「ヒャダイン……!」
「おっと」
『果てしなき蒼』から放たれた冷気が、キルバーンの投げたカードと衝突。
呪法の籠められたカードは高熱を生み出して冷気を相殺。
死神はおどけた様子で肩を竦めて笑みを浮かべる。
「怖い怖い。キミは剣も呪文も一級品だからね。油断できなくて困る」
「あの鎌は使わないのですか、キルバーン」
「使いたいのは山々だけど、今はこの様だからね」
キルバーンの左腕は斬り落とされたままだ。
晒されている無残な断面を見つめ、アティは息を吐く。
「……私が邪魔ですか?」
「そうだね。キミとアバンは優先排除対象になっている」
アバンと同格扱いは光栄だが。
当然といえば当然、ダイ達の至らない部分を補う指導者の存在は真っ先に潰しておくべきである。
サポートする者さえいなくなれば搦め手――それこそ罠などで葬るのが楽になる。
もう一人の教師が未だ地上にいる以上、狙われるのは自分だと思っていた。
バーンの登場に寒気がしたのはそれも理由だ。
結果的には予想は正解だったわけだが。
「加えて言えば、キミのことは生け捕りを命じられているんだけどね」
「え?」
「でも、あまり抵抗されると面倒だから――」
「私だって、簡単にやられるつもりはありません」
「だろうね」
あっさりと、キルバーンは頷いた。
もう一人のバーンの側近――ダイ達と戦っているであろうミストバーンとは、また違った意味で底が知れない、厄介な敵。
剣を構えたまま、何が来てもいいように警戒を――。
「っ!?」
無音で。
気配もなく、鎌が背後からアティの胴に絡みついた。
キルバーンは正面で薄く笑んだまま。
分身? 偽物? 否、あらゆる情報からそれはないと判断する。だが、ならばこの
刹那のうちに思考を巡らせたアティは違和感に気づく。
鎌には殺意がなかった。
胴を両断するつもりではなく、異空間に引きずり込もうとしている。
「キミを決闘に招待するよ」
「決闘……!?」
静かに告げるキルバーンの背後にも空間の裂け目が生まれている。
誘われているのはアティ一人ではないらしい。
「一騎打ち、というわけですか……」
「そういうこと。別に逃げてもいいけれど」
言いつつも、鎌はアティを逃がさないように動いている。
息を吐いて答えた。
「わかりました。私で良ければお相手します」
「キミのような美しい女性とダンスできるとは、光栄だね」
死神は決闘の前でも道化の佇まいを崩さなかった。
引きずり込まれた場所は「何もない空間」と言って差し支えなかった。
壁も天井も存在しない場所。
足元には床らしき感触があるものの、視覚的には奈落が広がっているのみで――上下左右がそんな有様なものだから、油断していると距離感が狂う。
存在するのは左腕を失ったままのキルバーンと、アティ、そして、大鎌を持った浮遊機械。
「あれはジャッジ。ボクのコレクションの一つさ」
「……
「決闘の勝者をジャッジが見極め、敗者と認定された者は首を刎ねられる。この空間から出られるのは勝者だけ、というわけさ」
「酷い、仕組みですね」
そもそも決闘自体、アティは嫌いだ。
譲れないものの存在を否定する気はないが、だからといって命を賭ける必要がどこにある。死を覚悟して戦いに臨むのと、命自体をベットするのでは全く話が違う。
勝敗を確定するためだけに敗者を殺すなど以ての外。
「公平なルールだ。ペナルティはボクにも適用される。よもや嫌とは言うまい?」
「決着をつけずに出る方法は?」
「もちろん、そんなものはないさ」
キルバーンが、無事な右腕に剣を手にする。
ナックルガードの設けられた
壊れたら別の剣を用意するだけなのかもしれないが。
「……なら、私は死ぬわけにはいきません」
「では、いざ勝負」
『アティvsキルバーン、
ジャッジの機械的な音声と共に、二人が同時に動いた。
懐からキッカの実を取り出して口に入れるアティ、対するキルバーンは素早い踏み込みと共に連続で突きを放ってくる。
まだ目が慣れていないアティは後退しながら剣を振るい、突きを防御。
幾つかの攻撃が手のひらや首を裂いて浅い傷を作る。
『キルバーンの先制攻撃。アティに25のダメージ』
速く、鋭い攻撃。
死神を名乗り、暗殺を主とする男とは思えない正統派の剣技に目を瞠る。
「柄じゃないけど、剣を使わせてもこれくらいはできる」
「驚きました。これ程とは……」
「まだまだ、これからさっ!」
再度の踏み込みと共に追い打ちが来る。
サーベルの特性を生かし、キルバーンは突きを主体に攻撃してきた。線ではなく点の攻撃となるため防御しづらく、それでいて、重要部位を狙われれば致命傷になりやすい。
主な対処法は剣を弾いてしまうことと、後退することだが――。
キルバーンも剣の特性は良く把握していた。『果てしなき蒼』でパリィすれば無理に逆らわず、勢いを逃がした上で素早く引き戻される。深追いせず手数を重ねる攻撃に終始することで、避けてもすぐに追い打ちをかけてくる。
治癒の闘気で傷は癒せるが、それでもじわじわとダメージが蓄積。
「――はっ!」
「っ! ……っと、無駄だよ」
大振りの一撃と共にヒャダインを放つと、死神は剣をかわし、冷気はただ受けた。
そして、まるで呪文を受け付けないとでもいうように、平然と攻撃を再開する。
「くっ……!」
「ほらほら、どうしたっ! その程度かっ!」
楽しげな声。
アティは歯噛みしながら受け流し――目が慣れたのを見計らって反撃に転じた。
肩口を狙う刺突を剣で払い、弾く。
宙に流れた剣をキルバーンは引き戻そうとするも、それより速く、次撃の構えを終えた。
「お、おおおおお……っ!」
「はっ!」
胴を両断せんとする一閃を、死神は、滑稽なまでの慌てようで避けた。
たたらを踏んで体勢を立て直す彼に接近し、剣を上段に構えて。
――目が、合った。
瞳の中の剣呑な輝きを見たアティは刃を逸らし、キルバーンの肩口を斬り裂く。
これも後退することで威力を殺されて浅い傷に留まった。
「な、なかなかやるじゃないか」
かすかに震える声に静かに答える。
「あなたこそ、やはり危険です」
「ボクを追い詰めておいて良く言う……っ!」
キルバーンが剣を勢いよく振り上げる。
何をするのかと思えば、彼はそれを横に倒すと口で咥えた。
――まさか、そのまま振るうつもりですか。
常人では成しえない業に驚嘆しつつ、左手でポーチを探り。
空いた手から放たれたカードを、アバンから貰ったフェザーで相殺する。
「なら、こういうのはどうだいっ?」
「っ」
次いで投げつけられたのは小さな玉。
剣で斬り落とすと、内側から細かい粉がバラまかれて視界を隠す。
「
持ち上げた剣で、踏み込んできたキルバーンの剣を防ぐ。
同時に、剣から放った呪文で粉を吹き散らし、影響から逃れた。
毒か何かだったのかもしれないが、無限に広がる空間では拡散してしまえば終わりだ。
「―――!」
忌々しげな表情を浮かべるキルバーン。
至近距離から放たれたカードを解呪の呪文――シャナクを帯びた左手で掴み、打ち消す。口の剣を『果てしなき蒼』で弾けば、キルバーンはそれを右手に戻した。
同時に放たれた左足の蹴りは後退してかわし、お返しにつま先を跳ね上げる。
とん、と、軽いステップで回避する死神。
不自然に姿勢を正すと、悠然と告げる。
「そろそろ、遊びは終わりにしようか」
「どういうことです……?」
「キミはもう勝てない、ってことだよ」
何を言っているのか。
警告か、ハッタリか、思考に陥りかける己を制し、アティは踏み込む。
直後、腕に裂傷が走った。
「えっ……!?」
よろめき、立ち止まる。
隙を突いてキルバーンが突きを敢行。剣を振るって防ごうとして、先程「何もないところから生まれた斬り傷」を思い、反対方向に跳ぶ。
と、マントが何かにひっかかって動きが乱れる。
素早くボタンを外して振り返ると、見えない何かに繋ぎ止められるマントがあった。
「見えない剣……!」
「ビンゴ。ボクの帽子はただのファッションじゃなくてね。剣の収納庫でもあるのさ」
道化めいたキルバーンの帽子には十三本のラインがある。
つまり、見えない刃が十三本。
おそらくは、アティを囲む檻のようにして展開されている。
「名付けて、ファントムレイザー」
恐るべき罠だった。
見えない刃は、キルバーンにだけは見えているのだろう。
見えないアティは気をつけながら戦わなければならないが、しかしサーベルによる攻撃も防がねばならない。サーベルを防ごうとすればファントムレイザーに傷つけられ、ファントムレイザーを気にすればサーベルを防ぎきれなくなる。
範囲から逃れる?
否、下手に飛びのいた結果、背中から刃が突き刺さったらどうするのか。
「さあ、どうする……っ!?」
「……こうします」
絶体絶命のピンチ。
必勝の気合で迫るキルバーンを前に、アティは『果てしなき蒼』を差しだすように構えた。
左手を刀身に添え、呪文を唱える。
「マヒャド」
「何……っ!?」
生まれた極大の冷気を見て、キルバーンが足を止めた。
それは幸いだったのか、失策だったか。
アティの唱えた冷気呪文は通常あり得ないほどの規模と威力をもって実施された。あのまま近づいてくれれば一瞬とはいえ氷漬けにできたかもしれない。
それだけの冷気だ、当然、
白い輝きが十三本の刃の位置を伝えると、アティは素早く剣を閃かせる。
閃転突破。
魔力の籠った超硬の刃がファントムレイザーを砕き、檻を破る。
代償として、アティの身体を疲労が襲うが。
「これで、決着です」
「……そうだね」
がくり、と、キルバーンが肩を落とす。
小さく震えているように見えるのは恐怖からか、否。
「本当にその通りだ」
笑っていた。
身構えるアティの肩を、腕を、意識から外していたジャッジが掴む。
機械の身体は帯電しているかのようにバチバチと音を立てている。
であるならば――これから起こるのはおそらく、自爆。
最初から仕組まれていたのだ。キルバーンがピンチになれば、アティもろとも空間を吹き飛ばすように。
「審判とグル、っていうのは恐ろしい罠だよねえ」
空間から出る手立ても用意してあったのだろう。
かき消えるように姿を消すキルバーンを、アティはただ見送ることしかできず。
ジャッジが爆発した。
☆ ☆ ☆
「バーン様には悪いけど、これで厄介な相手が一人」
大魔宮地下へ戻った死神は一人呟く。
死神――キルバーンは大魔王の側近である。
だが、彼は本来バーンの部下ではない。バーンと魔界を二分する冥竜王ヴェルザーの配下である。
現在は封印されているヴェルザーだが、思念を飛ばして部下に命令することくらいはできる。キルバーンは主の命令を受けてバーンに近づき、大魔王暗殺を狙っているのだ。
故に名は
大魔王は潜在的な敵とわかっていながら彼を傍に置いている。隙を突いて殺せるものなら殺してみろと、余裕の態度で彼を日々こき使ってきた。
キルバーンもまた不自然ではない程度に従ってきた。
彼としては大魔王に勝ってもらっては困る。とはいえ地上に実力者が残るのも困る。
共倒れ、もしくは、決戦によって弱った方を仕留めて終わり。後はヴェルザー一派で地上を占領するか、主の復活方法をゆっくり探せばいい。
彼の目的からするとアティは最も邪魔な存在だ。
当人には言わなかったが、むしろアバンより警戒すべき相手。アバン一人なら戦闘力は低い。他の面々さえ殺せれば、放っておいてもバーンに殺されるだろうが、驚異の魔剣を持ち剣も呪文も使いこなす彼女は万が一、億が一程の勝機がある。
ダイ達と協力された場合はより恐ろしい。
最悪なのは、バーンが興味を持っていること。
『キルバーンよ。アティはできるだけ殺すな』
『と、仰いますと?』
『あれは良い。あの美しさと強さを保ったまま覇道に堕とし、我が后にできればこれ以上ない』
『……バーン様が、人間を后に?』
『あれはこの世の人間ではなかろう。それに、魔界の女は見所のない者が多すぎる』
魔界は力がものを言う世界だ。
それだけ聞けば男女の区別なく強い者が勝ちそうだが――人間同様、魔族においても男女の間には明確な腕力の差が存在する。
弱肉強食の魔界では、同世代の群れの中では女は食われるための存在でしかない。
あるいは成熟した魔物が子を育てる場合、女は虜囚、男を喜ばせるための存在として教育するのが普通である。それでも頭角を現す例外がいないわけではないが、魔王軍幹部に女がいないのを思えば実情は明白。
翻って、アティは強く美しく、バーンの策を看破する機転もある。
大魔王が見初める理由もわからなくはなく、もし、彼の望みが現実になれば、最悪の王と王妃が誕生する。
「……悪く思わないでくださいよ、バーン様。あなたが足元を掬われる可能性だってあったんですから」
こつこつと足音を立ててその場を後にするキルバーン。
転移を選ばなかったのは気まぐれ。
ミストバーンがそうそう簡単にやられるとは思えず、殺しの余韻を楽しみたい気持ちもあった。
が。
「足元を掬われるのは、あなたです」
蒼く輝く刃が、キルバーンの首を斬り落とした。
驚愕に目を見開いたまま死神の首は落ちる。
「き、キルバーンっ!?」
使い魔のピロロが慌ててどこかから飛び出してくる。
懐から薬を取り出してぶちまけようとする彼は、しかし、アティの左手で掴み上げられた。
「送還術――リィンバウムのようにはいきませんが、自分を元の世界に送る術だけは完成しています。私を異空間に閉じ込めることはできません」
☆ ☆ ☆
「そこまでです、
「な、ぼ、ボクはただの使い魔だよ!?」
「いえ、あなたがキルバーンです」
「どうして!?」
「機械というのはメンテナンス――補修が必要なんですよ」
ヒントは幾つかあったとアティは告げる。
バランが手刀で胴を貫いた時の火傷。マグマで焼かれたような傷だった。仮に魔族であろうと、体液がマグマでできているなど聞いたことがない。
暗殺者という割に動きが鈍かった。殺す対象は勇者一行ではなく別にいるのではないか。
常に一緒にいるという小悪魔のピロロ。普段は不自然なほど姿を見せず、キルバーンが傷ついた時に姿を見せる?
サポートが必要? 何故? 強者と回復役ではなく、修繕の効く人形と本体だとしたら?
もしも機械、あるいは魔導による人形だとして、単独で何らかの「大いなる目的」を遂げようとしているとしたら。
生憎、アティは機械にそこそこ詳しかった。
決定的だったのはキルバーンが登場してきたタイミング。バーンの忠実な部下ならば凍らせる前に出てくれば良かったはず。
左腕の断面もまるで人形のようで、作りものという推測を深める原因になった。
穴のある推理ではあったが、検証を重ねるほど証拠が増えていき、今、ピロロの出現でほぼ確定となった。
「ち、違う! ボクは! 助けて!!」
「――ごめんなさい」
左手から放たれた冷気がピロロを見る見るうちに凍らせる。
己のエゴで生き物を殺す。
仲間の命のために誰かを犠牲にする行為に胸が痛むが、それでも、アティは迷わなかった。
そして、彼女は見逃さない。
凍り付く直前、ピロロがニヤリと口元を歪ませたのを。
簡単には解けないように凍らせた――おそらく小悪魔の命はもたないだろう――ピロロを床に置くと、転がっている人形の首の元へしゃがみこむ。
そっと仮面を外せば、そこに想像通りのものが存在した。
黒の核晶。
血管の如く巡らされた魔界のマグマにより冷却すら妨害する超爆弾。
それは、まるで臨界に達しているかのように脈動していた。
おそらくピロロ――真のキルバーンが死に際に起動したのだろう。
彼の忠誠心を思えば、申し訳ないと思うが。
「っ」
シルバーフェザーを二本引き抜いて腕に突き刺す。
急速に魔力が補充されるのを感じながら、ポーチに手をやり、呪法により加工されたサモナイト石を取り出す。
内側に魔法陣のような紋様の書かれた――様式こそ違えど、その一点だけを見れば黒の核晶にも似た――石を首の傍に置くと少し離れて。
両手で握った『果てしなき蒼』をしっかりと突き出す。
刀身から放たれた光がサモナイト石に注がれる。
石がひとりでに浮かび上がり、それを中心として光の線が描かれていく。
魔法陣。
平面ではなく立体で構成された、一つで複数――数十の意味が籠った超魔法陣が、アティの魔法力を冗談のように吸い取って起動する。
意識が飛びそうになるほどの重圧。
本来の規模よりもよほど小さく起動しているにも関わらず、全身が熱くて仕方ない。
だが。
ここだけは、失敗するわけにはいかなかった。
「起動」
立体型魔法陣が移動し、人形の首を包む。
後は呪文を唱えるだけ。
――唱える呪文は、人の身ではアティのみが使える超呪文。
破邪の洞窟で手に入れた切り札。
召喚と送還。時空の移動という概念を理解できる彼女でなければ操ることのできないその呪文は。
かの冥竜王の身体を封じた妖精達が用いたのと同じであろう。
対象を時空の彼方へと飛ばす、究極の封印術。
「
室内を覆いつくすほどの光が溢れ、その後には。
人形の首は影も形も存在しなくなっていた。
原作だとエンディング付近で倒されるキルバーンですが、悩んだ結果、早めの退場となりました。
ただし先生はかなりボロボロの状態なので、各種ドーピングで回復する必要があります。
一方、バーンはハドラー&アルビナスと交戦していた。