銀の鳳の影に潜む者   作:マガガマオウ

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一話二話共に拝読、頂いた方はありがとうございます。
三話が初めての方は、宜しければ最後まで読んで行ってください。


魔獣退治の特攻薬~対魔獣用痺れ薬~

ライヒアラに入学から数年経った今日この頃、俺は研究室にて毒薬の研究開発を始めていた。

あれからクルス先輩以外にも共にアイテムの開発を手伝ってくれるメンバーが増え二人で使ってもまだ広かった研究室も少し手狭に成りつつある。

そして、無線通信の為の魔法理論とそれに基いた通信機の試作品も完成に近づいた頃、中等部合同演習と言う校外キャンプみたいな行事が明日に予定されていた。

そこで俺は暗部にとって切っても切り離せない毒薬と解毒薬の研究で始めて得た、魔獣を麻痺状態に出来る痺れ薬のテストをする事にした。

他にも対魔獣感知地雷と言う、魔獣のみに反応して起爆する魔導爆弾のテストも兼ねている、勿論もしもの事も考えて今回は対象を痺れさせる事のみに抑えた仕様だが。

それと最近、たたら製鉄の技術を再現しようと試行錯誤している、これが成功すれば鉄や鋼の鋳造がより安定的に行える様になり行く行くは日本刀製作にも扱ぎ付けるので鋭意模索中である。

 

「ウェン兄さん、痺れ薬の浸透が終わったよ。」

 

俺を兄と呼ぶこいつは、俺の二つ下の双子で姉の方のクリス・クーランド。

俺に着いて回り一緒に勉強やら魔術やらを学んだ妹だ。

 

「はい、分かりました。ウェン兄さん、地雷の設置も完了したって。」

 

そしてこいつも、双子の弟の方でカイン・クーランド。

こっちは俺より兄貴に着いて行った方だが、何故か今は俺の方に居る。

 

「良し、それじゃあ俺は明日に備えてもう休むよ。」

 

何時も寝床に着くより早い時間だったが、明日の事も考えて早く眠る事にした。

 

「うん、お休みウェン兄さん。」

「お休み。」

 

妹と弟に送り出されて寝室に向かう丁度その頃、ボキューズ大森海境界にほど近いバルゲリー砦に異変が起きていた事をこの時の俺は勿論、ライヒアラに通う誰しもが知らなかった。

そして翌日の早朝、校門前には多くの馬車が揃っていた。

演習とは言っても戦闘らしい戦闘は無くただ野営の訓練を行うだけの本当にキャンプの様な行事ではあるが何事にも不足の事態は有る訳だ、これについて俺の第六感が何か起きると告げていた。

当然、この痺れ薬の効果実験を行うチャンスも巡って来ると踏んでいる。

まぁ、この手の勘が外れた事は少ない為期待はしているがそれでも外れる時は外れるので保険は懸けておこう。

つまり同じ班の連中に話を合わせて貰う為の買収も確りしておいたのである。

出来る仕込みは全部したので意気揚々と俺が乗る馬車に乗り込んだ。

目的地であるクロケの森に着いたのは日が傾きかけた時だった、テントを張り終えてその他諸々の作業も完了したので暫く自由にしていい時間が出来た。

俺は集団から離れない程度の距離で明日の演習で入る森の様子を軽く確かめる、これと言って異質な物は見受けられなかった為に野営地に戻ろうと体を翻した、少し歩いていると目の前に体つきの良い女性の高等部の生徒が見えた。

 

「あれは、確か騎操士科高等部三年のヘルヴィ・オーバーリ先輩?」

 

この学園の生徒の顔と名前それから出自と経歴はある程度把握している為、それにあの先輩は学園の中では誰しもが知っているレベルの有名人だ、そこに同じ高等科の男子生徒が近寄っていくのが見えた。

 

「あの人も確か同じ学科のクラン・ニースト先輩だったな…。」

 

何か会話を交わしているらしい、会話の内容が気になり以前の物より許可された集音マイクを耳に付け気配を消して二人に近づく。

如何やら、二人の上級生が何やら揉めているらしい。

揉めている二人の下へ向かうヘルヴィ先輩の後をつけて行くと、件の先輩方が言い争っているのが見えて来たので目を凝らし顔を見る、二人の顔を見て全てが理解できた。

 

「アールカンバーの騎操士のエドガー・C・ブランシュ先輩とグゥエールの騎操士のディートリヒ・クーニッツ先輩か…大方の予想は着くな。」

 

アールカンバーとグゥエールは、ライヒアラ騎操士学園が保有する二十機のサロドレア型の内の二機で他のサロドレアよりも特殊なチューニングを施された機体である。

その騎操士である二人は、先日の模擬試合でエドガー先輩がディートリヒ先輩を降した事が発端となっているらしい。

ディートリヒ先輩の言分だと整備班の整備不足が原因と言ったそうだが、これにエドガー先輩が反論したらしい。何といったかは現場に居た訳では無いから憶測に成るが、要するに弘法は筆を選ばずに近い事を言ったと聞いている。

 

「成る程な、確かにあの二人の中に割って入れるのはヘルヴィ先輩だけだ…。」

 

同期生で実力も多少上下するが概ね同レベルの三人はよく仲良さそうに一緒にいる所をよく見かける、今回は違うようだが。

言い争いが続き不穏な空気が二人の周りを取り囲んでいる、そんな険悪な空気を感じて一人で遠ざかる他の先輩たちの中からヘルヴィ先輩がズンズン前に出て二人間に割り込む、流石は姉御肌と言った所か二人を強く嗜めその場を諫めると二人は其々別々の方向に歩いて行った。

 

「ギスギスしてるね~、あ~あやだやだ。」

 

俺はそう言い残しその場を後にした。

翌日、予定通り森の中の参道を中等部の下級生全員で歩き基本的なアウトドア技術を身に付ける訓練が始まった。

何もない長閑なとは言えなくとも穏やかな森の入り口を進んで行く。

 

「本当に何も無いな…当てが外れたか?」

 

まだ初っ端だからだろうか森に変化は無い、今日は諦めるかと残念に思いながら森の奥で魔獣討伐訓練を遣っている上級生の協力者からの報告を待つ事にしたその時である、前を進む生徒達から悲鳴が聞こえ始めたのは。

何事かと視線を前に向ければ、小型魔獣の群れが此方に迫って来るをはっきりと確認できた。

 

「はは…やっぱ良く当たるは俺の勘…。」

 

静かに剣を抜き前に進むそして見敵、軽く一太刀切り込むと少しの間が空き動かなくなる目が動いている所を見るに死んではいない様だ。

 

「っ!さぁ次!」

 

無言で小さくガッツポーズしたら迫って来る小型魔獣を切って切って切りまくる、掠りでもすればいいそれだけで彼奴は体が痺れて動けなくなる。

我先にと走って逃げる生徒達を背中で見送り、俺は自分達が作った薬の効果を確かめて行った。

大半の生徒が逃げ切ったのか気付けば前から来るのは魔獣だけになっていた、このまま続けてもいいがそれではこれまで目立たずに過ごして来た努力が水泡に帰す、と考えた俺はその場で転進して後退を始める。

ある程度まで退くと生徒が集まった場所が見えて来た、如何やら俺以外にも逃げ遅れていた生徒が居たらしくみな膝を抱えて身を寄せ合っていた。

 

「おい!如何したこんな所で、野営地はもう少し先だぞ!」

 

俺が立ち止まり声を掛けるとその中の一人がこう返した。

 

「同じ班の仲間が逃げる途中で足を傷めたんだ。」

「ごめんなさい。やっぱり私は此処に残るわ。」

「そんなの駄目だよ!逃げるなら全員でないと!」

「でも…。」

 

奥の方で足を庇いながら申し訳無さそうに班の仲間を見る女生徒が一人いた、その女生徒を一人のは出来ないのか班員全員がその場に残っていたらしい。

 

「くぁ~仕方ねぇ!お前ら此処で見た事は絶対口外するなよ!」

 

その様子をじれったく思いリュックからある薬剤と湿布と包帯を出した。

 

「それ…何?」

「薬だよ!打ち身や打撲によく効くな、それより傷めた足を見せろ!」

 

不安そうに聞いてくる女生徒に若干食い気味に答えた。

湿布に薬剤を塗り晒された幹部に当てると上から解けない様に包帯を巻いた。

 

「ほれ、これで多少は痛みの引いたろ。」

「う、うん…。」

「じゃ行くぞ…、すぐそこまで魔獣の群れが迫ってる。」

「わ、判った…。」

 

足を傷めた女生徒に肩を貸して移動を開始する。

来る途中で地雷を撒いて来たから多少は時間を稼げるだろうが数が数だ、何体かは止められるだろうが大部分はトラップを抜けて来るだろう。

移動速度を考えれば背負った方が早いが両手が使えなくなる、もしそれで途中で追いつかれたらと考えたら速度が落ちようが片手だけでも使えるようにはしたい。

足を気遣ってゆっくり歩む女生徒のペースに合わせながら森の出口に続いている参道を進む。

 

「あっ!見えて来た!」

「やったぞ!もう少しだ!」

 

運よく魔獣の群れに追いつかれる事なく野営地に辿り着いて安堵の息を漏らす。

しかしその時、背後から魔獣たちのけたたましい鳴き声が聞こえて来る。

 

「こんな時に!」

「もう少しなのに…!」

 

此処まで行動を共にした生徒達の口から軽い落胆の声が零れる。

心が折れかけてると感じた俺は、女生徒から離れ前に向き直った。

 

「お前ら、俺が時間を稼ぐその間に野営地に戻れ…。」

「そんな!」

「此処まで助けてくれた奴を見捨てられるかよ!」

 

他の生徒から、俺が残る事に反対的な意見が上がる。

 

「バ~カ…俺だけなら、お前らより早く動けるに決まってんだろ…。野営地に着いたら大声を出せ、そしたら俺も退く…。」

 

俺の説得に口を噤み黙って避難先の野営地に歩いて行く生徒を見送り、此方に迫る魔獣の群れに備える。

辺りにオーブ型の地雷をばら撒き痺れ薬を沁み込ませた剣を握る、地鳴りの音が近くなる。

そして先頭集団がトラップに差し掛かった時、地雷が発動して動きが止まる。

 

「うっし…!地雷の効果も良好だ!」

 

こんな状況でも、開発したアイテムが期待通りの効果を見せたら嬉しいものだ。

しかし直ぐにトラップを仕掛けた場所は動かなくなり倒れ重なった魔獣の体が塞いでしまう。

 

「さぁ、ここからが本番だ…!」

 

迫りくる魔獣の群れの一体一体に痺れ薬に漬け込んだ刃を奔らせる。

効果はさっきの戦いで立証済みの痺れ薬だ、期待通りに魔獣たちを倒していく。

そんな感じで暫く立ち回っていると、野営地の方から声が上がった。

 

「お~い!俺達は、辿り着いたぞ~!」

 

一緒に避難していた男子生徒の声だ、俺それを聞くと踵を返して全速力で走りだした。

魔獣の群れを引き離し、かなりの距離を空けて野営地に走り込む。

 

「ウェイン君!良かった無事だった!」

 

奔り込んだ先で最初に出迎えてくれたのはあの足を傷めた女生徒だった。

 

「当たり前だ、あの程度の魔獣に遅れを取る程、軟な鍛え方はしていない。」

 

当然の様に返す俺に、目の端に涙を貯めていた女生徒は朗らかに微笑む。

それからは別の場所で戦っていたあの三人の下に幻晶騎士に乗った上級生たちが向かい残りの生徒と教諭達が野営地に戻って来た。

それから平静を取り戻した教師陣が現状の確認を始め、魔獣との遭遇戦を目的とした実習の為に森の奥に取り残された中等部の上級生たちの救出が当面の最重要課題になった。

その会議の中でエルネスティの提案で作戦が決まり、急遽編成された救出部隊が森の奥に入っていた。

一段落したはずなのに俺の心中では嫌な胸騒ぎがしている、一連の事件は序章でしかないと…。

 

陸皇襲来前夜

この事件が起きたのは丁度、ライヒアラ騎操士学園の中等部合同演習が予定されていた少し前だった。

ボキューズ大森海の境界に立つ旧バルゲリー砦にて最初に目撃されクロケの森を横切り本国領内に接近せしめる、それに合わせて森の奥地に生息する魔獣が入り口付近まで下がって来たのを演習中だったライヒアラ騎操士学園中等部の生徒及び教諭が遭遇した。

フレメヴィーラ王国目録 陸皇の章前編より

 




そろそろ感想を頂けますと嬉しいのです。

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