転生した。
その事実に気が付いたのは数え年で五つの時だった。
切っ掛けは、そう好奇心から入ったあのあばら家で体験した出来事からだ。
古今東西、何処の国にも暗部と言うものは存在するそれは、人よりも魔獣種と呼ばれる異形の獣との戦いが日常生活に置ける最大の脅威であるフレメヴィーラ王国でも変わらない。
偶然だった、近所でも悪ガキで通っていた兄貴の後に着いて行っただけの有りがちなシチュエーションだった筈の日常は、たった一度の出来心によって瓦解した。
「弟を放せ!」
兄貴の怯えながらも勇ましい声が部屋に響く。
今にして思えば、自分も怖かっただろうに逃げなかった兄貴は大した奴だったと思える。
しかし相手が悪かった、普通に生活して居たらまず鉢合わせる事が状況は小さな子供の強がりを一蹴した。
「状況が読めてねぇみてぇだなクソガキ…。」
「ハハハハハハ。流石は魔獣番の国のお子様だおつむがよぇや!」
「おい!坊主、おめぇの兄ちゃんが健気に強がってるのにだんまりかよ!」
「……。」
人質に取られてから一言も喋らない俺に犯行グループの一人が絡んでくる。
その時、俺は自分が置かれて状況を飲み込めずにいた。
「たく。気味の悪いガキだな、泣くも叫びもしないなんてよぉ…。」
「まぁ良いじゃねぇか、ここで叫ばれたら始末しなきゃならん所だ…。」
「えっ……!」
リーダー格と思われた俺を捕まえていた男のセリフで漸く自分の立ち位置を理解した俺は、さっきとは別の意味で言葉を発する事が出来なかった。
恐怖で体が強張り表情すらも碌に作れなかった事だろう。
唯一の救いはそこでちびらなかった事だろう、あの頃から何故かおねしょをした記憶が無いので生まれつきのものだったらしい。
それでも、目に涙は溜まっているのか視界が揺れていた。
兄貴にあの時の事を聞くと決まってこう返される。
「お前も、泣く事があるんだなっと思った。」
…確かに、物心つく前から余り泣かない子だったと両親に言われたが、あの場で思ったことがそれか兄貴…。
話が逸れたが、俺はこの時はとても怯えていたのである、それこそ一言も喋れない程に。
当然ながらだが悪党グループにも俺の変化に気が付いた、だからだろうこの場を畳みかけた。
「クソガキ、今から言う事を親に伝えろ。」
「何言って…?」
「こいつは人質だ、返して欲しかったら俺たちの要求を呑め。」
リーダー格の男が俺を捕まえていた腕に力を込めた、強く掴まれ発せられた痛みにうめき声が漏れた。
「やめろ!分った…言う通りにする、だから弟をそれ以上傷つけないでくれ!」
兄貴の焦った声音の懇願を聞き、若干力が緩む。
「良い判断だ、要件は三つ。一つ目は食料を毎日寄越す事、二つ目はこの里に来る騎士から必ず情報を聞き出して報告しろ、三つ目は俺達の事は誰にも明かすな、この一つでも破れば…。」
その言葉の後に、また腕に力を込めて圧迫する。
「くぅ、ウェン…分かったよ、分かったから!」
「じゃあ、とっとと伝えて来い。それまでは、こいつは俺達の手にある事を忘れるな。」
悔しそうに顔を歪めあばら家から出ていく兄貴を、歪む視界で見送るしかなかった。
「上手くいきますかね?」
「心配はいらんだろう、あのガキは言ったとおりにするさ。」
「そうですね、何せ大事な弟が人質なんですからねぇ。」
意地の悪い笑い声があばら家中を満たした、この時の事はよく覚えている。
何故ならば、次には阿鼻叫喚に変わるのだから。
「ギャー―――!」
異変が起きたのは連中が歓喜に沸いていた時だった、取り巻きの一人が高い声を出して倒れたのだ。
「おい如何した?」
疑問に思った他のメンバーが、倒れた仲間に駆け寄って揺するが反応が返ってこない。
不審に思い顔を覗き込もうとした時、別の場所で誰かが倒れた音がした。
流石にただ事ではない異常な雰囲気が流れ始める、そうしてまた一人音もなく倒される。
「誰だ!誰か居るのか⁉」
リーダー格の男の怯えた声が虚しく虚空に溶ける、その言葉の後に男の近くに居た一人が倒れる。
「ヤメロ――!俺は反対したんだ!だけど隊長がっ!」
恐怖に駆られて命乞いの言葉を叫んだ男が言い切る前に倒される、命乞いは無駄だと姿の見えない襲撃者が語っているかの様、その後も一人一人と倒されていき最後に残ったのは俺と、俺を掴んでいた隊長と呼ばれた男だけだった。
「おいおい嘘だろ…!」
周囲には死屍累々の惨状に嘆き掛ける男、俺は目の前で起こった事の理解が追い付いていなかった。
困惑が極まりよく分からい状況に中、暗がりから件の襲撃者らしい人物が姿を現す。
「っ!テメェーか!テメェーが、俺の部下を!」
怯えた声音の男の声に、襲撃者は無言で手にした得物を閃かせる。
「来るな!こいつが如何なっても良いのか!」
襲撃者の存在に怯え切った男を見て、俺は最早恐怖を感じる事は無くなった。
そして掴んでて腕が俺の口元に来た時、俺はその手に思いっ切り噛み付いた。
「がぁぁぁ!この…クソガキぃぃぃ!うっ…くっがぁ…!」
頭に血が上り冷静さを失った男が、俺に跳びかかって来たが何時に間にやら背後に居たもう一人の襲撃者に首を決められて締め落された。
沈黙した男を見下ろした後、俺に目を向ける襲撃者。
「坊や、ケガは無いか?」
顔は目元迄黒い布で覆われていてよく見えないが、あの一連の主犯者とは思えない優しい声音に、俺は静かに頷いた。
「良かった…坊や、ここで見た事は誰にも言ってはいけないよ。例え、お父さんやお母さんに聞かれてもね絶対に喋らないって約束してくれるかな。」
「…分かりました…。」
「うん。もうお家にお帰り、ここは私達のお仕事だから。」
それを最後に俺はあばら家から離れ家にある方角へ走った、途中で何度か近所の人に呼び止められたが構わず帰路に急いだ。
恐怖からではない、この人生で感じた事も無い興奮から来るものだったが、勘違いされていたらしく暫くご近所さんは俺に優しかった。
家に入れば両親に泣きながら抱き留められ、兄貴には何度も謝られた。
余談ではあるが、兄貴はこの時の体験から騎士を志す様になったらしい。
そして俺も、あの日のあの場所での出来事が切っ掛けとなり前世の憧れが蘇った、暗部と云うものへ憧れは生まれ変わっても変わらないらしい。
それからの俺は、様々な事を独学で身に付けていった。
家の領主さまは、領民に書庫を解放して下さっていたし家の近くには魔法を教えてくれる先生も居た為、知識を得るのに苦労はしなかった。
気配の消し方から暗器の製作、体術や薬学や魔法の習得に至るまで何時しか時は経ち…。
勉学に力を入れていた領主さまの推薦でライヒアラ騎操士学園への入学が出来た、まさか先生が先代の領主さまだとは思わなかった。
何は兎も角、俺も夢の第一歩を歩き始めた訳だが、早速問題が起きた。
先生の話だと俺に魔法の実力は一派的な新入生よりも大分上手なのだそうだが、暗部に入りたい俺としては入学早々目立つのは避けたい。
入学式の最中、その事を悩ましく思案していた俺は、それが杞憂であると直ぐに気が付いた。
エルネスティ・エチェバルリア、彼は新入生の中でもずば抜けていた、そして変人でもあった…。
さらに、俺と同じ位の魔法の才を持った人物が二人も居たのは僥倖であるとしか言えない。
自分の安泰に、そっと胸を撫で下ろしていると何故だか背筋が冷えて。
この時の悪寒に似た何かを直ぐに忘れた事を後の俺は、死ぬほど後悔した。
東方の地に銀の鳳が羽搏く時、巻き起こりし風が彼の地を守るであろう。
そして、影よりいずる厄災を鳳の陰に潜みし者が打ち払う。
フレメヴィーラ王国目録 銀鳳の章より
ご拝読、ありがとうございました。