新しい教え子は竜の騎士   作:緑茶わいん

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強襲、魔軍司令ハドラー!(後編)

 断ち切られた爆球が弾け、強烈な風を巻き散らした。

 剣を取り落としそうになるほどの衝撃。

 数歩、後退しながらなんとかやりすごすと、前方にはアバン、そしてハドラーが一歩も動かずに立っていた。

 

 ダイ達は後方にいる。

 先の爆風で飛ばされたのだろう。特にダイは小さな身体のせいかかなり飛ばされ、大きな岩に叩きつけられていた。

 

 ――そうだ、ハドラーは……?

 

 魔王、否、魔軍司令は苦悶の表情を浮かべていた。

 

「グ……ガアアアアアッ!?」

 

 胸に刻まれた十字の傷から大量の血が噴き出す。

 二人の放ったアバンストラッシュは確実に効いていた。あの技を二発同時に食らうなど、さすがのハドラーも未経験だったろう。

 ハドラーは声を上げながら歯を食いしばる。

 グググ、と、筋肉が蠕動したかと思うと出血がみるみるうちに止まっていく。治ったのではなく、無理矢理に傷を塞いだのだ。

 

「まさか、これほどとはな……」

 

 地の底から響くような声が四人の身を震わせた。

 

「だが、アバンよ。貴様は老いた。この傷がその証拠だ」

 

 アバンストラッシュによる二本の傷。

 より深いのはラグレスセイバー――アティが振るった剣によるものだった。それは両者の技量というより、アバンの剣が一山いくらの安物だったことが大きいだろうが。

 勇者が全盛期を過ぎている事実は変わらない。

 かつての、ハドラーを倒した頃のアバンであれば、安物の剣でアティよりも高い威力を出していたかもしれない。

 

 ジロリ、と、魔族の鋭い瞳がアティを睨みつける。

 

「そこの小娘も万死に値するが、ひとまず当初の目的は果たさせてもらう」

 

 ハドラーが両手を持ち上げると、拳の先に鋭利な鉤爪が伸びた。

 

「ヘルズクローだ。疲弊した貴様如き、この爪で十分」

「甘く見るなよハドラー。一発で足りないのなら、何発でも浴びせてやる」

「抜かせ。あの技が体力を奪うことはよく知っているわ!」

 

 両手を掲げたハドラーがアバンに躍りかかる。

 アバンはぐっ、と腰を下げ、アバンストラッシュの体勢に入ろうとして、何を思ったのか剣を前に構え直した。もう一撃でハドラーを仕留められなければ逆にやられると、咄嗟に計算を改めたのだろう。

 

「駄目……っ!」

 

 アティは二人に割って入ろうと足に力を入れる。

 ずきん、と、火傷と爆風で傷ついた足が悲鳴を上げた。

 

 ――こんな、時に……っ!

 

 間に合わない。

 

「畜生、この野郎ぉ!」

 

 ポップが叫び、火炎呪文(メラゾーマ)がハドラーを阻んだ。

 痛みで碌に動かない身体に鞭打ち、少年が振り絞った勇気の呪文。

 

 それを、ハドラーは両手の爪で軽く薙ぎ払った。

 

「何だこれは……? これがメラゾーマだとでもいうつもりか?」

 

 鼻で笑い、彼は立ち止まって片手を突き出す。

 アバンではなく、ポップに向けて。収束する『熱』は閃熱呪文(ベギラマ)のものだ。

 

「ハドラー! 貴様の相手は私だ!」

「引っ込んでいろ、時代遅れの元勇者!」

 

 振り下ろされた剣は、ハドラーのもう一方の手、鉤爪によって受け止められる。

 白刃の表面に微細な傷が幾つも走り、ハドラーが腕を振るうと、アバンは砂浜の上に吹き飛ばされた。

 

「噂に聞く『不死鳥』に焼かれて死ねと言いたいところだが……貴様にはこれで十分だろう」

 

 閃熱呪文(ベギラマ)が、放たれる。

 

 ――駄目。

 

 ポップは呪文を避けられない。

 さっきだって必死に腕を伸ばしてメラゾーマを放ったのだ。痛みが引くまでにはまだ時間がある。

 ハドラーのベギラマを喰らえば、並の人間などひとたまりもない。

 

「駄目えええええぇぇぇっっ!」

 

 止めなければならない。

 溢れる思いのままに、アティは叫んだ。

 

 そして、光が生まれた。

 

 

 天に立ち上る、大きな光の柱。

 色は、清らかさと気高さを象徴するような、透き通る蒼。

 その輝きに、ポップも、アバンも、ハドラーでさえ一瞬、我を忘れたように見入ってしまう。

 

 

 当然、その瞬間にも閃熱呪文(ベギラマ)はポップに迫っていたが、別方向から放たれた強烈な冷気が魔法使いの少年を護った。

 

「アティ殿……?」

 

 呆然としたアバンの声に、アティはにこりと微笑んだ。

 

 ――大丈夫。

 

 ()()の髪がはらりと揺れる。

 手にした()をアティは握りしめ、呟いた。

 

「できれば、これは使いたくなかったんですけど……」

 

 ラグレスセイバーではない。

 淡い青色に輝く美麗な長剣。常の赤毛ではなく白髪と化し、どこか雪国の獣を思わせる美貌を備えたアティには、その剣が良く似合っている。

 

 誰も、この突然の成り行きについていけていない。

 ぽかん、と口を開けていたハドラーは、はっと我に返ると()を指さす。

 

「な、なんだ、その剣はっ!?」

果てしなき蒼(ウィスタリアス)。名工ウィゼルの手による魔剣です」

「……し、知らねー」

 

 ハドラーが知らないのも無理はない。

 『果てしなき蒼』は、この世界ではなく異世界リィンバウムにて打たれた剣だ。

 アティの第二の故郷『名もなき島』を巡る争いの中で生まれ、以来、片時も離れることなくアティと共に在る。

 

 普段はどこか――体内、あるいはアティの心の中に納まっており、必要な時だけ現れる。

 アティ自身という鞘から剣を抜くことを『抜剣』と呼び、故にアティは一部からこう呼ばれている。

 

 『抜剣者(セイバー)』と。

 

「馬鹿な、その刀身は、まさか……っ」

「ハドラー! 貴方はここで倒します……!」

 

 アティの意志と魔力に呼応し、刀身がさらなる光を放つ。

 

 ――本来、『果てしなき蒼』はリィンバウムにあってこそ真価を発揮する。

 

 見えざる『共界線』から魔力を汲み上げ無限の力を発揮する仕組みであり、理の異なるこの世界には『共界線』が存在しないため魔力供給を受けられない。

 使えるのは時間をかけて剣に少しずつ蓄積された魔力と、アティ自身の魔力のみ。

 

 制限時間は短いが、それまでに決着をつければいい。

 

「はあああぁぁぁっ……っ!」

 

 魔力と闘気が刀身に収束する。

 

 ――アティが闘気の扱いに慣れていた理由、空裂斬が得意だった理由はこれだ。

 

 心を澄まし、斬りたいものだけを斬る。

 『果てしなき蒼』と共に何度も経験してきたことの応用だった。

 だから、アバンの必殺技もまた、アティの感覚に良くなじんだ。

 

「アバン――」

「ま、まずいっ。こ、この場はいったん預け――」

 

 ハドラーは泡を食ったような表情を浮かべ、宙へと逃げようとする。

 しかし、動揺した彼は気づいていなかった。

 この場には他の者もおり、彼らとて何もしていないわけではなかったということを。

 

「さ、させるかよっ!」

「ハドラー! 大魔王の前に貴様をあの世に送ってやろう!」

 

 アバンの真空呪文(バギ)が空気の流れを乱し、ハドラーの姿勢を崩す。

 そこへ、ポップの火炎呪文(メラゾーマ)が顔へ炸裂して動きを止めさせた。

 

「ストラッシュ!」

「だあああああっ!」

 

 もう一つ、ハドラーは気づいていなかった。

 アバンとポップの窮地に、真の力を振り絞っていたのがアティだけではなかったことに。

 

 ――蒼く輝くアティの剣閃に、後方から小さな影が追いすがる。

 

 白い光に包まれたダイが、パプニカのナイフを振るい。

 交差した軌道が、魔軍司令の身体を四つに断ち切った。

 

 ぐらり、と、ハドラーの身体は崩れ落ち、波にさらわれていく。

 

 ふっ、と、力を抜いたダイがその場に崩れ落ち、抜剣を解除したアティもまた砂浜にへたり込んだ。

 アバンとポップもすぐには動けない様子だったが、それ以上、島を襲撃してくる気配は訪れなかった。

 

  ☆   ☆   ☆

 

 そして、それから数日が過ぎた

 

「ダイ君、おめでとう。これで特別(スペシャル)ハードコースは完了です」

「……ありがとう、アティ先生」

 

 四人の傷は回復呪文(ホイミ)で問題なく癒えた。

 島の者総出で抗戦準備を整えていたブラスは「やっつけてきた」という報告に目を白黒させていたが、全員無事にハドラーを撃退できたなら良かった、ということで落ち着いた。

 翌日から授業は再開され、今日は、その最終日だった。

 

「受け取ってください。卒業の証です」

 

 アティは微笑み、小さな宝石のペンダントをダイの首にかける。

 少年はペンダントにそっと触れると笑い、それから目を細め、泣きそうな顔になった。

 

「……うんっ」

 

 堪えきれずに涙をこぼし始めるダイの頭を撫で、ポップに向き直る。

 

「ポップ君も。まだまだ修行は続きますが、先に受け取ってください」

「いらねえ……って言いたいけどよ」

 

 一度は首を振ってみせたポップだが、大人しくペンダントを受けた。

 

「せめて先生から、アバン先生から受け取りたかったぜ……っ!」

 

 ポップの言葉に、ダイの泣き声はより大きくなった。

 

 

 偉大なる勇者アバンの墓は、島の森の中にひっそりと作られた。

 無事にハドラーを撃退したにも関わらず、アバンがその命を長らえられたのはほんの数日だった。

 

 ――魔力欠乏症。

 

 他ならぬアバン自身の診断による病名はそんなものだった。

 前日のドラゴラムに続き、ハドラーとの戦いで魔力と体力と気力を振り絞ったアバンは世にも珍しい病にかかり、日に日に衰弱していった。

 ハドラー撃退の翌日はアティと半々で教鞭を取ったものの、その翌日には脇で座って口を挟むだけになり、昨日は病床から学習プランを教えるのが精いっぱいで、夜遅く、アティに卒業の証である「アバンのしるし」を託したきり息を引き取った。

 

 ダイとポップは明け方まで泣きはらし、そのまま最終日の授業をやり遂げた。

 

 

「……ダイ君は立派な勇者候補になりましたよ、アバンさん」

 

 アバンの墓に花を手向けたアティは、ふらりと散歩に出た。

 森の中を無軌道に歩き、かのレオナ姫が洗礼に使った洞穴に差し掛かると、その中に入る。

 

 反響した洞窟の中に静かな声が響き、

 

「いやあ、それは良かった!」

 

 元気いっぱいのアバンが、からからと笑いながら顔を出した。

 

「これも私とアティ殿の指導の賜物ですね、きっと」

「もう。それはまあ、否定しませんけど……」

 

 アティは頬を膨らませ、恨みがましい目でアバンを見た。

 

「お芝居なんて、私、苦手なんですよ? ダイ君達だってどれだけ泣いていたか」

「私だって、生きたまま土葬されるのは苦しかったですとも」

 

 

 そう、アバンの魔力欠乏症なんていうのは真っ赤な嘘だった。

 すべては一計を案じたアバンと、それを聞かされたアティによる芝居。

 

 

「辛い役目を押し付けて申し訳ありません。ですが、これは必要なことなのです」

 

 優しい笑みを浮かべてアバンは言った。

 

「私は所詮先代の勇者。新しい勇者の役割を担うのはダイ君達です。もちろん、彼らの冒険についていきたい気持ちはありますが、師が一緒では彼らの冒険に水を差してしまう」

「それもわかりますけど……」

 

 嘘をつかなくても良かったんじゃないか。

 皆まで言わずに濁したアティに、アバンは頷いた。

 

「生きてるけれどついていかないのと、ついていきたいのにいけなかったのでは大きな差があります。ダイ君達には、私の『遺志』を受け継いで欲しい」

 

 裏で色々やるには死んだことになっている方が都合がいいいですしね、と。

 

「じゃあ、私も消えた方がいいんじゃ」

「いえ。アティ殿は彼らと一緒にいてください」

 

 既に話し合ったことですが、と、アバンは続けて。

 

「アティ殿には才能があります。弟子を教え導くだけでなく、仲間として共に戦う才能です。あの輝きを持つ貴方ならきっと、ダイ君を助けながら目標として立ち、()()()()()()()()()()()()でしょう」

「………」

 

 アティは何も答えなかった。

 何か言えば、反論になってしまうからだ。

 理屈としては納得しているのだから、気持ちのまま抗弁しても何もならない。

 

「……私達は明日、ロモスに出発します」

「それがいいでしょうね。あまり島に長居しては、次なる刺客に狙われる可能性があります」

 

 アバンは懐をごそごそと漁ると、小さな置物のようなものを差し出した。

 

「鳩、ですか?」

「魔力を籠めるとメッセージを封じることができ、そのメッセージを運んでくれる優れモノです。登録した二者間でしかやりとりできませんから、アティ殿が登録すれば私との秘密のメッセンジャーになります」

「アバンさんは、これから?」

「情報を集め、貴女方に送ります。それが終わったら、自分を一から鍛え直すつもりです」

 

 なんでも、とある場所にそういう修行場があるのだという。

 

「ハドラーに後れを取った私では、足手まといにもなりかねませんからね」

「そんなこと、ないと思いますけど」

 

 と、首を振ろうとしたアティの眼前に人差し指が立てられた。

 

「意地ですよ。男の子の意地ってやつです」

 

 そこで、アティはようやく、くすりと笑みを漏らすことができた。

 

 

 

 翌日、アティはダイ、ポップと共に島を出た。

 目指すはロモス。ダイがかつて世話になったという心優しい王のところだった。




蘇生後ハドラー「何者だ、あの小娘……。そういえばダイも光っていた気がするが……気のせいか?」
アバン「あの紋章についても調べなくてはなりませんね……」

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