新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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それぞれの前哨戦(前編)

 一帯に築かれていた死体の山は、ハドラーの呪文によって綺麗に掃除された。

 鎧を解除して床に座り込んだヒュンケルは、アティから貰った木の実の残りを噛み砕きながら尋ねた。

 

「……どうやって死の大地から脱出した?」

「ヒムに助けられたのだ」

 

 動くようになっただけの身体を動かし、邪魔な魔物達へ挑んだハドラー。

 雑魚の一掃自体は問題なかったものの――死の大地の崩壊と『柱』の投下を完全に避けることはできなかった。

 余波に呑まれ、海の藻屑と消えかけたところを、ヒムの腕に掬い上げられた。

 

「生きていたのか」

 

 前に戦った時とは姿の変わった兵士を見やる。

 ヒムは照れくさそうに視線を逸らした。

 

「いや、オレはあの時確かに死んだ……はずだ」

「はず?」

「死ぬ瞬間に思ったんだよ。戦いの結果に悔いはねえ。だけど、人間達みてぇに何度も何度も這い上がって、強敵とその度にやりあえたら最高なのに……ってよ」

 

 そして、気づけば海の底で目覚めていた。

 大魔宮の浮上により水中にも揺らぎが生まれていた。何が起こっているのか判断できようはずもなかったが、ヒムはとにかく仲間達を探すことにした。

 幸いオリハルコンボディ故に呼吸の必要はない。

 強い脚力を利用して地面を蹴って浮上、幸い沈んでいく氷塊が幾つもあったため、上手く上がっていくことができた。

 

「で、ハドラー様を見つけて――離れたとこに浮かんでたアルビナスも回収したのよ」

「どさくさに紛れて姿を隠すことさえできれば、後はハドラー様のお力で再生できますから」

 

 自力では死ぬしかなかったアルビナスは少々居心地が悪そうだったが。

 ひとまず納得のいったヒュンケルは頷き、言った。

 

「チェスには昇格(プロモーション)というルールがあったな。最前列まで到達した兵士(ポーン)がキング以外の駒の能力を得るという――」

「ああ。ヒムにも似たような能力が備わっていたのだろう」

 

 ハドラーが答えた。

 他の団員――シグマ、フェンブレン、ブロックについてもできるかぎり捜索したが、三体の残骸が見つかるだけだったという。

 ヒムが蘇ったことが奇跡。

 アルビナスは、そもそもアティが止めを刺していなかった故。

 メドローアやアバンストラッシュ、グレイトアックスの一撃で葬られた彼らはそのまま逝ってしまったのだろう。

 

「……恨んでいるのか、俺達を」

 

 だとしても仕方のないことだろう。

 仲間を失った怒りや悲しみ、それは受け止めてやらなければならないが。

 

「あ? ンなこと考えちゃいねえよ」

「そう、なのか?」

「当たり前だろうが」

 

 何言ってんだこいつ、という顔でヒムが肩を竦めた。

 

「もちろん悔しいとは思ってるぜ。あいつらの分までてめぇの面に拳をぶち込んでやりてえとは心底思う」

「……なら」

「だがな、あいつらは全力で戦った。てめぇらもそれを真っ向から受けてくれた。それだけだろうが」

「!?」

 

 ヒュンケルは目を見開いた。

 なんというか、ヒムの答えは驚くほど「さっぱりと」していた。

 もともと彼らは変わり種ではあったが、それにしても魔王軍には似つかわしくなさすぎる。

 ハドラーが苦笑気味に言う。

 

「先程見ただろう。今のヒムは闘気を備えている」

「……ああ」

 

 光り輝く拳。

 ノヴァやホルキンスの闘気剣と同じ、言うなれば闘気拳と言うべきもの。

 纏っていたオーラは、紛れもなく。

 

「あれは、光の闘気だった」

「正義の味方なんてガラじゃねえけどな」

 

 鼻を擦るような仕草をする兵士の顔にも邪気はない。

 そもそも、こうして話をしているのも「回復できるならしやがれ。疲れてるてめぇを倒してもつまらねえ」と、半ば無理やり休息を取らされているせいだ。

 お陰で、木の実の効果もあり、しばらくすれば体力だけは全快するだろうが。

 

「ヒムは単なる呪法生命体では無くなった、ということか」

「ああ。おそらくはオレが死んでもこいつは生き残るだろう」

 

 術者の死にも囚われない。

 それは、紛い物の命が一個の生命となった証だった。

 

 ――その時、ヒュンケルの胸に複雑な想いが生まれた。

 

 ハドラーによって造られた命。

 ならば、何故、父バルトスにその奇跡が与えられなかったのか。

 

「オレが憎いか、ヒュンケル」

「……無論だ」

 

 正義の使徒として全うすることを決めた身ではある。

 だが、怒りや悲しみが無くなったかといえばそうではない。

 

「復讐する気はない。同時に、お前が父さんを殺した事実は消えん」

「……だろうな」

 

 ハドラーが腕を持ち上げ、バルトスを叩き壊した手を見つめる。

 

「弁解は無意味。オレにはオレの理由があった」

「………」

「だが、今のオレなら、あの時のバルトスの気持ちが少しはわかるかもしれん」

「……ハドラー」

 

 これまでのハドラーなら絶対に言わなかったであろう台詞。

 ヒュンケルが目を見開けば、男は誤魔化すように視線を他方へと向けた。

 

「オレとアルビナスはバーンを討ちに行く」

「ダイ達は城を攻略中のはずだが」

「奴らが敵を引きつけてくれている今なら、バーン周辺は手薄のはずだ。何より、馬鹿正直に決められた道を進む必要もあるまい」

 

 ハドラーとアルビナスは飛行することができる。

 彼らは強靭な身体を持っており、強行突入でダメージを受けることもないだろう。

 強引すぎる方法だが、有効だ。

 

「お前達だけで大丈夫か?」

「別にオレ達とお前達は仲間になったわけではない」

「……そうだな」

 

 共闘自体は飲んでくれているらしいが、肩を並べて戦えるほど打ち解けてもいない。

 

「だが、気をつけろ。お前がバーンと拮抗してくれれば、俺達が楽になる」

「無論。戦う以上は勝つつもりで臨む」

 

 ドン、と。

 ハドラーの両肩から魔炎気が噴出し、その身体を浮き上がらせる。

 アルビナスと共に塔の上へと直行する彼を、ヒュンケルはしばし、ヒムと共に見送った。

 

「さあて……どうだよ、調子は」

「……悪くはないな」

 

 立ち上がったヒュンケルは拳の感覚を確かめながら答えた。

 体力は回復済み。

 ひと時とはいえ休息を取ったことで気力も蘇っている。これなら十分に戦えるだろう。

 

 ――だが、一筋縄ではいかんか。

 

 鎧を纏いながら思うことは、今のヒムはダイにすら匹敵するだろうということ。

 オリハルコンの拳が闘気を纏って襲ってくる。

 しかも、剣ではなく身体自体が武器である以上、拳を防いでも蹴り、蹴りを防いでも頭突きが飛んでくると考えなくてはならない。

 加えて、相手は防御力もオリハルコン級。

 生半可な一撃では傷一つつけられない。

 前回のように少しずつ糸口を広げていく手法も難しいだろう。

 

「ヒム。提案がある」

 

 数歩の距離を開けて向かい合った兵士へ、ヒュンケルは告げた。

 

「時間が惜しい。一撃で決めよう。――お前とて、俺と長々、殺し合うのは本意ではなかろう」

「ん……まあ、そうだな」

 

 渋々ながらも頷くヒム。

 

「お前とはやりてえけど、殺しちまったらもう戦えなくなるからな」

「ならば」

「だけど、勢い余って殺しちまったら勘弁しろよっ!!」

「……!」

 

 腰を落とし、闘気を集中するヒムの姿に息を呑んだ。

 想像以上の気迫。

 久々の武者震いを感じながら、ヒュンケルもまた最高の一撃を準備する。

 

 ――無刀陣でも足りん。

 

 前回同様にカウンターを叩きこむのは良い。

 だが、決め技がブラッディースクライドでは、おそらくヒムには及ばないだろう。

 ならば、今、この場で進化するしかない。

 

 ハドラーとの戦いの後、更に強くなったダイを思い、決める。

 

「オオオオォォォーーーッ!!」

「―――」

 

 声を上げ、向かってくるヒムを、ヒュンケルは静かに迎え撃った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「アバン流の空の技を使え! 奴の暗黒闘気に最も対抗しやすいはずだ!」

「ええ!」

「わかってる!」

 

 バランの指示に、マァムはダイと共に答えた。

 ミストバーンが出だしから放った傀儡掌は虚空閃によって相殺。

 難を逃れた一行は、バランを正面に残したまま散開する。

 

 ――私の役目は、みんなのサポート。

 

 メインの攻撃はダイとバラン、ポップに任せればいい。それよりも敵の技を虚空閃で阻み、鎧に組み込まれた魔弾銃で攻防をサポートすべき。

 武器を構えつつ「待ち」の姿勢を取るマァムにミストバーンは舌打ちし、次の技を繰り出す。

 

「ならば――闘魔滅砕陣!!」

「くっ!? これは……っ!?」

 

 ミストバーンの足元から広がるような、範囲型の傀儡掌。

 起点を狙いにくい技に反応が遅れ、マァムは仲間ともども闘気の網に囚われるも、

 

「この程度の技――通用すると思うなっ!」

「何……っ!?」

 

 ぱきん、と。

 バランの足が小さく床を砕くだけで技が霧散する。

 足場を破壊することで陣を崩すと共に、闘気を流し込んで中和したのだと理解する。

 やはり彼は強い、とあらためて認識しつつ、役割を交代。

 

「虚空閃っ!」

「む……!」

 

 マァムの空の技は大したダメージに至らなかったが、それでもミストバーンは一瞬、動きを止める。

 生じた隙を突き、突っ込むのはダイだ。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 ダイの剣がミストバーンの胴を直撃。

 魔軍参謀は避けることもできなかった。否、むしろ、

 

「ダイ!」

「えっ……!?」

 

 バランの焦ったような声と、ダイの驚いた声。

 

 ――斬れない。

 

 オリハルコン製の最高武器は胴を両断するどころか、その表面で受け止められていた。

 鋭い爪を備えたミストバーンの左手が風を切る。

 勢いを殺され、驚きから思考を停止していたダイは慌ててかわそうとするも、強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。

 駆けて受け止め、傷口を見る。

 レオナから貰ったパプニカの服は幸い斬られていない。だが、内部のダメージは大きいのか、少年は苦し気に呻いている。

 ベホイミを唱える間を、ポップが繋ごうと呪文を唱える。

 

「イオラっ!」

「ふん、この程度――」

 

 既にミストバーンは体勢を立て直している。

 彼は余裕をもった動きで纏っている衣を開くと、ポップの呪文を胸元へと迎え入れる。

 何が起こっているのか。

 影になっているせいで中の様子は見えなかったが、一瞬の後、衣の奥から飛び出してきたのは――()()()()()()イオラの呪文だった。

 呪文を増幅して返す能力。

 驚愕に目を見開くマァムだったが、ポップは予期していたようにイオラをもう一度唱えていた。

 

「だろうと思ったぜ……!」

 

 二つ分の爆発が敵味方の視界を隠し。

 

「ビュートデストリンガー!」

「甘いっ!」

 

 爆風を突き抜けるように伸びてきた『爪』を、バランが竜牙甲で払う。

 彼はいつの間にか剣を鞘に納めていた。

 余裕? 否、先のダイの攻撃を見て判断したのだ。ミストバーンに大技は要らない、むしろ隙を極力減らし、闘気技を叩きこむ方が有効だと。

 ロン・ベルク製の手甲は先の損傷から修復しており、竜闘気を纏うことでビュートデストリンガーを払い、あるいは切り裂き、砕いた。

 

「ポップ、メドローアは要らん」

「おうよ! 小技で動きを止めりゃあいんだろ!」

「上出来だ」

 

 方針は決まりつつあった。

 最低限の治療を施されたダイがマァムの腕を離れて剣を構える。

 真魔剛竜剣に比べて小ぶりなダイの剣ならば封印する必要もない。少年勇者は油断なく剣を構えつつも、ストラッシュではなく空裂斬の構えを取る。

 短期的な形勢では優位にある。

 後は今のうちに、ミストバーンの謎を探らなければならない。

 

 何故ストラッシュが効かなかったのか。

 その絡繰りを暴かなければ、勇者一行に勝利はない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……大魔王」

 

 アティは『果てしなき蒼』を構え、老人をじっと見つめた。

 長い髭を蓄えた魔導の王といった出で立ち。

 いささか腰が曲がり、肌も皺だらけではあるものの、ただそこにあるだけで威圧感がある。

 

 ――鋭い眼光は強者の風格。

 

 己こそが最強であると自負し、その上で、あらゆるものを品定めしているような。

 

「そう、余が大魔王だ」

「どうして、あなたがここに……?」

 

 問いかける声は震えていた。

 まさか、ここで彼が出てくるとは。最悪の場合として想定していたが、おそらくそうはならないだろう、と、思ってもいたのだ。

 だが、バーンはそんな内心を見透かしたように答える。

 

「其方を測りに来たのだ、アティ」

「私を?」

「そう。其方が余と対峙するに値するか否かを、な」

 

 すっ、と、老人の右手が差しだされる。

 反射的に身が竦むも、バーンは愉快そうに笑むだけだった。

 

「そう硬くなるな」

 

 右手が天井に向けられる。

 

「予告もなく攻撃したりはせん。せっかくの余興、楽しませて貰わなくてはな」

「……っ」

「侵入者に対してこれを使うのはいつぶりだったか」

 

 炎球。

 太陽の熱が凝縮されたような炎が、バーンの手のひらの上に形作られる。

 傍に寄っただけで焼き尽くされてしまいそうなそれは、

 

「これが、大魔王のメラゾーマだ」

 

 アティ自身やポップのそれとは規模が違う。

 ただのメラゾーマでありながら、破壊力だけで言えばフィンガー・フレア・ボムズ――否、メドローアにすら匹敵するのではないだろうか。

 加えて、アティは今『柱』を背にしている。

 かわせば黒の核晶の誘爆を招き、二人やダイ達もろともバーンパレス、ひいては大陸を吹き飛ばすだろう。

 バーン自身も命を落とすはずだが、何か策があるのか。

 それとも、必ず防がれると考えているのか。

 

「バーニングクリメイション」

 

 いずれにせよ、防がなければ死ぬ。

 背筋に寒いモノを感じながら、アティは全力を振り絞った。




四か所同時進行だと思った以上に話が進みません……。

アティ先生に「バーニングクリメイション」なるメラゾーマを放ったバーン様。
いったい何バーンなのでしょうか。

※ヒュンケル編の最後を修正しました。

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