新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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それぞれの前哨戦(中編)

 ヒムの拳が胸当てを叩き、打ち砕く。

 先にある生身の胸を突き破られなかったのは幸運であり、衝撃を後方へと逃がした成果でもあった。

 

「……あん?」

 

 違和感があったのだろう。

 攻撃が当ったたにも関わらず、ヒムが訝し気に声を上げる。彼もカウンターを警戒していたはずだが、前回と違い、ヒュンケルは自分から距離を取ってしまっている。

 だが、これでいい。

 もはや距離の違いなど些細なこと。それより、ヒムの一撃を凌ぐことができた。オリハルコンのボディに俊敏性を備えた彼は今、渾身の闘気拳(オーラナックル)を放って動きを止めている。

 

 ――今だ。

 

 傍らに刺していた剣は跳躍と同時に回収している。

 限界まで抑えていた闘気を逆に解放し、着地と同時に体勢を低く。

 ブラッディースクライドの構えではない。

 より深く、低く。

 ただ一撃に全てを籠めるためだけに限界まで形を崩して。

 

「おおおおおっーーーー!」

 

 最大のパワーを余すことなく剣に伝え。

 最速で剣を捻りながら突き出す。

 研ぎ澄まし、凝縮された闘気が渦を巻いてヒムへと向かう。

 

「こいつは……っ!」

 

 防御の構えを取ったヒムが目を瞠った。

 

 ――さすがだな、ヒム。

 

 技の見た目だけならブラッディースクライドと大差ない。

 だが、天才的センスを持つハドラーの兵士はきちんとその威力を感じ取っていた。

 同時に、かわせないことも。

 

 とはいえ核は狙っていない。

 必要がなかった。

 ブラッディースクライドは必ず殺すための技、狙うなら急所が当たり前だったが――彼が放ったのはそうではなかった。

 それは、全てを貫くための技。

 アバン流三つの技のエッセンスを盛り込み、更なる進化を遂げたブラッディースクライド。

 

 後に師・アバンが「槍によるアバンストラッシュとブラッディースクライドを融合させたもの」と評し、偉大なる尖突――グランストライドの名を与えてくれることになるが、今のヒュンケルは当然そのことを知らず。

 

「すげえぜ、ヒュンケル。やっぱりお前は……!」

 

 攻撃を受けて吹き飛ぶヒムを見つめながら、がくりと膝をついていた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「グフォアッ!?」

「ボ、ボラホーン!?」

 

 巨腕に殴りつけられたボラホーンが地面に叩きつけられ、くぐもった悲鳴を上げる。

 ガルダンディーが目を剥いて羽根を投擲するも――先端が刺さるどころか弾かれ、落ちた。

 

「こ、このおおおおーーーっ!?」

「よせ、不用意に近づくな!」

「キィーヒッヒッヒ! 無駄無駄ぁ!」

 

 兵士が数名、剣を手に斬りかかるも、ザボエラは微動だにせず。

 決戦に向けて揃えられた上質の剣は確かに超魔ゾンビ――死肉でできた禍々しい鎧に食い込んだが、すぐに鈍い音を響かせた。

 折れた剣を呆然と見る兵士達を超魔ゾンビの腕が薙ぎ払い、半死半生の傷を負わせた。

 

「チッ……」

「駄目だ、できるだけ距離を取って戦え! 前に出るのは俺達だけでいい!」

 

 ラーハルトが舌打ちし、ホルキンスが号令を出す。

 俺達、に含まれたのは前述の二人に加えてノヴァ、ロン・ベルク、ビーストくんに、モシャスを解いたアバンである。

 ボラホーンやクロコダインも構えてさえいれば盾になれるだろうが、今はまず、前者を後者がひきずる形で戦線から離脱させている。

 

 神速の一閃が擦過し、練り上げられた闘気剣が斬り裂く。

 だが、いずれも超魔ゾンビに微々たる傷をつけるに留まった。

 

「大変じゃのお! 戦士の戦いというのは!」

 

 疲れない相手を避けながらの戦果としては、あまりに小さい。

 

「だが、闘気技なら剣が折れることはない」

「要は毒が回らなければ良いのだろう。突かず、一気に斬れば問題はない」

 

 数度、刃を振るった練達者からの情報にかすかな安堵が生まれる。

 だが、

 

「簡単に言いますけど、どちらも並大抵じゃありませんよ……っ!」

「その通りだな」

 

 ノヴァが悪態をつき、ロン・ベルクが同意する。

 前者が闘気剣を必死に操っているのに対し、後者は表情一つ変えず高速の剣を振るっていたが。

 闘気を纏わせた攻撃も、速く鋭い一撃も、結局のところ一線級の戦士にのみ許されるもの。一般兵士や並の腕自慢では成すすべがない。

 超魔ゾンビを操るザボエラが抜け目なくマホカンタを狙っているため、呪文による打開も困難。

 

「こんなのあるんだったらもっと早く出せば良かったんじゃ……」

 

 と、チウが文句を言うのも無理はない強敵だった。

 

「まあ、あの形ですら矢面に立ちたくなかったんだろうね」

「その通り!」

 

 ほぼネガティブな評価に嬉しそうに答えるザボエラ。

 自分の身体でないのをいいことにパンチ、蹴り、掌底に裏拳、拳を組み合わせて叩きつけてみたりとやりたい放題にしながらである。

 

「じゃが、出てきた以上は貴様等みんな皆殺しじゃあ!」

「……させるか」

「そういうことだよっ!」

 

 ラーハルト、ホルキンス、ノヴァが入れ替わり立ち替わり攻撃。

 ビーストくんが超魔ゾンビをかき回して戦士達の動きを少しでもサポートする。戦線復帰したクロコダインとボラホーンもグレイトアックスや凍える息で援護するが、これはやはりノーダメージ。

 また、アバンは一、二度ストラッシュを放った後は『見』に回っていたが。

 

「うーん……これは見通しが立たないですねぇ」

「あなたがそんなことでどうするのです!」

 

 フローラからの叱咤が飛ぶも、アバンは困った顔で。

 

「せめてマホカンタが無ければニフラムを試すんですが――呪文が通用しないのでは破邪の秘法も役に立ちません」

「何か、何か方法はないのですか!?」

「ダイ君やヒュンケルの技ならそこそこ効くでしょうし、アティ殿の放っていた治癒の闘気――呪文によらない正の波動なら何らかの効果が得られたかもしれませんが」

「全員、この場にいませんね……」

 

 レオナが疲れた表情で呟いた。

 と、ホルキンスが叫ぶ。

 

「別に効かないわけじゃねえ! 攻撃し続ければいつかは倒せる!」

「キィーヒッヒッヒ! その『いつか』が来る前にお前達が力尽きるという話じゃろうが!」

「知るか! お前を倒すまで戦う、もの凄えシンプルだろうが!」

 

 まともな方策とは言えない、ただの意気込み。

 だが、ノヴァやクロコダイン達も頷き、遠巻きに囲むように立つ兵士達も表情を引き締める。

 最後まで戦う。

 覚悟を決めた男達を見て、一人の剣士が声を上げた。

 

「……良く言った」

 

 心底、楽しげな声だった。

 彼は手にしていた剣を放り捨てると全員に告げる。

 

「良し、あいつはオレが倒してやる。それで仕事は終わりだ」

「ですが、生半可な方法では奴は……」

 

 アバンの指摘に、ロンは薄く笑って答えた。

 

「問題ない。生半可ではないからな」

「何か、手段があるのですね」

「ああ」

 

 短く答えたロンにアバンは頷く。

 

「時間を稼ぎます」

「話が早くて助かる」

 

 何やら小さなアイテムを取り出すロンを置き、アバンは一歩を踏み出した。

 ちらり、と視線を送るのはマトリフ。

 

「頼みますよ」

「おう、任されてやるよ」

 

 たった一言で答えたのはさすがの相棒といったところか。

 アバンはポーチからフェザーを取り出すと、超魔ゾンビに向けて投擲する。

 籠められた呪文はニフラム。

 

「無駄じゃと言っておろうに!」

 

 それは、先にアバン自身が言った通りの結末を辿った。

 ザボエラはすかさずマホカンタを唱えて呪文を反射――魔を滅する呪文はアバンに何の効果も齎さなかったが、それでも攻撃が効かなかったのは事実。

 と、思いきや。

 

「本命はこっちだ――重圧呪文(ベタン)!」

「何っ!?」

 

 空間そのものに干渉する呪文が数秒間、超魔ゾンビの動きを止める。

 もちろん、それだけでは大した効果にはならないが。

 

「ならば、オレも協力させてもらおう!」

 

 クロコダインの獣王激裂掌がベタンの後を繋ぐように直撃。

 これもまた、すぐに振りほどかれてしまったが、次いでホルキンスとラーハルトが連携して矢継ぎ早に攻撃。戦闘に不慣れなザボエラを撹乱し、マホカンタがいったん切れたところでノヴァのマヒャド、ボラホーンの凍える息に、エイミやレオナが呪文を合わせる。

 そして、身体を覆う氷をザボエラが砕く頃には。

 

「……ありがとよ。お陰で楽に呼べたぜ」

 

 空間を裂くようにして現れたのは禍々しい岩塊。

 鬼か悪魔か、何かの顔を模したそれは、ずん、と大きな音を立ててザボエラの前に着地。

 ロンが凄絶な笑みを浮かべる。

 

「オレが生涯かけて作り上げた超兵器を、な」

「ちょ、超兵器じゃと……!?」

 

 その言葉はザボエラに恐怖を齎した。

 

「なら、発動する前に壊してやるわっ!」

 

 両腕に刃を生やして挑みかかったザボエラだったが。

 想像を絶する硬さを誇る岩塊の前に刃の方が砕けて落ちた。岩塊にも遅れてひび割れが入り、砕け散ったために無駄ではなかったが。

 ロン・ベルクの目的は最初から《中身》の方だった。

 中から現れたもの、二本の武骨な直剣の前に立ち、彼は両手を持ち上げる。

 

 ――いつの間にか、彼の腕が防具で覆われていた。

 

 肘近くまであり、腕の動きを阻害せずぴったりとガードするデザイン。

 見れば、首にも似たようなデザインのチョーカーが嵌まっていた。

 剣を収納していた岩塊を呼んだ隙に装着していたのだろう。

 

「一撃だ」

「何?」

 

 剣が持ち上げられ、構えられる。

 

「左右一発ずつ。それ以上はオレが持たん」

「こ、こけおどしを……っ」

「脅しではない。今から放つのはこのロン・ベルク、最大の奥義」

 

 ロン・ベルクは元々、魔界最高の剣士だった。

 若くして剣を極めた彼は「全力の技に武器が耐えられない」というジレンマに悩まされた。

 それが強い剣を求めることに繋がり、彼を武器づくりの道へと進ませた。

 魔界の名工は己に最高の剣を求めていたのだ。

 

「完成には程遠いが、今のオレに造れる最強の剣」

「こ、このおおおっ!」

 

 恐ろしいまでの闘気を溜めながら、ロンは器用に攻撃をかわす。

 

「加えて、面白い奴から面白い発想を得た」

「え、ええいっ! ちょこまかと!」

「足りないなら補えばいい。必要なものを外付けする――当たり前と言えば当たり前だが、オレの趣味とは外れていたせいで思いつかなかった」

 

 口上は長いようで短かった。

 焦った様子で攻撃を繰り返していたザボエラは、最終的にハッタリと判断したのか笑いだす。

 

「この腕甲とチョーカーは急造の補助パーツ。ま、一回使えりゃ十分だ」

「ハ、ハーハッハッハ! 自信がないからいつまでもペラペラと――」

「なら、見せてやる」

 

 踏み込む。

 Xの字、否、十字に背負われた剣と共に、ロンが超魔ゾンビへと肉薄。

 その速さはホルキンスの全力と比べても遜色がない。

 つまりザボエラでは捉えきれない速さということであり――攻撃範囲から逃れられなかった時点で、彼の運命は決まっていた。

 ラーハルトが、ホルキンスが、そしてノヴァが。

 その場にいた誰もが見惚れ、感嘆し、驚愕した。

 

「――星皇十字剣!!」

 

 結果は、ほんの僅かに遅れて現れた。

 通り過ぎたロンが、がくりと膝を突いた直後、耳を塞ぎたくなるような異音と共に腕甲が、チョーカーが、剣が砕け、ロンの両腕が酷い火傷を負ったように赤熱し、ぷらんと垂れ下がる。

 そして。

 

「あ、あああ……っ!? アァーーーッ!?」

 

 裂ける。

 超魔ゾンビの巨体が十字に両断され、四つに分かれて、なお足りないというように崩壊していく。

 どすん、と。

 無様に尻もちをつくようにして落ちたザボエラだけを残し、最後の秘密兵器がこの世から消えた。

 

「あ、ああっ!」

 

 精鋭達の冷たい視線に、ザボエラはあさっての方向を指差し。

 

瞬間移動(ルー)……!」

「持っててよかった魔封じの杖、ですねえ」

 

 淡々としたアバンの声と共に。

 呪文封じ(マホトーン)がかけられたザボエラはぱくぱくと口を開閉する。

 それでもなお、這うように逃げようとする彼の前に立ち塞がったのは、軍団長として苦楽を共にしてきた男、クロコダインだった。

 ザボエラの顔が一瞬不敵に笑み、すぐに哀願するものに変わって、縋るようにクロコダインを見上げて。

 

「悪いが、オレはお前の言動を忘れてはおらん」

「……!」

 

 誇り高く情け深い獣王は、闘気の一撃をもってかつての仲間を消滅させた。

 後には彼が着ていたローブすら残らなかった。

 

「ありがとうございます、ロン・ベルク殿。その腕は……」

「なに、心配ないさ」

 

 動かない腕をちらりと見てロンは笑った。

 

「折れちゃあいるが、バラバラにはなっていない。火傷も大分マシだ。治りも早いだろ。後でアティにでも言って治療してもらうさ」

「おや。美しい女性に治療を頼むとは、隅に置けませんね」

 

 アバンの軽口に、弛緩した空気の中で笑いが起こる。

 ロンの発言から数人の顔を思い浮かべたレオナと、アバンを恨みがましい目で見たフローラだけが、一同の中で笑っていなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 迫る炎球。

 全開で『抜剣』したアティが選んだのはアバン流――海波斬だった。

 

「無駄なことを――っ、何っ!?」

 

 一笑に付そうとしたバーンが目を見開く。

 海波斬と共に、凍えるような吹雪が放たれていたからだ。

 

 氷雪海波斬。

 

 教え子であるダイの魔法剣とほぼ同じ。

 バーンが気づいていない相違点としては、ダイが呪文を剣に纏わせて用いているのに対し、アティは技の発動と同時に呪文を唱えていること。

 これは、アティにはどうしても魔法剣ができなかったからだ。

 誰かが使った呪文を剣に留めておくこと。あるいは『果てしなき蒼』から呪文を用いること。どちらかならば可能だったが、自分の呪文をすぐさま剣に留めるのは何度練習しても無理だった。

 竜の騎士の伝説は伊達ではないということだろう。

 だが、紛い物なりに、威力は並の海波斬を大きく上回る。

 

 現に、その技は炎球――バーニングクリメイションを浅く斬り裂き、サイズを二割程縮めた。

 逆に言えば、それが限界だった。

 威力はまだ死んでいない。このまま放っておけば焼き尽くされて無事では済まない。

 

「……どうする?」

「こうします」

 

 技と呪文を放ちながら、アティは既に構えている。

 構えは上段。

 大振りと同時に繰り出されたのはアバン流の地の技。

 

「はあああああああっ!」

「っ!?」

 

 炎球が縦に割れる。

 放たれた吹雪が両断された炎を包み、受け止めきれずに消えて。

 もう一撃。

 アバン流の空の技がバーンに、そして、三度同時に放たれた吹雪が残る炎に。

 

 ――結果。

 

 アティは髪と肌を焦がしたものの『柱』は無傷。

 代わりに、大魔王を名乗る不届き者は頬を裂かれる結果となった。

 閃転突破・真。

 剣と呪文の連撃として改良された必殺剣が、魔法力と体力の大半と引き換えに、必殺の炎を打ち破った。

 

「……む」

 

 顔を下に向け、手のひらで覆う大魔王。

 怒りを瞳に籠める彼に向けてアティは告げる。

 

「光魔の杖を出してください」

「………」

「出せませんよね。あなたは大魔王ではないのですから」

 

 バーンは、光魔の杖を携えていなかった。

 あれは護身用と聞いていたのに、敵前で何故持たないのか。

 それは「持っていないから」だ。

 

「そうでしょう、キルバーン」

「……抜け目ない女だ」

 

 バーンの姿が変化し、黒い服を着たピエロとなる。

 彼は何故か左腕を失っており、また、身に着けている仮面は大きく割れていた。

 表情を隠したまま、懐から取り出した仮面に付け替えた死神――キルバーンは鋭い視線をアティに向ける。

 

「やっぱり――キミは殺しておいた方がいいかもしれない」




ヒュンケルの決め技は彼にとってのギガストラッシュ的なものです。

対超魔ゾンビは概ね原作通り。
ただし、ロン・ベルクの負傷は二、三割程度軽く済みました。
治療期間で言えば半減以上かもしれません。
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