新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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最後の戦い(6)

「ぐああああぁぁぁーーーっ!?」

「クロコダインッ!?」

 

 太く大きなつま先に蹴り飛ばされ、獣王の身体が玩具のように吹き飛んでいく。

 瓦礫を砕き、床を擦ってようやく止まったクロコダイン。

 痙攣しながら立ち上がろうとする様子から生きてはいるようだったが、即座の戦線復帰は難しいだろう。

 

 ――力自慢の彼ですらそんな有様だ。

 

 大魔王の変じた『鬼眼王』は圧倒的な脅威だった。

 ザボエラの超魔生物や邪配合の比ではない。所詮、人知の及ぶ範囲など「魔界の神」の前では無力なのだとむざむざと思い知らされる。

 

 鬼眼王が一歩踏み出すたび、床に罅が入り細かな破片が飛ぶ。

 空振りした腕や蹴りが自慢の大魔宮を砕いていくも、バーンは気にした様子も見せなかった。

 

「はははははっ! 圧倒的ではないかっ!!」

 

 速く。硬く。重い。

 鬼眼王の攻撃はもはやかわす以外の選択肢を持たないが、敵の巨体は驚くほどのスピードでアティ達に突進してくる。

 飛翔呪文(トベルーラ)等で三次元軌道を取れるアティやダイ、バラン、ポップ、ハドラー、もともと高速戦闘を得意とするラーハルトやアルビナスはまだいい。だが、地を駆けるしかないマァムやクロコダインはバーンが歩くたびに起こる地響きのせいで回避すら完璧とはいかなかった。

 そして、ひとたび攻撃が当たれば一発で致命傷。

 

 ――治らないのがせめてもの救いですが。

 

 鬼眼王の周囲を飛び回り、散発的に剣や呪文を浴びせながらアティは思う。

 超魔生物と異なり、バーンの身体が高速再生される様子はなかった。一晩など中期的な時間を置けば別だろうが、少なくとも傷ついた端から治るわけではない。

 攻撃を続けていけばいつかは倒せる。

 だが。

 

「どうだ!? 《攻撃が通じるのに意味を為さない》という感覚は!?」

 

 そう。

 巨体の生命力と、硬い外皮による防御力は一同を歯噛みさせるのに十分過ぎた。

 

「――はっ!」

 

 隙をついて接近し、二振りの魔剣を一閃。

 硬い手ごたえの後、鬼眼王の外皮に二筋の傷が生まれる。しかし、それは大地の一点をスコップで掘り返したような些細な傷でしかない。

 トベルーラで退避しつつ刀身から爆裂呪文(イオラ)を連発するも、傍目には先の傷が広がったかどうかすらわからない。

 かといって、大きな呪文を唱える隙があるかといえば。

 

「そら、お返しだ……!」

「っ!」

 

 擦過していく右手の爪をすんでのところで回避。

 離れざまに振るった剣も、やはりまともな傷を入れるには至らなかった。

 

「フハハハハハッ!! これなら、もっと早くに変わっていれば良かったわ!!」

 

 もちろん、仲間達もそれぞれに攻撃を続けている。

 ダイ、バラン、ハドラーの剣は『果てしなき蒼』『不滅の炎』よりは高い成果を挙げていた。鬼眼王の外皮はオリハルコン並の硬さに生物の柔軟性を兼ね備えているが、闘気を重ねた剣の一撃ならば浅く傷を入れることが可能。その一撃ですら綱渡りの紙一重だが、彼らは諦めていない。

 ラーハルトは跳躍を繰り返しながら、味方の攻撃でできた傷跡を攻撃。

 アルビナスは打撃戦を諦め、サウンドボールを連発し――意外にも全員の中で最もコンスタントなダメージを叩き出している。ヒムは回避に手間取って攻撃の機会をあまり得られていないが、闘気拳の一撃はバーンの脚へ着実に傷を作っている。

 マァムは回避を優先して囮の役目を引き受けつつ、隙を見て魔弾銃で攻撃。

 クロコダインのグレイトアックスは幾つもの刃毀れを作りながらも、核である宝玉は未だ無事。今は戦線離脱しているが、復帰すれば呪文攻撃に参加できるだろう。

 

 そして、ポップは。

 

「メドローアを放てるものなら放ってみるがいい! その時が貴様の最後だ、ポップ!」

「んなこたあ わかってるんだよ、畜生っ!!」

 

 傍若無人な攻撃の前に隙を見極められずにいた。

 右手には伸縮自在の魔杖・ブラックロッド。トベルーラ込みとはいえ、鬼眼王の殺界を飛び回っていられるのはかねてからの格闘訓練のお陰である。

 とはいえ、人類で五指に入るであろう彼の呪文ですら、メドローア以外では有効打にならない。

 

重圧呪文(ベタン)っ!」

「ぬるいっ!!」

「っ。イオラっ!!」

「無駄だっ!!」

「なら特大の閃熱呪文(ベギラマ)を食らいやがれー―っ!」

「舐めるなあっ!!」

 

 重力の増加も、異常な膂力の前では無意味。

 溜めの少ない中級呪文ではダメージにならず、収束したベギラマでさえ肌の一部を軽く焼くに留まってしまう。

 また、大魔王もポップを警戒し、集中的に攻撃を行ってくるため――少年は気を抜けない状況が続いていた。

 

 もう一つの切り札(マホイミ)も通用しなかった。

 

 直接触れた場所は確かに崩壊したのだが、狭い範囲に広がったきり停止してしまったのだ。

 鬼眼王は生物と無機物の属性を併せ持っているのではないか、というのがアティの推測である。今のバーンは『治癒』ではなく『復元』で回復する状態であり、治癒能力を高めて逆用するマホイミでは異常を起こして無効となってしまうのだ。

 リィンバウムの知識を併せて言うなら生体機械、兵器のようなもの。

 だとすると、これまでバーンが恐れていた「寿命」すら持ち合わせているか怪しくなってくる。

 

 ――絶対に、負けられない!

 

 だが、勝つための具体的方策が見つからない。

 倒せるまで諦めるつもりはないが、疲れも痛みも知らない鬼眼王と違い、アティ達には絶対的な限界が存在する。

 治癒呪文とシルバーフェザーで多少は誤魔化せても、いつかは。

 

「真空海波斬っ!」

 

 ダイの剣の宝玉が輝き、風を伴う剣閃が飛ぶ。

 それは鬼眼王の身体に新たな傷を一つ作り、

 

「それで、残る宝玉は一つか!」

 

 飛んできた拳を避けながら、ダイがぐっと息を詰まらせた。

 バーンの言う通り、メラ、ヒャド、ギラ、イオ、バギの五つの宝玉を使い果たされている。残るは虎の子のライデインのみ。

 とはいえライデインストラッシュ、ないしはギガストラッシュでも致命傷には遠く及ばない。

 決定打が、ない。

 

「だからって、諦めるものかっ!」

「その意気や良し!! 我が魔獣となった甲斐もあるというもの!!」

 

 戦いが、終わらない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大魔宮はそれ自体が浮遊する物質でできているらしい。

 魔力炉が機能していた頃はむしろ高度を一定に維持していたが――制御を失った今は素材の性質に従い、少しずつ浮き上がっている。

 高く、高く。

 いつの間にか暮れかけている太陽が、良く見える高度に達してもなお。

 

「そろそろ、終わりが近いようだな――っ!」

 

 鬼眼王の腕が、大きめの残骸をまた一つ砕いて。

 一瞬早く、足場にしていたそこからラーハルトが離れ、槍を一振り。小さな、小さな傷をつけてから別の残骸に飛び移って。

 がくり、と、脚を負ってしゃがみこんだ。

 

 ――疲労がピークに達している。

 

 マァムとクロコダインも一命を取り留めてはいたが、大分離れたところに取り残されている。

 もはや完全にバラバラとなった大魔宮には駆けるだけのスペースがなく、下手に瓦礫を飛び移って近づくよりもその場に居た方が安全なのだった。

 バーンもまた、手元を離れた()()に構う気はない様子。

 

「其方も傍観してはどうだ、アティ!」

「そうは、いきません……っ!」

 

 必死に息を吐きながらアティは応じた。

 ギリギリ、本当にギリギリで腕をかわし、魔剣で反撃。一体幾度繰り返したかわからない動作の後、作り出した傷を見て絶望的な気分になる。

 かすり傷にも満たない、小さな傷。

 見れば無数に、本当に無数に、鬼眼王の身体は傷ついているが――最初の二重竜闘気砲呪文(ダブルドルオーラ)によるダメージの方が、他の全てを重ねたよりも大きいように思える。

 

 ――でも、もう魔力が……っ。

 

 二本の魔剣に溜め込んでいた魔力はとうに尽きている。

 リィンバウムから供給される最低限の魔力を切れ味に変えている状態で、フルパワーから見ればその力は見る影もない。

 ダイ達もそれは同じで、インパクトの瞬間にのみ力を振り絞ってはいるものの、既に限界以上。

 ポーチにはもうキャンディの一個、木の実一つも残っていない。

 残り一本きりになった手持ちのフェザーを使うべきか迷い、踏ん切りがつかないのを感じて。

 

 せめて。

 せめて何か、打開の切っ掛けがあれば。

 

「勇者も、竜の騎士も、異界の戦士も! 余の前では無力!」

「ぐ、おおおおぉぉぉ……っ!?」

「バランっ!!」

 

 しかし、遂に、竜騎将が鬼眼王の一撃を受けた。

 回避しきれないと見たバランは竜闘気を全開、爪を真魔剛竜剣で斬りつけ返し――三本のうち一本を折ることに成功するも、その代償として遠く弾き飛ばされていく。

 

「バラン様っ!!」

 

 いち早く反応したのはラーハルトだ。

 彼は、思うように動かない足を奮い立たせて跳躍すると、壁のようにバランを受け止め――離れた瓦礫の上に二人そろって激突する。

 死んではいないはず。

 だが、二人とも、すぐに動き出す様子はなかった。

 

「これが終わればまずは地上を破壊する! その次はヴェルザーの一党を根絶やしにし、魔界を統一した後、全軍をもって天界を攻める!!」

 

 ここにきて攻撃が苛烈になる。

 狙うべき相手が減ったせいだ。四肢しか武器のない鬼眼王の弱点が、ここに来て意味を為さなくなり始めた。

 ハドラーが舌打ち、割り当てられたフェザーを取り出すと己の腕に突き刺し、

 

「そうはいかん。貴様を倒し、魔界はオレが貰い受ける……っ!!」

「人間に負けた元魔王風情がっ!!」

 

 疑似抜剣が全開。

 見れば、魔法力を補給されたハドラーの身体はぽろぽろと崩れ始めていた。魔族であり、魔炎気を扱う彼が光の魔法力を無理やり取り込んだせいだ。

 身体に埋め込まれたサモナイト石により中庸に近づいているはずだが、やはり、急場しのぎの治療だったツケが回ってきている。

 だが、取り込んだ端から燃焼させるのであれば、しばらくは持つ。

 

 超魔爆炎覇。

 

 譲れぬ一閃――ハドラーに残ったプライドを表すように、唯一無二の必殺技が繰り出される。

 満身創痍の身体。

 しかし、だからこそ闘気を漲らせたハドラーを、バーンは爪の折れていない左腕で迎撃することを選択。

 刹那。

 銀の髪を靡かせた兵士(ポーン)が右腕に向けて拳を振るい、美しき女王(クイーン)が光球を手に鬼眼王の眼前に躍り出る。

 

「小癪なあああああっ!!」

 

 三点で同時に力が炸裂。

 ヒムは二本の爪の一本をへし折るも、両腕を肩口まで砕かれて吹き飛び。そのまま振るわれた右手が女王を遂に叩き落した。

 ハドラーは。

 爪の間から覇者の剣を深々と食い込ませ、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 残る魔炎気が全て、傷口から注ぎ込まれようとして。

 

 みし、と。

 

 覇者の剣の根本辺りで軋むような音がした。

 鬼眼王が手首を捻った、ただそれだけの結果、起きた現象だった。剣を保持しようとするハドラーは全力で抗い、バーンもまたハドラーを振り落とそうとして。

 甲高い音を立てて、剣が折れた。

 反動で吹き飛ぶハドラー。彼の元に、ポップの声と小さな輝きが飛んだ。

 

「使え、ハドラー!!」

「……っ、これは、有難いっ!!」

 

 投げ渡されたのは、盾。

 メドローアを反射した後、ポップがずっと腹に抱えていた――シャハルの鏡。

 ()()()()()()()のそれを、ハドラーは右腕に装着して。

 再度振るわれたバーンの爪に、力強く叩きつけた。

 

 ――砕ける。

 

 爪と、盾が、同時に音を立てて砕けた。

 

「取った」

 

 ポップの呟き。

 確かに、これで、バーンの両手は大きく攻撃力を損なわれた。

 完全に失ったわけではないものの、爪が折れた分、死角が僅かに増えたのは事実。

 

 ――少年が両手に呪文を生み出す。

 

 メラとヒャド。

 スパークさせて編み上げられた形は、バーンですら見慣れたであろう――矢。

 鬼眼王が動いた。

 他の何をも放り出し、一瞬でも早くポップを討ち取ろうと突進して。

 

「―――」

 

 不意に制止。

 ()()()放たれた極大消滅呪文(メドローア)が鬼眼王の胸を僅かに削り取って擦過した。

 撃ったのは、もう一人の使い手。

 アバンに抱きかかえられるようにしてバーンを見上げた老人、マトリフだった。

 

「……ちっ。外したか」

「いやあ、惜しかったですねマトリフ。腕が鈍ったんじゃありませんか」

「うるせえ。だがまあ、十分仕事はしただろ」

 

 言うが早いか瞬間移動呪文(ルーラ)を唱え、離脱していく彼。

 同時に、アバンの背に抱き着いていたレイラが飛び降りて近くの残骸に着地。集団回復呪文(ベホマラー)を唱えて勇者達の傷を癒していく。

 約束通り。

 帰ってきた勇者は、頼もしい援軍を連れていた。

 

「やってしまいなさい、ポップ!」

「くっ、だが、させてたまる――」

「それはこっちの台詞だ、大魔王っ!」

 

 青年の声と共に。

 二振りの剣が、練り上げられた闘気と共に振るわれ――鬼眼王の動きを一瞬止めた。

 トベルーラで飛翔してきたノヴァと、彼に運ばれたホルキンスだ。

 生み出した傷自体は微々たるもの。だが、再び地上へ降りていく彼らは千軍にも値する助けだった。

 何故なら、その一瞬のお陰で間に合ったからだ。

 

「メドローア!」

 

 光が、鬼眼王の胸に直撃。

 中央部をごっそりと抉り取った上で彼方へと消える。

 

 静寂。

 

 一瞬の間の後、薙ぎ払われた腕がポップを弾き飛ばし。

 無言。

 先程までの威勢を完全に殺した大魔王が、淡々と、黙々と、人間達の虐殺を開始する。

 だが、もう遅かった。

 反撃は止まらない。

 

 手始めとばかりに、折れていない爪がアバンを襲うも――()()()()()()()がそれを砕いた。

 繰り出したのは、女賢者に抱きかかえられた魔剣戦士。

 

「……すまない、遅れた」

 

 彼は全身に闘気を漲らせていた。

 激しい戦いを終えてきたどころか――戦士として一皮剥けたように見えるのは、逆境が成長を促した故なのだろうか。

 剣を三又の槍に変えると、様変わりした大魔王に驚くこともなく。

 

「だが、ミストバーン……ミストは倒してきた。後はお前だけだ、バーン」

 

 直後、放たれた技は見たことのないものだった。

 否、原理自体は知っている。

 似たような技――クルスもまた知るところではあったが、闘気を極限まで高めた上で放出するそれは、別の極大技(グランドクルス)と呼ぶべきだった。

 アティにはできない。

 存在をかけた戦いの末、勝利した彼だからこそできる技だった。

 

 そして、ドルオーラにすら匹敵する輝きが鬼眼王を飲み込んだ。

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