…いい加減しつこいですかね?
その姿を最初に見たのは幻晶騎士に乗っていた騎操士科の先輩だった。
「何だ…あれは、山が動いてる⁉」
「あれが…本当に、たった一体の魔獣だと…!」
この発言の意味を、最初は聞いた全員が全員理解できた訳では無い、だが後に続いた先輩の言葉に愈々ただ事ではないと自覚した。
やがて自分達の視界にもその存在を捉えてた時、誰もが息を呑み言葉を発する事が出来なかった。
「大き過ぎる…!これでは、我々の幻晶騎士では…!」
大きさとは、偏に生命力の強さの判りやすい目安である。
人が自分達より遥かに巨大な生物を目にした時、彼らは先ず最初に怯え逃げようとするのは生物として遺伝子の刷り込まれた生存本能に差し支えない。
しかし、時として人は自分達が持ち得る知恵と技術を組み合わせ研鑽していく事でこれを克服しようとした。
その代表例が、巨大な人型兵器である幻晶騎士であり魔法なのである。
では、事ここに置いて其れをも凌ぐ巨大な生命体と遭遇したらどうなるか、それは想像するに難くない。
「「「「「う、うぁぁぁぁ!」」」」」
思考を挟む余裕も無い程、恐れ慄く恐慌である。
たが此処にも、僅かながら例外と言うものが存在する。
「落ち着いて下さい!皆さん、馬車まで移動して下さい!」
それは往々にして、集団を取り纏める司令塔である事が多い。
非常時でも、慌てる事なく取り纏め生還へ導く能力を持った者は、常日頃から他者に信頼を寄せられ易いのである。
そして守護者と成らんとする者は窮地に立たされた時、誰よりも精神の強さが試される…そう、この場で例えるならアールカンバーの騎操士エドガー・C・ブランシュ先輩の様に…。
「!アールカンバーが前に出た⁉」
「…僕たちが避難する時間を稼ぐつもりですか?」
アーキッドとエルネスティの掛け合いを直ぐ近くで聞いていた俺は、それだけじゃ無いと踏んだ。
『先輩…アンタ、もしかして騎士団の到着まで此処にこいつを留める気か?』
幾ら何でも、こんなデカブツが砦を迂回して此処に来たとは考え難い、だとするなら恐らく境界近くの砦はもう…それでも伝令ぐらいは出されただろう。
奴が進んできた進路から考えて、かち当たる砦は……バルゲリー砦、そこから一番近い騎士団の駐在してる町は確かヤントゥネンか、距離にして幻晶騎士の移動速度で凡そ一日休まず移動し続ければ夕方頃だから、ちょうど今位だなそこから戦力を集めて討伐隊が市街地を出発して到着するまでどれだけ急いでも少なくとも数時間は係る、さらに言えば大部隊だろうから移動する街道もある程度絞られて…クロケの森に到着するのは夜中か…つまりは、既に終わっている昼間の戦闘も含めると約一日戦い漬けと言う事になる、もつのか体力が?
やっぱ用意して貰って正解だったか、しかし足りるの幾らあの痺れ薬の薄める前の原液とは言えだ、あの巨体に効力が発揮されるまでいくら時間が係る事か、取り敢えず準備位はして置くとするか。
それでだ、どのタイミングで抜け出すかな少なくとも今はダメだ目立ち過ぎる、ベストは馬車での移動が始まった直後辺りだが…。
この動乱では、早々には無理だなと考えていた時、エルネスティが動いた。
「皆さん落ち着いて下さい!離れて避難していては却って危険です!全員馬車まで移動して下さい!」
この状況でも動じずか、大した玉だなそこら辺の子供よりよっぽど肝が据わってる。
何はともあれこれで、俺も狙ったとおりに動けるから御の字って所か…俺は同じ班の仲間に目配せをして抜ける手筈を整えた。
馬車に乗り込み移動を開始すると、俺は仲間に手伝って貰い偽装工作を手早く始めた。
先ずは身代わりの人型を俺の座ってる位置に置き服装を着せ替えてすり替わる、次に人型の中に仕込んだ俺の肉声を録音した再生機能付きマジックアイテムを作動させる、これで暫くはやり過ごせるだろう。
次に俺の仕度だ、俺は人型に着せていた身体強化インナーを着込んだ。
これは、個人の身体能力を身体強化魔法の十分の一のマナで5倍に引き上げてくれる優れものだ、実験はもう既に済ませてある。
次に以前のゴーグルとマスクを一体化して更に強化した仮面を着けると改良強化したインビジブルローブを身に纏う、其れから後の口裏合わせの段取りを仲間と確認し合ったら、馬車の後ろから降りて原液が入ったタンクの隠し場所まで移動した。
「この量だと、一般的な幻晶騎士の装備する剣の二本分がやっとて所か…。」
配置されていた痺れ薬の原液を確認してどの位用意されてたかを計測してみたが、矢張り量が心許ない。確実に突き刺せるなら未だしも斬り付けた程度ではそこまで効果は無いだろう。
幸い隠されていた場所から戦闘が行われている位置までは結構離れている、まだ熟考する時間は有りそうだ。
そしてこれからの事を考えていた時、直ぐ近くで何か巨大な物が空から降りて来た音がした。
ベヘモスが到達したにしては早すぎると思い、様子を見に行くと見慣れた幻晶騎士が片膝を付いていた。
「あれは、グゥエール?何故ここに…まさか、逃げて来たのか?」
遠方からはまだ戦闘の続いてる音が聞こえてく事からも、此処にこの幻晶騎士があるのは異質でしかない。
だがこれは渡りに船だ、如何やら今日の俺は最高に運が良いらしい。
此処に来たのがグゥエールであるという事は、搭乗している騎操士はディートリヒ・クーニッツという事になる、ならば交渉のやり方では最高とは行かずとも色よい反応が返ってくる筈だ、ならばとグゥエールに近づこうとした時別の人影が搭乗口を開け中に居たディートリヒと会話を始めた。
「何であいつが此処に…?」
特徴的な銀髪に小柄な体躯、抽象的で何処か幼い女児のような顔立ちを見て思わずそう呟いたのは仕方ない事だと思う。
我らがライヒアラ騎操士学園を代表すべき幻晶騎士バカことエルネスティ・エチェバルリアがそこに居たのだから。
だが冷静になってみれば、グゥエールが通って来たと思われるルートは丁度学園の馬車が通る街道を横切る様になっていた。
成る程、それで逃走途中のグゥエールを見かけて追いかけて来たのか。
何を話しているかマイクを向けて聞いていると、如何やら逃走の是非を問うている様だ、だが責めている様な気配を語気から感じられない、寧ろ喜んでいる様に感じられた。
「これは、若しかしたら……最高の実験が出来るかも!」
此処に来て、状況は益々俺に有益な方に傾いて来た。
気配を消し近くの太い木の枝に降り立った俺は、声が変更されている事を確認して会話に熱が入った二人に声を掛けた。
「よぉ、こんな場所でなにしけ込んでんだ?」
「むっ?」
「今度は誰だ⁉」
落ち着いた反応を返したエルネスティと困惑した反応を返したディートリヒ、其々の違った反応が返って来た事に口元が緩む。
「な~に、ただの薬の調合士さ。何処も怪しくなんてない。」
「その形で言うか!」
「その薬の調合士が、僕達に何の用ですか?」
ディートリヒは疑り深く見てくるが、エルネスティは興味が無いのか以外に淡白な反応を示す。
「まぁまぁ落ち着いて、おたく等ライヒアラの生徒さんだろ?此処にそいつが有るって事は、あんちゃん逃げて来たな?」
「ぐぅ!お前まで、私を貶すのか!」
「別にあんちゃんを貶してるわけじゃないさ、ただ逃げ出したしたのか或いは、そうじゃないのかハッキリ知りたくてね。」
「………。」
「だんまりは肯定と取っていいんだよな?」
「っ!あぁ、そうさ!私は、あの場から逃げた其れの何が悪い!」
「どおどお。落ち着けって、さっきも言ったが別にあんたを貶してるわけじゃない。そうだよな~、怖いよな~、だってあんなデカブツだぜ、普通はビビッて当然だ寧ろ逃げない奴はの方がどうかしてる。」
「!そ、そうだろう、私は…私は正常だろう⁉」
「あぁ、あんたは生物としては正常だな。」
「分かってくれるか!調合士よ!」
「だが、俺が今一番話をしたいのは…今から、そいつをちょろまかしてあのデカブツと戦おうとしてる、そこのいかれた銀の坊ちゃんだ。」
「なっ!」
「僕ですか?」
「あぁ。お前さん、これからあのデカブツをダンスに誘いに行くんだろ?」
「えぇ、そのつもりですが?」
「じゃあ、土産の一つも持って行かねぇのは不味いんじゃねぇのか?」
「!それもそうですね!…しかし、今から準備するとなると…。」
「そこでだ、俺達が作った痺れ薬でもそいつの得物に塗って送ってやるは如何だよ?」
「それはいいですね!きっと、あの魔獣も喜んでくれますよ!しかし、効力の方は…?」
「…実はな、お前さん達の学園がこの時期にやるって言う演習行く数人の生徒に声掛けて実験してたんだよ!」
「おぉ!それで結果は?」
「お前さん、森から抜ける時不自然に動かない魔獣を見んかったか?」
「!はい見ました!若しや?」
「その通~り!あれは大分薄めた物だったが、それでもあの効果だ!じゃあ、もし原液をそのまま塗ったら?」
「…成る程、多少時間は係るでしょうが動きは制限できますね。」
「但し、問題がある。」
「何ですか、それは?」
「ただ斬り付けただけじゃ、効き目も薄いだろう。だからブッスリ剣先から根本まで突き刺す必要がある。」
「成る程、それは難題ですね…。」
「それと、ここで俺に会った事は内密にしてくれや。俺も何かと入用でね。」
「理解出来ました。その条件呑みましょう。」
「ありがとよ、恩に着るぜ。」
「待て待て待て!私は行かんぞ!折角逃げ遂せたのに、また戻るなんて!」
「おいおい、何もあんちゃんが戦う訳じゃねぇんだからよぉ。」
「そうですね、先輩はその間眠っていて下されば…。」
「へぇ?」
「そんじゃ、おやすみ~!」
「おやすみなさい先輩!」
二人掛かりで意識を刈り取りに行ったのは流石にやり過ぎたか?
まぁいいや、さっさと始めますか。
「おい坊ちゃん!薬塗るの手伝ってくれや!」
「了解しました!」
グゥエールの二振りの剣に、喜々して痺れ薬を塗り込む二人の人影が夜の森で怪しい雰囲気を醸し出していた。
今を輝く銀鳳騎士団の団長にべへモスと激闘を演じた当時の事を聞いた者の物と思われる手記が発見された。
内容を一部掲載する。
当時の事ですか?はい、よく覚えています。
ですが一番思い出深いのは、彼と最初に出会った時の事ですね。
彼が誰かって?それは、言えませんね。
ただ彼のお陰で、べへモスとの戦いが大分優位に成ったのは事実ですね。
この先、話題になった人物について掘り下げていたと思われる部分は黒く塗り潰されていた。
最後までご拝読お疲れ様でした。
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