新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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王・マキシマムの罠……!?

 大魔宮(バーンパレス)中央部への入り口近く。

 右翼や左翼へ繋がる道との合流地点に、ヒュンケルは一人で立っていた。

 

 ――否、一人と言うと少々語弊があるか。

 

 彼の前には無数の魔物が立ち並んでおり、襲い掛かるタイミングを計っているのだから。

 

「ククク……」

「こいつ、わざわざ一人で残りやがったぜ」

「よほど死にたいらしいな」

 

 皆、下で目にしたのと同じ魔界の魔物達。

 地上の魔物とは格が違うことは既に目にしていたが――口々に言う彼らに対し、ヒュンケルはただ無言を貫いた。

 答える必要を感じなかったからだ。

 

 彼はただ、剣を構えて待ち受けるのみ。

 余計なお喋りで時を無駄にしてくれるのなら好都合。その分、先に言ったダイ達との距離を離せる。

 だが、まあ、あまり冗長になるのも好ましくはない。

 

「御託はいい。かかってくるなら早くしろ」

「ああ……っ!?」

「勢い込んで決戦に臨んだはいいが、ここまで碌に身体を動かしていないのでな。……ウォームアップの相手を探していたところだ」

 

 敢えて挑発的に言い、薄く笑う。

 思った通り効果は覿面だったようで、魔物達は顔に怒りを浮かべ、一斉に襲い掛かってくる。

 

「この野郎……!?」

「ぶっ殺してやる……っ!」

 

 殺到する敵を前に心地のいいものを感じながら、ヒュンケルはこうなった経緯を思い返していた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……うん。みんな、罠の探し方と壊し方に慣れてきましたね」

 

 中央部の入り口が近づいてきた頃、アティが微笑んで言った。

 

「11フィート棒の活躍が期待の半分以下でしたけど――それはまあ、仕方ありません」

 

 しゅんとした彼女が手にしているのは伸縮性の棒だ。

 目いっぱい伸ばした後は、コンコン、と床を叩いて調べるのに用いる。要は衝撃で発動するタイプのトラップを事前に、安全に起動させるタイプのものなのだが、大魔宮のトラップは大部分が呪法式――仕掛け人が様子を見ながら任意に発動するタイプらしくあまり役立たなかった。

 とはいえ、床を叩いた音の違いなどから罠の有無を調べることはできていたが。

 

「これなら、私がいなくても大丈夫ですよね?」

「えっ……!?」

 

 師の言葉に、マァムが真っ先に声を上げた。

 

「先生、一緒に来てくれるんじゃ……?」

「ごめんなさい。少し別行動を取らせてもらえますか?」

 

 結局、ここまでの道のりで魔物が妨害してくることはなかった。

 戦力の集中を狙っているのだろうとアティは言い、ならば誰かがしんがりを務めなければならないと続けた。

 道理だ、とヒュンケルは頷く。

 

「罠はあらかた潰した。背後からの敵をしんがりが食い止めれば、ダイ達は正面に集中できる。後続との合流も容易になるだろう」

「そういうことです」

「なら、一人では不安だな。俺も残ろう」

「え?」

 

 アティの意図を理解した上で「その先」を提案すれば、当のアティまでもが目を丸くした。

 

「おいおい、ヒュンケルまで残るのかよ?」

「……だが、正当な懸念ではある」

 

 低い声で言ったのはバランだ。

 元軍団長、しかも厳めしく直截な武人肌で付き合いづらい相手だが、アバンの使徒達とは既にかなり打ち解けている。

 ダイも親子としてはともかく、仲間としては彼を信頼している。

 

「敵戦力の半分を受け持つのだ。一人では荷が重いのも確かだろう」

「……そうだね、バランの言う通りだ」

 

 話を理解した勇者は笑顔を浮かべてアティ達に言った。

 

「わかった。いったん別行動しよう。それもバーンを倒すためなんだよね?」

「ダイ君……。はい、もちろんです」

 

 少年が承諾したのなら、マァムやポップも駄目とは言わない。

 アティがアバンから貰った(フェザー)の半分をマァムとバランに分けると、ヒュンケルは彼女と共にその場に残った。

 話し声が届かない程度に、仲間達の姿が遠のいたところで。

 

「さあ、アティ。お前も行け」

「え?」

「何かやることがあるんだろう?」

 

 彼女の意図などお見通しである。

 誤魔化し方が甘い。アバンならあっさり煙に巻くであろう場面でも、嘘をつく申し訳なさが顔に出てしまっている。しんがりを務めるのも嘘ではないだろうが、他にも目的があるとバレバレだ。

 おそらくダイ達は気づいていないだろうが。いや、ダイは気づいて任せてくれたのか?

 

 ――バランは知っているのだろうな。

 

 僅かな嫉妬のようなものが胸をよぎるも、ヒュンケルはそれを振り払った。

 

「重荷ばかり背負おうとするな。敵の足止めと『それ』を両方、一人でやるつもりだったのか?」

「……あ。もう、ヒュンケルには敵いませんね」

 

 困ったような、それでいて嬉しそうな微笑みをアティは浮かべた。

 ただそれだけで心が安らぐのを感じ、苦笑する。

 

「あなたのことは良く知っているからな」

「ヒュンケル」

 

 異界から来た賢者の瞳が一人の、仲間を心配する女のものになる。

 

「その通りです。私にはもう一つ、片づけておかないといけない懸念があります」

 

 黒の核晶。

 ハドラーの体内に隠されていたのと同じ超爆弾が最低一つ、残っているはずだと彼女は語った。

 根拠は、バーンが『柱』を落としている間に行った調査。死の大地に落とされたものはただの柱だったが、他の四本に関しては全て黒の核晶が内蔵されていた。これは不用意に爆発しないよう、念入りに凍結済み。

 

 ――つまり、バーンの狙いは黒の核晶による地上そのものの消滅。

 

 六芒星で爆発の威力を高めて一気に吹き飛ばす作戦なのだろう。

 だとすると、ポップのメドローアで一本を消滅させたにせよ、最後の地点に落とす予定だった一本がまだ残っているのである。

 

「大魔宮ごと私達を吹き飛ばしてバーンだけ脱出する、なんてぞっとしませんから」

「……ない、とは言い切れんな」

 

 だから、ダイ達を先に行かせた。

 全てを説明してしまうと、少年達は一緒に行くと言い出す。それでは駄目だ。主戦力である竜の騎士親子をまっすぐバーンに向かわせるのが最優先。その上で別行動を取るからこそ隙をつける可能性がある。爆心地から離れていれば脱出の目もあるだろう。

 でも、と、アティは首を振る。

 

「私は死ぬつもりはありません」

 

 彼女は、死んでも元の世界に帰るだけだ。

 だが、言いたいのはそういうことではないだろう。

 

「だから、ヒュンケルも死なないでください」

「……わかっている」

 

 元より死ぬつもりなどない。

 ヒュンケルがしたのはあくまでも仲間達のサポート。

 勝率を最大限に上げるためのものであり、そのためには、何が何でもしんがりを全うし、その上でダイ達の救援まで果たさなければならない。

 

 ――約束もある。

 

 レオナ姫と交わした約束。

 そして、決戦前夜、死なないで欲しいと泣きながら、それでもヒュンケルを()()()()()()()()女との約束。

 彼女達の想いを無駄にするわけにはいかない。

 

「約束しよう。俺は、最後の一瞬まで生を諦めない」

「………」

 

 こくん、とアティが頷く。

 二人は軽く腕を持ち上げ、こつん、と拳をぶつけあった。

 

「では、私も行きます」

「健闘を祈る」

 

 そうして、アティはそっと姿を消し、ヒュンケルが一人その場に残って。

 飛び出してきた魔物達を迎え撃った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「こ、こいつは化け物か……っ!?」

「もう何匹やられた……っ!?」

 

 剣が閃く度に首が、胴が、腕が落ちる。

 空中から襲い掛かる魔物は剣を鞭、あるいは槍に変えて迎撃。

 背後から来る者には手甲に覆われた裏拳や足甲による回し蹴りを見舞う。

 

「口を動かす暇があったら、かかってきた方がいいぞ」

 

 敵が怯む気配を見せれば、腰を落として水平に剣を構える。

 高速回転する刃が螺旋状の闘気を生み出し、複数体を一度に貫いた。

 

 ――恐怖。

 

 精鋭を自負する魔界の魔物達が恐れを抱くのがわかる。

 思ったよりもずっと苦戦を強いられているからだろう。

 だが、ヒュンケルにしてみればこの結果は当然のこと、むしろなぜわからないのかと言いたい。

 確かに魔界の魔物は強い。だが、ハドラーやザボエラも魔界出身。バーンが地上侵攻に向けて連れてきた幹部が選りすぐりでないわけがない。今のヒュンケルなら魔軍司令時代のハドラーとも互角以上に戦えるはずで、となれば当然、雑魚など相手にならない。

 

「か、かかれぇっ!」

 

 無論、油断はできないが。

 恐れと焦りから動きを単純化させた魔物達を、ヒュンケルは端から撃退していく。

 ウォームアップと言ったのは半ばでまかせだったが、動けば動くほどに調子が良くなっていくように思えた。

 

 ――尽きぬ闘志。

 

 ミナカトールの副産物なのかもしれない。

 心の赴くまま、仲間達の元へ敵を向かわせないため、剣を振るい続ける。

 もう、ダイ達はかなり進んだだろう。

 とはいえ、向こうの障害も考えればまだまだ油断できない。このまま着実に数を減らして、

 

「私が~~っ、来たっ!!」

「何……っ!?」

 

 野太い割に軽いノリの声が聞こえると同時、背中側から衝撃が走った。

 ロン・ベルク製の鎧、その装甲を貫き背中を浅く傷つけているのは、オリハルコンの輝きを持った――槍。

 手にした戦士の顔には覚えがあった。

 

騎士(ナイト)――シグマ!?」

「違ぁーーーう!!」

 

 ドン、ドンドン、と、周囲の地面に衝撃。

 降りて、否、落ちてきたのは人間並のサイズがあるチェスの駒。

 オリハルコン製の駒が、ヒュンケルを襲った騎士を含めて全十個。

 

「チェスの駒とは全十六個。バーン様がハドラーに与えたのはそのうちの五つに過ぎん!」

 

 最後の一体。

 一際大きな姿は、わざわざ中央部の外壁の上から声を上げ、飛び降りてくる。

 大魔宮の床にひび割れを作りながら着地した彼は、ニィ、と、いやらしい表情を作った。

 

「こいつらは我輩が操る人形! そして我輩は大魔宮最大最強の守護神――本来、十六個の駒のうちで唯一意志を持つ存在!!」

 

 その駒は、まさしく、

 

(キング)・マキシマム!!」

 

 王。

 チェスにおいては「取られたら負け」となる、いわばプレイヤーの分身。

 残りの十五個の駒を率いる指揮官であり、駒自体の性能は女王等に大きく劣るが――実質的な能力で言えば、全駒中で最強ともいえる。

 後方に立つマキシマムを守るように駒達が変形、ヒムと同様の兵士(ポーン)が七体に僧正(ビショップ)城塞(ルーク)騎士(ナイト)が一体ずつ。

 

 ――超硬騎団同様、オリハルコンのボディを持つ敵が十一。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 ヒュンケルに対して決死の特攻を強いられていた魔界の魔物達は口元に笑みを浮かべた。

 

「丁度いい。おい、力を貸せ! こいつをぶっ殺すんだ!」

「む? うむ、是非もない。勝利の暁にはバーン様に『マキシマム様の助力がなければ危ないところでした』と報告してくれたまえ」

 

 鷹揚な返答。

 ヒュンケルは違う、と理解した。王、マキシマムは超硬騎団の連中とは決定的に異なる。功を尊び、戦士の誇りよりも楽な戦いを是とする狩猟者。

 冷静冷酷な女王アルビナスでさえ、彼のように弱者をいたぶるような笑い方はしなかった。

 

「……不愉快だ。さっさと消えてもらおう」

 

 剣を構えなおしたヒュンケルは前後の敵に向かって告げる。

 先程までの昂揚感とは一転、冷えるような緊張が伴ってはいたが、アティに告げた通り、彼は一片たりとも己の生を諦めてはいなかった。

 オリハルコンの駒、そして、魔界の魔物達が一斉に殺到する。

 敵の群れの中に一点の活路を見出したヒュンケルは迷わずそこに踏み込み、剣を振るう。

 

 マキシマムの登場まで指一本触れられていなかった鎧に、魔物の剣が食い込もうと。

 オリハルコンの槍が、拳が、剣が、肌をかすめようとも構わない。

 

 ごとん、と、まずは一つ、兵士の胴が離れて床に落ちた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「先生たち、大丈夫かな」

「心配ない。それより、今は前へ進むことに集中しろ」

「ん、そうだね……」

 

 大魔宮中央部はまさに城と言っていい建物だった。

 入口に設置されていた大きく頑丈な扉は四人による同時攻撃で破壊し、消耗した分は(フェザー)で回復。

 中は一本道が続いており、時折罠が見つかる以外、前から敵が襲ってくることもない。

 やっと開けた場所に出たかと思えば玄関ホールのような構造になっており、結局、奥へと向かう道は一つだけだった。

 アティの予測通り、迎撃に向いた構造。

 にもかかわらず、敵が現れないということは。

 

「雑魚を多く用意する必要がないということ」

「――その通りだ」

「!?」

 

 先への道からゆらり、と、白い影が現れる。

 それは魔王軍の魔影軍団長にして、大魔王から最も信頼を置かれる男。

 

「ミストバーン――!」

 

 身構えるダイ達。

 四人の実力者を前に、ミストバーンは堂々と宣言する。

 底知れぬ己の実力を知らしめるように。

 

「ここから先へは一歩も通さぬ。ここが貴様らの死地となると知れ」

 

 しんがりとして残ったヒュンケル。

 一人、黒の核晶の対処に向かうアティ。

 そしてダイ達の前にも大いなる障害が立ちはだかった。

 

 最終決戦は、今、新たな局面を迎える。


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