新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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最後の戦い(7)

「何故だ、何故諦めない! 何故、何度でも立ち上がってくる!?」

「それは、我々が短命で、非力で、頭の悪い種族だからだ」

 

 アバンの手から数枚のフェザーが纏めて飛ぶ。

 鬼眼王の外皮に命中するも刺さることはなかったが、籠められた呪文はきちんと発動した。

 シャナク。

 呪いを解除するための呪文を受けたバーンは、がくん、と、身体の制御が利かなくなるのを感じた。

 鬼眼の力が一時的に制限されたのだと理解したのは、アバンの稼いだ数秒の後、身体が自由を取り戻してからのことだった。

 

「我々は一人では事を為せない。だから力を合わせる。知識を、技術を後に伝える。頭が悪いから考え、工夫することを知っている。弱いからこそ、諦めない強さを持っている」

「戯れ言だ! 人間は弱い、弱いからこそ太陽を、地上を与えられたのだ!!」

 

 太陽の奪還。

 人だけが暖かな地上を与えられ、竜と魔族が魔界に押し込められたことへの復讐。

 バーンの動機のうち、最も大きいのはそれだった。

 

 ――それは、憧憬だったのかもしれない。

 

 太陽という偉大なる力。

 大魔王の魔力をもってしても作り出せない唯一無二の存在を手にすること、それだけが、魔界の神を自称する男の真実だったのかもしれない。

 野望を抱き、力と魔力で頂点に立ち、魔獣にまで身を堕とした今となっては、彼自身にすらわからないだろうが。

 

「だが、お前は人間に負ける」

「……っ!?」

「見下し、侮った人間に滅ぼされる。そこに意味があると思わないか、大魔王」

「ほざけええええええっ!!」

 

 気づけば、バーンは必死になっていた。

 生きるために足掻くなど何千年ぶりだろうか。若くして武を極め、秘術を操り、最強の肉体を手にした彼にとって、本気で戦わねばならない相手など殆どいなかった。

 かの冥竜王ヴェルザーにしたところで、一対一で戦えば確実にバーンが勝利するだろう。

 だからこそ、驕っていた。侮っていた。どうとでもなると高を括っていた。

 

 抜け目ない者――例えばザボエラがバーンと同じ知恵と力を持っていたのなら、勇者一行を弱いうちに始末してしまっただろう。魔法使いマトリフと僧侶レイラを抹殺し、ベンガーナの戦車技術を盗んで軍備増強を図ったかもしれない。

 最初から大魔宮で柱を落としていれば、誰も反抗できなかったかもしれない。

 

 だが、現実は違った。

 どうとでもなると思っていた勇者一行は竜の騎士の息子と抜剣者、英雄のサラブレッドに不死身の魔剣戦士、若き大魔導士となり――本来の竜の騎士にかつての勇者、魔王すらも加えて命を狙ってきた。

 それでも勝てるはずだった。

 にもかかわらず「敗北」の文字が脳裏に浮かぶのは、彼らが諦めなかったから?

 

「諦めてください、バーン」

「―――」

 

 腕と足をめちゃくちゃに振り回して抵抗するバーン。

 そんな彼に立ち向かうのは、小さく矮小な、けれど誰よりも美しく輝いて見える一人の女だった。

 

「お前が――」

 

 鬼眼王は、無我夢中で腕を伸ばした。

 太陽のような赤毛を持つ家庭教師、アティを手中に収め、握りつぶさんと力を籠める。

 

「お前さえいなければああああああっ!!」

 

 しかし。

 まさに潰されかけたアティの身体から、蒼色の強い光が輝いた。

 

 力を持った光が手のひらを押し留め、バーンの全身に鈍い痛みを走らせる。

 

 バーンは知らない。

 その現象が、アティの装着した輝光環――ロン・ベルクが作り出したアイテムの効果によることを。

 輝光環の効果は単純に「魔法力の蓄積」である。アティが『抜剣』により放出した魔力は全てが使われるわけではなく、一部は使われることなくロスしている。それを吸い上げて蓄積、任意のタイミングで解放する。

 死の危機に用いれば一度きりの蘇生効果となり、今のように用いれば攻防一体の障壁を作り出す。

 

 手のひらを焼かれて尚、鬼眼王に痛みはなかった。

 だが、アティは反動で遠ざかっており――僅かな間、彼女の手を離れた魔剣達は、即座に鬼眼王の手から消滅して持ち主の元へと戻ってしまう。

 異世界から来た教師。

 ダイを、ポップを、マァムを、ヒュンケルを導き――元勇者アバンの教えを見事に引き継いでみせた女傑は、今なお瞳の輝きを失っておらず。

 バーン思わず、一瞬、彼女に見惚れて。

 

 故に、対応が遅れた。

 己の剣にギガデインを纏わせ――突進してくる勇者ダイの姿を、間近に来てようやく認識する。

 ギガストラッシュ。

 既に幾度か見た技だった。脅威ではあるが、今のバーンなら致命傷にはならない。巨体に似合わぬ素早さで腕を振り上げて迎撃。

 比較的無事な方の手が大きく切り裂かれる。

 

 代わりに、少年勇者の小さな身体を彼方へと吹き飛んだが。

 矢のように飛んできた大きな身体が少年を――息子を受け止め、前へと押し出した。

 

「まだだ、行け――ダイよ!」

「――ああ!」

 

 受け止めたのは竜騎将。

 再び振りかざされた剣にギガデインの呪文が落ちた。

 

 ――まさか、二撃目だと!?

 

 それは、バーンですら想定していなかった攻撃。

 闘気こそ殆ど尽きかけていたが。

 上位の雷を受けた一撃の威力は計り知れないものがあった。

 

「これは、先生の技と、バランの力、そして――もう一人の先生の()()()()()()の剣だ!」

 

 閃転突破と呼ばれていたか。

 アティが操る連続剣――得物が魔剣でなければ力不足、おそらく速さも足りなくなるであろう、バーンから見れば未完成の拙い技。

 故に目を奪われるそれが、弟子であるダイにも影響を与えていた。

 

 仲間達の援護を受けてようやく完成する連撃。

 ロン・ベルクが与えた剣の力、父親バランの存在が無ければあり得なかった一撃。

 

(ツイン)・ギガストラッシュ!!」

 

 雷を纏った刃が深々と食い込む。

 度重なる攻撃でダメージの蓄積した鬼眼王の腕をバターのように切り裂き、肩のあたりでようやく止まって。

 

 ――止まって、くれたか。

 

 バーンは心底から安堵した。

 これで終わりだと、竜の騎士と人の共闘も、この場にいる者達を根絶やしにすれば終わると。

 硬く柔軟な皮膚に食い止められた剣は簡単には抜けない。

 事実、ダイも剣を引き抜くのを諦め、バーンの反撃をかわすためにトベルーラで離れていく。

 

「……殺してやる!」

 

 全員、一人残らず。

 

「殺して、殺して、殺し尽くして――余に歯向かえる者など一人も残さぬ!」

 

 もう、アティのことすら目に入っていなかった。

 片腕を振り上げ――思い直し、巨体それ自体をぶつけるようにして迫り。

 ダイの身体を跳ね飛ばすと、追撃として叩き落そうとして。

 

「バーン!」

「―――」

 

 紅の刃を軋ませながら、アティが腕を受け止める。

 無感動に、しかし、胸の奥に怒りを滲ませながらそれを見て、バーンは気づいた。

 もう一振り、蒼い刃はどうしたと。

 

 ――まさか。

 

 はっとして周囲を見回し。

 

「もう、遅いです」

 

 終わりが。

 人と竜の騎士の子――本来ありえぬ奇跡の存在が、大魔王の死を運んでくる。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 きっと、ダイなら使えると思った。

 誰よりも純粋で、真っすぐで、アティと一番一緒にいた少年なら。

 剣も一時的に力を貸してくれる、と。

 

 ――お願いします、ダイ君。

 

 最後のシルバーフェザーは自分に刺した。

 だが、もう呪文を唱える気はなかった。必要が無いからだ。

 回復した魔力は全て『果てしなき蒼』に回す。

 

「行ってください!」

 

 剣は、教え子である少年に投げ渡した。

 原理としてはアリーゼから『不滅の炎』を借り受けたのと変わらない。抜剣者としての素質を持つ少年に、己の剣を一時的に貸し出しただけだ。

 必要な魔力の供給はアティから行われる。

 蒼い輝きは一瞬、戸惑うように明滅したものの――すぐにアティよりも強く、鋭い光となって瞬いた。

 

「行け、ダイ」

 

 そして、ダイの手にはもう一本の剣があった。

 真魔剛竜剣。

 父バランの愛刀――真の竜の騎士が持つべき由緒正しい剣が、いつかの戦いの時のように息子、ダイへと託された。

 二本の剣と勇者を前に大魔王が吠える。

 何と言っているのか、もはや判別することはできなかったが。

 

 真魔剛竜剣が鬼眼王の残る腕を切り裂き。

 刀身を肩に残したまま、少年は『果てしなき蒼』を両手に握った。

 竜の闘気と抜剣者の魔力。

 両者の入り混じった最後の一撃は、極光の如き光の軌跡を残し――バーンの本体ごと、鬼眼王の全身を両断した。

 

 鬼眼王の亡骸と勇者は落ち。

 浮かび上がった大魔宮の残骸はそのまま浮かび上がっていき。

 空に残されたものは、何もなかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 勇者と大魔王の戦いの詳細は後世に伝わっていない。

 語る者がいなかったわけではない。ただ、語る者によってその内容がまちまちであったため、まともな内容を残すことができなかったのだ。

 それだけ激戦だったのだ、と解釈する者もいれば。

 大魔王が化け物に変じたこと自体が誇張――誤りであるのではないか、とする者もいた。

 

 もしも、ある者が語るように鬼眼王なる化け物がいたのなら。

 それを倒したという蒼い剣が世界のどこにも存在しない理由が説明できなかったからだ。

 

「本当に良かったんですか? リィンバウム(こっち)に来てしまって」

「問題ない。寿命が来る前に一度戻ればいいだけだ」

 

 アティなる家庭教師の名は歴史書に残っていない。

 ただ、アバンの使徒が残した「先生」のエピソードの中に、元勇者アバンのものとも、大魔導士ポップの師であるマトリフのものともつかないものが含まれていたことは事実だ。

 

「それはそうですけど……心配じゃありませんか?」

「いや。あの子達ならもう自分の道を歩いていけるだろう。それに、聖母竜(マザードラゴン)を闘気で癒すなどという離れ業をしたのはお前だろう」

「あはは……まあでも、一命を取り留めて貰えて良かったじゃないですか」

 

 パプニカ王家に仕えた三賢者。

 中でもエイミの活躍は目覚ましく、後世への影響も大きかったとされているが――賢王レオナの治世において、臣下となった賢者は三人ではなく四人であったとする書もある。

 

 また、カールの女王フローラに近しかった人物によれば、時折、ふらりと現れては女王と茶飲み話をして帰っていく赤毛の女性がいたとかいないとか。

 

「聖母竜が死ねば新たな竜の騎士が生まれないからな。……とはいえ、かの竜の回復には長い年月がかかるらしい。それまで死ぬわけにはいかなくなった」

「リィンバウムも、この島も平和とは限りませんけど……」

「降りかかる火の粉は払うだけだ。お前の力を借りて、な」

 

 大魔王の死後。

 魔法使いポップは僧侶戦士マァムと共に地上の安定のために尽力した。

 戦後の復興や傷病者の看護が一段落すれば、お互いの故郷をルーラで行き来しながら林業や農業、武器屋としての修行を積み、穏やかな暮らしを送った。

 

 戦士ヒュンケルは老衰するまで戦いを止めなかった。

 各国を回り騎士や兵士達に剣を教え、乱暴者の魔物を見つけては荒っぽい方法でそれを制した。

 元魔王軍である彼を疎む声もあったが、彼は決して反論することなく全てを受け入れ、それでもなお、自らのできることを探し続けた。

 パプニカに立ち寄った際は、賢者エイミの家に必ず顔を出していたという。

 

「はい。もちろん、私で良ければお手伝いします」

 

 クロコダインの名は魔王ハドラー、獣王チウの名と共に伝わっている。

 大魔王亡き後「魔王」に返り咲いたハドラーは人間に宣戦布告を繰り返し、代表者との激しい戦いを繰り広げては楽しそうに笑っていたという。

 最終的に、世界の外れに独自の領地を得るとそこに引きこもった。

 彼の野望がこじんまりと終わった原因の大半は、風変わりな大ねずみに戦の采配を殆ど任せていたせいだとかせいではないとか。

 

「先生。仲が良いのはいいんですけど、私はまだ納得してないんですからね」

「あはは……。アリーゼ、そろそろバランとも仲良くしてくれませんか?」

「できません。決着はまだついてないんですからっ!」

 

 元勇者・アバンはカール女王フローラと結婚して王となった。

 戦後の治世は決して平穏ではなかったが、問題が起こるとどこからともなく風変わりな老人が現れて助言を残していくため、なんだかんだなんとかなっていた。

 騎士団長ホルキンスは歴代指折りと称えられ、北の勇者ノヴァの大成にも大きく関わったとされている。

 ただ、彼やノヴァでも敵わない「武器屋」がいたとする証言も残っており――真偽を検証しようとする者は後を絶たない。

 

 そして、勇者ダイは。

 

「もう、帰ってきて半年になるのに……」

「先生! バラン! いる!?」

「え……ダイ君ですか!?」

 

 大魔王との戦いから約一年後。

 新たな戦いのために魔界へ赴き――これを収めて帰ってきたと言われている。

 生涯の殆どを辺境のデルムリン島で過ごしたらしく、彼の功績の記録は多く残っていないが、彼を知る者達の証言が確かなら「優しく純粋な勇者」であったという。

 

「ヴェルザーのせいで魔界が大変らしいんだ! ラーハルト達と一緒に行くつもりなんだけど、手伝ってくれない!?」

「え、ええと、それは構いませんけど……」

 

 なお、かの勇者の血筋がどうなったのか。

 

「駄目です!」

「え、えっと……先生、この人は?」

「私の最初の教え子で――名前は」

「アリーゼです。よろしくお願いします、ダイ君」

「え、う、うん。よろしく、アリーゼさん」

 

 それについても謎に包まれており――もしも、この先、世界に大きな災いが降りかかったとすれば、その時にこそ明らかになるのではないかと言われている。

 

「先生。今度は私が行きます」

「え……!?」

「いいですよね?」

「……はい」

 

 また、蒼と紅の二人の天使。

 伝説的として残るこれらの記録についても――歴史家の検証が待たれるところである。

 

 ともあれ、世界は平和となり。

 人々が待ち望んだ平穏がようやく訪れたのである。




勇者達の齎した平和が永久に続くことを願って……!
ご愛読ありがとうございました。

※穴埋めネタ、後日談的なまとめを適当なところで投稿予定です。
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