボリクス vs 先代パーティ

「……静かだな」

大魔宮(バーンパレス)の中とはいえ、末端部分ですからね」

 

 アティ達、勇者一行はルーラを用いて巨鳥の頭部分へ降り立った。

 大魔宮上部は舗装された平坦な道が広がっており、下――通常なら地下にあたる部分に各区画が設けられているらしい。

 鳥の嘴の部分に重厚な扉があるのも確認できた。

 とはいえ、壊す手間も考えれば敢えて中に入る必要はない

 

 ――もっとも、どちらが楽な道かはわかりませんが。

 

 細長い道の先を見やり、アティは思う。

 細いとはいえ、道幅は十人が横に並べるほどある。罠が多いだろう内部を避けたいところだが、おそらく、こちらはこちらで集団による迎撃が待っている。

 一般的な宮殿のように上へ広がっている中央部分までは遠いが。

 

「ここから歩いて進みましょう」

「あ? どうしてだよ、先生? ルーラで向こうまで一気に――」

 

 不思議そうにポップが尋ねてくる。

 時間の浪費を考えたのだろう。先行組はアティ、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル、そしてバラン。彼らは地上で戦う精鋭達から決戦を任されている。

 ザボエラが再現した雷竜ボリクスは見るからに強敵だった。

 後ろ髪引かれる思いはあるし、であれば、一刻も早くバーンを打倒したいとも思う。

 それでも、首を振って答える。

 

「挟み撃ちを避けたいんです」

「……ああ、成程な」

 

 正確に言うと、余裕をもって挟み撃ちに臨みたい。

 ルーラを使えば見える範囲まで一飛びだが、着いた地点で前後から大量の魔物に挟まれかねない。

 

 ――私なら、中央部の入り口に足止めを用意します。

 

 『魔法の球』やキラーマシンⅡが撃ちだされて来るのを見た以上、距離の過信は禁物。

 むしろ、一度現れた魔物を後から引きはがす方が簡単なはずだ。

 

「結構な長さだけど……」

「しゃーねえ、いっちょ駆け足で進むとするかぁ」

「あ、もちろん罠にも注意してください」

 

 歩き出しながら、アティは仲間達に忠告する。

 

「へ? こんな平らな道に罠なんかあるのかよ?」

「ありますよ。何もないように見える道だからこそです」

 

 うんうん、と、マァムが頷いているのは破邪の洞窟での経験故だろう。

 罠というのは油断している時が一番危ない。

 何もない道なんてありえないのだ。何故なら、そこに道という罠の設置対象があるのだから。

 

「空の上なら落とし穴一つでも有効ですし、後は、道そのものを攻撃に変えるとかですね?」

「ってえと、バリアーとか……」

「後は溶岩とか――」

 

 言ったところで、ミシ、と床が軋む音がする。

 

「!?」

 

 見れば、床の下から菱形の宝石が浮かび上がってきていた。

 ダイ達が驚き竦むうち、宝石からは炎が吹き上がって檻のような形状を作ろうとするも――。

 

「はっ!」

「ふっ……!」

 

 備えていたアティとバランが同時に動く。

 『果てしなき蒼』の一閃が宝石の幾つかを砕き、勢いの落ちた炎をバランの唱えたヒャダインが抑える。それで十分、ダイ達が飛びのく余裕は確保された。

 ふう、と、息を吐いてアティは微笑む。

 

「こんな感じですね」

「いや、今のって実は相当ヤバかったんじゃねえのか……!?」

「そうですね」

 

 実は内心ヒヤヒヤした、とは言いづらいアティは、ケチらずトラマナを常用することにした。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 一方、地上では雷竜が猛威を奮い続けていた。

 

「――ォォォォォン!!」

 

 かの竜の咆哮は声というよりも音の暴力。

 空気を震わせ、鼓膜を襲うと同時、息に含まれた雷が勇士達の全身を痺れさせる。

 

 ――雷の前には鎧など役に立たない。

 

 むしろ、金属製である剣や鎧は雷を引き寄せてしまう。

 そして、圧倒的な巨体。

 尻尾の一振りは重い鎧を着た兵を複数同時に薙ぎ倒し、鉤爪の一撃は並の戦士に瀕死の重傷を負わせる。

 

「距離を取って戦いなさい! 弓や魔法で牽制しつつも、傷ついた者を下げて治療を受けさせます!」

 

 フローラ指揮の下、早々に遠慮理攻撃主体へと切り替えたものの。

 

「だ、駄目です! 矢が通用しません!」

「呪文も殆ど効いた様子がないな……!」

 

 分厚い皮膚と硬い鱗は並の攻撃を弾き返してしまう。

 卓越した魔法使いがとっておきの呪文を繰り出してようやく牽制、それ以外は牽制にもならず――。

 

「ウオオオオッ!」

「はあっ!」

 

 クロコダインやホルキンスが得物を叩きこむことでようやく僅かに押し返す。

 

「だが、攻撃が通用しないわけではない。叩きこみ続ければ――」

「いや、見てみろ」

「……これは!」

 

 グレイトアックスや闘気剣が付けた傷口からボコボコと泡が立っている。

 速度は超魔生物より遅いようだが、再現された雷竜ボリクスにも再生能力が備わっていた。

 

「グルオオオオオオォォォッ!!」

「う、うわああああっ!」

「か、勝てない……っ!?」

 

 幾度かの咆哮が兵達の気力を根こそぎ奪っていく。

 立っているだけで体力の削られていく死地。

 囲んで叩こうにも、雷竜の纏う雷は攻防一体の鎧であり――近づく者に容赦なく痺れを与えてくる。

 

「ビーストクン。センカレッコウケンハツカエナイカナ?」

「無理だよ。素手で触れるだけでも至難の業。まして、この状況じゃ近づけない」

「ソッカ」

 

 モシャスで変身しなおしたアバン――もとい、ジュニアが残念そうに息を吐く。

 それを見たチウが喜びの声を上げた。

 

「おお、ジュニア君! 姿が見えないと思ったらいつの間に戻ったんだ!」

「手前ェ、まさか本気で――言ってやがるなぁ、オイ」

 

 状況を弁えないボケにガルダンディーが突っ込もうとして、本気と気づき肩を落とした。

 彼の羽根も、ボラホーンの凍える吐息も、雷竜には通用しなかった。

 防御力の劣るガルダンディーは近づくことさえ叶わず、飛翔しながら鉤爪を誘導するのに専念している。専ら矢面に立っているのはクロコダイン、ホルキンス、ノヴァ、そして竜騎衆が誇る陸戦騎。

 

「どんな攻撃も、当たらなければ意味はない」

 

 爪も尻尾も後ろ脚も。

 当たれば致命傷となり得る攻撃を全て紙一重で避け、器用に回り込んでは槍を振るうラーハルト。

 一撃毎に少しずつ、雷竜の皮膚に傷が増えていく。

 だが、如何せん、速度と技術をもって勝負するタイプの彼とは相性が悪い。

 

 ――小さいとはいえ、傷を受けた雷竜は怒りの声を上げる。

 

 ロン・ベルク作の鎧の魔槍も雷は防げない。

 ラーハルトも都度、一時的な後退を余儀なくされ、戦士達に蓄積していくダメージが深刻な域へと突入し始める。

 レオナやエイミ、ほか数名が回復に当たっているが、それだけでは追いつかないのだ。

 また、この場には雷竜だけでなく、魔界の魔物達もまだ残っていた。そちらへの対処にも兵を回さなければならないが、雷竜は敵味方お構いなしに横から薙ぎ払ってくる。

 

「……仕方ありませんね」

 

 口を開けては「メラ!」と火の玉を吐きだしたりしていたジュニア君が変身を解く。

 

「ジュニア君がまた何処かに!?」

「いいから手前ェは少し黙っといてくれや……」

 

 チウとガルダンディーの漫才はともかく。

 アバンは腰を低く落として剣を構えると、本家本元の必殺剣を繰り出した。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 大地を斬り海を斬り空を斬り、そして全てを斬る。

 かつて魔王を打ち倒した剣が、雷竜の顎に確かな傷を刻み付けた。

 

 ――苦痛の声を上げる雷竜。

 

 ピリピリと全身を襲う痛みを無視し、アバンはポーチから幾本かの羽根を取り出す。

 それはアティに渡したのと同じアイテム。

 羽根には二種類あり、魔法力を回復するシルバーフェザーもあるが、今取り出したのは呪文の効果を増幅するゴールドフェザーの方だ。

 五本のフェザーを五芒星の形に浮かべると、元勇者は声を上げる。

 

「持ちこたえてください! もうすぐ援軍が来るはずです!」

「援軍? それは――」

 

 フローラが尋ねようとした時。

 

「……いい勘してるじゃねえか、アバン」

 

 瞬間移動呪文(ルーラ)によって三人の援軍が到着した。

 いずれも知る人ぞ知る強者。

 彼らの顔を知る者達は皆一様に驚きの色を浮かべ、同時に、頼もしい援軍に安堵する。

 

「丁度いい、借りるぜその魔法陣」

「ええ。その為に用意しましたから」

「……へっ。嘘言いやがって」

 

 一人目――ローブに身を包んだ老人、大魔導士マトリフは笑い、両手に高熱を生み出す。

 アーチを描くように広がったそれを再び両手に収束させると、印を結ぶような形で前方に放出……!

 

極大閃熱呪文(ベギラゴン)!」

 

 アバンの呪法により増幅された呪文は雷竜の全身を包み、周囲の空気までも熱くする。

 まるで、そのまま竜の巨体を焼き尽くしてしまいそうな威力。

 敵も味方も、その見事さに息を呑み――その隙を縫うようにして、一陣の風が残る魔界の魔物達へと吹き付けた。

 

「遅れて遊びに来てみれば、雷竜ボリクスとはな。俺も御伽噺でしか見たことがないぞ」

「ロン・ベルク!」

 

 魔界の名工ロン・ベルク。

 軽装にマント姿の彼は、それぞれの手に長剣を携えている。

 彼が鍛冶屋であると同時に凄腕の剣士であることを知る者は少ないが――その腕前はヒュンケルやアティに匹敵する。

 慌てて襲い掛かった魔物達も二本の剣であえなく解体。

 片手間に、彼は懐から一見ガラクタのような小物をアバンに投げ渡した。

 受け取ったアバンは首を傾げる。

 

「これは?」

混合武器(パズルアーム)。得物を変えても戦える器用な奴用の武器――っていう注文があった」

 

 誰から、とは言わなかったが、アバンはしっかりと汲み取った。

 

「ありがとうございます」

 

 感覚的にパズルを弄れば、ガラクタに見えたそれは形を変えて両刃の剣となる。

 接合部の一端をズラすと今度は槍に、柄をねじるようにすると解けて鞭にも変わる。

 他にもまだまだ変わるだろう。

 これはいい、と、アバンは頷いた。

 

「これなら――」

「ええ、どんな強敵でも打ち倒せます」

 

 三人目の優しい声が、その場にいた者達を和ませる。

 声だけでなく、彼女の掲げた手のひらからの光が、全員の傷を等しく癒していく。

 アバンは『彼女』の顔をじっと見つめた。

 随分と皺が多くなったが、その顔を見間違えるわけもない。

 

「お久しぶりです、アバン様。お変わりないようで」

「ええ、あなたも――レイラ。はは、これでロカがいれば全員集合だったんですけどね」

「主人もきっと、見守ってくれていますわ」

 

 空――娘のいる大魔宮を見上げ、マァムの母、レイラは微笑んだ。

 かつては夫、戦士のロカと共にアバンを支えた凄腕の僧侶。

 体力こそ衰えたとはいえ、呪文の腕は未だ一線級を保っている。

 

「では――」

 

 並んだ元勇者一行は雷竜に向き直る。

 増幅されたベギラゴンにより全身を焼かれながら、竜はなおも形を保っていた。

 肌をボコボコと再生させながらアバン達を睨みつけ、ひときわ大きな咆哮を上げる。

 

「こりゃあ、でかいの一発キメるしかなさそうだな」

「頼りにしてますよ、マトリフ」

 

 おどけた声を出したアバンに、マトリフも笑みを返す。

 

「まだ弟子(ポップ)にゃ負けてられないからな。師匠の実力って奴を見せてやる。だからしばらく敵を引きつけやがれ」

「はいはい。全く、勇者使いの荒い魔法使いですねぇ」

 

 新たな武器を手にしたアバンが軽い足取りで雷竜に向かい。

 レイラが集団回復呪文(ベホマラー)を唱え続ける中、マトリフは己が編み出した超呪文の準備を始める。

 完成に時間がかかる上、少々、邪魔が多い戦場だが。

 

「マトリフ殿。オレ達が壁になろう」

「あの怪物を倒す切り札、存分に高められるがよい」

「へっ。有難うよ」

 

 マトリフを襲う雷を、前に立ったクロコダイン、ボラホーンが引き受ける。

 流れが完全に変わっていた。

 たった三人、それだけの援護で、人類に追い風が吹いた。

 

『え、ええいっ! ならば残りの魔法の球を――』

「遅いんだよ。出すならもう少し早く出しておけ」

 

 無論、雷竜に巻き込まれるのを避けるためだったのだろうが。

 結果だけ見れば、ロン・ベルクが言う通りになった。

 

 双剣が並みいる魔物を斬り倒し、勇士達が二対一など有利な状況で敵の数を減らす。

 暴れ回る雷竜をラーハルトが撹乱、アバンと協力してマトリフの元へ向かわせない。

 

 ――雷竜ボリクスは完全ではなかった。

 

 再生能力や体力ではオリジナルを上回っているのだろうが、代わりに強者が本来持つべきもの――理性や闘気といった大事なものが欠けている。

 意志が無い故、雷は無暗にばらまくばかりで、一点に落としてくることもない。

 闘気の籠ったブレスがあれば、それだけで勇士達は半壊していたかもしれない。

 理性が残っていれば呪文を用いることもできただろう。

 

 おそらく、妖魔師団の部下をベースにしたのだろうが、裏切りを恐れてか、それとも単に耐え切れなかったのか、ただの魔獣に変えてしまったのが敗因だ。

 

「――終わりだ」

 

 新たに放たれた魔界の魔物が戦線に到達する頃には、もうメドローアが完成している。

 慎重派のザボエラに自ら止めに入る勇気はなく――もしも、かつてアティを襲った『毒牙の鎖』があれば別だったかもしれないが、あれに予備は存在しない。

 極大消滅呪文が狙い違わず、紛い物の頭部を吹き飛ばして。

 

『まだじゃ! ボリクスはたとえ頭部が潰れようと再生する! 暴れ回るこやつを相手にどれだけ持ちこたえられるか――」

「そうか。ならば全身潰すとしよう」

『な、何!? この声は!?』

 

 炎を纏った壮麗なる剣が、光の籠った拳が、凝縮された爆球が。

 どこからともなく現れた三つの影から放たれ、残る雷竜の身体を解体し、砕き、バラバラに吹き飛ばす。

 

 ――目にも止まらぬ、一瞬の出来事。

 

 まさか来るとは思わなかった救援に、勇士達は呆然となる。

 そんな彼らを尻目に、乱入者達はすぐさまルーラで移動していく。向かった先は上空、大魔宮。

 まるで姿を晒すことを恐れるように。

 

「あれは……」

 

 しかし、アバンは、うち一人とかすかに視線を合わせていた。

 

「……ハドラー」

 

 かつて対峙した時とは比べものにならないほど強く、凛々しくなった宿敵。

 彼が再会を喜んでいたように見えたのは、果たして気のせいだっただろうか。


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