新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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後日談・こぼれ話
エピローグに代えて


「大変だったんだから。落ちてくるアティ達を受け止めるの」

 

 言って、レオナが腰に手を当てたまま頬を膨らませる。

 仲間達と共に地面へ座り込んだアティは苦笑を浮かべて謝意を示した。

 

「あはは……。本当にごめんなさい」

 

 最終決戦終了後。

 全ての力を使い果たしたダイはもちろん、多くの戦士達には余力がない状態であり――自然、地上まで落下する形となった。

 硬い地面に直撃するところだった彼らを救ったのがレオナ達だった。獣王遊撃隊や一般兵の多くは避難しており、残っていたのはノヴァやホルキンス、マトリフ、レイラを含む一部の精鋭と、それからレオナ。

 本来、真っ先に逃げるべき王女が残っていたのはどうかと思うが。

 

「本当に助かりました。……ギリギリの、戦いでしたから」

「……ええ」

 

 多くの感慨を含むアティの声に、レオナも腕を下ろして答える。

 空を見上げれば、大魔宮の残骸がかすかに見えた。浮遊する素材でできたそれらはきっと、どこまでも昇っていくことだろう。

 それゆえ――草原は思ったよりも綺麗な状態だ。

 近くに横たわる鬼眼王の死体はボロボロと崩れ始めており、おそらく、しばらくすれば塵となって飛んで行ってしまうだろう。

 

 片づけ切れていない魔物の亡骸は数あれど、幸いと言うべきか、瓦礫が散乱しているようなことはない。片づけ、埋葬を済ませてしまえば戦いの跡は殆ど残らないだろう。

 

「バーンは、死んだのよね?」

「ああ」

 

 確認するようなレオナの問いに、ダイが静かに答えた。

 

「あいつは、確かにおれが倒した。――もう、バーンはいない」

「……そう」

 

 少年の表情はどこか浮かない。

 戦いの余韻が抜けきらない。それ以上に、敵とはいえ、ある種の信念を持ったバーンを「殺した」ことが、若干のわだかまりとして残っているのだ。

 似たような気持ちはアティの中にもある。

 共に戦った仲間達もそうなのか、みな一様に黙ったままで、そんなアティ達をノヴァらは「どうしたものか」というように見つめて。

 

「やったじゃない、ダイ君!」

 

 弾けるようなレオナの声に、他の全員が目を見開いた。

 パプニカの王女にして()()()()()でもある少女は花が咲いたような笑顔を浮かべ、あちこちボロボロになった少年を抱きしめる。

 アティが言えた義理ではないが、ダイが恥ずかしそうに顔を赤らめているのがわかっているのか。

 

「ちょ、レオ――」

「やったのよ、キミは! 誰もが認める『勇者』になったの!!」

 

 しかし。

 ばしーん、と、いささか色気のない様子で肩を叩かれれば、少年も含め、誰もがレオナの言うことを認めざるをえなかった。

 若くしてパプニカを託された王女は、ぴっ、と指を一本立てて言う。

 

「キミのお陰で世界は平和になった。それは、紛れもない事実でしょ?」

「―――」

 

 言葉が、染みわたるように全員へ伝わり。

 

「……そっか、そうだよね」

 

 しみじみと、ダイが頷いたのを皮切りに。

 わっと一同が湧き、ポップとマァムが両側からダイに抱き着いたかと思うと、空に星が輝くような時刻だというのに、煩いくらいの大騒ぎになった。

 それは、しばらく時が経つまで収まることはなく。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……ところで」

 

 おずおずとポップが口を開いたのは騒ぎが収まった頃だった。

 

「俺、一つ気になってることがあるんだけど」

「何よポップ君。まさか『戦いは終わってない』とか今更言い出さないわよね?」

「いや、そういうことじゃないんだけどよ」

 

 あれ、と、少年が指さしたのはダイの方。

 傍にいたアティ、レオナ、マァムが揃って首を傾げ、そちらを見れば――少年とその一番の親友、羽の生えた金色のスライムが楽しそうに笑っていた。

 

「ピピィ~~!」

「あははっ、ゴメちゃん、くすぐったいよ」

 

 ああしていると、勇者ではなくただの少年みたいだ。

 思わず口元が綻ぶも、イマイチ、何が問題なのかはわからない。

 と。

 

「ゴメの奴、今までどこにいたんだよ?」

 

 ああ、なるほど。

 確かにゴメちゃんは決戦続きになってから出番がなかった。大切な仲間である一方、怪我をされては大変だから、と、安全な場所に居てもらっていたのだ。

 それがどこか、そういえばポップには教えていなかったか。

 というか、知っているのはアティとマァムとフローラ、それから――。

 

「俺の勘だと」

 

 最後の一人、レオナの()に人差し指が突きつけられる。

 

「その辺りにいたんじゃねえかと――って痛っ!?」

「デリカシーのないこと言ってるんじゃないわよ!?」

 

 最後まで言うまでもなく、ポップの脳天に拳が直撃し。

 性的なからかいを受けたレオナはジト目になりつつ半身になり、少年の視線から胸を隠した。まあ、マァム共々、レオナの胸は年の割に発育がいい。

 気になるのもわからなくはないが。

 

「勘のいい子は嫌いよ、ポップ君」

「合ってるならいいじゃねえか……」

 

 気の抜けるような会話。

 だが、だからこそ、平和が戻ってきたのだと、強く実感することができた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 大魔王討伐の報は、瞬間移動呪文(ルーラ)を用いた伝令によって各国首脳に伝えられた。

 レオナとフローラを含む王侯貴族達が忙しく働く中、アティ達は丸一日近くかけて戦いの疲れを癒した。戦勝の宴が世界各地で同時に開かれたのは勇士達の準備が整った後のことである。

 

 ――文字通り、地上消滅の危機から救われたのだ。

 

 どこの国も飲めや歌えの大騒ぎである。

 無駄な出費を嫌う性質のベンガーナ王でさえ狂喜乱舞といった有様で、国庫から少なくない金を支出して平和の到来を祝ってくれた。自身も大いに飲み、食い、騒ぎ、お陰で臣下や住民も気兼ねなく宴を楽しむことができたが、おそらくは計算ではなく、単にそれだけ嬉しかったのだろう。

 もちろん、アティ達、勇者一行は特に盛大に労われた。

 酒も料理も食べ放題。この世界では飲酒可能年齢に明確な決まりはないため、ダイですら兵士達から葡萄酒等々を勧められていた。祝いの席で無暗に制限するのもと思いつつ、実親(バラン)を見れば、知らん顔で杯を傾けていたので、きつい酒に手を出さない限りは黙認した。

 

 ……そう言うアティ自身が、クロコダインやボラホーン、その他酒飲みに乞われ、秘蔵の『龍殺し』を振る舞う羽目になったりしたのはご愛嬌だ。

 「私のお酒ぇ!」という声が聞こえてきた気がしたので、リィンバウムへのお土産にはこの世界の名酒を含めなければと心に誓ったアティである。

 

 なお、各地で宴が開かれた関係上、勇者一行はひっぱりだこであった。

 パプニカにアティとバラン、カールにアバンとダイ、ベンガーナにクロコダイン、ロモスにはマァム等々、当初ばらけて参加していたものの、主にルーラを使えるメンバーを中心に、あっちへ呼ばれこっちへ行ってをしているうちに、一体自分は今酒に酔っているのかルーラに酔っているのかわからない有様となった。

 

 それでも、完全に夜が更ける頃には宴も一段落した。

 

 酒が回ってしまえば勇者も国王も大した意味はない。

 後は飲みたい者、騒ぎたい者が明け方まで騒ぎ続けるのみとなったところで、アティ達の中からも続々と脱落者が出た。

 筆頭はダイ。続いてポップにマァム。

 

「頭がぐらぐらする……」

「ピィ……」

「ごめんゴメちゃん、今はちょっと話しかけないで」

「ピィ!?」

 

 やはりこの辺りは慣れもあるのだろう。

 少年少女をベッドに運び介抱しているうちに、あまり表情を変えずに飲んでいたヒュンケルが無言で倒れたので、子供達の出番は本格的に終わりに。

 ヒュンケルの介抱はエイミに任せ、二人には個室が宛がわれた。

 

 大分静かになった後、酔い覚ましに果汁のお湯割りを傾けていると、がばっと後ろから抱き着かれて。

 

「ちょっとアティ、それお酒じゃないじゃない。もっと飲みなさいよ、ほら!」

「レオナ姫こそ飲みすぎじゃないですか」

「いいのよ、こんな時じゃないとお姫様が泥酔なんてできないんだから」

 

 確かに。

 特にレオナは王女ではなく、実質既に女王である。

 戦った後は寝ていれば良かったアティ達と違い、彼女の仕事は戦いが終わっても変わりなく続く。誰か手伝ってくれる人でもいないと心的疲労でおかしくなってしまいかねない。

 

「誰かいい人が見つかればいいんですけど……」

「じゃあアティと結婚する!」

「だいぶ酔ってますね……」

 

 杯を落としそうな勢いで頬ずりしてくる少女に溜息。

 仕方ないので酒を取り上げ、飲み干してやると「あー!」と声が上がった。

 まあ、欲しければまた取ってくればいい話なので、大した意味はないのだが。

 

「そうだ。キアリーで解毒すれば幾らでも飲めるんじゃないかしら」

「お酒は毒じゃありませんからね……」

 

 なお、『抜剣』による強制回復なら毒だろうとアルコールだろうと丸ごと無効化できたりする。

 酔うのが楽しい部分もあるので今はやっていないが、アティは素の状態でも、名もなき島の住民達に鍛えられたお陰で割と酒に強かったりする。

 

 などと、しょうもない話に花を咲かせていると。

 

「ね、アティ。いつ頃帰るつもりなの?」

 

 声色を低くしたレオナが隣に座った。

 見れば、少女の表情はやや強張っている。今までは酒で無理に取り繕っていたのかもしれない。

 ずっとここにいる、と言ってあげたい気持ちを抑え、アティは答える。

 

「……一月後くらいでしょうか」

「一か月か。長いのかしら、短いのかしら」

 

 無為に過ごすには長いが、やり残しを片付けるには短い。

 

「やりたいこともまだ幾つか残っているので、それが終わるまでは帰れません」

「例えば?」

「幾つか残ったままの柱――その中にある黒の核晶への対処とか、ですね」

 

 ポップに頼んで極大消滅呪文(メドローア)を使ってもらうか、そうでなければ大転移呪文(オメガルーラ)を用いるしかない。

 後は、バランから話だけ聞いている聖母竜の行方も探してみたい。

 ロン・ベルクからは腕の治療も頼まれているし、ハドラーの身体も念入りに治してから帰りたいところだ。後は故郷のみんなへのお土産も探さなくては。

 

「パプニカで賢者をするわけにはいかない?」

 

 レオナはこっちを見ていない。

 下を向き、膝を見つめている彼女に微笑み月を見上げた。

 

「それも、楽しそうですけど」

「なら」

「私のふるさとは、やっぱりリィンバウムなんですよ」

 

 本来ならあり得なかったはずの出会いだ。

 異世界の者の力が『世界』にどれだけの影響を及ぼすか、召喚師であるアティは良く知っている。それを思えばそもそも関わるべきではなかったのかもしれないが、過ぎてしまったことは修正できない。

 それでも、これ以上は駄目だ。

 

「だから、帰ります」

「……そっか」

「はい」

 

 ここは、はっきりさせておかなければならない。

 

「でも、私は心配していません」

「え?」

「レオナも、ダイ君達も、みんな強くて逞しくて――素敵な人達ですから」

 

 きっと、アティがいなくても世界は平和になった。

 これからも、自分達の力で歩んでいける。

 

「……アティ」

 

 顔を上げたレオナが笑う。

 瞳には涙が浮かんでいたが、それは確かに笑顔だった。

 

「その、あ」

 

 少女の唇が「ありがとう」と言いかけて。

 

「それに、遊びに来ようと思えばまたいつでも来られますから」

「って、台無しじゃない、馬鹿!」

 

 むにー、と、思いっきり頬を抓られたアティは、タイミングが悪かったと後悔することになった。

 

 なお。

 竜の騎士バランが「一緒にリィンバウムに行く」と言い出し、なし崩しに了承することになってより一層、レオナへの言葉が台無しになったのは、この翌日のことであった。


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