ミストバーンは窮地に陥っていた。
――バーン様。バーン様、お答えください。
ダイ、ポップ、マァム、バランが相手の戦いはなおも継続中。
魔界の猛者達を退るミストバーンの実力は本物だが、バランが言った通り、勇者一行は今までで最強の敵と認めざるをえなかった。
優れた才を持つ三人の若者は優秀な師の教えを受けて一級の戦士として成長している。
ダイとマァムの放つ空の技はミストバーンの力を確実に削いでおり、ポップという切り札の存在により動きが制限されてしまう。
そして、最も恐るべきは竜騎将バラン。甘言を弄して彼を引き入れたバーンの采配は見事だったと言うしかない。彼は、ミストバーンの秘密を何も知らない状態から直感と論理によって最適解を引き寄せている。
そう、闘気を用いた小技を重ねられるのが最も嫌だった。
ダイの剣を防いだのはハッタリでも何でもない。
大技で来られれば幾らでもやりようはあったのだ。
ミストバーンの奥義はオリハルコンすら砕く威力があるし、技に集中している状態なら傀儡掌も通しやすくなる。が、バランに至っては剣を収め、闘気を纏った拳でダメージを浸透させてくる始末。
そして当然、ポップもメドローアを狙っているだろう。
このままでは敗北してしまう。
危機感を覚えたミストバーンはしきりにバーンへ呼び掛けていた。
――バーン様、どうぞ許可を!
彼には、バーンの許しがなければ使えない『裏』がある。
その力を使えばダイ達であろうと軽く一掃することが可能だが、何故かバーンから応答がない。許しが無い限り『裏』を見せることはかなわない。
だが、局面は最終段階に入ろうとしていた。
「空裂斬!」
「虚空閃!」
ダイ、マァムから空の技が飛ぶ。
同時ではなく連続した攻撃。ダイの空裂斬をかわせば、避けた先に虚空閃が飛んでくる。
やむなく暗黒闘気で相殺すると、
「ふっ……!」
「ぐはぁっ!?」
肉薄してきたバランの拳が腹に突き刺さった。
「おのれ……っ!」
「させるかっ!」
反撃に爪を見舞おうとするも、ポップのイオが複数飛んできてそれを阻んだ。
バランは深追いせず後ろに跳んでおり、反撃の機会は失われてしまう。
明らかにこちらの攻撃が読まれ始めている。
体勢を崩しやすいパターンが構築され、それを打破しないことにはじりじりと敗北に導かれるだろう。
ならば。
「――闘魔最終掌!!」
ミストバーンは己の奥義をもって戦うことを選択する。
突き出した左手に残る暗黒闘気の全てを集め、大きな爪のような形に凝縮する。
「あれは……!?」
「ミストバーンの奥義か」
ダイ達が息を呑み、バランが呻くのが見える。
「正解だ。我が最強の技、受けてみるがいい」
悠然と告げる。
如何にも技に自信がある、というように。
アバンストラッシュを、ギガストラッシュを使ってこいと誘導する。
「バラン」
ダイが表情を硬くし、剣を構えながら父に問う。
それでいい、と内心思うも、正統なる竜の騎士は息子に許可を出さなかった。
「駄目だ」
「でも、あの技は並じゃない! こっちも全力で行かないと!」
「いや、その必要はないぜ兄弟」
「ポップ……!」
ポップが、両手に呪文を生み出していた。
炎と冷気。両者をスパークさせると矢の形に編み上げる。
完成した状態で維持した彼は、ミストバーンに尋ねてくる。
「なあ、ミストバーンさんよ。それだけの暗黒闘気を出したまま、こいつを跳ね返せるかよ」
「………!」
図星、だった。
片手では衣を開いて呪文を招き入れる精度が下がる。できないわけではないが、十中八九、せっかく見せた技を解くことになるだろう。
だが、そうすれば元通りどころか、奥の手を明かしたことで悪くなっただけ。
「やってみればいいだろう。その時、消えているのはお前の方だ」
「へっ。そうかよ」
挑発的な言葉を投げればポップが笑う。
じり、と、回り込むように足を動かす彼を見て、ミストバーンは内心で「まずい」と動揺する。
そして、二人のやりとりを見たダイが頷いた。
「わかった。今まで通り空裂斬で行く。それでいいんだろ?」
「ああ……悪いな」
「いや、バランやポップがいてくれて助かってるよ。おれ、まだまだ知らなきゃいけないことがいっぱいあるんだな……って!」
空裂斬。
軌跡を描いて飛んできた闘気を、ミストバーンは左手の暗黒闘気で受け止める。
相殺、ではなく一方的な勝利。
僅かに威力を殺されはしたが、凝縮している分、威力自体はこちらに分がある。続けてマァムが放った虚空閃も同じように叩き落した。
「どうした、来ないのならこっちから行くぞ……!」
敢えて、バランへ向けて足を踏み出す。
隙を突いて回り込んでいるポップを牽制する目的もあった。撃てば味方に当たるという状況を維持することで、結果的に妨害する。
また、闘魔最終掌であれば、いかにバランといえど――。
「甘いな」
「な、に……っ!?」
バランの左手が閃き、闘気の光が顔を襲う。
咄嗟に叩き落としたものの――闘気弾とでも呼ぶべき技に驚く。拳によるアバン流空の技? 否、同系の別の技なのかもしれないが、アティ辺りがレクチャーした可能性は高い。
ミストバーンの動きを止めたバランは
「貴様の思惑には乗らんぞ、ミストバーン」
「お、おおおおおおー―っ!」
咆哮。
極限の戦いを強いられたミストバーンは、戦士達の強さと機転に心から感服する。
同時に怒り、憤懣、悔しさが爆発。
全霊をもってバランに突撃し、とにかく左手を叩きつけようとして。
――大いなる力の波動が、大魔宮を駆け抜けた。
発生源は地下。
力の感じからして正に属する呪文の一種。黒の核晶が爆発したわけでもなければ、キルバーンの呪法によるものでもない。
ミナカトールに匹敵する大呪文を唱えたのは、この場にいないアティか。
だが、ならば。
「どういうことだ……っ!」
大魔王バーンは中央塔の最上階にいる。
アティが地下で大呪文を行使したというのなら、それは誰に対してか。
そして、
「誰が……! 誰が、大魔王様と戦っているというのだ……!?」
アバン? ヒュンケル? 否。
彼らは中央には侵入していないはず。第一、大魔王を手一杯にするほどの実力者など――。
「決まってんだろ。オレ達のハドラー様よ」
「……お前は!?」
ミストバーンだけでなく、ダイ達までもが入り口に目を向ける。
そこに立っていたのはオリハルコン製の身体と長い髪を持った、一体の
「ヒム」
「安心しろよ、ヒュンケルの奴は休んでるだけだ。代わりってわけじゃねえが――ハドラー様の応援に行くために加勢してやるよ」
言って、全身に光を纏うヒム。
強烈な光の闘気に目が眩むような思いがして――同時に、嫉妬の炎が湧き上がる。
なるほど、ハドラーが相手だというなら納得だ。大魔王を追い詰めているというのは業腹だし恨めしいが、彼の武人としての生き方には好感が持てる。
だが、いきなり現れたこいつは何だ。
作り物の命だったくせに闘気を纏い、ふてぶてしい笑みを浮かべている。
――それは、私が一番。
以降の思考を吹き飛ばし、ミストバーンは笑った。
「ふふ、フフフ……ハーハッハッハ!」
「な、なんだっ!?」
「気でも触れてしまったっていうの……っ!?」
動揺するダイ達だが、生憎と別に狂ったわけではない。
ただ吹っ切れただけのこと。
「……もう良い! お前達には全力をもって消えてもらう! 非常時故、バーン様もお許しになるだろう!」
「全力ぅ? 手前ぇ、今まで全力で戦ってなかったっていうのかよ?」
胡散臭そうに声を上げるヒム。
今、来たばかりの彼から見ても四対一。ダイ達一人一人が実力者となれば、信じられない台詞だろう。
だが。
もはや構わず、ミストバーンは己の衣に手をかける。
勝手に剥がれぬように繋ぎ止めている鎖に力が籠り、少しずつ砕けていく。
目を見開いたバランが叫んだ。
「もう良い! ポップ、やれ!!」
「っ、おうよ!」
ほんの一拍だけ遅れて放たれたメドローア。
それを、ミストバーンは振り返りながら待ち受けて――。
衣が取り払われ、露わとなった左腕で
☆ ☆ ☆
部屋の一角、壁から天井にかけてがごっそりと抉れるように消滅している。
極大消滅呪文の名に恥じない大破壊の爪痕、そして立ったままの美丈夫――ミストバーンの姿がメドローアが発揮されたことを示している。
誰もがその一瞬の出来事に息を呑み、そして安堵した。
――ポップは呪文に巻き込まれなかった。
咄嗟にマァムが飛びつくように庇い、地面に押し倒したからだ。
折り重なるようにして倒れた二人はギリギリでメドローアから逃れることができた。
「……悪ぃ、助かった」
「……いいえ。それより、あなたが無事で――」
「嬉しいけどよ、そんなことやってる場合じゃねえぜ」
頬を染めたポップが真剣な表情に戻り呟く。
身を離した二人が立ち上がって身構えるまで、ミストバーンは動かなかった。
――恐ろしく美しい男だった。
尖った耳はまさしく魔族の特徴。
端正なマスクの一部である切れ長の目は伏せられたまま開かず、代わりにバーンの紋章の如き黒い影が第三の瞳であろうかのように額を覆っている。
纏う衣装はミストバーンが纏っていたものに酷似。
恐らくは衣装の上に薄い衣を纏っていたのだろう――取り払われたのはその薄絹に過ぎない。
だが、たった一枚の衣の有無が、その印象をがらりと変えている。
「これが、ミストバーンの正体……!?」
「そうだ」
ダイの呻きに、ミストバーンが静かに答えた。
これまではくぐもっていた声がよりクリアに聞こえる。
――涼やかで、かつ厳かな響き。
絶対的な何かを含んだその声に、マァムは背筋が寒くなるのを感じた。
ミストバーンが一同を見やり、告げる。
「この姿を見たからには、お前達には全員死んでもらう」
ハッタリ、とは思わなかった。
彼にはそれだけの力がある。先程まで優勢でいたにも関わらず、何故か確信できてしまう。
ダイの剣が効かなかった秘密もこの姿にある。
恐らくそれだけは確実だったが――ならば、どうしたらいいというのか。
「……良くわからねえが、ぶっ飛ばせばいいんだろっ!?」
ダイ達も同じように思ったのだろう。
足が止まった面々をよそに、ヒムが吠えて踏み込む。
「ヒムっ!」
マァムは咄嗟に、武器を左手へと持ち替えていた。
右手を開けると手甲を突き出し――拳と拳のぶつかり合いの末、右腕を砕かれたヒムへ
効くのかどうかはわからなかったが、光を受けたヒムの身体がうねうねと復元していくのを見てほっとする。
が、迎撃されると同時に吹き飛ばされたヒムは、礼を言うどころか「信じられない」というように目を見開き、膝をついたままミストバーンを見つめていた。
「……
「っ、
竜牙甲に覆われたバランの手と、ポップのブラックロッドがそれぞれに呪文を放つ。
だが、ミストバーンは避けるでも跳ね返すでもなく、棒立ちしたままにそれを受け――そして、何も起こらなかった。
ダイの剣が効かなかった時と同じ。
否、ヒムの拳が素手で砕かれたのを思えばそれ以上。
「散れ!」
「………」
バランが叫ぶのと、ミストバーンが立ったまま掌底を放つのがほぼ同時だった。
掌圧。
掌によって押し出された空気が立っていられないほどの圧力を生み出して一同を吹き飛ばす。身体が床に、壁に叩きつけられ、飛びかかろうとした者も同じように掌圧を受けて吹き飛ぶ。
ミストバーンは全員の状況を見渡し、
「まずはバラン。お前からだ」
「……っ!」
とん、と。
軽く地を蹴ったかと思えば、瓦礫から抜け出したばかりのバランに迫る。
速い。
目にも留まらぬ速さで到達すると、右拳を腹へ。
「がっ!?」
竜闘気で防御しているはずのバランが悲鳴を上げ、息を吐く。
彼もまた拳を顔へ叩きこんでいたが、ミストバーンは当然のように何の影響も受けていなかった。
再び瓦礫へ突っ込むことになったバラン。
なおも追撃が始まりそうなのを見て、慌てて虚空閃を放つ。
「―――」
半身をマァムに向けたミストバーンが掌で防御。
あっさりと空の技がかき消されると、再び掌圧が来た。全身に折れそうな痛みと衝撃が走り、床に衝突。
何だ、これは。
技だとか特殊能力などといったものではない。ただ単純な暴力が一同を襲っている。できるなら何故最初からやらなかったのか。
それとも、できなかったのか?
「やあああああああぁぁっ!」
「うおおおおオオオオォォォっ!!」
ダイが、ヒムが、叫び声を開けて突っ込んでいく。
ポップもまた杖を構えてタイミングを計っている。
それはまるで、そうしなければ今すぐにでも殺される、と直感しているようだった。