「なんですか、あれは……!?」
休憩と回復を経て、大魔宮の一階部分へと這い出したアティ。
彼女が見たのは、無残に破壊された中央部と――
大きな一つ目を持ち、砂時計のような形状で直立したそれは無数の触手を備えており、触れるものすべてを破壊しつくさんとばかりに暴れ回っている。
――あれは、危険だ。
召喚師として、幾多の竜や獣、機械を見てきたアティには一目でわかった。
魔王軍の実力者達とは異なる脅威。
放っておけば敵味方の区別なく襲い掛かり、全てを破壊するまで止まらないだろう。
「魔力炉だ」
「っ」
答えたのは、しわがれた老人の声だった。
振り返ったアティはやや離れた場所に「その人物」を見つける。
「――大魔王」
「直接顔を合わせるのは初めてだったな。そう、余がバーンだ」
壁があちこち崩れたせいで広く感じる一階部分。
ダイやバランをはじめとする仲間達、それからアバンやラーハルトなどの応援組、少し離れたところにヒュンケルとエイミが居り、ハドラーとアルビナスの姿もある。
ハドラーの全身が焼け焦げ、アルビナスが片腕を失っているのは戦闘の名残か。
そして、杖をついた魔族の老人と、目を閉じた若い男。
老人はキルバーンの変身と寸分違わぬ姿だが、受けるプレッシャーはずっと重かった。光魔の杖を手にしていることを考えても、彼が本物だ。
――全身を舐めまわされるような感覚。
悪寒を覚えながら、アティはバーンの視線を見返した。
くく、と、低く笑う声。
「余の魔法力を受けて大魔宮全体に伝達する生きた動力炉。ミナカトールの影響で機能が阻害された結果、飢えて狂ったらしい」
「魔法力を求めている、ということですか」
「その通りだ」
見れば、暴走した魔力炉は約半数の触手を蓄え、うねうねと蠢めかせている。
それは、攻撃する機を窺っているように見えた。
――誰を狙っているんでしょう……?
元々、魔力炉は大魔王の魔力を伝える役割を負っていた。
加えて、この老人がわざわざここまで降りて来た理由を考えれば答えは明白だった。
「ゴロアよ」
驚くほど通る声が知らない名前を呼んだ。
「ム、ムーン……こうなった魔力炉は止められないムーン……!」
バーンの視線は魔力炉の足元。
ぽつん、と立つ小さな影へ向けられていた。
ドラム状の腹を持つ雄の魔物。四本の腕にはスティックが握られており、それで己の腹をドンドンと叩いている。おそらく魔力炉の管理者なのだろう。
ゴロアと呼ばれた彼は、額に汗を浮かべながらバーンを見て、笑った。
追い詰められた兎のような表情だった。
「バーン様には悪いけど、魔力炉の餌になってもらうムーン」
「それは、大魔王に対する反逆と見て良いな?」
「っ、大魔王様を倒せば、オレが次の大魔王だムーン……っ!
ドン! と。
ひときわ強くドラムが打ち鳴らされる。
「……来る」
誰かが呟き、それを待っていたように、無数の触手が一斉に動き出した。
「みんな、離れてください!」
咄嗟に叫ぶ。
仲間達が反応して魔力炉から距離を取る。
一点へと集まる形が自然にできた。
移動しなかったのはバーンともう一人の男、そしてハドラーとアルビナスだけだ。後者はちらり、と視線だけ送ってくる。こちらの様子は気になるが、慣れ合う気はないということだろう。
――みんな、消耗していますね。
特にダメージが大きいのはバラン。
既に回復を受けているようで、自分でもベホイミを唱えているが、完治には若干の時間がかかるだろう。
ヒュンケルは傷こそ癒えているものの、体力までは完全に戻っていない。
他の面々も大小の差こそあれ、厳しい戦いを潜り抜けてきたようだ。
「別行動を取ってしまってごめんなさい」
まずはそう言って頭を下げる。
解れ、焦げたマントを見たのか、仲間達は誰も文句を言わなかった。
「アティ、黒の核晶はどうした」
「凍結してきました。それから、キルバーンは撃破しています」
「そうか」
小さく頷くヒュンケル。
二人のやりとりを聞いた一同からは幾つもの声が上がった。
「黒の核晶って……」
「おいおい、まだあったのかよ!?」
「済んだ話だ。気にするな。それよりも――」
「ええ、今のうちに回復を」
皆まで言うな、ということか。
アティが告げた時にはもう、アバンとバランがそれぞれフェザーを取り出していた。
エイミはヒュンケルへの回復呪文を継続中。ヒムの四肢は万全。
となれば、
「ダイ君、こっちへ」
「う、うん」
両手を広げて導くと、ダイは少し気恥ずかしそうに寄ってきた。
抱きしめるようにして拘束し、治癒の闘気を与えながら手首にフェザーを突き刺す。体力と魔法力を与えられた少年はほう、と息を漏らす。
ポップが羨ましそうに見ていたが、マァムが首根っこを捕まえてフェザーとホイミを与えていた。
「先生、あの魔力炉とかいうのは――」
「問題ありません。バーンが自分でなんとかするはずです」
「あの老人が大魔王なんですよね。凄い威圧感ですけど……」
戦闘能力が高そうには見えなかった。
と、マァムが暗に告げたが、それは正解であると同時に不正解でもあった。
――理由はすぐに判明する。
手刀で触手を打ち払う男に守られていたバーンが、手のひらを上に掲げる。
バーニングクリメイションを思い起こさせる挙動。
実際、生まれたのも炎だったが、形は全く異なっていた。
「不死鳥……!?」
「邪魔者を始末するついでに見せておこう。これが、余のメラゾーマだ」
あらゆるものを焼き尽くす劫火の鳥。
まるで生きているかのように羽ばたき、曲線を描きながら魔力炉へと飛ぶ。
「――カイザーフェニックス」
双翼に焼かれた触手は脆くも溶けて崩れ去っていく。
不死鳥はそのまま本体へと衝突し、直撃した部分だけでなくその周囲までも焦がし――巨体の三割近くを穿って消えた。
魔力炉は、それでも辛うじて動いている。
半数以下に減じた触手を増やし、反撃を行おうとして。
「ミストバーン。その身体を返してもらう前に一働きしてもらおうか」
「はっ……」
男――ミストバーンが、主の命を受けて踏み出す。
素早く駆けていくその姿は、まさしく『死』と同義だった。
☆ ☆ ☆
アティが地下にいる間、そして、ダイ達がミストバーンと戦っている間。
ハドラーとアルビナスの二人はいち早く大魔王の玉座へと襲撃をかけていた。
「……ハドラーか」
中央塔の頂上。
座して酒に興じていた大魔王は、杯を放り捨てるとゆっくり立ち上がった。
髭を蓄えた顔に表情はない。
ただ、かつての部下を冷徹に見つめて尋ねるのみ。
「非礼を詫び、頭を垂れにきた……というわけではよもやあるまい」
「無論」
壁を砕いて突入したハドラーだが、さしたるダメージは受けていない。
アルビナスの隣から一歩、進み出ると、覇者の剣を持ち上げる。
「大魔王――そのお命、頂戴に参った」
「魔王の名が恋しくなったか?」
バーンの口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。
「そうだと言ったら、どうする?」
「笑わせるな」
声と共に、どこからともなく一本の杖が飛来する。
どこか、ポップのブラックロッドに似た意匠を持つ――ただし、こちらはより大型の杖。先端は可動式となっており、バーンが手にすると同時に音を立てて開く。
杖に絡みついていた細いパーツ、尻尾のようなそれがバーンの腕に巻き付いて。
――大魔王の魔法力を吸い取っていく。
ブン、と、小さな音と共に。
ロン・ベルク製、光魔の杖が、本領と言うべき刃を形成した。
理力の杖の超強化版といえるそれは、大魔王の無尽蔵な魔力によって最強の武器と化す。老齢のバーンが己の身を守るために選び、愛用する悪魔の武器。
だが。
ハドラーは冷笑を浮かべて切って捨てる。
「そんな玩具でオレを殺せるとでも?」
「………」
バーンの眉が下がった。
「其方こそ、傷は完治しているのか――ハドラー」
「さあ、どうだろうな」
ハドラーの全身から魔炎気が噴出する。
「気になるのなら、その身で確かめてみては如何か」
「……良かろう」
光魔の杖が掲げられる。
輝く刃は太く鋭い。最低でも覇者の剣と同等以上の切れ味はある、と考えるべきだろう。
バーンはからかうように言葉を紡ぐ。
鋭い視線が向けられたのは、ハドラーではなくアルビナス。
「だが、そこの人形は置いてきた方が良かったのではないか?」
「馬鹿にするな……っ!」
相手は大魔王。
アルビナスも最初から真の姿を解放済み。先手必勝とばかりにサウザンドボール――圧縮されたベギラゴンを生み出し、バーンへと投擲。
いかな実力者であろうと直撃すれば大ダメージは免れないそれを、バーンは杖で薙ぎ払った。
両断。
魔力の刃はサウザンドボールをあっさりと断ち切り、威力は拡散して意味を為さなくなる。
軽く目を見開くアルビナスだが、その程度は織り込み済み。
「ならば……っ!」
高速機動で撹乱、と考えた彼女にはハドラーの声が飛んだ。
「待てアルビナス! 迂闊に奴へ近づくな!」
「……いい判断だ」
大魔王は、既に反撃の一手を打っていた。
杖を持っていない方の手が天に向けられ、不死鳥の姿をした炎を生み出している。
「カイザーフェニックス!」
「おお、これが……っ!?」
大魔王のメラゾーマ。
ハドラーもちらりと噂に聞いていた。
詳細は不明。だが、その凄まじい威力はあらゆるものを焼き尽くすと。
「ハドラー様……!」
「面白い」
「え……!?」
ハドラーは笑みを浮かべ、アルビナスの制止を無視して踏み出していた。
彼の身体は超魔生物。
纏うは魔炎気、炎を操るのはどちらも同じ、故に生半可な攻撃ではダメージを入れることさえかなわない。
ならば、
「その技――オレにどこまで通じるか、試してみたい……っ!」
無謀であっただろう。
部下を制止しながら己が突っ込む彼は、指揮官としては失格といえる。
だが、初手から最大技、超魔爆炎覇を放ったハドラーの考えは、結果的には正解だった。
不死鳥が直撃。
しかし、炎によって守られた身体は燃え尽きることはなく。
「……殺せぬか」
勢いを幾分か落としながらも突き抜ける。
「喰らえ、大魔王っ!」
「おおおおおおっ!」
覇者の剣と光魔の杖が衝突する。
甲高い音が響き、互いが互いを弾き返した。
「折れぬとはな……っ」
バーンは悪態をつきながら後退。
空いた手で生み出したのは
一発一発の威力は無視できる程度でも、重なれば致命傷に繋がりかねない。
また、弾くとなれば手間がかかる。
「小癪なっ!」
覇者の剣を使って防御するハドラーだが、その多さに歯噛みし、
「私がいるのを忘れていませんか、大魔王さん」
「むっ……」
背後に回ったアルビナスが、振り返ったバーンと交錯し。
光の刃が、オリハルコンの右腕を肩から斬り落とした。
が。
「腕の一本くらいお好きになさい」
「……ほう」
「サウザンドボール!」
至近からの呪文が爆発。
噴煙が立ち込め、晴れた先に。
――大魔王は五体満足で立っていた。
オリハルコン製であるアルビナスにベギラゴンは効かないが、バーンもまた無傷のままにやり過ごしている。
アルビナスは高速で後退し、ハドラーの隣に戻って。
「さすがは大魔王。一筋縄ではいかぬか」
「其方こそ――ザボエラの仕込んだ絡繰りも健在か」
「………」
ハドラーは沈黙をもって肯定した。
アティによって施された治療は思った以上に有効だった。黒の核晶が埋め込まれていた時のように無尽蔵な疑似抜剣は不可能だが、要所で戦闘力をブーストすることは可能。
再生機能もそれなりに働いている。
黒の核晶摘出のショックと、身体を蝕むモノが無くなったことがほぼプラスマイナスゼロの結果を齎していた。
「良かろう。其方を余の敵と認めよう」
笑みを浮かべたバーンは、あらためて光魔の杖を構え。
もう一方の手にカイザーフェニックスを生み出すと、告げた。
「
「抜かせっ!」
そうして、元魔王と大魔王は死闘を繰り広げた。
カイザーフェニックスはハドラーとアルビナスに致命傷を与えることができず。
逆に覇者の剣もアルビナスの打撃も、光魔の杖の前では有効打とはならなかった。むしろ大魔王は老齢とは思えぬ身体能力で二人に追いすがり、小さくも重い傷を重ねてくる。
特に、再生能力のないアルビナスは徐々に身体を削られ、得意のサウザンドボールも封じられる始末。
戦闘中ではハドラーによる修復を受けることもできず――肝心のハドラーもまた決定打を出せぬまま、疑似抜剣のリミットに近づいていた。
だが、大魔王とて消耗していないわけではない。
ハドラーには「ダイ達を待つ」などという選択肢はない。
今、この場で片をつけるため、全身全霊を籠めた一撃を選択して。
「アルビナス」
「はい、ハドラー様」
呼びかけた部下は即座に返事をした。
「ここまでよくついてきてくれた。後はオレ一人で構わん」
「……それは」
続く言葉にはしばしの間があった。
「命を捨てるおつもりですか」
「違うな。捨てるのではなく賭けるのだ」
命くらいかけ金にせねば勝てる相手ではない。
すると、アルビナスがくすりと笑うのがわかった。
「……?」
「ならば、お供します」
「……物好きが」
「きっと、製作者に似たのでしょうね」
冗談めかした言葉に、ハドラーも思わず笑った。
「……思った以上に助けられたな」
「え?」
「行くぞ大魔王! このハドラー、最高の一撃を受けてみよ!」
地を蹴るハドラー。
一拍遅れてアルビナスが続き、バーンが冷笑と共に杖を構えて。
みし、と。
暴走した魔力炉による襲撃は、バーンとハドラーの衝突を待たずに本格化し――中央塔そのものが崩れ落ちるのに時間はかからなかった。