新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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最後の戦い(4)

 極大消滅呪文(メドローア)の光は高々と打ち上げられ、空の彼方へ消えた。

 

「………」

「………」

 

 バーンもポップも何も言わなかった。

 だが、どちらかといえば大魔王の表情が悪いのは気のせいだろうか。

 いずれにせよ停滞は有り難い。

 治癒の闘気を張り巡らせたまま、アティはポップの姿を見つめる。

 彼の腕にはシルバーフェザーが一本刺さっている。アバンから受け取ったポーチからマァムが取り出したものだ。そしてもう一本フェザーが飛んで、今度は足に刺さった。

 にっ、と、ポップは笑ってバーンを見る。

 

「散々、奥義を見せてくれたお陰でわかったぜ――天地魔闘の構えの攻略法が」

「……何?」

「自分でも疑問だっただろ。今、あんたはメドローアを返せなかった」

 

 そう。

 バーンはメドローアを()()()()()()

 ポップ自身に返せば、最低でも相殺を狙えたにもかかわらず――だ。

 

「あれは慢心が理由じゃねえ。構えから構えの間には僅かな、一瞬の間があるんだ」

 

 奥義のためと考えれば、あまりに短い硬直時間。

 だが、突ければ決定的になりかねない、隙。

 

「タイミングは見えた。俺だけじゃねえ。ダイや先生達にも見えたはずだ」

 

 確かに見た。

 おそらく、あの瞬間を見逃した者は誰もいなかったはずだ。

 だが。

 バーンは、ふっ、と冷笑を浮かべた。

 

「なるほど。それは余も知らなかった。天地魔闘の構えを受けて生きていた者がいなかったからな」

「………」

「だが、其方の論理には致命的な欠陥がある」

 

 それは、アティも気づいていた。

 

「隙ができるのは天地魔闘で()()()()()()()()()()

 

 二撃目のカラミティエンドで止まった場合、おそらく隙は生まれない。

 三撃目のカイザーフェニックスまで撃たせた上で生き残り、仲間に繋ぐ誰かが必要になる。

 加えて、

 

「こうして構えを解いてしまえば意味もあるまいっ!」

 

 これが致命的。

 敢えて分析を口にしたこと――仲間と共有するには仕方のないことだったが、そうなれば当然、大魔王とて対策してくるに決まっている。

 構えを解き、挑みかかってくる大魔王は絶望の権化だった。

 奥義に頼ってくれた方が楽だ、など、笑い話にもならないが。

 

「臆したか、バーン!」

「慌てずとも、力比べなら応じてやる。……邪魔者を消した後で、な」

 

 両腕が振られる。

 生み出された二枚の障壁(カラミティウォール)が追いすがろうとする者の行く手を阻んだ。

 バランとアティ、ダイとポップ。

 波打つ壁を前にそれぞれが足踏みを余儀なくされる。

 突破しようとすれば致命傷を負いかねない、だが――。

 

「つかまれ、アティ」

「バラン?」

「いいから、早くしろ!」

 

 竜騎将の声は切迫していた。

 言われるがまま駆け寄ったアティは、一瞬、躊躇してからバランの背に抱き着いた。軽く腕を回せば「もっと強く」と指示されたため、思い切ってぎゅっと抱きしめる。

 ダイとは異なる逞しい身体を感じていると。

 

「それでいい」

 

 バランの身体から闘気が吹き上がった。

 ただの竜闘気ではない。

 それを感じられたのは、密着したことで「一体」として認識されたこと――つまり、闘気による柱状の防護幕がアティをも包んでいたことによる。

 まさか。

 アティが抱いたある予感は、直後、二人を襲ったカラミティウォールが「何事もなくすり抜けて行った」ことで現実となった。

 目を見開いたままに腕の力を抜き、身体を離すと、バランは振り向かずに告げる。

 

「カラミティウォールは()()()()()()()()()()()()()()()だ。闘気を調整して性質を合わせてやれば、無傷でやり過ごすことも難しくない」

「じゃあ、戦いが始まった時の壁も……?」

「私だけならやり過ごせたが、お前達がいたからな」

 

 別の解決策として通り道を潰してみせた。

 

「さっきの方法は私にしかできん。ダイではこうはいかないだろうが……」

「そうです、ダイ君達は……っ!」

 

 顔を向けると、幸いダイ達も健在だった。

 隣り合うように立った彼らの前には大きな亀裂。ブラックロッドで開けた穴を大地斬で広げた、というところだろうか。カラミティウォールは亀裂を降りて戻ってこなかったらしい。

 一発目をやり過ごした際の経験が役に立った。

 

 ――バラン。あなたがいてくれてよかった。

 

 竜の騎士が蓄積してきた知識と経験。

 それは単純な強さとは別の次元でアティ達を助けてくれている。

 彼がいなければとっくの昔に全滅していたに違いない。

 だが。

 

「っ、あああああっ!?」

「マァム!?」

 

 カラミティウォールは被害こそ出せなかったが、足止めとしては機能していた。

 魔装棍はハンマースピア部分を上下に真っ二つにされ、胸当て部分もまたざっくりと裂かれて血が飛び散っていた。

 痛々しい傷跡。

 バーンは再び手刀を振り上げてマァムの右腕に狙いを定める。

 ダイが駆け出し、ポップが呪文を唱える中、アティもまた動いた。

 

瞬間移動呪文(ルーラ)……!」

 

 光に乗って身体が飛ぶ。

 名の通り、瞬間的に移動するこの呪文は細かな軌道を制御するのが難しい。故に、選んだのはバーンとマァムの間に割って入ることではなく……。

 バーンの背後に出たアティは『不滅の炎』を『果てしなき蒼』に入れ替えて一閃する。

 と。

 

「――捕まえたぞ」

「っ!」

 

 大魔王が振り返り、右手でアティの腕を掴んだ。

 びくともしない。剣が止まり、アティは息を呑む。彼の視線はマァムから逸れて完全にアティを見ていた。脅威としてか、それとも。

 だが、少女を「軽い」と判断したのならそれは誤りだ。

 

「バーンッ!!」

「邪魔だ」

 

 痛みを押して飛びかかろうとしたマァムを左腕で薙ぎ払おうとして、

 バーンは、少女が敢えて腕に飛びついたことに目を見開く。

 

「私達は仲間(パーティ)です。必要のないメンバーなんて一人もいません」

 

 マァムとてアバンの使徒。

 ダイやポップ、ヒュンケルの影に隠れてしまいがちだが、彼女もまた彼女なりに日々研鑽し、自分にできることを重ねている。

 残った五人のうち、真っ先にバーンが狙ったのも、我を殺して支援に徹する姿勢故。

 だからこそ思い至らなかったのか。

 ()()()()使()()()()と思い込んでいたのか。

 

過剰回復呪文(マホイミ)!」

 

 眩いばかりの輝きが放たれて。

 

「貴様あああああぁぁぁっ!!」

 

 絶叫したバーンはアティから手を離し、すぐさまマァムの腹を蹴りつけた。

 目を剥いて吹き飛ぶマァム。

 第三の瞳が輝き、少女の身体が宝玉に変わる。ビキビキと崩壊していく左腕をバーンが斬り落とすまで、ほんの数秒の出来事。

 これで、残り四人。

 マァムは、アバンから預かったフェザーを後に託すことができなかった。アティとバランが持っているとはいえ残数は心もとない。

 

 だが、少女が齎したチャンスは大きかった。

 

 大魔王は一時的とはいえ()()()()()()

 その状態では()()()()()()()()使()()()()

 

「先生!」

 

 声が聞こえたのと、

 

「今、だああああああぁぁっ!」

 

 素早くダイが飛び込んでくるのは殆ど同時。

 剣が間に合ったのは奇跡と言って良かっただろう。アティは半ば反射的に『果てしなき蒼』を構えると、幾度となく繰り出してきた技を放つ。

 アバンストラッシュ。

 かの『アバンの書』によれば、この技には二種類が存在する。剣閃を飛び道具のように放つ「A(アロー)」と直接斬りつける「B(ブレイク)」である。

 だが、ダイはこの二つを組み合わせた()()()()()()()()()()を編み出していた。

 

 ヒントとなったのは、デルムリン島でのハドラーとの戦い。

 アバンやアティと協力したことで生まれたストラッシュの交差。

 すなわち。

 

「アバンストラッシュ――クロス!!」

 

 アティのストラッシュに追いついたダイが剣を振るい。

 二人のストラッシュが十字、あるいはXを描く。交点に発生するダメージは通常の五倍以上。アティとダイの協力技ではあるが、逆の立ち位置では成立しない。

 竜の騎士の戦闘センスがあってこそ成り立つ超絶技巧。

 

「―――!!」

 

 バーンですら驚愕していた。

 彼は、深く切り裂かれた自らの身体をまじまじと見つめ、噴き出す血を他人事のように見つめ。

 雷鳴が轟き、バランのギガデインが落ちる。

 それと同時に、完全回復呪文(ベホマ)の光が輝いた。

 

「は、はははっ!! ハハハハハッッ!!」

 

 哄笑。

 突如として笑い出したバーンはまるで、本当に狂ってしまったかのようで。

 アティも、ダイも、バランでさえ呆気にとられた。

 ここまで追い詰められたのは、おそらく初めてだったのだろう。であれば、永い時を生きてきて初めての事態に動転してしまっても不思議はない。

 だから。

 これをチャンスだ、と、魔法使いの少年(ポップ)が考えたのは正しかった。

 

「ハハハッ……は?」

 

 大魔王が笑いを止めた時には、メドローアが直前まで迫っていた。

 獲った。

 機を窺っていたのだろう。ポップはアティ達の戦いの間、ギリギリまで大魔王に近づいていた。できるだけ反応する間が無くなるように。

 それは、ポップ自身も迎撃用の二発目が紡げなくなることを意味していたが。

 これで終われば関係ないと、誰もが思った。

 

 ――刹那、大魔王が笑んだのをアティは見た。

 

 狂気の笑みではない。

 否、ある意味では狂っていたのかもしれないが、それは残酷で暴力的な笑みだった。

 

「……フェニックスウイング!」

 

 ベホマを唱えてもすぐに全回復するわけではない。

 ましてや大魔王の莫大な生命となれば余計だが、そもそも、バーンの()()()()()()()()

 天地魔闘の構えはともかく、フェニックスウイングだけなら問題はない。

 来ると思って備えていなければ間に合わないタイミングではあったが。

 

 バーンは備えていた。

 笑いながら、決して戦いを忘れてはいなかった。

 決定的な一手。

 

「終わりだ、ポップ」

 

 自らの最大呪文が跳ね返されるのを見たポップは。

 額に汗を浮かべ、飛びのくこともできままに立ち尽くして。

 

「大魔王が俺の名前を憶えてくれるとは、光栄だぜ」

 

 彼は、メドローアの前に自らの腹を晒した。

 

 ――どうぞやってくれ、とでもいうような姿勢。

 

 アティは叫んだ。

 

「ポップ君!」

「ポップ!」

「ポップーーーーっ!!」

 

 無理だ、と誰もが思った。

 メドローアをどうにかできるのはマホカンタか、それに類する力、あるいはメドローアのみ。

 相殺が間に合わない以上、ポップに取れる手段はない。

 消える。

 埋葬する遺体すら残さず、大切な仲間の一人が――。

 

「……な、に!?」

 

 果たして、絶句したのは大魔王だった。

 見る。

 ポップの胸に仕込まれていた『鏡』が、メドローアを反射していた。

 それは、シャハルの鏡。

 超硬騎団の騎士・シグマが備えていた()()()()()()()()()()()()であり、大魔王から下賜されたそれはシグマ自身が死んでも残る。

 

 託されていたのだ。

 

 アルビナス、ヒムだけではなかった。

 シグマも、フェンブレンもブロックも、自分がハドラーにできることを考え――最後まで行動していた。

 アティ達が戦った中で異色の敵。

 『集団』に対して『集団』で戦ってきた好敵手(ライバル)達は、やはり強く、気高かった。

 

 瞬間。

 大魔王の手は震えて動かず。

 鏡に跳ね返された光が、遂に彼を捉えた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 一瞬。

 光が収まった後。

 何かが落ちる音がしたかと思うと――床に、大魔王の亡骸が転がっていた。

 無残な姿だ。

 

「……バーン」

 

 胸の三分の一と、右腕のみ。

 下半身の全てを失った大魔王は瞳の光を失い、ぴくりとも動かなかった。

 

 静寂。

 

 あまりにも短い間の出来事に、状況を理解しきるのにしばしの時を要したが。

 やがて。

 

「やった」

 

 最初に呟いたのはポップ。

 

「大魔王に、勝った……!」

 

 決め手を作った張本人が一番、半信半疑だったのだろう。

 徐々に口元を綻ばせると、やがて喜色を満面に浮かべて声を上げる。

 

「勝ったんだ! そうだろ、ダイ、バラン、先生!」

「……ああ」

 

 ダイが頷き、少し哀しそうに亡骸を見つめて。

 親友を振り返って微笑を浮かべた。

 

「大魔王はもういない。おれ達は、地上を守ったんだ――!」

「っ」

 

 少年二人が駆け寄り、手を叩き合う。

 全身で喜びを表した姿に、アティは思わず涙ぐみ、

 

 ――歩み寄ってきたバランに肩を叩かれる。

 

 竜騎将の目にも涙が浮かんでいるのが見えた。

 

「バラン?」

「手伝ってくれ、アティ」

 

 バランは手のひらに火炎呪文を準備していた。

 バーンの亡骸、それを完全に葬ろうというのだろう。

 

「わかりました」

 

 弔ってやりたい気持ちもあるが、万が一があってはいけない。

 残る魔法力を籠めてメラゾーマを唱えて。

 

 ――万が一?

 

 悪寒が背筋を走った。

 メラゾーマを維持したまま、ばっ、と周囲を見渡す。

 煌めく幾つかの宝玉が見えた。

 

「瞳……」

「え?」

 

 ダイとポップが動きを止めてアティを見る。

 

「瞳が元に戻っていないのは、そういう呪法だからですか――?」

「っ!! やるぞ、アティ!!」

「っ、はいっ!!」

 

 二人は慌ててメラゾーマを放ち、ダイとポップもそれに続く。

 が。

 呪文反射(マホカンタ)の光が炎を反射、四人はその場を飛びのくこととなる。

 

「もう少し、感傷に浸ってくれればやりやすかったのだがな……」

 

 声が。

 亡骸と思っていた身体から上がった。

 バーンが、虚ろな目でアティ達を見る。

 

「……心臓は」

「余には三つの心臓がある。二つは潰れたが、一つは辛うじて残ったわ」

「私達を、騙したんですか?」

 

 死んだと思わせようとしたのか。

 だが、大魔王はかすれた声で低く笑った。

 

「半分はそうだ。だが、今のは本当に危なかった。死んだかと思ったわ」

「な、なんで、今ので死なねえんだよ……」

「生き残ることを優先したからだ。()()()を残したままでは死ねないからな」

 

 残った右腕が動く。

 反射的に身構えるも、バーンがしたことは攻撃ではなかった。

 

 ――指が自らの額を貫く。

 

 抉るように取り出されるのは、彼の第三の目。

 残った血が絞り出されるように滴る様は凄絶な様相を呈していた。

 

「今こそ、『鬼眼』の力を解放しよう」

「『鬼眼』……!?」

「鬼……そうか、そういうことか!?」

 

 バランが何かに気づくも、時すでに遅く。

 大魔宮に激震が走ると同時、バーンの身体に大きな変化が起こり始めた。

 

 一体、誰が予想するだろうか。

 若い身体を封じてまで守らせていたバーン。

 彼が完全体になってなお――()()()()()()()などと。

 

 そして。

 本当に最後の決戦が、始まる。




大魔王は最初から意識ありましたが、隙を窺って死んだふりをしていました。
次回いよいよサモンナイト的にも恒例の、大型ボスとのラストバトルに突入して参ります。

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