新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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勇者の家庭教師(後編)

「なあダイ。お前、あの『先生』と暮らしてるんだよな?」

「ああ。もう結構経つかな」

「一緒に風呂入ったり、隣で寝たりしたんだろ? 羨ま――」

「したけど、それがどうかしたのか?」

 

「なんだこいつ」

「なんだこいつ」

 

  ☆   ☆   ☆

 

 二日目の修行は森の奥、広めの洞穴で行われることになった。

 ダイとアティを連れ修行場所までやってきたアバンは、普段よりも幾分か真面目な雰囲気で語った。

 

「……ダイ君。君は昨日、大地斬を覚えてしまいました」

 

 大地斬は三つあるアバン流刀殺法の初歩、基本となる技だ。

 剣に己の力を無駄なく伝えることにより、岩すらも両断する剣技――それを、ダイは初日の修行でものにした。マスターするまでには繰り返しの練習が必要だろうが、使えるようになった以上、特別(スペシャル)ハードコースは次のカリキュラムに進まざるをえない。

 

「今日からの修行はその上を行く技を覚えるためのものとなります。半端じゃないですよ。下手をすると――」

 

 死にます。

 

「………!」

「………」

「ピィッ!?」

 

 告げられた言葉に冗談の色合いは欠片もなかった。

 

「それでもやりますか、ダイ君?」

「っ、やります!」

 

 年上の男、教師から放たれる威圧感に息を呑みつつも、少年はしっかりと頷いた。

 

「アバンさん。一体どんな修行を……?」

 

 アティの問いに、アバンは静かに答える。

 

「簡単です。私と戦うのです。ただし、私はある呪文を使います。ダイ君――アティ先生も、どうぞ真剣を使ってください」

「真剣を?」

「そう。たった今から私の皮膚は鉄よりも固くなってしまいますからね」

 

 彼の言葉を聞いたアティには閃くものがあった。

 

 ――大地斬の先の技、その修行を行うための魔法。

 

 想像が正しければ、このアバンという男は本当に底が知れず……そして、恐ろしく冷静だ。

 

「……いきますよ」

 

 そして、唱えられた呪文はアティが想像した通りのものだった。

 

「ド・ラ・ゴ・ラ・ム!!」

 

 アバンは――デルムリン島をマホカトールで救い、二人プラス一人の弟子を一日ぶっ続けで教え、それでもなお底知れない『勇者の家庭教師』は、両手を握りしめ歯を食いしばり、全霊を賭すようにしてその呪文を唱えた。

 

 ――竜化の呪文、ドラゴラム。

 

 可視化された魔法力(マジックパワー)が炎のように揺らめいてアバンを包む。

 人型のシルエットが徐々にぼやけ、大きく丸みのある形へ。魔法力が収まる頃には、男は洞穴内が窮屈に思える巨体へ変わっていた。

 ずんぐりした胴体に大きな角と顎を持つ、一匹のドラゴン。

 アティの知識で言えば、鬼妖界シルターンの『龍』ではなく幻獣界メイトルパの『竜』だった。

 

「行きますよ、ダイ君……!」

 

 驚くほど明瞭な声で、竜――アバンは声を上げ、大きく息を吸い込む。

 喉奥に見えるのはオレンジ色の輝き。炎の息が蓄えられていることは明白だった。

 

 ――頑張って、ダイ君……!

 

 アティはダイ達から数歩後退し、片手で剣の柄を握る。

 もう一方の手は空けて回復呪文(ホイミ)の準備。いざという時に対処する心構えと、そうならないで欲しいと願いを胸に待つ。

 

 ダイはパプニカのナイフを低く構えた。

 腰を落とした姿勢は、竜を直接斬りつけることを考えていない。最速で剣を振ることだけを目指している。

 竜が目を細め、特大の火炎を吐き出した。

 

「アバン流刀殺法――海波斬!!」

 

 ナイフが閃く。

 早く、鋭い一撃。ただそれだけだが、尋常でないほどに高められた技の冴えが通常ではありえない空気の流れを作り出す。

 

 そして、見えない空気の刃が炎を切り裂いた。

 

 炎はダイを避けるように二つに分かれ、洞穴の壁を焦がした。

 

「ッギャオオオオッ!?」

 

 竜と化したアバンが悲鳴を上げ、人の姿へ戻っていく。

 戻った彼の鼻には小さな切り傷があった。ダイが海波斬によって傷つけた名残だ。

 

 アバン流刀殺法、海波斬は鋭い剣閃により炎や水を切り裂く技だ。

 副次的な効果として斬撃を飛ばすこともできるが、どちらかといえば呪文を使う相手への防御手段、カウンターとして用いるもの。

 特に、メラしか使えないダイにとっては戦術の幅を飛躍的に広げてくれる。

 

「先生っ!」

 

 ダイがぱっと顔を輝かせ、アバンと、次いでアティを見た。

 

「お見事! 大地斬に続き海波斬のコツも掴みましたね」

「格好良かったよ、ダイ君」

 

 師二人からの素直な賛辞。

 気恥ずかしくなったのか、少年は顔を赤くすると俯き頬を掻いた。

 さっき会心の技を見せたとは思えない、初々しい反応。

 

 アティはくすりと笑い、アバンの傷を癒すために走り出した。

 

  ☆   ☆   ☆

 

 アバンの鼻を治した後は、海岸に移動して特訓の続きを行った。

 海波斬を何度も反復したダイは技の精度を高め、すっかり自信をつけた。通常コースの授業で合流したポップが訝しみ、話を聞いて、何とも言えない表情を浮かべていた。

 ともあれ授業は続き、何度も新技を放ったダイも大きな呪文を使ったアバンも一日の流れをしっかりこなした。

 

「それじゃあポップ、我々は特別(スペシャル)ハードコースの続きに行きますので」

「へーへー、せいぜい頑張ってくださいよ」

 

 木立ちを抜けて移動しようとするアバン達に対し、ポップは地面に座り込んだまま手を振った。

 

「………」

 

 なんとなく、少年の様子が気にかかったアティは「先に行っていてください」とアバン達を促してその場に残る。

 と、ポップもさすがに気づいたらしく、顔を上げた。

 

「なんすか?」

「ね、ポップ君も一緒にやらない?」

「………」

 

 ポップは目を見開き、少ししてから息を吐いた。

 

「何を言うかと思えば……。やりませんよ。俺は魔法使い志望だから勇者にはならないし、あんな特訓してたら勇者になる前に死んじまう」

「あはは……」

 

 今日の授業(ドラゴラム)を見た後だと「そんなことない」とも言えないアティだったが。

 

「でも、ポップ君、なんだか羨ましそうに見えたから」

「……別に、羨ましくなんか」

 

 少年は頭の後ろで手を組むと、地面に寝ころんだ。

 

「ほっといてくれよ。あんたは……あなたはダイの先生かもしれないけど、俺の先生じゃない」

「わかりました」

 

 アティは慈愛の笑みを浮かべると頷きを返した。

 

「でも、気が変わったらいつでも言ってくださいね。アバンさんもダイ君も、きっと歓迎してくれると思います」

「へーへー」

 

 それ以上、言い募ることはしなかった。

 アティは踵を返して小走りに海岸を目指す。

 

 己の足音と風、木の葉の音のせいか、小さなポップの呟きはアティの耳に入らなかった。

 

「……ちぇ。先生もあんたも、同じことを言いやがる」

 

  ☆   ☆   ☆

 

「――はっ!」

 

 気合と共に、ラグレスセイバーを一閃。

 海に向けて放たれた剣は一見、何の効果も表さなかったが……一拍遅れたタイミングで、視界の先、海の向こうの方がぱっ、と裂けた。

 

 ふぅ、と、アティは息を吐いて剣を下ろす。

 

 これで都合、二十回目の反復になる。居合いという技術を見様見真似で取り入れた一撃は、横切りであるという点を加味してもなお、ガーゴイルとの戦いで海を割ったダイに比べると大分地味だが。

 

「いちおう、海波斬になってるでしょうか?」

 

 夕陽を背に振り返る。

 ダイとアバンの表情は、どちらも笑顔だった。

 

「あははっ、凄いや先生!」

「わっ、と」

 

 飛びついてくるダイを受け止め、微笑み返す。

 やっぱり、出会った頃より重くなった。

 

「オーケー。ダイ君もアティ殿も海波斬クリアとします。驚きのペースですが、明日には空裂斬の修行に入れてしまいますねぇ」

「空裂斬……!」

 

 腕の中にいる少年が息を呑むのがわかった。

 

 空裂斬は三つあるアバン流刀殺法の最後の一つ。これを修得すれば、おおよそどんな相手とも戦うことができ、また、とある必殺技に手が届く。

 ダイとアティは一度だけアバンに見せてもらっていたが――。

 

「そうですね、もう一度お見せしておきましょうか。我が奥義、三つのアバン流刀殺法を修めた者のための必殺技……!」

 

 海の前に立ったアバンが颯爽と剣を閃かせる。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 海が、アティの時よりもダイの時よりも大きく、深く切り裂かれ、割れた。

 

 

 

 貴重な食事と睡眠時間を経て翌日。

 三日目の特別(スペシャル)ハードコースの授業にて、アバンはダイとアティに向け、予想もしていなかったことを告げた。

 

「今日のメニューはアティ殿にお願いしちゃいましょう」

「え、ええ?」

 

 私ですか、と自分を指せば、ユーです、と指さされた。

 

「空裂斬の修行、ですよね?」

「空裂斬の修行ですよ」

「ピィ……」

 

 眉を寄せたゴメちゃんの表情が、さすがに無茶だと言っていた。

 

「アティ先生……?」

 

 ダイの顔も心配そうに曇っている。

 大事な教え子にそんな顔をさせるのは本意ではないが、かといって安易に引き受けるわけにもいかない。

 

 アティは振り返り、もう一度アバンを見つめた。

 

「何か、考えがあるんですね?」

「ええ。私ばかりが授業するのも……というのもありますが、アティ殿が適任なのではないかと思いまして」

 

 にっ、と、笑った顔、眼鏡の奥にはやはり真摯な色がある。

 

「わかりました」

 

 少し考えてからアティは頷き、二人と一匹に向けて宣言した。

 

「海岸に行きましょう。そこの方が特訓しやすいと思います」

 

 

 

 昨日の夕方と同じ海岸に行くと、何やらポップが杖の素振りをしていた。

 掛け声と共に幾つものポーズを取っていた彼は、アバン達に気付くとバツの悪そうな顔になる。慌てて杖を隠し何食わぬ顔を装おうとするも、当然、バレバレだった。

 

「ポップゥ~~? せっかくだから特訓、見学していきませんか?」

「なっ、なんで俺がっ!」

 

 いつもの調子で口ごたえしようとする彼だったが、そこにダイが無邪気な笑顔を向ける。

 

「いいじゃん、ポップも特訓しようぜ! 空裂斬の修行なら、瞑想みたいに魔法の役にも立つかもしれないしさ!」

「い、いや、だから……」

 

 さすがに旗色が悪いと思ったのだろう、ポップはちらりとアティを見てくる。

 果たして、この答えが助け舟になるかはわからないが。

 

「せっかくですから見ていってください。見るだけなら、暇潰しと変わらないですし」

「……わかったよ」

 

 渋々と、少し離れた岩の傍に座り込む少年を見て、残る男二人が笑顔を交わし合っていた。

 

 

 

「目隠し……?」

「はい。それと、耳栓もお願いしますね」

 

 帯状の布と小さな詰め物を渡すと、ダイは怪訝そうな顔になった。

 

「これで、どうするの?」

「私とアバンさんが適当に攻撃しますから、ダイ君はそれに反撃してください」

「え、でも、目も耳も使えなかったら」

 

 アティはこくりと頷いた。

 

「相手がどこにいるかわかりません。でも、それでいいんです」

 

 そういう修行なのだとダイに伝える。

 

 ――空裂斬は大地斬、海波斬とはだいぶ毛色の異なる技だ。

 

 大地斬は力の集中と解放というわかりやすい技術によるもの。

 海波斬も剣閃で不定形のものを斬るとはいえ、技術的なものであるのは変わらない。

 

 対して、空裂斬は剣に『闘気』を込め、放つ技だ。

 放たれた闘気は敵にぶつかり、物理的な手段ではどうしようもないものすらも斬る。例えば実体のないモンスターや、腐った死体のような死にぞこない達にも致命傷を与えられる。

 

「闘気については正直、私も詳しくありません。でも、どうすればいいのかはだいたいわかります」

「それは?」

「それは、心を研ぎ澄ますこと。誰かと武器をもって対峙した時、本当に斬るべきものが何なのか、よく見極めることです」

「本当に、斬るべきもの……」

 

 ダイが難しい顔になる。

 見学中のポップまでもが「何を言ってるのかわからん」という顔をしているのがなんとなくおかしくて、アティは小さく笑った。

 

「とりあえず、目や耳に頼るのを止めてみましょう。そうすれば、少し見えてくるものがあると思います」

「わかった、やってみる!」

 

 理由がわかればダイは素直だ。

 いそいそと目隠しし、耳栓を付けたダイ。布を詰めた程度では音を遮断しきることはできないが、波の音と合わせることで足音くらいは消してくれる。

 

「いつでも来い!」

 

 木の棒を構えたダイに微笑み、アティはアバンを振り返った。

 

「これで、どうでしょう……?」

「ええ、上出来です。やはり、貴女に空裂斬を教える必要はなさそうです」

「そんなこと……」

 

 首を振って、アティはダイに向き直る。

 

 

 

 しばしの間、木の棒が打ちあう音と、棒が頭や腕を叩く音が海岸に響いた。

 

 ――そうして、ダイがあちこちに擦り傷を作った頃。

 

 海の向こうから強烈なプレッシャーが放たれ、その場にいた四人全員の身を竦ませた。

 何かが来る。それも、強大な何かが。

 特訓の手を止めたアティは、そんな予感に汗を滲ませた。




アティレックスはなんとなく、空裂斬が得意そうなイメージ。

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