若く美しい身体が岩のようなものに覆われていく。
それは鎧であり、新しい身体なのだとアティは理解した。
「……私としたことが失策だった。一瞬、勝利に我を忘れて機を逃してしまった。いや、バーンもそれが狙いで死んだ振りをしていたのだろうが」
岩は大きく、広く、形作られていく。
再構成は目にも留まらぬ速さで行われた。
本体――バーンの顔こそ露わになっていたものの、今、即座に必殺技を繰り出せる者はいない。体力的にも気力的にも間が必要だった。
そもそも、今更心臓を潰しただけで倒せるのか、心臓が顔の下にあるかも疑問だが。
「鬼眼とは、何なのですか……?」
「鬼岩城を覚えているだろう」
「ええ。鬼のような姿をした城ですよね。それが……いえ、まさか……!?」
いずれも「鬼」の名を冠しているのは偶然か。
否。
あれは意図があって建造されたもの。大魔宮ではなく鬼岩城を本拠としていたのは温存する意図だけでなく、あの城がバーンにとって。
「おそらく、鬼眼の力とはバーンの姿を大きく変容させるもの。あの城の如き異形に――な」
「竜魔人化のような、ですか?」
「それ以上だろう。ここまで使わなかった理由はおそらく……」
岩が広がる方向はやがて四つに分かれた。
すなわち四肢。
大まかな人型が形作られるのを見て、アティ達はようやく我に返る。回復呪文を唱え、キャンディや木の実を口にし、少しでも状態を整える。
――戦うしかありませんから。
やがて、床に転がる『瞳』から光が上がった。
封印が解除される前兆だった。アバンやヒム、ハドラー――封じ込められていた者達が次々に、直前の状態のまま解放されていく。
バーンの『鬼眼』が真の力を解放したことで『瞳』が維持できなくなったのだろう。
身動きできない状態でも状況を把握していたらしい彼らが取り乱すことはなかったが、既に大きなダメージを受けていた者はがくりと膝をついてしまう。
「マァム! ごめんなさい、無理をさせてしまって――」
特に傷の深い少女に駆け寄れば、微笑んで首を振られる。
「大丈夫です。それより……」
「ええ。まだ、戦いは終わっていないようです」
僅かながら回復の時間を取れたことは幸運だったのか。
マァムの傷も回復呪文と治癒の闘気でなんとか癒え、残るシルバーフェザーは呪文使い達へ均等に分けた。
四肢の生成を終えようとしているバーンを見て、バランが口を開く。
「勇者アバンよ」
「……もう勇者ではありませんが、なんでしょう?」
「そこのネズミ達を連れて下に戻ってはくれぬか」
思わぬ頼みにアバンが目を瞬いた。
「それはまた、何故です?」
「わかるだろう。ここからの戦いはさっきまでとは違う――脅威を止めるまで終わらぬ消耗戦だ」
鬼岩城によるベンガーナ襲撃時と同じ――否、より激しい戦いとなる。
あの時はダイの剣による一閃で終わったが、今回はそれで終わるはずがない。巨体による一撃を避けることも、耐え切ることもできない者は退避すべきだ。
そして、今この場から素早く逃げるにはルーラが必要。
「下にいる者達を逃がす必要もある。最も適任なのはあなただ」
「………」
ふっ、と、アバンは口元に笑みを浮かべた。
「そこまで言われては仕方ありませんね」
「……申し訳ない」
「いえいえ。これも役割分担。私も逃げるつもりはありません。避難すべき者達を送った後、勇士達を連れてこちらに戻ってきます」
にかっと笑う彼の表情に瑕疵は見えない。
それが、これから決戦に臨む者達には涙が出るほどに有り難かった。
アバンはそれからくるりと振り返って。
「アティ殿――キルバーンを倒したという呪文は使えないのですか?」
「………」
アティはしばし逡巡してから「はい」と答えた。
「オメガルーラは使えません」
「理由を伺っても?」
「あれは、敵を異次元に放逐する呪文です。敵の力量及び質量に応じて消費する魔法力が大きくなるので、バーン相手では失敗する可能性の方が高いでしょう」
加えて、あくまでも「この世界から消す」だけで「倒す」わけではない。
「送る先は何もない空間――帰還方法もないはずです。でも『はず』であって確認する手段はありません。いつか戻ってくるかもしれない」
「………」
「そのいつかが数日かもしれないし数年後――百年後かもしれない以上、後顧の憂いは断つべきです。私は、後の世に責任を押し付けたくない」
「なるほど」
アバンは深く頷き「よくわかりました」と言った。
「ならば仕方ありません。バーンをここで倒しましょう」
「……すみません」
「謝ることじゃありません。問題を先送りにしない――いやいや、かつて似たようなことをした誰かさんに言って聞かせてやりたいくらいです」
凍れる時の秘法、という単語が頭をよぎったが、もちろん追及はしなかった。
アバンはそれで話を終わらせるとチウ達を取りまとめにかかった。部下になったはずのアバンに対してチウが反発する一幕もあったが、どうやら話はまとまったらしく、老齢のブロキーナともどもルーラで地上へと向かった。
すると、いよいよ決戦が近づいてきていた。
「先生。みんな」
時を待っていたかのように声を上げたのはダイだ。
ほぼ完成した魔獣の姿を見上げながら、アティ達全員に向けて告げる。
「ここまで一緒に来てくれてありがとう」
「どうしたんですか、ダイ君」
「お礼を言いたくなったんだ。勝っても負けても、これが最後だろうから」
アティの位置から見える横顔は、出会った頃よりぐっと大人びている。
成長したのだ。
決戦の前に子ども扱いしてしまったことが今更ながら恥ずかしくなってくる。
「ダイ君は立派な勇者です。先生の一人である私が保証します」
「ありがとう」
ダイはくすっと笑い、一拍おいて告げる。
「おれも、もう勇者のつもりだよ。だから――後はおれだけでも構わない」
「ダイ君!」
「もちろん、力は貸して欲しいよ。でも、無理に残って欲しいなんて言わない。アバン先生が一人でハドラーと戦ったように、おれは一人でもバーンと戦う」
覚悟。
勇者として、ダイは必要な覚悟を語っていた。
勇者とはみんなを守る者。
であれば、その対象は仲間達も含まれる。
「だから、今のうちにルーラで――」
「馬鹿野郎!!」
「っ」
盛大に響いた罵声に、少年の身体がびくっと震えた。
声を上げた少年は瞳に涙を浮かべながらふるふると身を震わせている。
「ポップ……」
「あのなあ、ダイ。今更俺達が逃げ出すと本気で思ってんのかよ」
なあ、と、彼は全員を見渡す。
頷くのを躊躇う者は一人もいなかった。
「オレはさっきの戦いで何もできなかった。せめてあのデカブツには一発食らわせてやりたい」
「そうよダイ。私達だって勇者一行なんだから、最後まで一緒に戦う」
「ダイ様。私はあなた方の忠実な部下。一言お命じ下されば共に参りましょう」
一人、背を向けたまま格好をつけている者はいたが。
「ハドラー様」
「あの、輪に入りづらいのはわかるんですが、一言言っておいた方が」
「うるさい」
アルビナスとヒムが茶化したせいで余計に言いづらそうにしながら、ハドラーが告げる。
「ダイよ。もはやこれはお前だけの問題ではない」
「ハドラー……」
「バーンは止まらぬ。オレが暴れていた時ならば、いずれ他の誰かがなんとかしたかもしれぬ」
もし、ハドラーにアバンが敗れていても、バランが彼を討っただろう。
バランが討たなくとも、バーンによって始末されるか取り込まれるかしていたはずだ。
「だが、バーンを止められるのは今しかない」
ヴェルザーはすぐに動ける状態ではなく。
バーンの力は既に竜の騎士の力を超えている。
負ければ、地上が消える。
「戦うぞ。そして、なんとしてでも勝つ」
もはや、言うべき言葉はなかった。
言いたいことは大体ハドラーが言ってくれたので、むしろ間がもたないくらいだ。
「元よりこれは竜の騎士の戦いでもある。私に逃げるという選択はない」
「素直に一緒に戦おう、でいいと思うんですけど……」
バランの言葉に苦笑して、アティも告げる。
「絶対に勝ちましょう、ダイ君」
「……うんっ!!」
全員が大魔王を見上げ、機を窺う。
巨大な岩が砕け、その下から威容が飛び出してきたのは直後のことだった。
☆ ☆ ☆
「余は『鬼眼王』である」
どこか超魔生物に似ている、と思った。
魔族が元の身体を捨てて魔獣となった時――そういう風になるのはもはや宿命なのかもしれない。
だが、超魔生物よりはスマートで、禍々しく、より巨大だ。
ずんぐりした形ではなく、人や魔族のフォルムをそのまま大きくしたような縦長の身体。それでいて『魔獣』と呼ぶしかない特徴を幾つも備えている。
頭の左右に突き出した巨大すぎる角。
肩は肩当てのようなもので守られており、その肩当てはまるで山を負っているかのように隆起している。
身体の半分は滑らかで硬質な鎧に、もう半分は鱗か何かのようなゴツゴツした外皮に覆われている。
三本指の手は鋏か嘴のような形状。
胸の中央には目とも臍とも口ともつかない穴があり、今は硬く閉じられている。
「余の身体に『鬼眼』の力を上乗せした最強の姿。こうなれば呪文も使えぬ。二度と元の姿に戻ることもできぬが――それでも、大魔王が敗北するよりはずっと良い」
バーンの元の身体は頭部に埋め込まれている。
語っているのはあくまで元の口であり、そういう意味では本体にも意味があるのだろうか。
潰しても即再生する可能性も捨てることはできない。
「アティよ。其方の身体を愛でることができなかったのは心残りだが――せめて他の者達を殺した後、華として飼い殺してやろう」
「言ったはずです、お断りしますと!」
それが、戦闘開始の合図となった。
――対大魔王、否、『鬼眼王』戦で細かい連携は取れないだろうと想定していた。
敵が大きすぎるからだ。
腕や足で軽く薙ぎ払われるだけで重傷を負いかねない以上、固まっていては危険。個々で動き回りながら攻撃を重ねていくしかない。
故に、最大火力をぶつけるなら開幕しかなかった。
「悪いが、貴様には死んでもらう――大魔王ぉっ!」
バランが吠える。
その手は上下に重ねて突き出され、手に嵌めた竜牙甲がまるで竜の顎を思わせる。
甲と両手には圧縮された闘気、そして魔法力が集中。
「馬鹿な、竜魔人化しない状態でそれを放つだと――!?」
「そのために用意されたのがこの手甲だ――!」
竜牙甲は
呪文のブーストはあくまでおまけ。
ここまでの戦いで破壊されていてもおかしくなかったが、バランがなんとか守り切った。
それはひとえに、あの怪物の姿を取りたくないという、彼の執念の結果だった。
「ふ、だが、その呪文は想定済――」
「ダイ君!」
「うんっ」
バラン同様、ダイとアティも既に準備を始めていた。
各々闘気と魔法力を編み上げ、アティが軽く抱きしめるようにしてダイを包む。
子ども扱いしているわけではない。
「ま、まさか――っ!?」
そのまさかを、ダイ達は狙っていた。
竜の騎士が二人いるという奇跡。
であるならば、前代未聞の超火力を生み出すことだってできる。
「行くぞダイ、アティ」
「ああ!」
「はいっ!」
そして、その呪文が解き放たれる。
「「
☆ ☆ ☆
空前絶後の威力が唸りをあげた直後、他の者達もそれぞれに動いていた。
「サウザンドボール!」
「
「っ!」
アルビナスの手が、ハドラーの腕が、マァムの魔弾銃が。
それぞれに閃熱呪文を生み出し、ドルオーラの余波で隠れた鬼眼王の身体を直撃。
「獣王激烈掌!!」
「ハーケンディストール!!」
「
二重の闘気の渦が、高速の槍の一閃が、闘気を纏った拳が腕や足を叩き、
「
マトリフから伝授された最強奥義が肩口を消し飛ばす。
――だが。
全ての攻撃を食らい、あちこちをボロボロと崩れさせながらも、鬼眼王は未だ健在だった。
ふらり、と。
一歩を踏み出すと勢いよく突進を始め、
「耐え切ったぞ……!」
深い感慨をもった声と共に、縦横に四肢を振るった。
恐るべき耐久力。
あれだけの攻撃を受けて立っていられるのは、おそらく三界を全て見渡しても彼だけだろう。
だが。
「元よりあれで倒せるとは思っておらん」
「ああ、お前の体力が尽きるまで攻撃を叩きこんでやる!!」
バランが雷を呼び、ダイが剣の宝玉から炎を呼び出して。
アティもまた『果てしなき蒼』と『不滅の炎』を左右の手に握る。
「バーン、私達も簡単には倒れません!」
戦いは、まだ始まったばかりだ。