ウェインの弟、カインは今までの人生に於いてこれ程緊張と言う物を肌に感じた事は無かった。
「本当に俺がヤンマのパイロットをやるの?」
「あぁ、ヤンマを一番上手に動かせたのはお前だからなカイン。」
敬愛する兄からの指名、普段であればそれは喜ばしい話だった……普段であれば。
「でも、その日はシャーロン家の方々に加えクヌート公爵閣下も搭乗予定だって話じゃ?」
「その通りだ、だからお前に任せたい。俺達の中で誰よりも安定した操縦技能を持つお前にな。」
指定されたのは彼らにとって大事にゲスト、自分たち組織の支援者の筆頭と言っていい方々であり、その運行は支援者達の日頃の感謝を示すために予定された彼等だけの催しだった。
それ故に絶対的な安全を確約できる操縦者は必要不可欠、ゲストに不安を抱かせず且つ楽しんで頂く為には相応の技量を求めらる。
その為に彼らは仲間内で素養試験を行った、最初は浮遊機動が可能な
次の試験はトンボを模した
「諦めなさいよカイン、貴方だけよ木の筒から水を溢れさせずに操縦できたのは。」
「ウェインだってメモリ一つ分溢したんだ、それをほんの数滴分も溢れさずに通過したのはカインだけなんだ。」
「うっ!あっあれは、偶々集中力が続いたから!」
彼を諭す姉のクリスはヤンマの操縦試験まで進んで筒の水を溢れさせ空にして失格になっていた。
兄の右腕たるクルスも姉同様にヤンマの試験に挑むが筒を倒して失格になっている。
そして兄のウェインは流石は代表者と呼ぶべきか、他の仲間よりも遥かに静かに運用させていたがそれでも一メモリ分の水を溢している。
その上でカインは一滴分になるかならないかの分量しか溢れあせずに試験を終えており、その結果が反映されて選抜されたのだった。
「偶然じゃないさ、カインの集中力は元々あった実力だ、だからお前に任せたい。」
何よりウェインは弟の能力、特に集中力に関しては超人的と評する程かっていた、だからこそカインの実力を見せ皆を納得させたうえで彼を任命する事にしたのだ。
「ウェン兄さん……でも。」
「カイン!ウェン兄さんがこれだけ言っているのよ!これ以上、うじうじ言うなら怒るわよ!」
そんなウェインの忖度無い評価を聞いても、いまいち自信の持てないカインは尚も言い訳を重ねようとする、そんな煮え切らない弟にいい加減業を煮やしたクリスは声を若干荒げて逃げ句を遮った。
「まぁまぁ、本番までは少し猶予がある、その間の自信が持てるまで練習すればいい。」
「任命を受けるなら、こっちで機体の調整と時間の予定は組んでおくぞ?」
怒るクリスを宥めつつウェインは弟に優しくだが決定は覆らないと言外に伝え、それに便乗するようにクルスは逃げ場はない選択肢を与えられているようで実質一択だけの提案をしてくる。
「わっ分かった!やるよパイロット!それで良いだろ⁉だからみんなして圧迫しないで!」
三人から迫られたカインは遂に折れて半ば強制的にパイロットを引き受ける、それからは時間を作られては練習に駆り出されメキメキ操縦技術の精度を上げていった……そして、日は流れて当日の朝。
「うぅ、やっぱり緊張する……お腹痛くなってきた。」
「はい下痢止め、それとも胃薬が良い?」
先にウェインが出発して片方が開いた格納庫にパイロットスーツに身を包んだカインが顔を青くして椅子に腰掛けていた、その隣で下痢止めと医薬の入った薬筒を持つ礼服姿のクリスが呆れた顔で横に立つ。
出発前の機体の最終確認中の一間、コレが終われば賓客の接待ように作った客室コンテナを組み付けて出発準備は完了となる、パイロットのカインは勿論添乗員としてクリスとクルスの二人も乗り込む予定だ。
「最終確認終了、機体及び機能に問題なしです。」
「よし分かった、じゃあ客室コンテナの換装作業を開始してくれ。」
そんな二人から離れた場所で礼服姿のクルスの元に作業着姿のケンドが点検を終え問題が無かった事を伝える、それを聞き終えたクルスはケンドに最後の作業に従事するよう指令を出し彼が作業チームの人員の元に戻るのを見届けた後カイン達の元に歩み寄っていく。
「点検は問題なかったそうだ、客室コンテナの換装が終われば運行開始だぞ。」
「はぅ~俺なら出来る!俺なら出来る‼よし、やるぞ!」
「気負い過ぎ、いつも通りやればいいのよ?練習の時みたいに。」
最後の後押しのつもりでカインにケンドから聞いた過程の進行具合を報告すれば、カインも流石にウジウジ考えるのを止め自己暗示を掛けるように呟き最後にヤケクソ気味に声を張る、そんな弟の様子を見ていたクリスは呆れ半分心配半分の表情で力み過ぎなカインを諫める。
「ウェン兄さんの人を見る目は本物よ、それを私は予行練習の間に何度も体感した。」
短い間に何度か行われた予行練習、その中でクリスは弟が操縦するヤンマの搭乗時の不安感をあまり感じない快適さを常に体感していた。
「俺もウェインの判断は正しいと思う、お前は誰よりも丁寧で正確な操縦の腕を持っている。」
クルスも同様にカインの腕に信頼を置いていた、彼の操縦は練習を行う毎に精度が上がっていたからだ。
「それにウェインも、今の段階でクルスほどヤンマと言う機体を上手く操れる存在は居ないと言っていたしな、だからお前は素のままでも十分優れたパイロットなんだよ。」
「クルスさん……分かりました、なるべく気負いせずにやってみます。」
ウェインは他者への評価に私情を挟まない、客観的な視点の相手の普段の立ち振る舞いや癖などでどんな人間であるかを読み解きその人物の性質と能力を見極める目を持っていた。
そして、そんな兄が最も信頼を寄せるクルスだからこそ、その何気ない会話の中で不意に出て来る他者への純粋な評価が本物であるとカインは知っていた。
「お三方、全ての準備整いました!すぐに発進準備をお願いします!」
コンテナの換装が終わり中の機能点検も終えたケンドが、離れた所に固まっている三人を大声で呼ぶ。
「了解だ!さぁ、行くぞ二人とも!今日はゲストの皆様にご満足して頂ける様に持て成そう。」
「えぇ、出資して頂いた御恩を返さないと。」
「それに、ウェン兄さんの作戦の事もあるし、僕らの進退は今日で決まる。」
三者三様、個々に覚悟と実感を込めた凛々しい顔になって其々の持ち場に向かう、カインはコックピットへ二人はコンテナ内へ。
格納庫の天井が開きヤンマを安置させていた床がせり上がる、地上まで登りその機影が外気に晒され機体の上面にある円盤状の羽とその上下に二枚づつ取り付けられた透き通る四枚の羽が展開される。
「さて、
中央の回転翼が回り出し機体が持ち上がる、そして四枚の羽の角度を調整して大気系の魔法で作り出した風を羽根に纏わせると、ヤンマはゲストの待つ目的地へ進みだした。
シャーロン伯爵家ご令嬢視点
私はアルトノーラ・F・シャーロン、普段は別の名を名乗っています。
「シャーロン家の人間として会うのは久しいなアルトノーラ、今日は長髪のウィッグを付けてきたのか?」
「はい、今日は仕事上の身分では無くシャーロン家の一員として参加させていただきます。」
クヌート大叔父様が何時も接しているより大分柔らかい様子で声を掛けて来られた、私の仕事の都合上長い髪は色々不都合なことが多くその為、仕事を覚え始めた時から肩より先に髪を伸ばした事は無い。
だが今日は伯爵家の令嬢としての立ち振る舞いを求められている、だから短い髪型では問題があるので頭は蒸れるが鬘を被ってきた。
「叔父上、お久しぶりでございます。」
「義叔父様、ご機嫌麗しく。」
「ハーキュスとスィーカか、うむお前も壮健そうで何よりだ。」
大叔父様と挨拶を交わしていると我が父ハーキュス・F・シャーロンが母スィーカ・シャーロンを連れて挨拶の訪れた、父とは仕事の上で毎日の様に顔を合わせているが上司と部下の関係で母とは常とはゆかずとも定期的に会っているコチラも同僚の関係で、親子として共に居るのは随分久しい。
「アルトノーラ、今日はやけに浮かれているねぇ?そんなにウェイン君に正体を明かすのが楽しみかい?」
「ふふ、それはそうでしょうアナタ?何せアルトノーラに取ってウェイン様は……。」
「お母さま!っ……それ以上は。」
表情に出ていたでしょうか?お父様に指摘されてしまいました。
その言葉に便乗する様にお母様が愉快そうに含みのある発言をしよとされます、そのセリフを言わせる訳には行かないと慌てて遮ると大叔父様と両親から生暖かい視線を寄せられてしまいます……乗せられました、まだまだ未熟です。
でも仕方ないじゃないですか、あの方ウェイン・クーランド様は私に取ってとても大事な方なのですから……ウェイン様の事は以前から知っていました、それこそ誕生された時からです。
お生まれになった時からウェイン様は特別な気配を醸し出す方でした、それもあの方の血統であれば納得してしまいますが、それから4年間は特に何も無く平穏に過ごされ健やかに育たれおいででしたね。
変わったのは五年目の途中から、ウェイン様が他国の暗部崩れの破落戸に人質にされると言う許し難い事件が起きた直ぐ後の事です。
事件自体はウェイン様のご両親が即座に対処され事無きを得ました、ですがそれまでとても物静かなで歳の割に落ち着いた方だったウェイン様は、人が変わった様に私達が使う様な技術や知識を習い始めました。
元々の能力が極めて高い方です、情熱をもって学べばその吸収力は凄まじいものでした、人の数倍多く努力され習った端から自分の物にされたウェイン様は、何時しか現役の団員と変わらぬ影人と成っていたのです。
「やあやあ、我々が最後ですかな?」
「あら?ごめんなさいアナタ、わたくしの歩調に合わせて歩いて下さったせいですわね。」
人で物思いに耽っていると、遅れて現れた祖父母のウィークス・F・シャーロンとミネバ・シャーロンが仲睦まじく手を取り合って姿を見せてくれました。
「いやいや、謝る必要は無いよミネバ。私が君とゆっくり語り合いながら歩きたかったんだ。」
「まぁ、アナタたら!」
祖父母は幾つ年月を重ねても仲がいい、お二人の間には飾らない思い遣りや譲り合いが見え隠れしていてとても微笑ましい、両親も貴族の中では夫婦仲はとても良いが祖父母と比べるとどうしても仕事の関係が抜け切れない様にも見えます。
「相変わらず、息子の前でも熱々です父上?見ている尻が痒くなる。」
「ふふ、私達もあそこまで歩み寄れたら思うのでけど、こう……気恥ずかしくて。」
「ふん、見せつけて気よるはウィークスの奴め。」
両親も同様に思っていたのでしょう。相も変らぬオシドリ夫婦の姿に羨ましい様な恥ずかしい様な何とも言えない表情で見つめています。
おばあ様の兄である大叔父様は言葉では悪態をついておられますが、体が弱く余り無理が出来なかったと言うおばあ様の幸福な姿を見て嬉しいのでしょう、目尻が下がり頬が緩んで口の両端が上がっております。
「おや!アルトノーラ、今日はオシャレな姿じゃないか。」
「良く似合っているわ、普段の短い髪の凛々しくて素敵だけど長い髪も艶やかで綺麗ね。」
「ありがとうございますおじい様おばあ様。」
お二人に身内の身分で会うのは仕事始めて久しく無い、両親とは時々ではあれ娘に戻って接する事はあっても祖父母とは余程の用事でないと会えないのだ、だから今日は私に取っても楽しみな日だった。
久々の家族の立場での集いに心が浮き立っていると、彼方の空から何かが風を切る音が聞こえてきた。
「丁度だったようだね……ふむ、あれが私達を持て成す為に作った機体か。」
「まったく、とんでもない物を拵えたな……彼は。」
「アレは……くはは、確かにアレの試乗権を貰えるのであれば出資した物の価値に見合うな。」
「流石はあの二人の子供……やる事が規格外ですね。」
「あらあら、面白そうな物を用意してくださいまして。」
「……ウェイン様、流石です。」
コチラに向かって飛んでくる巨大な機械仕掛けのトンボに姿を見た皆さまが思い思い反応を示されます、かくいう私も詳しくは知らずに今日初めて実物が稼働しているの見て驚いている程です。
その巨大トンボが私達から離れた所に描かれた円の中にHと書かれた地上絵に着地すると、胴体の上半分がせり上がり下半分に格納されていた箱の様な部分が露出し、後部が倒れる様に開いて中からもう一つ扉の付いた箱が出てきました。
箱の中に納まった箱の扉が開き仮面を着けた礼服姿の男女が二人出てきてコチラに向かって一礼し向かってきました。
「お待たせしました。シャーロン伯爵家の皆様、クヌート・ディクスゴード公爵閣下様。」
「わたくし共が
直ぐ傍まで歩み寄ると再び深く一礼して顔を上げ大き過ぎないだけどハッキリと聞き取れる声でそう宣言する。
「ふむ、アレは
「その通りでございます。代表がその位の唯一性が無ければ本日に至るまでのご支援にお答えする事は出来ないと判断いたしました。」
「うむ、彼らしい発想だなウィークス、新型機の初試乗体験を支援の見返りにする当たり商人の性格が出ている。」
おじい様が巨大トンボを見つめながら仮面の男性に質問を投げれば、彼はその問い掛けの意味を肯定しウェイン様の判断だと続ける。
それを聞いていた大叔父様は、彼の育った環境や教育方針などから粗方の素性は知っている為、ある程度の彼への理解を持ってウェイン様らしいと愉快そうにおっしゃられた。
「では早速、中に案内させていただきます。」
「客室の入り口まで先導いたします。」
二人は三度目の軽い会釈をしてからゆっくりとした歩調でヤンマと呼んだ機体の客室の前まで、私達を引き連れて歩き扉の前で横に控えて会釈をしたまま立ち止まった。
「私達から先に入ろうか、義弟達よ。」
「はい、では失礼させて貰おうかミネバ。」
「えぇ、お邪魔します。」
「次は私達だねスィーカ。」
「ふふ、それでは参りましょうかアナタ。」
「どうぞ、ごゆるりと。」
「中の座席は好きな所へお座りください。」
まず最初に大叔父様と祖父母が客室の中へ入り、次に両親が入室していき最後に私が残り妙な緊張感が流れる。
「……どうぞ、中へ。」
「はい、あの……。」
「私共とお嬢様は今日が初対面でございます。似た顔をした人は知っておりますが、その人物と貴女は別人でしょう。」
男性が戸惑いながらも適切に対応しようとしてつい間誤付いた言葉遣いになってしまい、私も彼らに何らかの説明をしようと声をだすと、さきに女性の方が私の発言を掻き消し身の上話はここでは無しと伝えてきた。
「……それでは、お邪魔いたします。」
「えぇ、席に着かれたら直に出発したします。」
何といえない気まずい空気の中、意を決して私は中へ入り手近な開いた席に腰を下ろした。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。当機はこれより王都の闘技場近くまでのフライトを予定しております。」
「出発に際しまして、幾つかの注意事項を伝えさせていただきます。当機は離陸時と着陸時に大きく揺れますのでその際は席に備えられた安全帯で体を固定してお荷物はお座席の横にあります箱の中へ入れて下さい。また飛行中は途中で降りる事は出来ないのでご気分が悪くなった際はお薬を処方させて頂きますので必ず私達をお呼びください。また飲食物はこちらで用意した物以外は持ち込まない様にお願いします。以上の事をご理解くださいませ。」
「ふむ、これか……これでいいかな?」
彼等の注意喚起を聞いていたおじい様が座席の脇に備えらたベルトの先端を持つと固定具に嵌め込んだ。
「はい、その様にして体を確り座席に固定し此方が良いと言うまで外さないようお願いします。」
「あぁ、皆もこの様にすれば良いようだから、早く締めてしまいなさい。」
それで正しいと返答されたおじいさまの号令で私達はベルトを締めて体を固定し終える荷物を座席の横の箱に収納する、彼等も私達に向き合う様に取り消られた座席に座りベルトを締める。
「機長、離陸準備完了しました。」
「了解です。これより当機は離陸いたします、離陸の際は強く揺れますので安全帯の固定の確認を必ずお願いします。」
仮面の彼女が機長と呼ばれたパイロットに通信で全員が離陸準備を終えた事を告げると、機長からも再度注意を呼びかけられ私達はベルトが固定されている事をもう一度確認した。
「確認の出来ましたでしょうか?では、
最後の確認を終えたかどうかの問いかけで特に問題が無いと判断した機長は、離陸する事を告げてからアナウンスを終えた。
そして、大きな回転音と共に揺れ始め体に浮遊感を感じて、離陸が始まった事を実感した数分の後揺れは収まった。
「皆様お手数をお掛けしました。ヤンマの離陸が完了しましたので、どうぞ安全帯の固定を外し景色を眺めるなど思い思いにお過ごしください。当機はこれより王都・闘技場付近まで飛行を予定しております。」
「お疲れさまでした、直ぐにお飲み物と軽食をご用意いたします。」
機長からの離陸完了の知らせとベルトを外す許可を出し、いち早くベルトを外した仮面の二人が会釈をしてからそう告げると間仕切りの奥へ入り一口サイズのサンドウィッチと銀製のグラスと果実水の入った水差しを持って出て来ると、私達一人一人にグラスを渡し水差しから果実水を注ぎ入れていく。
注がれた果実水で喉を潤しながら私は彼を思う、闘技場で待つ彼が私を見たらどう反応してくれるだろうと心を浮き立たせて。
SPKS-SL02オウル
その機体の駆動部を除く胴体等の大部分を最初の機体であるSPKS-SL01パンサーと共有している為、駆動部以外でなら他の
また浮遊機である為、高所での活動にも対応できる事から配達業者などにも受けが良く、工事現場では高所作業の多い現場でも利用されている。
SPKS-SM02ヤンマの操縦機としても認識されおり、ヤンマ乗りの間ではオウルの操縦技術を競う競技が盛んに行われている。
オウルも他の